第44話 おじさん、責務が残っていると知る
生徒会室の隣にある会議準備室とは、簡単に言うと物置部屋だ。
毎年行われる学校行事の備品や、会議の資料などが詰め込まれている。
副会長は備品棚を探り、裁縫道具一式を取り出した。
「あの副会長、服は脱いだほうが」
「喋るな。そのままでいい。雑念が湧く」
「は、ひゃい」
適当な椅子に座らされた私は、副会長の邪魔をしないよう黙り込む。
その腕前はとてもすばらしいもので、あっという間に終わった。
「……やはり規格外品か」
「どうしました?」
「ボタンが服に溶け込まない」
「と、溶け込まない?」
ため息をつく副会長と、言葉の意味が良くわからない私。
新しいボタンはしっかりと留まっているし、色味も自然だ。
何が溶け込んでいないのだろうか。
「夜見」
「は、はい」
「服とボタンのエモ値にズレがある。おそらくだが、その部位のボタンは、コスチュームの重要な部分なのだろう」
「重要な部分」
「と言っても、シャツは消耗品だ。替えもあるだろうし、何度か変身すれば馴染むだろうが、まあ、弱点が出来た程度には理解しておけ。今日だけな」
「分かりました。気をつけます」
よく分からないが、取れたボタンはコスチュームの重要な部分だったらしい。
「ダントさん、何がなくなったんでしょうか?」
「マジタブのカスタマイズ機能で確認しておくモル」
「あ、お願いします」
詳しいことはダント氏に調べてもらうことに。
そのあとは生徒会室に戻り、事件の顛末について知った。
当然ながら、校長先生はしばらく謹慎処分らしい。
解雇されなかったのは「魔法少女プリティコスモスが許したから」という、どんな顔をすればいいか困る理由だったけれど。
「――でも、校長先生が黒幕ではなかったんですか?」
「ああ。彼女は黒幕が国家規模の組織だと語り、自らは捨て駒になる道を選んだ、と言った。魔法少女を裏切るという重責に耐えられなかったようだ」
「本当にいるんだ、ダークライ」
「それ以上の情報はあるモル?」
「黙秘された。時期が来れば話すと約束したから、いずれ判明するだろう」
「そうモルか。敵の拠点は分かっているモル?」
「あった、が正しいな。歴史が修正された数日後、全国各地で廃棄された研究施設やボンノーン製造工場が見つかった。施設管理者は判明したが、現時点では消息不明。全力で行方を追っている」
「なるほどモル」
こちらの方が、今日一番で驚いた情報だ。
魔法少女としての職務はまだまだ残っているらしい。
その後、会長はレポートを数枚めくって、一人の人物写真を指差す。
兜のスリットから青い炎が漏れる、銀色の西洋甲冑騎士が写っていた。
「そして、君たちが出会った『斬鬼丸』という精霊についてだが」
「はい」
「彼は五十年前、『灰の魔法少女』と共に現れた秘密結社のひとつ、『暗黒の月曜日』の構成員だ」
「秘密結社!?」
「斬鬼丸さんは敵だったモル!?」
――訂正しよう。
こちらが今日一番で驚いた情報だ。
「いや、そうとは言い切れない。彼や、彼が所属する秘密結社の長こと『灰の魔法少女』は、シングル世代の魔法少女と共闘していた時期がある」
「一時共闘を」
「だから彼も、正義の味方か、少なくとも中立だろうさ」
「だったら、いいんですけど」
数ヶ月前の一件、かなりのやらかし案件だったのかもしれない。
斬鬼丸さんの行動原理が分からないままだし。
「……まあ話を戻そう。夜見くん。斬鬼丸という精霊は、学校地下にある白亜の門の先に進んだ。それで違いないか?」
「はい、間違いないです」
「分かった。確認が取れただけで十分だ。君たちは授業に向かってくれ」
「失礼します」
退室を促され、生徒会室を後にする。
その直前でどうしても不安になって、後ろを振り向いた。
「あの、会長」
「どうした夜見くん」
「門の先はソレイユなんですよね?」
「……ああ、君が気に病む必要はないよ。彼への対応はあちら側がするだろう」
「でもその」
「君は間違えていない。正しいことをしたんだ」
「正しいことだったとは、思いますけど、不安で」
「……ふむ、たしかにそうだな。だけどそれでいいんだ、夜見くん」
「それでいい、とは」
会長はコホンと軽く咳をすると、柔らかな笑みを浮かべた。
「正義に正解はない。不安になって当然だ。……だけどね、夜見くん。たったひとつだけ、間違いを正解に変えられる方法がある」
「それはなんでしょうか」
「諦めないことだ。どれだけ他人に無意味で無価値と蔑まれようと、諦めずに進み続けて、最後に一花咲かせれば、人は、批判していた自らが過ちだと気付ける」
「成し遂げるまで諦めるな、ということですか」
「君はまだまだ駆け出しだ。自らにとっての正義とは何たるか、信念がなんたるかが固まっていなくて当然。これから育てていけばいい。じっくりとね」
「……はい、肝に命じます」
「ああ。頑張りたまえ。君なら出来るよ。私が認めたんだから」
会話が終わる。
始業五分前を知らせるチャイムが鳴り、私は生徒会室を後にした。
「諦めない、か。私には縁の遠い言葉かもしれないです」
「僕はそう思わないモル」
「どうして?」
「夜見さんほど芯の強い人はそうそう居ないモルよ」
「だと、いいんですけど」
ダント氏は精一杯のフォローを入れてくれる。
いつもなら喜べるのに、斬鬼丸さんのことが引っかかってモヤモヤが晴れない。
あれは失敗だった、という反省と、それでも世界を救ったんだという認識がぶつかり合ってこんがらがったままだ。
「はあ、もっと自信を持てるようになりたいな」
「ため息をつかない。前を向いてポジティブに振る舞うモルよ。さ、一限目は魔法体育モル。早く体育館の更衣室で着替えようモル」
「……うん、そうですね。ひとまず忘れて、授業を頑張りますか」
ダント氏の言う通り、いつまでもうじうじしているわけにはいかない。
ポジティブ思考を切り替えた私は、授業が行われる第一体育館へと向かった。




