第45話 おじさん、魔法体育の授業に出る①
第一体育館には更衣室棟が横付けされており、特殊な校風から、生徒それぞれに個室が充てがわれるようになっている。
発育の差によるコンプレックスを感じさせないためらしい。
他の女子の肌を見ることには抵抗があるので、とてもありがたく感じている。
「授業開始まで何分ありますか?」
「あと四分モル」
「急がないといけませんね」
私は急いで制服を脱ぎ、ダント氏が取り出した体操服一式に着替える。
その途中、スポーツ用の下着に着替えたところでちらりと鏡を見た。
「――胸、大きくなったのかな」
「僕の考えが正しければ、執事さんとのトレーニングで筋肉がついただけモル」
「つまり全体的に太くなった……?」
「メジャーで計測するモル?」
「絶対に嫌です。心が折れる予感がします」
指摘されたように、腕とか肩とか、太ももとか、筋肉がついてがっしりしたような、していないような。
恐る恐る体重計に乗ってみたが、以前と変わらず48kgのまま。
太ったわけではなくて安心した。
「良かったぁ」
「……ふむ、マジタブで確認したモルけど」
「待ってください言わないで」
「サイズの話じゃないモル。副会長に言われていた第三ボタンのことモル」
「ああ、そっちの話」
「でも詳しいことはあとで話すモル」
「どうしてですか?」
「授業開始まであと二分だからモル」
「あわわすいません急ぎます!」
言われた通り、遊んでいる場合ではなかった。
私は体操服一式――半袖半ズボンの上から赤いジャージを着て、体育館に走った。
一応、チャイムがなったタイミングで飛び込むことに成功し、汗だくになりながらも、先生の指示を受けてクラスの列に加わる。
「はあ、汗、匂うかな」
「このタオルで拭くモル」
「ありがとうございます」
「制汗スプレーもかけるモル?」
「それは先生の説明が終わったあとでしましょう」
「分かったモル」
こういうシーンではダント氏に助けられてばかりだ。
今日は数組のクラスとの合同授業らしく、私の隣に座っていたのは一年D組の子だった。見たことのない子だ。
私のことをちらちらと伺ってくるので、申し訳ない顔をしながら対応した。
「すみません、汗まみれで」
「ひぇ、あの」
「もしかして匂いますか?」
「ひゃああっ」
相手はあっという間に顔を赤らめると、膝に顔を埋めて黙り込んでしまった。
体育の先生からすかさずお怒りの言葉が飛ぶ。
『そこ! 隣の子と喋らない! 授業中ですよ!』
「ごめんなさい!」
あまりにも正論だった。
合同授業ということで気が緩んでいたかもしれない。
「またファンが増えたモルね」
「その好意的な解釈で私が助かります……」
『――えー、では気を取り直しまして。授業内容の説明を行います』
優しい雰囲気を出す体育の先生は、魔法でガラガラと運ばれてきたホワイトボードにマジックペンで六つのイラストを描いた。
それぞれ、赤、緑、紺、金、銀、灰色(黒銀)と名付けられている。
「まず、前回までの授業内容のおさらいです。魔法少女には、一つの固有魔法の他に、六つの基礎魔法が存在します。それらは、聖ソレイユ女学院に存在する合計七つの陣営色に由来して、『七彩魔法』と呼ばれています。ここまでは覚えていますか?」
「「「はい!」」」
私も含めて、生徒は元気よい返事を返した。
「よろしい。では七彩魔法の具体的な特徴と、発動方法についてもおさらいします。時間はないのでさらっとね。――まずは魔法「赤」」
ホワイトボードの「赤」と名付けられたイラストが指差される。
赤いオーラを出す魔法少女だ。
「これは強化の力です。身体の中心に意識に集中させながら「強化」と言うことで発動します。習熟度によりばらつきはありますが、筋力・耐久力が通常時の一.五倍ほどになります」
「単純に強いですよね、赤の力って」
「夜見さんや、赤陣営に所属する魔法少女が得意な魔法でもあるモル」
「へえー」
「そして、この魔法には一つだけやってはいけないことがあります。何か分かりますか?」
「はい!」
一人の生徒が手を上げた。
列の先頭にいるミロちゃんだ。先生が指差すと、立ち上がった。
「二重、三重がけなどの重複使用は、成長期の大事な身体を壊してしまうから行わないように、です!」
「大正解です。よく覚えていましたね。偉い!」
ぱちぱちと拍手が起きる。
顔や表情は見えないが、ミロちゃんは嬉しそうな雰囲気を出しながら座った。
「今、言われた通り、「赤」の重複使用――魔法の重ねがけのことですね――は、大事な身体に負担がかかりますから、絶対にしてはいけません。良いですね?」
『はーい!』
「よろしい。次は魔法「緑」です」
次のイラストは、念波を出す魔法少女だ。
「これは察知の力。エモーショナルセンスとも言いますね。本能に結びつく魔法なのでいつも発動していますが、目や耳に意識を集中させ、「感応」と言うことで、察知力をさらに高めたり、広範囲に広げられます。ただし、拡張時には沢山の情報がドッと脳内に流れ込むので、常に意識を集中させないと維持出来ません」
「感覚拡張特有のデメリットですよね」
「極めると未来予知に近いことが出来るようになるモル」
「おお、ホントにすごい」
「――そして! この魔法を使うと分かること、磨かれることが一つあります。わかる人!」
またしてもミロちゃんが手を上げ、指名された。
「催眠術や洗脳、もしくは幻惑や幻覚魔法などの、対象に偽の情報を与える行為が行われたか分かるようになり、意志を貫き、悪意を見抜く力であるエモーショナルセンスが磨かれます!」
「またまた大正解です! 流石ですね!」
パチパチパチ――
拍手が鳴り響く。
……二ヶ月前に使えればよかったと思う魔法だ。
という後悔はさておき、私はミロちゃんの賢さに深く関心した。
「本当に、ミロちゃんは凄いですね。流石です」
「でも夜見さんにはとことん弱いんだモル」
「ね。向かい合うとすぐ逃げちゃうし、なんででしょうね?」
「鏡見るモル」
「?」
首を傾げるとダント氏が呆れたような顔をした。
私はただ学年一の美少女という噂と、女好きの噂が流れているだけの一般生徒なんだけどな。
「そんなに顔がいいですかね?」
「理由をよく分かってるモルね。その通りモル」
「えへへ。なら良かったです」
つまりは、ミロちゃんとの関係は良好だ、ということだ。
授業を受けようと前を向くと、体育の先生がハッと思いついていた。
「そうだ、じゃあ残りの説明も任せて大丈夫かな? 君の名前は……」
「あの、ミロで」
「分かりました! ではミロちゃん、残り五つも説明しちゃってください!」
「はい!」
直々のご指名を受けて、ミロちゃんはホワイトボードの前に立つ。




