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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
第二部 一章 シャインジュエル争奪戦・デビュー編

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第54話 おじさん、争奪戦にエントリーする

 昼休みの聖ソレイユ女学院は、女学生たちの期待と興奮でにぎやかになっていた。

 先生から「シャインジュエル争奪戦がようやく始まります」と伝えられたからだと、妹のヒトミちゃんが目を輝かせながら教えてくれたので、それだけみんなの楽しみだったのだろう。


「夜見お姉さまはどのイベントに参加されますか!? ヒトミも同じものに参加したいです!」

「私は決まってますけど……ダントさんどうしましょう? ありですか?」

「赤城先輩が僕に言った五つの課題は、イベントの参加先と心構えだけモル。だめと言われても僕が間に立つモル」

「ありがとうございます。ヒトミちゃん、一緒にエントリーしに行きましょう」

「はいっ!」


 私はヒトミちゃんと一緒に中央校舎へと向かった。

 聖ソレイユ女学院の生徒が、イベントカタログを貰いに一度は訪れるところであり、私がこれから所属する陣営、紫こと「バイオレットサファイア」の拠点がある場所だからだ。

 なにより、シャインジュエル争奪戦に参加申請(エントリー)できるのは、開催日当日の中央校舎か、各拠点の購買部支店からのみ、と校則で決まっている。

 だから私たち一年生は、必然的に各陣営の特色に染まり、そこに所属していくのだ。


「あ、ヒトミちゃん」

「は、はい!」

「所属したい陣営とか決まっていますか?」

「えっと、その……お姉さまと一緒ならどこへでも」

「あはは、そうですよね――よし、到着です」


 中央校舎には紺腕章を除いた多くの上級生が集まっていて、陣営に付いたマイナスイメージの払拭しようと、電子カタログの配布やイベント参加受付などのボランティア活動に精を上げている。

 対して中等部一年生たちはというと、三限目の臨時ニュースにより先輩たちを怖がって、遠巻きに眺めている状況だ。


「だいたい予想通りモルね」

「ですね。臨時ニュースを流すべきじゃなかったのでは」

「それにも事情があるんですのよ」

「この声は――」


 ふと聞き覚えのある声がしたので振り向くと、赤陣営のリーダー、ハムスター先輩が立っていた。

 側にはいちごちゃんが控えている。おそらく赤陣営を選んだのだろう。

 手を振ると、先輩の影に隠れて恥ずかしそうにしていた。


 話がしたいところだが、中等部一年組はシャインジュエル争奪戦が関わる場合のみ、馴れ合いが制限されている。チームを組むと強すぎるからだ。

 仕方ないので、エントリーが終わるまでは我慢しておこう。

 ダント氏に目配せすると、分かってくれたようだ。会話を繋いでくれる。


「それで、どんな事情モル?」

「私たち赤陣営と生徒会のケジメのためですわね。昨日まではいつもの喧嘩としか認識していなかったのですけど、両陣営が対立するに至った内情を知って、己の無知を反省しましたの」


 誘拐や拉致が「いつもの喧嘩」と思われている緑陣営と紺陣営とはなんだ。

 私の疑問はダント氏が代弁してくれた。


「誘拐・拉致がただの喧嘩っておかしくないモル?」

「紺の最高責任者こと高等部三年生の屋形さんと、緑陣営のリーダー、二年生の緑さんは恋仲だったんですの」

「それとどういう関係があるモル?」

「管制塔に引きこもりがちな緑さんを、手段を選ばずに運び出すのが屋形さんでしたから、私たちからすればいつも通りでしたのよ。夜見さんや中等部一年組に手を出したのも、その策略の一手だと思っていましたの」

「ちょっと正常性バイアスに引きずられすぎているモル」

「その通りですわ。まったく反論出来ませんの。ですので夜見さん、大変ご迷惑をおかけしました。心から謝罪します」


 ハムスター先輩は私に深く頭を下げてくれた。

 これからは心を入れ替えてくれそうだし、赤陣営からは直接的な迷惑行為を受けていないので、「もう気にしていませんよ」と伝え、この一件は済んだことにした。


「そう言えばモルけど」

「どうされましたの?」

「紺陣営の担任枠の人はどうなっているモル?」

「……赤城先輩から聞いてませんの?」

「それよりも、とシャインジュエル争奪戦に向けたことを教えられたモル」

「赤城先輩らしいですわね。なら、私が代わりに伝えますの」


 ハムスター先輩は中等部一年組の担任事情についても教えてくれた。

 まず、緑陣営のリーダーこと青メッシュ先輩は、責任を取るべく生徒会で罪を自供。

 停学処分を受けるも、情状酌量が認められて二ヶ月で済んだようだ。

 代わりに青メッシュ先輩のお世話係――もとい、参謀のヒスイという方が担任になったとのこと。


 そして紺陣営は、生徒の大多数が郊外のカウンセリング施設に入れられたうえに、陣営自体が半年の活動停止処分。

 今は生徒会風紀部が担任代理を受け持っているらしい。


「そもそも、紺陣営はなんで暴走しちゃったモル?」

「ダークライに連なる要注意団体に洗脳されたまま、開放された聖獣が居たみたいですの。ほとんど不可抗力でしてよ」

「怖いモル……」


 あのシュミレーションのことを思い出したようで、ダント氏は私に抱きつき、ブルブルと震え始めた。記憶にある限りで思いつくのは、あの「ブルーノ」と名乗った狼の聖獣だろう。


「あの、ハムスター先輩。その聖獣って、ブルーノと名乗ってたり」

「……やはり、会ったことがありますのね。そういうことですの。一部の先生方や、紺陣営のほとんどの子が強制シュミレーションの影響で心的外傷を負っていましたわ。いわゆる恐怖政治のような状態でしたの」

「なるほど、分かりました」


 やけに魔法少女に対して批判的だと思ったら、洗脳されていたのか。

 ダークライを許せない理由がまた一つ増えた。


「他に聞きたいことはあるかしら?」

「特に思いつきません。思いついたら聞きます」

「了解ですわ。では話し合いはこれで。いちごさん、行きますわよ」

「あ、はい! ――夜見、あとでね」

「ふふ、はい」


 ハムスター先輩たちが先に向かったので、私たちもあとに続き、電子カタログ一式を受け取った。

 見た目はテレフォンカードと専用の小型読み込み端末(カードリーダー)

 マジタブと連動させて使うようだ。


「データやアプリを直接インストールとかではないんですね」

「あはは、偽造アプリでマジタブをハッキングされたら困るからね。物理的な対策」

「ああー」


 先輩の言葉で、古い形式にも意味があるのだと思い出した。

 特にテレフォンカードなんてものは、使われなくなってから、かれこれ半世紀は経っている。

 市販品の読み取り機材なども、すでに生産終了しているだろう。


「夜見お姉さま、このペラペラのカード?は何ですか? どう使うんですか? 分かりません」

「分かってますよ。教えます」


 このように、現代っ子はそもそも名称すら知らない。

 それだけでも十分なほど、世代というセキュリティウォールは強固なのだ。

 ヒトミちゃんに使用方法を教えたあと、隣の受付でシャインジュエル争奪戦のエントリーも済ませた。あとはイベントの参加申し込み書を出すだけだ。


「お姉さま。どのイベントに参加されるのですか?」

「参加を許されたイベントは五つだけなんです。さらに追加の制限として、イベントごとに定められた隠し条件もクリアしないといけない」

「それは一体……?」

「見つけるのも課題なんですよ。さて、最初に参加するイベントですが――」


 ちらりとダント氏を見る。すでに見つけてくれていた。流石だ。


「梢千代市全域を舞台に、二つのチームに分かれて陣取り合戦を行う一大イベント――競技名称は「フロイライン・ダブルクロス」モル。やっぱりメイクデビューを飾るならこれモル」

「そ、それって、たまにニュースになるやつ!」


 おお、ニュースになるほどに有名なんだ。


「私はこのイベントに参加します。みんなの期待に応えられるような、最高の魔法少女になるために。ヒトミちゃん。貴方も私についてきますか?」

「……は、はい! 一生懸命、お姉さまの後ろをついていきます!」

「決まりですね」


 私とヒトミちゃんは、参加申し込み書に「フロイライン・ダブルクロス」と記入。

 参加窓口役の先輩に「次回からは各陣営の購買部支店でね」と説明を受けたあと、その場で提出した。これで一段落だ。


 遠巻きに見ていた中等部一年生も、私たちの行動を見て勇気を出したようで、おっかなびっくりエントリーし始めた。

 いい傾向だと思う。


「うう、緊張します……!」

「そうですね。ああ、そうだ。これから昼食を食べに行くんですが、ヒトミちゃんも来ますか?」

「はいっ! どこへなりともついていきますっ!」


 続いて向かったのは、中等部生徒用の食堂。

 中等部一年組が座っている席にヒトミちゃんを連れて行くと、彼女は可愛い悲鳴を上げた。

 やれやれ、私の妹になったんだから、これくらいは慣れてもらわないと困るなあ、なんてね。

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