第188話 おじさん、封印結界を無力化する②
ズシン――
「わあ。すご」
そのバトルデコイは凄い重量だ。落ちただけでアスファルトの地面が揺れた。
なのに割れないのは特殊な設計だから? それとも魔法?
『ライナちゃん! 君にはこれだ!』
「え? わっ!?」
さらに主任さんは小さなアイテムを投げた。
私は受けとって眺める。手のひらサイズ。
秋桜状のピンクダイヤモンドが散りばめられた純銀の王冠だ。
「これはどう使うんですか!?」
『マジカルステッキに取り付けるアイテム! 名称はデコレーションクラフター!』
「使い方は!?」
『蕾を開いてはめ込んで、カチッと音がすればオーケーだ! あとはマジカルステッキが君を導いてくれる! じゃ!』
「ありがとうございましたー!」
主任さんを乗せたヘリはブロロロ、と飛び去っていく。
こんな規制線だらけの場所で武装の受け渡しをするだけでも神業なのに、最低限の説明をして、テロリストのいる危険地域から即徹底を選ぶという判断力もすごい。
好んで語らないだけで、名もなき猛者なのかもとワクワクドキドキした。
ともかく、マジカルステッキを取り出し、蕾を開いて先端にはめ込む。
カチッ。
『デコレート!』
「わあ新しい音声」
『エモーショナルエネルギーがゼロだよ! 充電してね!』
「充電?」
どうやって充電するんだろう? シャインジュエルを食べる?
するとマジカルステッキから引っ張られるような感覚がして、その方向にいたダント氏を見る。
彼はバトルデコイとの会話を止めてこちらを見た。
「自前のエモ力だけじゃ足りないってことモル」
「どうすればいいんですか?」
「それよりハウンドドッグの居場所は分かったモルから、僕に代わって赤城先輩に報告して欲しいモル」
「ああ、はい」
ポータルを通してマジタブを渡される。ちょっと説明不足。
まあ、今の彼はバトルデコイとの意思疎通で忙しそうだししょうがない。
なにせバトルデコイが「No Problem」としか言わないのだ。
ともかく彼の意思疎通を静かに応援しつつ、赤城先輩に魔獣組織「ハウンドドッグ」捜索の顛末を書いたメッセージを送ると、すぐに返信が返ってきた。
『夜見ちゃんお疲れー。今どこ?』
『封印結界の穴が見える大通りの第三規制線にいます』
『オッケー、分かった。アリス先生を連れてそのまま撤退してくれるかな』
『対処しなくていいんですか?』
『私からの依頼は魔獣組織ハウンドドッグを見つけるまで。戦闘は想定してない。後始末は上司のお仕事です。月読生徒会と高松市議会に尻拭いさせましょう』
『分かりました、けど』
証言してくれたスーツ姿の女性の思いを伝える。
とても困っていて助けてあげたいと。
先輩からの返信はこうだ。
『それが敵の狙いなんだ。テロで不安や怒りを押し付け、そういう心優しい人たちに解決を目指させたりして、結界内で消費させたエモ力を対価として奪って食べるの』
『生き血をすするのが目的なんですか?』
『そういうこと。ソレイユもそれを放置するほど馬鹿じゃない』
『解決案があるんですね?』
『企業秘密です。まあでも、分かり合えないことが分かったんだから、棲み分けは大事だよね、とは言っておきます』
『棲み分け?』
『ソレイユには未公表のエネルギー資源がいくつかあるんだ。それを使います』
『おおー……』
エモ力だけだと思っていたけど、他にもあるんだ貴重資源。
「何をするんだろう?」
「夜見さん、報告終わったモル? どういう指示モル?」
「あ、はい! アリス先生を連れて撤退しなさいとのことです!」
「あらあらまあ」
「了解モル。みんな、このバトルデコイさんの背中に乗るモル。帰還するモル」
ガチャンガチャン――
重装甲バトルデコイが前後に伸びるように変形し、真っ黒な軽トラックになる。
私たちは荷台に乗ってその場から撤退した。
◇
月読学園に帰還後に即、バトルデコイは伝染病対策のために消毒ゲートに送られ、私たちは医療用アルコールを吹き付けられて消毒され、さらに日光浴させられ、肌がカピカピに乾燥した頃に赤城先輩がやってくる。
黒マスクに大人ガーリィな黒ワンピースと、腰回りを細く見せる暗色のベルトという私服姿で、とても新鮮だ。
「夜見ちゃんお疲れさま。頑張ったね」
「えへへ」
先輩は優しく頭を撫でてくれて、さらにぎゅっと抱きしめてくれた。
とても嬉しくなって私も抱き返してしまう。
そうしているとなんだか心が温かくなって、元気が出てきた。
『エモーショナルエネルギーの充電が始まったよ! そのままでいてね!』
「また新しい音声」
「ステッキになにか付けたの?」
「ああ実は――」
デコレーションクラフターを付けたことを伝えると、先輩は笑った。
しゃがんだ赤城先輩は、まるでお母さんのように私を抱き寄せ、頭を撫でてくれる。
「いい装備だねー、よしよし。ちゃんと成長してて偉いねー」
「えへへ、えへー」
「前から気になってたけど、撫でられるのそんなに嬉しいんだ?」
「ああ、はい。なんだか嬉しいですし、何より気持ちよくて」
「となると、夜見ちゃんは頭だけで魔法を回してるから、こう撫でるといける?」
「え?」
さすさすさす――
「ひゃあああああ……っ♡」
先輩は私の頭を撫でながら、急に背中をさすりだした。
くすぐったいどころかゾクゾクするくらいに気持ちよくて、頭がチカチカする。
呼吸が深く、長くなり、甘い吐息が漏れ始めた。
「はぁっ……んんっ、急になにするんですか……っ?」
「んふふ、ギフテッドアクセルのハッキング。赤城先輩は魔法「紫」のプロフェッショナル、念能力者で言えば変化系の魔法少女だからね。魔法を回す部位が分かれば、そこを軽く調律して、魔法の応用が効くように変化させられるの」
「私をどうするつもりなんですか……?」
「夜見ちゃんの固有魔法「ギフテッドアクセル」は、自身を強化して超光速に近いスピードで動けるようにする魔法。今は脊髄の魔法回路を開いて、夜見ちゃんの脳を介さずに魔法を使えるように調律してるの。いわば脊髄反射ギフテッドアクセル」
「するとどうなるんですか?」
「無意識下で魔法を回せるようになるから脳の負担が減る。さらに仕事のスピードと魔法の正確性が桁外れに上がって、定時で家に帰れるようになって余暇ができるね」
「い、いっぱい撫でて下さい」
それは私もいつかそうなりたいと思っているから拒否する理由がない。
三年ほどでなれると確信してはいるが、努力は辛い。
気が遠くなってそこまで待てないのだ。
抱きつくように身を任せると、先輩はチークキスしてくれた。
「初心者特有の癖を治すためだから、少しだけ頑張って声を抑えてね」
「うう……はい。んんっ」
赤城先輩が背中をなでるたびに襲う快感を、私はガクビクしながら耐えた。
マジカルステッキからは常に『エモーショナルエネルギーを充電中だよ!』という音声が出るので、周囲には異常なことだと認識されなかったのが功を奏したかも。
『マックスハート! エモーショナルエネルギーの充電が終わったよ!』
「お疲れさま。よく耐えたね」
「ひゃはいぃ……」
不思議なゾクゾクが収まった頃には、私の脳はいままでで一番と言っていいほどに冴え渡っていて、他人のエモ力がどこから生まれ、どこに蓄えられているのか、その正確な数値さえも掴めるようになった。
いちいちマニュアルで起動操作をしなければならなかった魔法陣眼も常時起動させられるほどだ。魔法陣がよく見える。
ふと前髪を見れば、インナーカラーが紫からピンクに戻っていた。
エモ電池がフルチャージされた証らしい。
赤城先輩も同様にチャージ完了したらしく、顔や髪がつやつやしていた。
「絆を深め合う行為って大事ですね」
「でしょ? こうでもしないとエクステンションゲージは満タンにならないから、毎日いっぱいイチャイチャしようね」
「エクステンションゲージって言うんだ……」
「用語ね、用語。ともかくこれで封印結界は無力化できたはず。見に行こっか」
「結界が?」
どうしてだろうと考えたものの、答えは出ないので赤城先輩の手を握る。
テレポートした先は本社ビル街だったが、なんとバイオテロを起こした封印結界が消滅し、進入禁止が解除されたのか、オフィス街に人が戻り始めていた。
――いや、もっと正確に言ったほうがいい。
「赤城先輩、裏のチャンネルが出来た感覚がします。何をやったんですか?」
「ちょっと違う。裏世界を作る結界自体は平安時代から香川にあったんだ」
「そうなんですか?」
「うん。さっき夜見ちゃんとやってたのは、ギフテッドアクセルの改良と、夜見ちゃんの背骨を利用した龍脈の口寄せ。そうして神気を引き出せば、古代結界のセキュリティが自立起動して、おバカテロリストどもを外部に叩き出すという寸法です」
「古代結界術を利用したお仕事ライフハックだ……」
「ついでに相性が良かったっぽくて、今の夜見ちゃんは全身龍脈人間です」
「へえー……」
なんだか私の存在価値が高まってヤバくなった気がしたけど、まあいいか。
こんなに強くてかわいいんだから大事にされるべきなのだ。
大事にされなかった今までがおかしい。そうだそうだ。
「ともかく、解決ですね。これから何しましょう?」
「赤城ちゃんも仲間入りさせてーって言いに行きたい」
「分かりました。私がみんなに紹介します」
「んふー、ついでにデートしよ?」
「しましょうかー」
ともかく、強引ながらもバイオテロ騒動は解決したので、赤城先輩と高松学園都市を観光デートをしながら喫茶店デミグラシアに向かった。
到着後に全員集まってもらい、赤城先輩の紹介(婚約者であることも)をして、私が全身龍脈人間になった経緯を伝えると、その場にいる全員が飲み物を吹き出した。




