第70話 おじさん、チュートリアルに参加する
エダマ演習場前に到着すると、女性のイベントスタッフさんが番号入りゼッケンを配っていた。どうやら組分けをするらしい。求められたので生徒手帳を見せた。
「――確認しました。姉妹組のプリティコスモス様ですね。妹役の子と同じチームに色分けしますので、番号入りのゼッケンは後ほどお渡しします」
「分かりました」
「ありがとうございます。では、奥の更衣室で体操服に着替えてください」
演習場内に入る。シンプルな色合いの待機スペースだ。
元はサバイバルゲーム用の施設らしく、壁にはミリタリー衣装を着た人たちの集合写真ほか、エアガンなどが飾られている。
変わり種として、マジカルステッキを装填できるモデルガンなども置かれていた。
「あれって売り物なんですかね?」
「売り物モルよ。マジカルステッキの外部装着型パーツはコアな人気商品モル」
「おお、私の知らない世界」
マジカルステッキは魔法少女の武器なわけだし、ファンシーな見た目よりも、銃器のようなゴツい見た目が好みな子もいるんだろう。
それはともかく、と更衣室に入ると、一般の方だろう、下着姿の高身長女性たちが多数。
私は緊張を抑えるべく、大きく深呼吸してから突入した。
「つ、次からは体操服で動いた方がいいですね」
「そうモルね。僕も気づくべきだったモル」
着替え始めると、周囲の美女が下着姿の私にハッとして、顔を赤くしてそっぽを向いたり、まじまじとした視線を向けてくる。うう、恥ずかしい。
最後にジャージのチャックを閉めると、流石に好奇の視線は止んだが、今度は匂いが気になる。どうしようもないかもしれない。
「緊張します。別の意味で」
「とりあえず待機スペースでヒトミちゃんを待つモル」
「はい」
入り口近くの待機スペースに出ると、中等部一年組がやって来た。
ヒトミちゃんも一緒だ。
彼女たちはすでに体操服姿だった。着替えてきたのだろう。
「あら、夜見さんは先に来ていたんですのね」
「あはは、はい。みんなは学校で着替えた感じみたいですね」
「違うで。うちらな、部室で着替えたんよ」
「部室?」
「はい勧誘パンフレット」
手渡されたチラシには「エモーショナル茶道部」と書かれていた。
「エモーショナル茶道部」
「争奪戦攻略を目指して部員勧誘中なの。夜見も入らない?」
「でも、私たちは協力したらダメだと……」
「知ってる。でも別々で攻略するのは寂しいじゃない。中学生らしく反抗期になってみない?」
「反抗期、ですか」
私はドキリとした。
でも、たしかにそうだ。みんなと一緒にいたい、争奪戦を楽しみたいという私の本心を、誤魔化すべきじゃないと、私は思った。
「うん、私も入りたいです。入部希望はどこに出せば?」
「マジタブで読み取れるコードがあるやろ? そこから申請してくれたらええよ」
「ダントさん」
「もう読み込み済モル。どうぞモル」
ダント氏は全て入力済の画面を見せてくれた。
私は入部申請ボタンを押す。いちごちゃんがその場で許可をしてくれたことで、エモーショナル茶道部に入部できた。
「よっし、これで夜見にも情報共有が出来るわね! おさげ、行くわよ!」
「分かっとるって。夜見はんこっちに来てくれへん? 一緒にダブルクロスのチュートリアルに参加して欲しいねん」
「これがお姉さまのゼッケンです! 陣営は赤です! ご迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします!」
「うわぁ!? は、はい!」
とたんにドッと押し寄せる友人たち。
連れられるがままに更衣室の隣の中央ドアから、フィールドに入る。
高低差や遮蔽物のある、サッカー場くらい広さの屋内フィールドには、いくつもの赤い樹木が生えていた。
「あれはなんですか?」
「あとで分かるわよ。今はこっちに来て」
「あ、はい」
案内された先では、赤白どちらかのバッチを付けた体操服姿の少女が、イベントスタッフのレクチャーを受けている場面だった。
列に並んで順番を待つ。しばらくして私たちの番になった。
「赤の463番が二人……ということは、姉妹組の方ですね。チュートリアルをお聞きしますか?」
「よろしくお願いします」
「かしこまりました。では――」
説明を聞いた。フロイライン・ダブルクロスとは、梢千代市全体をチェスの盤面に見立てて行う紅白陣取り合戦。
基本は同じ色の二人一組で行動し、この「エダマ演習場」のように、規定位置に出現する怪人役のロボット軍団を討伐して、ポイントを稼ぐようだ。
盤面一コマにつき1000ポイントで購入出来るようになっており、ワンクール――大体三ヶ月で一区切り。その時点で多くのコマを持っていた色の勝利。
他にも特殊なルールがあって、自身のコマに他色のコマが隣接した場合、「協定」で紅白どちらかの色になって共闘するか、「戦闘」で互いのコマを奪いあうかの二つの選択肢を取らなければならない。
そして「戦闘」で敗北した場合、そのクールでは再起不能扱いとなり、手に入れた全てのコマを失う。
本来は仲良くしようね、という意味でデメリットを強くしたらしいのだが――
「――結果的に戦闘の重要度、ゲーム性が高まって、人気イベントの一つになった、ということですか」
「うん。やっぱりバトルシーンは見応えがあるからね。華があるし、盛り上がるし。盤面がひっくり返るような戦闘は、いつ見ても楽しいよね……」
「お姉さま、ヒトミはワクワクしています!」
「うふふ、私もです」
「やっぱ姉妹組は良いなぁ……仲がいい……」
分かり合う私たちとスタッフさん。
そこにダント氏が口を挟んだ。
「あの、スタッフさん。そろそろチュートリアル戦闘を初めて欲しいモル」
「……あっ普通に喋ってしまいました! 失礼しました、これよりロボットとのチュートリアル戦闘を行いますので、マジカルステッキをお出し下さい」
指示を受けた私たちは、マジカルステッキを取り出す。
イベントスタッフさんが手持ちのボタンを押すと、床下の一部が開き、一体のドローンが出現した。
カメラレンズが私たちを見つめている。
「あれが敵ですか?」
「いえ、あちらのドローンは、皆さまの行動をライブ配信するための撮影機材です。できれば攻撃しないように気をつけて下さい」
「あ、はい。分かりました」
「戦闘を行うのはこちらのロボットとなります」
続いて床下から出てきたのは、銃座の付いた鳥型の二脚ロボット。
大きさはおそらく80センチほど。モノアイで、内部構造が剥き出しだ。
「こちらはザコ敵役のロボ。銃口からエモ光線を発射して攻撃してきます」
「エモ光線」
「人体には影響はありませんが、当たると精神的に熱いです。気をつけて下さい」
精神的に熱い、というのがよく分からない。
「弱点はモノアイ――つまりカメラ部分です。そこにマジックミサイルを当てると一撃で倒せます。……では、戦闘開始です」
ウォーン、と二足歩行ロボが動き出し、私たちに狙いを定める。
私とヒトミちゃんは、条件反射的にステッキを振ってマジックミサイルを発射。
ロボのモノアイに命中させ、一秒もかけずに機能停止させた。




