第58話 おじさん、従者が出来る
「――なるほど、養子になるまでにそのような経緯が」
「はい。関連する用語を聞くと、思い出して心が辛くなるんです」
「……ますますあの面影を思い出します。貴方への興味が尽きませんね。何か手伝って欲しいことはございますか?」
「正直に言えば、何もかも手伝って欲しいなぁ、なんて」
「ふふ、面白いジョークですね。引き受けましょう」
「ああどうもで……え? あ、え?」
軽い冗談のつもりだったのだけど。
リズールさんは握手を求めてくる。完全にやる気だ。
困ってダント氏を見ると、絶句していた。
「だ、ダントさーん」
「……」
「ダメだ反応がない」
そりゃそうだ。相手は光の国の創始者。名誉会長と言い変えてもいい。
ダント氏が固まるのも当然なのだけれども、それでは困る。私が。
「ダントさん、ダントさん。起きてください」
「ハッ」
何度かつついたことでようやく立ち直ってくれた。
改めて話し合う。
「えっと、どうしましょう?」
「その前に一つだけ言っていいモル?」
「はい」
「夜見さんって不思議なほど上役に好かれる天然たらしだったモル?」
「わ、私に言われましても……」
「まあ、過ぎたことモルから、協力を申し入れさせて貰いましょうモル」
「は、はい」
遅ればせながらリズールさんと握手をさせて貰う。
その手は驚くほど固く、冷たく、まるで陶器のようだった。
「え、人じゃないん……ですか?」
「半世紀ほど泥人形をしています」
「ゴーレムさんだったんですか!? 全然そう見えなかったです! 華奢で可憐ですし、メイド服もとっても似合ってますし!」
「ふふ、お世辞が上手いのですね。主様ポイントを一点差し上げます」
ご褒美に金平糖のような形のシャインジュエルを貰った。
一番多く取れるサイズで、エモ値は10とのこと。
ダント氏に食べるかどうか尋ねられたので、食べない方を選んだ。
「どうして食べないモル? エモ力が上がるのに」
「実は、貴重なアイテムは温存したい派なんです」
「分かったモル。腐らせない程度に消費させるモル」
「そんなひどい」
「……魔法少女様。失礼ですが、お名前は」
「ああ、申し遅れました。夜見ライナです」
「かしこまりました。夜見ライナ様、仮の主様として登録させて頂きました。私の名はリズール・アージェント。リズールとお呼びください。そして、このリズールの気まぐれに、今しばらくお付き合いください」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」
お互いに向かい合って挨拶をした辺りで、佐飛さんが戻ってきた。
「失礼します、ライナ様。お迎えの車が到着しましたので、遙華様方を運ばさせて頂きたく存じます」
「あ、手伝います!」
「これはこれは、ありがたい申し出――」
「主様が行うならば、私も手伝いましょう」
「な、ななななんと……!?」
「ちょっ、ブーストッ!」
ギュァァッ――
リズールさんの発言に、佐飛さんは驚いて腰を抜かしてしまう。
かなり危険な倒れ方だったのでギフテッドアクセルを使用、全力で保護した。
「佐飛さん大丈夫ですか!? 腰とか、ぎっくりしてませんよね!?」
「はは、は。この佐飛を驚かせた人間は、この世で数えるほどしかおりませんぞ、ライナ様」
「立てますか!? 大丈夫ですか!?」
「立てずとも問題はありませぬ」
佐飛さんが携帯電話を取り、運転手と車内に控えていた数名の家政婦さんを呼ぶ。
遙華ちゃんたちは手際よく送迎車へと運び込まれ、佐飛さんも運転手さんに肩を貸してもらいながら、助手席に座らされた。
「……ライナ様」
「なんでしょうか?」
「私はしばらく動けそうにありません。何かあれば、朔上ファウンデーションの警備員をお頼りください」
「あ、はい。どうもです」
遠井上家の名刺入れと名刺をセットで渡してくれる。
緊急時に使え、ということだろう。
運転手さんと目線が合ったので、会釈し返すと、ウィーン、とドアガラスが締まり、佐飛さんと遙華ちゃんたちは自宅まで帰っていった。
「大丈夫ですかね、佐飛さん」
「たぶん今日はダメモル」
「ですよね」
リズールさんの影響力を考えれば、それも当然か。
もう当たり前のように私の背後に控えているのも怖い。
「あの、リズールさん」
「なにかご所望ですか?」
「お店、抜けても大丈夫なんですか?」
「私の代わりはいくらでもいます。今はしがないメイドですので」
いや、それはない、絶対にない、と思わされる発言だった。
「それよりも夜見ライナ様、これから何をなさいますか?」
「ああ、えっと、ダントさん何しましょうか?」
「とりあえず、支援者S.Gが信用できるかどうかの特定モル?」
「なるほど。じゃあそれをしたいです」
「であれば、魔法少女ランキングから支援者一覧の確認と、他の魔法少女との情報交換が重要ですね。反社会的な特定行為については発言を控えさせて頂きます」
「ははは……」
やろうと思えば居場所を突き止めることも出来るよ、と暗に言われて怖い。
「あの、ダントさん」
「もうやってるモル。数名の先輩魔法少女からメッセージあり。急いで行くから待ってて、とのことモル」
「そうじゃなくて、リズールさん怖くないですか」
「今はただの情報通なメイドさんだと思って接するモル。協力してくれる理由なんて考えない方が身のためモル」
「それはどうして」
「この責任に押しつぶされそうな状況に耐えるにはそうするしかないからモル」
「……ああ、そうですね。その通りです」
ダント氏もギリギリの精神状態だったようだ。
なので恩返し目的で「頑張ってください」と耳元で応援してあげたら、「……な、何考えてるモル? 僕はバター犬みたいにはならないモルよ?」とうろたえてしまったので、反省しつつ、たまにやって好感度を稼いでおこう、とは思った。




