第46話 おじさん、魔法体育の授業に出る②
顔をキリッとさせたミロちゃんは、皆にお辞儀をすると、マジックペンを手に取り、ホワイトボードを指し示す。
手から青いオーラ出して四角いキューブを浮かべる魔法少女のイラストだ。
「では、先生の代わりに私が解説します。まずは魔法「紺」。操作の力です。手に意識を集中させながら操作で発動。エモ力を飛ばして物を押したり引っ張ったり、持ち上げられます。使いこなせば、戦闘中に弾き飛ばされたマジカルステッキを引っ張り戻す、なんてこともできます」
ミロちゃんは投げ捨てたマジックペンに青いオーラを飛ばし、手元に引き戻して見せた。
おお、という感心の声が先生から上がる。
「魔法「紺」には他にも、手先が器用になり、武器やマジックミサイルの扱い方が上手くなる効果があります。私なら、最初に訓練することをオススメしますね」
それを聞いて、生徒からも驚きの声が上がった。
こそこそ小話を聞く限りでは、戦うのが苦手らしき子が「道が見えた」と嬉しがっているようだ。
「では続いて。魔法「紫」です」
次は、紫のオーラでスプーンをぐにゃぐにゃにする魔法少女のイラストだ。
「これは変化の力です。変化させたい物に意識を集中させて変形と言う事で発動。エモ力で物の形や、素材そのものを変化させられます。これはマジタブに標準で搭載されているカスタマイズ機能と同じ力で、他にも、魔法少女の「聖なる力」に関わる重要な魔法だとされていますね」
ミロちゃんはマジックペンに意識を集中した。
すると、紫オーラに包まれたマジックペンがくねくねと曲がり、木の棒になったり、棒キャンディに変化した。
しかし紫オーラが消失すると同時に、元のマジックペンに戻ってしまう。
「はぁ、はぁっ、この魔法を極めれば、変形した物で固定することが出来るので、頑張って特訓してみてくださいっ」
『おおおー!』
パチパチパチパチ――――
称賛の拍手は鳴るも、ミロちゃんの顔は疲れきっていた。
残りの解説は諦めたようで、先生に断りを入れて、ふらふらと列の先頭に座り込む。
魔法「紫」はエモ力の消耗が激しいようだ。
「うんうん、ミロちゃんは凄いですね。実演した方が分かりやすいということを、先生うっかり忘れてました。あとでご褒美ですね。ではみなさん。もう一度、ミロちゃんに拍手を!」
ワッ、パチパチ――
アンコールの拍手も終わり、ミロちゃんにビー玉サイズのメロンのような飴玉がプレゼントされたあと、先生はざっくりと残りの三つの魔法――金・銀・灰色(黒銀)の解説に入った。
「ではでは、そろそろ体育の授業に入りたいので、一気に説明しますね。魔法「灰」。これは気配の力。気配そのものを指して黒銀とも呼びます。身体から漏れ出る魔法少女の気配――エモ力を隠したり、逆に実際よりも高く見せることができます。隠伏と注目という二つの起動方法があるので、状況に応じて使ってください」
灰色の魔法少女が、ローブを脱ぎ去る様子を描いたイラストだ。
「魔法「銀」。防御と射撃の力。防御と射撃が起動ワードです。前者は魔法障壁の追加召喚と強度上昇に、後者はマジックミサイルなどの遠距離攻撃の射程と威力に関係します。どちらもかなり重要なので、訓練をおろそかにしないように!」
三枚の正六角形シールドに守られながら、マジカルステッキを構え、星型のマジックミサイルを撃ち出す魔法少女のイラストだ。
「魔法「金」。魔法少女がそれぞれ持つ、固有魔法の力。起動ワードは魔法少女それぞれで違うかもしれないし、同じだったりするかもしれないです。マジタブのカスタマイズ機能から確認するか、聖獣さんに調べてもらうと良いですよ。はい、前回までのおさらいは以上です!」
金色のオーラを出しながらガッツポーズをする魔法少女のイラストだ。
以上の説明を聞き終えた大多数の生徒たちは、聖獣と話し始める。
固有魔法の発動方法を知らない子が意外と多かったようだ。
「はーい、おしゃべりは後で! ここからは魔法少女同士の決闘方法を学ぶ時間です! 早速ですけど、起立! グループを組んでくださいねー!」
先生の一言で、静かだった体育館は生徒たちの歓声に包まれた。
共同授業ということもあってか、今まであまり交流のなかった生徒と話し、高め合う機会が来たからだ。
私はというと――――
「囲まれたモルね」
「今、生まれて初めて女の子が怖いと感じています」
羨望と期待、恋慕の入り混じった瞳の少女たちに、完全に包囲されてしまった。
一定の距離を保たれている辺りに、僅かに残った理性を感じる。
「……ダントさん、どうしましょうか。いやほんとに」
「ええと、全員と付き合うしかないかもモル?」
「あいにくと、私は一人しかないんですけどね……!」
覚悟を決めてマジカルステッキを抜こうと、背中に手を伸ばす。
遠井上家の執事さんの教育が染み付いているため、隠す癖がついているのだ。
今日の授業に使うから、という合法的な理由もある。
さあ、覚悟を決めて……!
『あ、見つけた! おーい夜見ー!』
「! この声は!」
ふと目を向ければ、囲いを掻き分けて黒髪の美少女が近づいてくる。
大勢の視線に晒されながらも、天真爛漫な笑みを隠さず出して、大輪の花のように堂々と振る舞う、Z組の大事なお友だち。
「いちごちゃん!」
「もー、人気者ね。しょうがないから私が助けてあげるわ。こっちに来なさい」
「はい!」
私はいちごちゃんに引っ張られながら、囲いの方々に申し訳ない笑顔で別れを告げた。
連れてこられた場所には、朝方に色々あって少しむくれているおさげちゃんに、いつも通りに平然と振る舞うサンデーちゃんと、真っ赤な顔でもじもじしているミロちゃん、そして――
「ああああ、あの、おは、お、おはようございますっ!」
「貴方は朝に会った……」
「……は? え、なに? 知り合いなの? ねえ、どういう関係よ夜見?」
「うふふふふふ、夜見はんうちにも教えてくれるー?」
「あっ、その、いや、違うんですよ、あのですね――」
よく分からないうちに逃げ去った、緑髪のメガネっ娘が集まっていた。
私は、詰問モードの友人二人に圧倒されながら、今日は本当に忙しいな、と苦笑いを浮かべた。




