第22話 おじさん、クロックアップする
「ゲ――」
敵の悲鳴を最後に体感時間の延長が最高潮に達する。
拳から相手の顎骨が砕けたような感触がして、相手の口から血と折れた歯が飛び散る様子がスローモーションではっきりと見えた。
廊下に倒れられても困るので、教室の中に投げ捨てる。
「あのダントさ――」
しかし、この加速した世界に入門しているのは私だけだったようだ。
ダント氏は発言した時の顔のままほぼ静止していた。
「仕方ない、一人で倒しますか」
振り向いた私は、まだ顔だけをこちらに向けている八名のテロリストを片付けた。
全員のマスクを剥いで、怒りに任せて順に顎をぶち抜く。
「ラストだね――ふんっ」
最後の一人を殴り付けた頃には加速世界への入門が終わった。突然の頭痛で。
ガンガンと痛む頭を抑えて、地面に転がる。
「いたたたた……うぐぐ」
その間は、私の代わりに聖獣さんが動いてくれた。
「ふぇ――」
「しっ! みんな静かにぴょん!」
「プリティコスモスが敵を倒してくれたんだ! このクラスは安全だワン!」
「みんな! 倒れたテロリストをロープで縛るチュン! 急いで!」
クラスメイトはとても順応性が高いようで、聖獣さんの指示にちゃんと従った。
「夜見さん! 夜見さん大丈夫モル!?」
「だ、だいじょぶです……よっと。四徹明けの頭痛に比べればこれくらい」
「不調や痛みへの耐性が高すぎるモル……社畜怖い……」
すぐに復帰した私を見て、ダント氏は恐れおののいた。
「聖獣さん。これからどう動きますか?」
「マジカルステッキを取り返したいチュン」
「どうしてですか?」
「変身すれば銃弾なんて効かないからぴょん。だから彼らがどこに運んだのか知りたいぴょん」
「先に戦力の確保がしたいということですか。当てはありますか?」
「マジカルステッキにはGPSが付いてるモル。マジタブで位置を確認出来るモル」
「個人的には高等部校舎で先輩方と合流した方が良いと思いますが」
「待って、話し合いはあとにするワン! 騒動に気付いた隣のクラスの敵がこっちに来てるワン!」
廊下に出ていた子犬さんが叫んだ。
「向かってくる数は六! 奥には複数の見張り! 不味いワン!」
「くっ、話し合う隙もくれないチュンか……! どうするチュン!?」
「仕方ない、全員で校舎の外に逃げるぴょん! プリティコスモスは先行して逃走経路の確保! その後は物陰に逃げてぴょん!」
「分かりました!」
「夜見さんカウント行くモル! 3、2、1――ゼロ!」
「ブーストッ」
ギュァァッ――
思考の早まる音がする。始まってしまった。
とにかく教室の外に出よう。
「な、に――――」
敵が気付いた瞬間に静止する世界。
廊下に出た私に気付いたのは合計で八人。
隣からの六人と、校舎外への出入り口に付いていた見張り。
私は全員のヘルメットを剥いでとにかく全力で殴った。
あっという間に片がつく。
「次は校舎の外だ……!」
外に出て周囲を見渡すと、まだ数組の見張りが居ると知った。
しかも微妙に遠い距離に立っている。
これじゃ間に合わない、と悟って、慌ててクラスに戻った。
「ぐああああ……」
加速が終わり、再び強烈な頭痛に見舞われる私。
「ど、どうしてここに帰ってきたぴょん!?」
「外にも見張りが居たんですようごご……! 聖獣さん、偵察と誘導をお願いしますうぐぐ……」
「わ、分かったぴょん! 聖獣のみんな! 急いで偵察に散らばるぴょん!」
クラスにたむろっていた聖獣達はワッ、と外に散った。
残ったのは私の相棒のダントさんだけだ。
あとはお口チャックしているクラスメイトたち。
「はぁ、どう連絡をとりますか?」
「復帰はや……テレパシーが使えるモル」
「はい。どう逃げます?」
「まだ立て籠もるしかないモル。マジカルステッキがあれば戦力が増えるモルのに」
「確かに、この調子だとマジカルステッキを目指した方が良さそうですね」
「もしくは、無謀モルけど一階の制圧。夜見さんが戦闘後に行動不能になるのが痛いモル」
「どうやら私には脳筋が足りなかったみたいですね」
「そういう問題モル? ――ッ、仲間から連絡モル」
ダント氏曰く、マジカルステッキは中央校舎に集められていて、そこは怪人ボンノーンに守られているらしい。
彼らはそれと、先生だった木偶人形をどこかに運び出そうとしていたようだが、正門前は朔上ファウンデーションの武装警備隊で固められていて膠着状態のようだ。
「制海権はどうですか?」
「朔上の沿岸警備隊が抑えてるみたいモル」
「どうします?」
「ふむふむ……よし。二階から三階に逃げれば先輩と合流できそうモル」
「オッケーです、いつでも。廊下の見張りはどうです?」
「すでにこのクラスの近くで構えてるモル。数は二十。攻めて来ないのは仲間の回収と隊長の行方不明で疑心暗鬼の中だからモル」
「うぇ、武器が欲しい」
「こんなこともあろうかと」
ダント氏は金属製の警棒を取り出した。
「どこからこんな物を」
「その隊長が持ってたものモル」
「へぇ。効きますか? これ」
「夜見さんの速度とパワーなら。装甲の薄いところを狙うモル」
「なるほど。もうヘルメット剥ぎパンチは終わりと。しょうがない」
しかし、私は驚くほど冷酷だった。
警棒の柄をギュッと握って、クラスの外に向かう。
ダント氏も続いた。
「夜見さんには人を殴る覚悟がないとずっと思っていたモル」
「今もないですよ。やらないと死ぬと分かっているから冷静なだけです」
「死の恐怖はここまで人を変えてしまうモルか……カウント無し! 行くモル!」
「ブーストッ」
ギャリィィ――
今度は異音だった。
思考の加速が起こらず、逆にその場に倒れ込んでしまう。
「なん、で」
「や、やっぱり連続使用の負荷があったんだモル!」
「頭は動くのに」
「体が無理なんだモルよ!」
『ん? おい、今、中で音がしなかったか?』
「ひぃぃ気付かれたモル!」
ダント氏は慌てて廊下の様子を伺いに行った。
『どうする?』
『いや、隊長が引きずり込まれた、との報告があった。人質になっているかもしれない。突入準備が終わるまで触れるな』
『ハッ』
ザッザッ、タッタッタ――
「よ、良かった、猶予はあるモル……でも突入攻撃が控えてるモル」
「どうすれば戦えるように」
「――ん!? おおっ、高等部の先輩たちと連絡が取れたらしいモル! 今から救援に来てくれるモルよ!」
「うおお、間に合ってくれ私の体……」
戦況は刻々と悪化の道を進むものの、私は未だに倒れたままだった。
そんな状態の私を、クラスメイトは不安そうな顔ながらも介抱してくれた。
聖獣の言いつけを守っているので、ずっとだんまりさんだったのが心残りだ。




