第268話 用語の説明、謎世界事件解決の糸口
マジタブの画面に映る文字が細かいので、つい眉間をしかめると、
ミロちゃん改め結衣ちゃんがため息をつく。
「夜見さんのことですから、
用語集なんて読まなくてもその場で解決できるし、
私にできないことなんてないから事前資料なんて要らないよー、
と現場上がりの叩き上げエリートのような頑固さをお持ちだと思いますので、
クラス委員長の私が丁寧に口頭で説明しますね?」
「う゛」
急に釘を刺してくるな結衣ちゃん……
姿勢を正し、画面の文字を読もうとすると、サッと離された。
く、くそ……情報の取捨選択権を握られている。
「まずは基準の話です。
魔法犯罪の世界規模化に対応するため、
アルファベット分類と漢数字分類の二種類の危険度等級があり、
前者は警視庁の判断によりもっとも優先度の高いA、次点のB、C、Dと分けられ、
漢数字分類は聖ソレイユ女学院の各陣営リーダーと、
高等部生徒会の総合的な判断により、
上から特級、一級、二級、三級、未遂案件と定められてます。
私たちは後者の表現をよく聞くことになります」
「んー、なるほど?
じゃあその、危険度等級の指標となる具体的な基準は?」
「もちろん、魔法少女の長年の因縁怪人であるボンノーンです。
これが出現して街で人々を襲う事件が、
警視庁のアルファベット等級ではAランクからBランク。
聖ソレイユ女学院の危険度等級では三級。
端的に言うと、怪人ボンノーンの出現は武装警官部隊が出動するレベルです。
野生動物、クマなんかが街に出没するのと同等の脅威ですね」
「……む?」
随分と表記に差があるな、と思うと、
「なんでこんなに差があるんだろうと思ったでしょ?」と思考を読まれた。
「ここが肝心要。私たち魔法少女と一般人の視座の違いです。
一般人代表である警視庁から見た怪人ボンノーンとは、
生身の肉体から爆発物や刃物を自在に生成して暴れまわる、
危険性が非常に高い怪人ですが、
聖ソレイユ生徒会の魔法少女から見た怪人ボンノーン出現は三級。
脅威はあれど被害の影響範囲が狭いので、危険度等級は低めの事案なんです」
「聖ソレイユ女学院はレベルが高いんだ……」
「ええ……?」
わあと驚く私と、なんで伝わらないんだとばかりに困惑する結衣ちゃん。
するとサンデーちゃん改めマリアちゃんが
「ちょっとお待ちなさい」と割り込む。
「もう、ミロ? 具体例が悪いですわ。
いま発生している事件を例に教えた方がいいと思いますわよ?」
「あ、それもそうですね。
では今回の連続結界テロの危険度をお伝えすると、
警視庁表記ではCランクですが、
聖ソレイユ表記では特級事案だと推測されています」
「おお」
「いや、おおじゃなくて。
前者の理由は、
現地人の尽力により高松学園都市内での事件で収まっていて、
なおかつ関東や近畿地方などの都心部分から若干離れているため、
危険度を甘く見積もっているからです。
――ですが、実際に現地に魔法少女を派遣し、
生の情報を得ている聖ソレイユ側から見れば、
何をどうすれば解決に導けるかまったく分からない、
もしくは、解決に多大な労力や時間を必要とするため、
都心部への影響を抑え込むだけで手一杯だと伝えています。
夜見さんは聖ソレイユですら手を焼く特級事案を、
独力で解決しようとしていました。
ちょっと頑張るにも程がありますよ?」
「えへへ、そうかな?」
照れると、結衣ちゃんはなんか絶妙に納得がいかない表情で、
「夜見さん絶対なにも分かってない」と不満を漏らした。
するとマリアちゃんが肘で突いてくる。
「ちょっとお聞きしてもよろしくて夜見さん?」
「わあ、なにかな?」
「仮の話ですけれど、
自らの犠牲を顧みずに独力で謎世界事件の解決に乗り出す場合、
どうすればこの事案が収まるか分かりますの?」
「あーその場合か」
空想の話を持ち出されて初めて考え込む。
そう言えばそのパターンはあえて考えから外していたな。
自己犠牲精神は社畜時代にさんざん搾取されたせいで嫌だったし。
私が謎世界テロの仕掛け人なら……たぶんこうだな。
「その場合はね、
たぶん攻略者が西園寺家のご令嬢でなきゃだめかも。
なぜかと言えば、私がここで遭遇したすべての結界テロ事件に、
西園寺家が絡んでいるから。
で、西園寺家のご令嬢が謎世界に乗り込めば、
まず間違いなく結界テロの犯人が遅かれ早かれ名乗り出てくるから、
その犯人を決闘で真正面から倒して、攻略完了だと思う」
「犯人の検討はついているんですの?」
「あー……あ。ええと……」
軽い思案のつもりだったが、
急に事件への理解度が上がり、解決への道のりが見えてしまった。
謎世界事件を起こした犯人は――まず間違いなく魔女ハインリヒさん。
というか、考察もクソもない。
私の魂のコピーを彼女のボディに入れた「奈々子」が計画し、
ハインリヒさんがひっそりと実行したに違いない。
事件の攻略法は、最初から提示されていた。
私はその手順通りにまっすぐ進むだけだった。ただ……
「検討、というか、ほぼ特定できてる。
だけど、犯行動機が分からないから安易に手出しできない。
何より個人的な勘なんだけど、
このルートを通らないと絶対に先に進ませないぞーって、
犯行手順やこれまでの行動から読めるんだ。完全に一本道。
だから、うん……
めんどくさいなぁって思っちゃって、ぶっちゃけやりたくない」
「つまり攻略に一番近いのが夜見さんということですのね?」
「まあ、うん、そういうこと。
というか、私が現在発生中の謎世界に入るのが、
おそらく事件解決のきっかけというか、必須イベントだと思う。
ただ西園寺家の跡継ぎになるのってその自己犠牲に見合う報酬なの?
というのが、正直な感想かな。
上流階級のお家柄って躾が厳しいとか、勉学に励むよう努力させられるとか、
そういうイメージがあるし……うん」
ついつい「騙されてる」「絶対になにか変なことされる」と、
自衛本能が働いてしまうのが私。
「自己犠牲ってよくないよね」と否定的な意見を言うと、
静かにうんうんと聞いてくれていた結衣ちゃんが、
ピンと人差し指を立てた。
「実は、夜見さんがここで尻込みした場合に提示すべき情報を、
聖ソレイユ女学院の高等部生徒会長から伝えられています」
「じょ、情報? こ、ここで? なんの情報?」
「夜見さんが大好きな紫陣営リーダーの赤城恵先輩さん。
彼女のご実家「赤城家」は七光華族と血の繋がりがなく、
相応の実力や地位がありながらも、
光の国ソレイユ特有の身分の問題で生徒会長や副会長になれません。
立身出世のための後ろ盾がないんですね」
「おお、私が西園寺家になれば赤城先輩を助けられるんだ……!」
ジーンと心が熱くなって恐怖が消える。
私や先輩の魔法少女活動はまだまだ続くし、
屋上雪さんのように引退しても、お互いの人生は続くのだ。
特に、この機会を逃せば、おそらく未来はない。
底辺社畜だった私が――夜見治が華族社会で成り上がるには、
ここで名実ともに西園寺の姓を手にして、赤城家に恩を売る必要がある。
やがてふつふつと、興奮が湧き出してくる。
……――――ああ、思い返せば、理不尽な我慢ばかりさせられてきた。
社畜時代もそうだし、
入学したとたんに先輩の陣営に攫われたり、
某白衣の中等部生徒会長には因縁をつけられたり催眠魔法でハメられたり、
高松学園都市では大事件に巻き込まれまくったり。
魔法少女になってからも散々な人生だ。
それもこれも、
手持ちのカードが揃っていなかったからだと思えば、すべてに納得がいく。
みんな私や赤城先輩のことを舐めくさっていたんだ。
特に私なんかは、社会を回すために飼われ、生かされ、
時期が来れば収奪される家畜のように死んだ心のままだったから。
自由を求めて抵抗して、奪われる前に取り返さないから。
たとえ見た目麗しい魔法少女になったとしても、
もっと欲張らないと、普通に生きる権利すら満足に保証されないんだ。
なぜなら家畜に神はいないから。
だから泥臭くても、負け続きでも、貪欲と罵られようとも、
とにかく欲張り続けて本気で生き足掻くことが、
私が歩むべき人生。私に求められていた気づき。
それこそが赤城先輩が伝えたかった生き様で、命の燃やし方なんだ。
私はマグカップのココアを最後の一滴まで飲み干し、グッと拳を握りしめた。
「……よし、決めた! やるよ!
謎世界に入って名実ともに西園寺のご令嬢になる!
守りたい世界と、大好きな赤城先輩のために!」
「マーベラスな決断ですわ夜見さん!」
「それでこそ魔法少女です!
調子が出てきましたね! いい感じです!」
覚悟を決めた私を見て、二人はとてもうれしそうに喜んでくれる。
私は長い髪――紫ロングの髪をさらっとなびかせた。
「まあ西園寺ライナなんだけどね。すでに」
「「んぐふっ」」
茶番中に冷静に突っ込むと、二人は必死に笑いをこらえた。
謎世界に挑むまでもなく、今の容姿――紫髪ロング美少女形態が、
私が西園寺家のご令嬢であることを示している。
さらに推定犯人と思われる魔女たちと知り合いでもあるので、
私の気分次第で謎世界事件すら茶番にできてしまうんだぞってことだ。
ただ、なんでもかんでも茶番で片付けてしまうのはよくない。
謎世界で何らかの要求をふっかけられるかも、程度には警戒して挑もう。
「んじゃ、そろそろ」
「昨日の続き。パトロール配信のお時間ですわね」
「今日も頑張りましょう! では解散!」
ザッ――
一旦それぞれの朝ルーティーンに戻り、念入りに朝の支度を済ませた。
その後、さまざまな陰謀渦巻く謎世界を調査すべく、玄関横のガレージへ。
普段よりもバチバチの勝負メイクで、
キャンピングカーの背面ドアから喫茶店デミグラシアに入れば、
同じくやる気と戦意に満ちたメンバーと遭遇した。
万羽ちゃんが真顔で黙々と自分の武器「ペルソネード」を分解清掃しているし、
願叶パパが準備運動をしている様子を見るなんて初めてだ。
どこで聞かれて……あ、奈々子に筒抜けか。思考のムダだった。
ふう、よし。挨拶タイムだ。いつも通り冷静に。
「おはようございます!」
「おっ。元気だね。おはようライナちゃん。
今日は、どうする?」
「今日もパトロール配信です!
メインは、現在進行系で発生中の謎世界調査ですね!
だ、大胆にも、ファーストペンギン精神で事態解決に望みます!
ようはいきなり強行偵察です!」
「よしっ、分かった。
ひとまず朝食で時間を潰しておいてくれ。
僕にもいろいろと用事や調整があるんだ、話し合いとかね」
「わ、分かりました!」
後ろの二人に確認の目配せすると、コクリと頷いた。
そのまま、三人でカウンターに寄って池小路さんにお辞儀。
今日はなんと勝利を祝うカツサンドベーグルを貰い、並んで仲良く食事した。




