第199話 鉄槌の魔女ハインリヒの鞍替え
ピロン。
(もう、なに? 今忙しいんだけど……!)
その瞬間、追跡の手を止めるように魔女ハインリヒのスマホが鳴った。
完成したばかりのセクハラ系ヴィラン専用SNS「SICK'S」への書き込み通知だ。
しかも知り合いだったばかりに、魔女ハインリヒは月読学園前で足止めされる。
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不可解@asd343
魔法少女は男を色香で惑わす淫売である。
政府が売春婦共に与えた治外法権と生存権である。
娼婦は古代から治世者を殺す暗殺者である。
ゆえに魔法少女の駆除は正義である。
正義に殺されることで人類を幸福に導くのだ。
存在を許してはならない。
そういう考えで襲いかかって無様にぶっ殺されたい。
――――――
(性癖語りつっよ)
別の私のクソリプである。
魔女ハインリヒですら引くレベルの過激なマゾヒストがいるのだ。
猥談や実写エロ画像投稿可の性犯罪者専用SNSということもあり、他の新規登録者もこぞって賛同し始めた。
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パンツ画像ください@pntyu11
>@asd343
分かる
不可解@asd343
>@pntyu11
だまれ
男ヒーロー画像ください@manshero114
>@asd343
男性ですか?
不可解@asd343
>@manshero114
女だ
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(なんで分身体のオナニーを見せつけられてるのよ私は。しょうがないわね)
本体権限で冷静にさせると、こう書き込まれる。
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不可解@asd343
魔法少女の苦しむ顔が見たい。
特にプリティコスモスの苦しむ姿が。
だから、いいことを考えた。
これから香川の人間を皆殺しにする。
そういう思想で香川で暴れに行くから、
正義の味方になって私をボコボコにしてください。
不可解@asd343
匿名だと卑怯なので顔晒します。
(自撮り画像).six
カメラ小僧@tousatu80
>@asd343
なんだコイツ無敵か?
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「「こ、個人情報の開示……!」」
「あら?」
「え?」
近くで声がしたので隣を見れば、黒髪の男子実務生。
たしか、大霊鳥フェザーのお世話係として雇われた「久世原」という子だったか。
どうやら学園前広間の中央に突っ立っていて邪魔な私をどかそうと近づき、ついでにスマホの中を覗いてしまったらしい。
顔はいいけど、なんかパッとしないし対象外。適当にごまかすか。
「意味を知ってるの?」
「まあ情報だけですが。自らの個人情報をネットに開示することで自身の社会的地位を下げ、半永久的な無敵を得るという現代魔術師の技ですよね」
「詳しいのね。解除方法は知ってる?」
「物理的に燃えると無力化されるくらいまでしか」
「惜しいわね。正解は満足させる。心のエネルギーが切れると無敵もなくなるの」
「まるで魔法少女ですね」
「まるで魔法少女……ハッ、そういうことか!」
ハインリヒは急に気付きを得た。
魔法少女が強いのは「少女」だからではなく、個人情報を開示することで半永久的な無敵を得ているのだと。可愛い見た目に騙されて気付けなかった。
つまりこちらもヴィランとして個人情報を公開すれば、無敵同士で対決できる。
残るのはエモ力の数値による圧倒か、純粋な殴り合いのみ。
「これはもう趣味じゃない! 一つの興行として成立させられる!」
「あー、良くないことは考えない方が」
「ねえ少年。魔法少女と悪人の戦いがプロレスになるとしたら、楽しいと思う?」
「まあ、逮捕や投獄するよりは相手の恨まれないとは思いますが」
「ますが?」
「俺は現代っ子なんで、戦闘はバトル漫画とか、やり直しの効くゲームの中で収めたいです。現実は平和でほのぼのしていて欲しいですね。仕事増えますし」
「今の子って魔法戦闘が嫌いなの!?」
「まあ、はい。やるとしてもスポーツ感覚だと思いますよ。テロリストとか犯罪者とか、こっちを一方的に罵ってくるので頑張るモチベがないというか。勝ってもリスペクトがない。怪人ボンノーンとかシャインジュエルすら落とさないし」
「そんな風に思ってるなんて知らなかった……」
だが、思い返せばそうだ。光の国ソレイユは常に奪われる側。
戦うメリットを提示出来ていないのに、戦争や喧嘩をふっかける犯罪者サイドにどっぷりと浸かっていたから、暴れたら構ってくれて当然だと思っていた。
……ああ、だから色欲の悪魔は「大人になってから正々堂々と~」と私の興味を引き、リークしつつマネタイズ出来そうな犯罪を教唆したのか。
時間稼ぎ目的ではなく、犯罪でしか稼げないクズへの「譲歩」だったのだ。
「私の読みが浅かったわ」
力関係は犯罪者<ソレイユではなく、常にソレイユ<犯罪者なのだ。
私たちが有利なまま戦いを進めていたら、「魔法少女に負けて無様に死ぬ」という私の夢は叶わない。
最高のヴィランとして散りたいならまず犯罪者を殺さなければならない。
なぜなら今の世は犯罪者たちが「正義」を掲げているから。
ソイツらに楯突いた方が名も高く売れるし、何より正義と戦うのは気持ちがいい。
「決めた。私だけ全員を裏切って味方でいよう。夢は最後に生き残ったヤツに託す」
「あー何の話ですか? 場合によっては罰金を」
「魔法少女の味方でいることに決めたの。少年、手伝ってくれない?」
「それなら、まあ……」
久世原は戸惑いながらも頷いた。
ハインリヒは彼の反応に満足げに微笑み、スマホを見せる。
「ここに香川裏世界「天津魔ヶ原」に通じるポータルを開く方法が載っているわ。準備を手伝ってちょうだい」
「ま、マジっすか? うわー、大事件だ。早く終わらせよう」
久世原は驚きつつもハインリヒの指示に従い、必要な道具を揃え始めた。
必要なのは赤のインクペン、割り箸二本、ルーズリーフ。
「割り箸は綺麗に割りなさいよ。門の強さに影響するから」
「ういっす」
パキンッ。
久世原は割り箸を綺麗に割り、ドヤ顔をした。
ハインリヒも驚くほどの綺麗さだ。
断面に一切のささくれがない。
「びっくりするぐらいにきれいに割るわね」
「隠し技で。めっちゃ器用なんで割り箸綺麗に割れるんすよ」
「あら運命かしら。じゃもう一本も割って」
「ういっす」
指示通りに動く久世原。
割った割り箸をインクペンで赤く塗り、ルーズリーフの上で正四角形を作った。
最後は指先にインクペンのペン先を押し当て、赤い雫を落とせば完了。
ルーズリーフが濃霧が立ちこめる裏世界に繋がる門、「窓」になった。
「すげー。どうやって見つけたんすか?」
「たくさんの試行錯誤と技術の習合よ。閉じるときはクシャクシャに丸めなさい」
「うっわ使い勝手もコスパもいい」
これで久世原という少年も私が尊敬に値する人間だと分かっただろう。
チラッと顔を見ればワクワクを隠せない様子だった。
フフ、やはり子供はチョロい。
「私は鉄槌の魔女ハインリヒ。少年、君の名前は?」
「あ、久世原です。久世原健司」
「ケンジね。ケンジ、「窓」の先にある裏世界での拠点構築は君に任せるわ。私は魔法少女を迎えに行く」
「いや、俺もついていきます。フェザーが魔法少女プリティコスモスを追いかけて出撃したんで、案内できると思います」
「頼もしいわね。お願いできる?」
「ええ、こっちです!」
魔女ハインリヒは「久世原健司」という男子実務生を仲間に加え、プリティコスモスの元へ急いだ。
フェザーが滞空している地点まで近づくと、ゾクゾクするような恐怖――ダークエモーショナルエネルギーの発生を感知し、年甲斐もなくワクワクさせられる。




