第211話 おじさん、本当の幸福を知る①
「魔物……居ないわね」
「あー、解放された囚人たちが狩り尽くしたのかも」
「え、早すぎない?」
「フェレルナ―デっていう灰の魔法少女さんが混じってたでしょ? あの人はホーミング型の射撃魔法が得意で、しかも膨大なエモ力を持ってるから半径数キロとかいう探知範囲と攻撃範囲持ってるんですよ」
「歩く戦略兵器ね……」
健司と軽快に話しながら、私は中央でお姫様のように守られながら進む。
理由は端的に言うと――ハインリヒさんのボディが弱すぎる。
試しに走ろうとすればつまずいてすっ転び、小槌を振るうと二回で疲れ、心臓のバクバクが止まらなくなる。
ただセンスが垣間見える瞬間はあり、ごく稀に影を置き去りにするのだ。
ギフテッドアクセルの兆しだろう。
「はぁ、はあ、ハインリヒさんの魔法の起動ワードってなんなんだろ――」
『ゲコッ!』
「え?」
すると足で踏みつけてしまう普通ヒキガエル。
やばい。天津魔ヶ原の魔物の子供だ。親が出て来る。
『ゲコゲコゲコゲコ――』
「エンカウンター! 魔物の子を踏んじゃったごめん!」
「ハインリヒさんマジすか!?」
秒もしないうちに呪詛の伝播が発動。カエルの合唱が始まり、周囲に人間ほどの大きさがあるヒキガエルの式神が出現し始める。
実務生たちは右腰のホルダーからペルソネードを抜いた。
「健司! どれから!?」
「とりあえず――」
パパパァン!
『ゲコォ!? ゲ……』
そして間髪いれずに銀色の弾丸による横槍が入り、ヒキガエルの式神は黒い燃えカスになって消えていく。
弾丸が発射された方角を見れば、石の上に銀髪蒼眼の幼女が座っていた。
指を銃の形にしたナターシャさんだ。ニヤリと笑顔を浮かべる。
「とりま恩売った、ってことでいい?」
「ご協力感謝します……悪い笑みっすね」
ペルソネードをしまった健司が言う。
「俺は健司です。久世原健司。お名前は?」
「ナターシャ。幸運だけが取り柄な世界一の美少女。色々と歩きながら確認してみたんだけど、フェレルナ―デに他の全部持っていかれて詰んでるんだ。助けて下さい」
ナターシャさんはそう言って石の上に土下座した。
近づいて見れば、周囲には先ほどの魔物の子――普通ヒキガエルが集まっていて、ナターシャの周囲に集ろうとする羽蟲やムカデなどの昆虫を食べていた。
そのヒキガエルたちはごく稀にガラス状物質、霊魂の欠片を生産している。
合計で十六個くらい散らばっていた。
「テイムした天津魔ヶ原の魔物に魔石を生産させようとしてもさ、シャインジュエルでも魔石でもない謎のガラス片しか取れないんだよ。お願い助けて普通に死ぬ」
「「……」」
私と健司は顔を見合わせる。
すると健司が言った。
「俺達は表の正義サイドなんで正直に言いますね。そのガラス片、俺達がいまめっちゃ欲しいやつなんですよ。十五個くれるなら安全な俺達の拠点に案内できます」
「それだけでいいの? はいどうぞ」
幼女ナターシャさんは十五個きっちり数えて渡した。
残る一枚はナターシャさんのものだ。
彼女は健司に抱え上げられ、あ、可愛い。
ニコッと笑った顔が世界一の美幼女だ。私は尊みを感じる。
「笑顔が眩しい……」
「安全な拠点に案内してくれたらもっといい情報教えるね」
「ハインリヒさん、一旦戻りましょう。こういう人にいいことすると得します」
「そ、そうね。魔物を狩る必要がないなら戦闘は不要。帰りましょう」
健司の判断と私の指示で温泉施設に戻る。
すると願叶さんが出迎えてくれた。
「おかえり。何か収穫はあったかい?」
「ハインリヒさんお願いします」
「え、ええ。霊魂の欠片が十六個と、ナターシャを名乗る女の子を回収したわ」
「良い収穫だね。ゆっくり休んでいきなさい」
願叶さんはそう言って、神社の縁にある木組みの椅子に座った。
どうやら門番のようなことをしているらしい。
「ナターシャという名の女の子。ここに滞在するかい?」
「する!」
「じゃあ僕の所属しているグループ、喫茶店デミグラシアのメンバーになることに同意して欲しい」
「誓います!」
「いい返事だ。中に入っていいよ」
「わー!」
健司に降ろされたナターシャさんは、とててと中に走っていった。
すると急に振り向いて私たちを呼ぶ。
「案内してくれてありがとう! 色々と教えてあげるね!」
「何をですかね?」
「さあ……? 子供らしさかも?」
「霊魂の欠片を交換したい時は噴水を探してね!」
「……ん?」
私にはひとつだけ思い至る節があった。
そう言えばナターシャさんの声、マジカルステッキから鳴る音声さんだ。
健司が声を張って聞く。
「あのー! その噴水はどこにありますかー?」
「封戸の毒を治した最初の泉に向かってね! 北にまっすぐ直進だよ!」
「もう事態を完璧に把握してるじゃん。何者だよあの幼女」
「俺も同意っすよ上級実務。北に向かいまーす!」
健司は取り出した方位磁石に従ってまっすぐ北に進んだ。
古代樹の森や草原を離れ、封戸の毒が満ちた沼や川がある場所にたどり着く。
そこにはセーブポイントのようなクリスタルの台座と噴水があり、ゴシック系のダークファンタジーを彷彿とさせる服装の美女――アスモデウスことアリス先生が噴水のフチに立っていた。彼女は私を見ると微笑む。
「こんばんは。魔物狩りの夜へ」
「アリス先生……でしたよね。バイオテロ騒動の時はお世話になりました」
「フフ、どういたしまして。説明はのちのちにして、本題を済ませてしまいましょうか。霊魂の欠片とハインリヒさんの魂を交換されますか?」
「お願いします」
健司の十五枚、私の持っている一枚と合わせて十六枚渡すと、アスモデウスは虹色の水晶玉のようなものをどこからともなく取り出し、私に手渡してきた。
「胸に押し当てると元通りです。しなければそのままです。お好きな選択を」
「ハインリヒさん」
健司にそう言われると、急に水晶玉を持っている手がプルプル震えだし、ハインリヒさんの意思のようなものが伝わってきた。「まだ入れるな」と。
どうやら夜見ライナの所持しているポーンの肉体で復活したいらしい。
……ちょっと待って欲しい、じゃあこの身体は?
え、要らない? 西園寺家とは完全に縁を切りたいからあげる?
「どうしたんすかハインリヒさん?」
「すみません、操作係の夜見ライナです。今ハインリヒさんの意思と会話してます」
「あっ、待ちます」
実務生たちにはちょっと待ってもらって、脳内会話で話をまとめた。
とにかくポーンに封印された肉体での復活は絶対条件らしく、いや貰うわけにはと押し問答していると、しびれを切らした相手が強硬手段に出た。
なんと私の手をオーブを通じて操作し、後ろを指差したのだ。健司が尋ねてくる。
「……ど、どうされました?」
「あー、夜見ライナです。私と一悶着起こした方の身体で蘇生したいそうなので、古代樹の森に向かうことになりそうです。理由は不明」
「本人の要望は聞き入れるべきでしょ。古代樹の森に行きましょう」
「ういっす上級実務。プリティコスモスさん」
「分かりました……」
ともかく蘇生手段は決まっているので、来た道を戻って古代樹の森に寄った。
周囲には本体の夜見ボディを通じてすでに話を通してある。
綺麗な顔で眠ったまま動かないハインリヒさん――ミステリスト「奈々氏」のボディに虹色の水晶玉を乗せると、ちゃぽんと吸い込まれた。
私じゃない方のハインリヒさんはバチッと目を覚ましてガッツポーズした。
「大勝利ィィ――ッ!」
「ええと」
ハインリヒボディ(私)が頬を掻くと、ハインリヒ(奈々氏)は私の肩を掴んだ。
「その体は好きにしていいわよ!」
「いやあの困ります」
「ああ、魔法の使い方が分からないのよね! そのボディの固有魔法は「コントロール」! これからは西園寺奈々子って名乗りなさい!」
「あの私と話を」
「起動ワードなんかが乗ったマニュアルノートはその腰の白いキューブの中にしまってあるわ! 好きに弄っていいわよ! じゃあね!」
「えええ~……」
彼女はるんるんとスキップしながら去っていった。
取り残されたハインリヒボディの私は、困って周囲を見る。




