第31話 おじさん、再び上級生に誘拐される
「これからどこに向かうんですか?」
「とりあえずは……情報保管区だ。過去に行われた争奪戦の資料がある」
「どこにあるんです?」
「女学院の裏門側だ」
「え、あそこ朽ちてましたけど」
「逆だ。過去のまま時間が停止してるんだ。永久保存するためにな」
「魔法すごい」
私たちは裏門から出て、朽ちた建造物群の中に入った。
廃墟のような敷地の中に、いくつかの新しい建造物があり、その中の学院図書館で争奪戦に関わる資料を集めている間に、副会長から話を聞けた。
「シャインジュエル争奪戦って具体的に何をするんですか?」
「スポーツ競技が主だ。賭け試合・バトルトーナメント形式での争奪戦も多く残っているが、支援者たちからは『魔法少女同士が戦うなんて辛くて耐えられない』という声が多く、最近ではあまり耳にしない」
「そうなんですか」
「それに事情の変容もある。昔は秘密裏に敵組織を壊滅させていたが、現在は企業同士の経済戦争に取って代わっている。魔法少女が光の国の戦士となっていた時代も終わりが近いんだ」
「少し寂しいですね」
「赤城恵はそういう意味では情け容赦のない性格だからな。過去の価値観をお前に示したかったのだろう。……よし、集めてきたぞっ」
ドサッ。
「ぶくぶくぶくぶく」
「夜見!?」
テーブルに置かれた資料の山を見て、私は泡を吹いて倒れた。
その後、ダント氏の『これはサッと確認するだけの書類! そして明日から三連休! 長期休暇モルよ!』という声を聞いてなんとか意識を取り戻す。
「そうか、入学するまでの一ヶ月に、とても過酷な詰め込み教育をしていたんだな……」
「すみません、そのせいで書類の山を見るのがトラウマで」
「いや、分かるぞ。中等部だった頃の私も同じ境遇だった。頑張ったな。明日から三連休だからゆっくり休め」
「はい」
副会長に同情されつつ、明日が三連休だと知った。
ちなみに争奪戦の資料の内容は、体育祭の競技や文化祭の出し物、地域のお祭りに近い物ばかりで、ざっと見るだけでどうすれば良いか分かる。
「争奪戦というのはつまり、シャインジュエルを景品に添えたお祭り騒ぎってことなんですね?」
「まぁそういうことだ。単純だが奥が深くてな。病みつきになる」
「赤城先生がゲームみたいって言ってたのが分かるモル」
「ね。これなら、ある程度の難易度までは対策なしでも何とかなりそうです」
「ほう、自信があるのか?」
「ふふん、任せてください!」
ドヤッと威張ると、副会長はぽんぽんと肩を叩いて『頑張るんだぞ』と言って去っていった。資料は彼女の指パッチンで自動的に戻っていく。
魔法ってすごいなぁと改めて思った。
「ダントさん、これからどうしましょう?」
「赤城先生に会いに行くモル?」
「え、嫌です……」
その後、情報保管区を出た私たちは、三限目の通常教育が始まるまで暇を持て余していた。
「みんなどこに行ったんだろ」
「気になるモルね」
キーンコーン――
中庭のベンチでぼーっとしているとチャイムが鳴り、休み時間になる。
ようやく一限目が終わった。
「あと一時間、何をすればいいんでしょうね」
「おい、一年生」
「はい?」
「お前が夜見ライナだな?」
「ひぇ――」
気が付くと目の前に緑腕章の先輩方が立っていて、私はずた袋を被せられて、どこかに連行された。
◇
私は、またどこかの部屋で椅子に縛られる。
「リーダー、捕まえました」
「上出来だ。下がれ」
「はい」
誰かが扉を閉める音がする。
するとずた袋が外され、目の前に青メッシュ先輩が現れた。
周囲は白く、見たことのない部屋だ。
「ふふふ、捕まえたのだ」
「青メッシュ先輩!? ど、どうしてこんなことをするんですか!」
「どうして? それは後輩、君がどの陣営にも属していない無所属だからなのだ」
「たったそれだけの理由で私を誘拐――」
「静かに。またシミュレーションコフィンにぶち込まれたいのだ?」
「うう……」
私は黙って青メッシュ先輩の話を聞くことにした。
「言わなくても分かっていると思うけど、紺と緑は敵対しているのだ。再び従わせるには、魔法少女ランキングで上位に食い込むしかない。だからなんとしてでも君の力が必要なのだ」
「……わ、私は自由意志で行動します」
「君の答えは聞いていない」
ずい、と一枚の用紙と緑の腕章が突き出された。
陣営加入申請書と示されている。
「この用紙に署名しろ。そうすれば開放するのだ」
「い、嫌だと言ったら?」
「承諾するまで拷問してもいいんだぞ」
「んっ」
先輩は私の首筋をツウ、と撫でる。
私はキッと睨み返した。
「良いか、聞くのだ後輩。君は自分の優れた容姿と才能に自覚がなさすぎるのだ。吾輩は永世終身名誉処女だから手は出さないけど、紺陣営に捕まったら、あっという間にあられもない姿にされてもおかしくないんだぞ」
「そ、そんなこと――」
ふと入学初日の誘拐事件を思い出し、あり得ると納得してしまう。
「思い当たる節があるだろう。だから緑に加入しろ。すれば直接的な支援が――」
ドン、ガタンッ! ドンドンドン!
突然、外で大きな音が鳴り始めた。
少しすると緑陣営の先輩が乱入してくる。
「リーダー! 紺が襲撃してきました! 逃げてください!」
「どこから情報が……くっ、仕方ない」
青メッシュ先輩は私の縄を解いた。
自由に動けるようになる。
「後輩、緑陣営は君の加入をいつでも待っているとだけは伝えておくのだ」
「え、あの、ダントさんは!?」
「隣の部屋で待機してもらっているのだ。合流して逃げろ」
「わ、分かりましたけど、誘拐したことは許しませんからね!」
「いや、君はいずれ許すことになる」
「そんなことありません! ふんっ!」
私は悔し紛れに怒ったあと、隣の部屋でダント氏と合流し、部屋の外に備え付けられている非常用階段から逃げ出した。




