第56話 おじさん、青髪の美人メイドと出会う
夕暮れ時の梢千代市は、シャインジュエル争奪戦の開催日ということもあり、普段より出歩く人が多い。
大鳥居通りなんかは屋台が立ち並んでいて、まるで祇園祭のようだ。
「夜見さん、落ち着いたモル?」
「まあ、多少は。はい」
頭に血が上っていた私も、ダント氏が買ってきてくれたりんご飴を食べることで、心のもやもやが晴れた。
嬉しいことをすれば心も嬉しくなれるのだ。
追加でシャインジュエルを食べるように言われたので、口の中に放り込んだ。
「甘いものを食べるだけで全ての悪感情を忘れられるのが不思議です」
「ブトウ糖がエモ力とスパークリングして肯定力を生み出すからモル」
「なるほど」
「お姉さま、これからどうしますか?」
「ええと、ヒトミちゃん」
「はい!」
「姉妹の誓いのことを教えてもらえますか?」
「分かりました!」
ヒトミちゃんから詳しいことを聞いた。
姉妹の誓いとは、端的に言うとパートナーシップ契約のこと。
魔法少女業を円滑に進めるために、お互いに協力し、助け合う契約のようだ。
一つだけ違う部分があるとすれば、姉役には妹を助ける義務がある、という点だけ。
「ダントさん、緊急参戦の規約はどうなっていますか」
「基本はNGモルけど、姉妹の誓いは例外とされているモル」
「なら問題ないですね。ヒトミちゃん、ダブルクロスに参加出来るんですよね?」
「はい、出来ます! ……あ、もしかして!」
「そういうことです。ピンチになったら呼んで下さい」
「ありがとうございますっ!」
つまりは、ヒトミちゃんが先行してくれれば、私は問答無用でイベントに参加出来るということ。支援者S.Gを名乗る人物からのアドバイスは正確だった。
使い走りをさせてごめんなさい、と謝ったが、彼女はきっぱりとそれを否定した。
「いえ、どんどん使って下さい! そのつもりで妹になりましたから!」
「そうなんですか?」
「主となられる夜見お姉さまに仕えるのは従者のつとめです!」
「あ、主?」
「お姉さまが叙勲されたあとに派遣されるのが私で、現在はその予定を前倒ししただけです! 従者の家系ですので!」
「……な、なるほど」
つい忘れがちだが、梢千代市は華族制度がある特殊な地域。
華族がいるのだから、従者がいるのも当然なのだ。
一つ二つの決め事のあと、ヒトミちゃんにはフロイライン・ダブルクロスの参加者集合地点に向かって貰う。
私はあとから合流だ。
「お姉さま、最後にこれを」
「……カフェ・グレープの無料コーヒー券?」
「そちらで一服してきて下さい。きっと力になってくれます」
では、と彼女は去っていった。
ダブルクロスに関してはこれで大丈夫だろう。
「ダントさん、どうしましょう?」
「カフェ・グレープ、どこかで聞いたような記憶があるモル」
「知ってるんですか?」
「上司か誰かに言われた気がするんだモル。向かったら始まるみたいなことを」
「な、何が始まるんです?」
「おそらくは決戦、もしくは再起、などですかな」
「「!」」
驚いて後ろを見ると、遠井上家の執事、佐飛さんが立っていた。
隣には義妹の遙華ちゃんのほか、お隣さんの夏向ちゃんと光莉ちゃんがいて、私を見るなり抱きついてくる。
「わーい!」
「ライナおねーしゃん!」
「わっ、みんなこんばんはー!」
私も嬉しくなってギュッとハグをした。
ああ、心が癒やされる。
悩み事もパッと消えた。
「おねーしゃんみてて! へんしん!」
「おお! 変身できてえらいねー!」
「まほうしょうじょ……えっと、ちゅーりっぷさんだよ!」
「チューリップさんかぁ! かわいいね!」
幼児用のマジカルステッキで変身した彼女たちを褒めたり、一緒に記念写真を取るべく私も変身して見せたり、ついでに通行人の注目を浴びてしまい、色々と対応することになったけれど、楽しいので良いのだ。
「――ライナ様、少しよろしいですかな」
「なんでしょうか?」
「近くの喫茶店に向かいましょう。遙華様たちがお疲れのようですので」
「あ、はい。分かりました」
疲れたのか、遙華ちゃんたちがねむねむしていたので、喫茶店に入る。
そこがまさかの『カフェ・グレープ』だった。
インベーダーのテーブル筐体を現役稼働させるほど昭和レトロにこだわった喫茶店で、エプロンをつけた若い女店長さんが接客してくれる。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「六名……いや、四名と二名でお願いしたい。二名はカウンター席で」
「え、佐飛さん?」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
佐飛さんと遙華ちゃんたちはテーブルに、私たちはカウンター席に案内された。
「あの、佐飛さん。どうして席を別にしたんですか?」
「話の邪魔をするべきではありませんからな。ライナ様は無料コーヒー券を店長にお渡し下さい」
ダント氏と顔を見合わせる。
とりあえず指示に従ってみることにした。
店長さんにチケットを渡すと、緊張しているのか固唾を飲んだ。
「――拝見しました。おーい、リズールさん。お客様です」
『かしこまりました』
店長の呼びかけで、店の奥から青髪のメイドさんが出てくる。
フード付きの黒いショールを被っているからだろうか、ただ現れただけなのに圧が凄まじい。
「コーヒー無料券を渡しただけなのに何ですかこの緊張感」
「……あ、思い出したモル」
「何をですか?」
「あの人たぶん、この世界で最初にエモーショナルエネルギーを見つけた方モル」
「光の国の創始者じゃないですか……! あわわわ」
ガッチガチに緊張する私を横目に、カウンターに入ったメイドさんは、手際よく作業すると、私にアイスコーヒーを差し出した。
「ど、どうも」
『質問なのですが』
「はい!?」
『斬鬼丸とはお知り合いですか? 似た気配を感じますので』
「えっと、一宿一飯の恩義とやらで力を分けてくれた、感じで。知り合いでは、あるかと?」
『ああ、弟子の方でしたか』
納得したようで相手は静かになる。
私は何も言えなくて、コーヒーを飲んだ。
「あ、おいしい」
『お口に合われたようで何よりです』
「僕も飲んでみていいモル?」
「えっ、ダントさん大丈夫なんですか? カフェインって動物には毒でしたよね?」
「エナドリを飲めるモルモットがカフェインで死ぬわけないモル」
「それはたしかに。どうぞ」
残りはダント氏にあげた。
すると、少しだけ頬を緩ませたメイドさんが尋ねてくる。
『このコーヒー、子供舌の方でも飲めるでしょうか』
「……んー、試しに飲んで貰う、なんていかがですか?」
『まだ試作品ですよ?』
「だからこそ、一緒に作った方が楽しいじゃないですか。理想のコーヒー」
『ああ、そうですね。貴方が正しい』
相手はフードを下ろす。
宝石のような赤い瞳があらわになり、まるで女神とか、精巧に作られた人形のようというか、絵画でしか見たことのない絶世の美女が、私をじっと見つめていた。
「改めて自己紹介を。私の名はリズール。貴方の相談をお聞きしましょう」
「ほわぁ……」
その、常人を遥かに凌駕した美貌に、私は思わずため息を漏らした。




