第271話 謎世界に入れない謎とは?
反復横跳びジャンプ、全力ダッシュ、スライディングなど、
様々な物理的方法で侵入を試みたものの、
不可視の壁で止められてしまう。
そして物理的な接触ができないため、結界に干渉できない。詰みか?
様々な考察のすえ、主任氏はひとまずこう結論づけた。
「あくまでも……ライナ氏は、
一定の距離から近づけないようになっているようだね」
「私はそうみたいですね」
「じゃあ……次は、お友達の魔法少女に頼んで、
魔法的接触をお願いしてみますか」
「なるほど」
魔法少女に変身して接触すれば、それは魔法的接触なのか。
結衣ちゃんとマリアちゃんの方に振り返る。
二人はすでに変身し終わっていた。赤と黄色の二色。
『『――純正式礼装!』』
「夜見さん、通らせてくださる?」
「ちょっと通りますね」
「わあ、はい」
ササッと道を譲ると、二人は何の妨害もなく駐輪場に入り、
そこに放置されている自転車にタッチした。
「「入った!」」
「お、入れましたね」
「なるほど、魔法少女なら見えない壁に妨害されずに入れるのか。
お二人さん。なにか、近くに魔力を感じないかな?」
「「魔力?」」
キョロキョロと辺りを見渡す二人。
こちらからは見えないが、やがてなにかに気づき、
蜃気楼の方にマジカルステッキを向けてエモ力のシャワーを浴びせると、
小さな石ころの上に乗った半透明のナメクジが姿を表した。
エモ力を浴びるのが心地良いのか、頭部を持ち上げてクネクネと動いている。
二人は首を傾げた。
「「この生き物は?」」
「う、うおおお~ッッ!!!!
ま、間違いないッ、ヌリカベナメクジ!!!!」
「マジすか主任!?」
「うっわマジで本物ぉ!?」
主任氏や技術支援チームの研究者たちが興奮した目つきで寄るも、
ドンッと見えない壁にぶつかり、接触を遮られる。
不可視のショーケースに張り付いている怪しい中年男性群が生まれた。
「くッ……やはり僕たちには接触を許さないのか……!
地下怪獣組織の手がかりよ……!」
「で、でも推測が確信に変わりましたよ主任……!
この街には間違いなく怪獣がいます……!」
「うわ……内側から見ると気持ち悪いですわこれ」
「きもい」
軽蔑するような表情でストレートに罵倒する二人。
いやまあ、彼らからすれば魔法少女の二人はどうでもいいだろうが、
状況が状況のせいで変質性が増している。端的に絵面がマズい。
仕方ないので全員引き剥がして落ち着かせた。
「もう、はやる気持ちは分かりますが絵面がやばいです。
月読学園のパトロール生徒に逮捕されますから控えて下さい」
「「「す、すみませんつい……」」」
猛省する技術支援チームの男性方。
……とはいえ、ヌリカベナメクジが実在するものだと分かって驚いた。
謎世界と、怪獣特撮版の天津魔ヶ原には繋がりがあるのか?
腕を組み、なにかひらめかないかと眉をひそめる私。
「ううむ……謎世界の謎、深まるばかりです……」
「教祖、悩んでる」
「ナメクジさんの不思議なパワーのことかな?」
メジェド小学生たちにも私の横に並び、
同じように首を傾げてうーんと言った。
『んっふぅ~んッ! 面白みの香り!』
「うわっ……」
その瞬間、一度は忘れたはずのオカマの声が脳裏に響く。
同時に視界の左側に急に、下半身に実体がない半裸のオカマッチョが現れた。
あれだ、ランプの魔神みたい。
彼はこちらを向き、敵意がないと示すように深々とお辞儀をした。
『はじめまして夜見ライナちゃん。急に実体化すると場が混乱するから、
あなただけに見えて会話できる半霊体で失礼するわね。
あたしは笑いの神、ライジング・サン。
ライジングさんって呼んで! ちゅっ♡』
マジでハートが飛んできたので、うわ……と投げキッスを避ける。
しかし追尾型だったらしくブーメランのように帰還し、
私の後頭部に接触した。触感があるのが純粋にきもい。
ライジングさんは立てた人差し指をふるふると振る。
『も~避けちゃだめよ~!
あなたとのテレパシー回線を繋ぐための魔術なんだから。
面白みの生まれる時間を無駄にしちゃうじゃないっ!』
いや……だって変な魔法だったら怖いし……
などと考えると、テレパシーで伝わったのか彼は真剣な表情で頷いた。
『そうよね……まあともかく。
あのヌリカベナメクジは絶対に動かせないわ。
あの生き物は異界由来の生物で、
生命の危機を感じると反射の魔法を貼るの。
その魔法が不可視の壁のような物理的な反応を起こして、自らの採取や、
あの石ころの下に隠れている謎世界穴への進行を妨害するのよ』
そ、そうなんですか。
だから近づけなかったのか。お、お詳しいですね?
ライジングさんを敬う感じで見つめると、彼はウィンクした。
『んふっ♡ 私と関わるのも悪くないでしょ?
あなたのその身体――リズールちゃんの大賢者級の天才頭脳で調べれば、
反射の魔法を習得できるはずよ。
ナメクジちゃんを見ながらラーニングと言ってみなさい』
ま、マジですか。
私は二人の魔法少女からのエモ力を浴び終えて、
日光でキラキラと虹色に光るヌリカベナメクジを見つめた。
「ラーニング」
すると脳裏にありとあらゆる未知の文字、
魔力の計測数値や性質別グラフなどのイメージが浮かび、
「理解完了――”反射魔法”」と結論が出た。
起動ワードは「ベンド」。曲げる、屈折するという意味の英語だ。
ただ反射するだけでなく、機転を効かせれば反射角度も自由自在らしい。
そして……エモ力の性質を変えれば、反射感覚の変更までできるという。
目の前で感じたカチカチの壁のような感じから、
ふわふわモコモコのクッションのような感じまで様々。
な、なんだこの情報量は。初めて攻略本を読んだような感覚だ。
「おお……!」
ポツリと漏らすと、
ライジング氏が『面白いでしょ?』と言うので、
彼の方を向き、コクコクと全力で頷いた。これ欲しかったやつ。
ライジングさんはニッコリと笑い、グッと親指を立てる。
『んふっ♡ じゃ、あたしが伝えた情報をみんなと共有してあげて!
あ、面白みのこと――あなたが新たに入手した魔法だけど、
それは別にみんなに伝えなくていいからね!
仕事が増えるだけだし! グッバイ!』
ありがとうございますッ、と無言で全力で頭を下げ、
ふわっと消えるライジング氏を見送る。
「なんかプリティコスモスが奇行してるぜ」
「ほっとけ。前からだ」
この糸目やろー……事実なので反論できないじゃないか。前科が多すぎる。
ともかく、ライジング氏の話。
彼はあれだ。私専用のスーパーアドバイザーだ。仲良くしよう。
……よし、言われたとおりに伝えるか。
ナメクジが乗ってる石ころの下に、謎世界に通じる穴があるんだったな。
「奇行後ですがすみません、ただの考察なんですけど」
「「「?」」」
手を挙げて発言すると、視線が集まる。
「自覚ありかよ」という木津裏くんの反応もさておき、
その石ころの下に謎世界への移動穴があるんじゃないかと言うと、
全員が「「「おお~」」」と納得し、驚いた。
同時に、ものは試しだなという雰囲気になり、
不可視の壁――反射魔法の内側にいる魔法少女二人に視線が集まる。
「……この、オン・ザ・ナメクジ石を触るんですの?」
「いやです。絶対にいやです」
当然ながら二人は断固拒否。女の子だからね。
なので謎世界に入るための別プランを話し合うことになった。
そこで願叶さんもひとつの考察を投げてくる。
「……ふむ。じゃあ、僕の予想も話してもいいかい?」
「どうぞ」
「そのオン・ザ・ナメクジ石、
エモエナ同好会が意図的に設置した可能性がある。
謎世界に仲間以外が侵入することを防ぐためにね」
「なるほど……彼らの移動穴は他にもあるだろうし、
車で移動しながら探して……実地検証してみますか?
もしかしたら入れる場所があるかもしれません」
「いい案だねライナちゃん。キャンピングカーに戻ろう。
あとは……ここにエモエナ同好会が戻ってこないように、
なにか対策をしないとね」
「ああ……ですね……ん?」
うーんと考えていると、ライジング氏の手のみが視界に現れ、
マジマートの方を指さした。そこには駐車場を監視するカメラがある。
この駐輪場は近すぎるからか、カメラの死角に入っているようだ。
ちゃんと場所や位置を考えて移動穴を作っているのか、エモエナ同好会。
サンキュー助かりましたライジング氏と内心で感謝し、私も真似して指差す。
「あ。あそこ。監視カメラがあります。
あれで駐輪場でのエモエナ同好会の動きを見張れるかも」
「おお。いい案だぜ」
「お前にしてはやるなプリティコスモス。
ちょっと待ってろ、僕が店員に伝えてくる」
「えへへ……え?」
万羽ちゃんと木津裏くんに褒められて嬉し……
と同時に、いまお前にしてはって言ったか? と我に帰る私。
微の怒りを滲ませる間に、木津裏くんは風紀部らしく店長と交渉。
監視カメラの角度を調整して駐輪場も映るようにして貰い、
ここでの治安維持活動はパーフェクトに終わった。
その後、木津裏くんは生真面目そうな店長にあらためて口頭で説明する。
「そこの駐輪場、エモエナ同好会の不良たちが、
自分たち専用の結界を貼っています。
急に現れたり集会場に使う可能性があるんで気をつけて下さい」
「うわあ、マジか。貴重な情報をありがとうございます。
マーク出してパトロール頻度を増やしてもらおっと」
「今後とも月読学園風紀部をよろしくお願いしますね。では」
むむむ、彼の成果に使われた。
じぃーっと目を細めて見つめると、相変わらず糸目な彼は呆れる。
「あのな。今のお前が月読学園の生徒を名乗れないからだろ」
「あー……でしたね」
そうだった。今の私は夜見ライナじゃなくてリズールさんなんだ。
姿が変わるとこういう不便さがあるんだな、と反省。
同時に手のみ出現だったライジング氏も『面白みの予感!』と上半身を出し、
ウキウキとした表情で耳打ちしてくる。
『その身体で月読学園生を名乗るのも面白みがありそうじゃない?』
うーむ……それは学園生から魔法を学習するという意味で?
彼はしかめっ面となり、腕をクロスしてバツ印をつくった。
『それはダメ! 人から魔法を盗むのは犯罪と同じ!
悪魔に地獄に落とされちゃうくらい大犯罪よ!?
だけど……月読ランドマークタワーの建物内にはいろんな面白みが、
みんなに知られていない未知の魔法が無造作に配置されているわ。
それを調べて習得するのは、普通に勉強の成果じゃない?』
たしかに。私は膝を打つほど納得した。
じゃあ、一旦別行動した方がいいのかな、ここで。
ンッフッフとライジングさんは笑う。
『必要よ。最高の魔法少女になるには、あえての遠回りがね。
決められたレール通りに最短最速で進んだ結果、
守りたい笑顔が守れなくて後悔するより、
多少苦労するとしても寄り道して、階段を登りなさい』
ですね、と納得する。努力は裏切らないのだ。
今はたしかに謎世界事件の解決に尽力すべきだが、
私はまだまだ弱いし、
何よりまとまって行動していては調査効率が悪い。手分けをするべきだ。
私がそう思うと、ライジング氏はウィンクして消滅する。
ともかく、みんなと今の結論を共有しよう。
「あの、提案があるんですけど」
「「「??」」」
手を挙げ、単刀直入に別行動を申し入れる。
せっかくこれだけの人手と戦力があるのだから、
一旦分かれて移動穴を捜索した方が、
より情報収集が早いと伝えると、全員も同調してくれた。
特に木津裏くんが乗り気だった。
「たしかに、プリティコスモスの言う通りだな。
エモエナ同好会程度なら、僕と万羽でどうにでもできる。
捜索班を分割した方が情報収集も早いだろう。
どうですか願叶さん?」
「うん、いいね。謎世界事件の解決は急務だ。
何より僕も、あまりオフィスを開けるわけにはいかない。
願叶デザインの社長としての仕事が溜まる一方だからね。
実は屋上くんと合流したのは、それが理由なんだ。
ここで交代して書類整理に戻りたかった」
そうだったんだ……我がパパって忙しいんだなと驚く。
まあ、ともかく、私の意見は無事採用された。
マジマートとは一旦おさらばし、キャンピングカー内に戻ると、
願叶パパは屋上さんに仕事を引き継いでオフィスに帰還していく。
その後は屋上さん主導で全員をグループ分けした。
リズールさんや技術支援チームはキャンピングカーの運転手。
捜索メンバーを現場に運び、探索させては回収し、次の場所に案内する役だ。
で、捜索メンバーのペア分け。
万羽&木津裏ペア、ダント氏&ライブリペア、
結衣ちゃんとマリアちゃんの魔法少女コンビでほぼ固定。
二人組3セットで行動すれば、
エモエナ同好会の奇襲にも対応できるし、
情報収集も早いだろうとはライブリさんの案。賢い。
そして私はまあ、
屋上さん&メジェド小学生ズと組むことになった。
小学生がいることも考慮し、捜索範囲はランドマークタワー周辺に限る。
自分から「ちょっとランドマークタワー内を調べたい」と申し出た結果だ。
彼らもタワー内に移動穴があると困ると理解し、賛同してくれた。
あとは単純に、今の私――リズール・アージェントが歩き回ると、
エモエナ同好会が萎縮して謎世界に引きこもってしまうかもという危惧。
今はとにかく情報が少ない。
当事者から情報を引き出すのはとても大事なのだ。
「なるほど……メインの捜索隊は僕たちってことモルね」
「そういうことだな」
「楽しみですわね」
全員とても士気が高い。
特にマリアちゃんと結衣ちゃんは、
エモエナ同好会とのバトルが楽しみのようだ。ぜひ楽しんで欲しい。
ただ、万羽ちゃんが少しだけ寂しそうだった。
「はあ、プリティコスモスと試作テストできないのが悲しいぜ」
「あ、大丈夫ですよ万羽ちゃん!
タワー内に異常がなければ合流しますから!」
「ホントだぜ? じゃあ待ってるぜ!」
良かった、笑顔になってくれて。ほっと安心。
強くなって戻って来るから、もう少しだけ待っていて欲しい。
最後に屋上さんが要点を掻い摘んで話した。
「じゃ、それぞれライナさんみたくラインを超えすぎないように。
身の安全やリスクに考慮して捜索してください! 出発!」
「「「いえーい!」」」
いま私の現状をダシに注意を促したか? と思う間もなく、
キャンピングカーは全員を乗せて出発する。
ブロロロとしばらく走り、私と屋上さんと小学生ズを我が家まで送り届け、
捜索に乗り出していった。
いやまあダシにすべきだよな異常だしと手を振って見送る。
「ああ、リズールさん! 戻られましたか!」
「お勤めお疲れ様でした、ささこちらへ」
ガレージにはアーケード筐体を管理する歩き巫女のツムギさんたちが、
簡易的なストーブ小屋を作って滞在しており、休憩を進めてくる。
……ううむ、ツムギさんたち、私をリズールさん本人と勘違いしている。
でも、月読学園に忍び込む方法を考えるいいタイミングと捉えて、あえて黙るか。
私は屋上さんや小学生ズとともに、簡易ストーブ小屋へと入った。




