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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
フィールドワーク.1『魔獣組織追跡』

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第183話 おじさん、自己分析をさせられる

「……よし、決めた」


 かなり待ったような、体感時間ではあまり待たなかったような時間が過ぎて、願叶さんはコーヒーカップをソーサーに置いた。すぐに私の方を向く。

 私もあわてて飲むのをやめ、願叶さんを見た。


「色々と考えたけど」

「は、はい」

「ライナちゃんに必要なのは博識で判断力のある女性戦闘員だと思う」

「頼りになるベテランがいるのはありがたいですね」

「ちょうど採用の約束をした相手がいてね。その人で良いかい?」

「どうぞ」

「話が早くて助かるよ」


 願叶さんが決めたのだから下手に疑うのは失礼というものだろう。

 ダント氏は相変わらず「判断が早すぎるモル」とぼやいた。

 するとピロンとマジタブにメッセージが届く。スマホを閉じた願叶さんからだ。


「スマホゲームのダウンロードリンク?」

「香川県でゲーム制限条例が可決された元凶のアプリだ。諸々の説明を省きたいからダウンロードしておいて欲しい。約束した人物とも関係がある」

「は、はい」


 リンクをタップするとサクラメントが起動し、「フロイライン・ラストダイブ」という名前のゲームアプリがダウンロードされた。

 見たことのない美少女がアイコンのキャラ萌えゲーというやつだ。


「このゲームは何をやらかしたんですか?」

「死者の蘇生とその複製。海外……主にユーラシア大陸にある各国の企業が光の国ソレイユの魔法少女史を元に作ったソーシャルゲームなんだけど、設計者が内部に仕組んだ乱数が「ラマヌジャングラフ」という本物の魔法聖遺物だったみたいでね。ガチャを引くたびに神の奇跡が発生して、死亡したはずの著名人が無限に蘇生する」

「特級呪物じゃないですか……」

「というのは表向きの情報で、実際は病気や事故で休業していた人を再雇用するときのカバーリングに利用されるダミーアプリさ」

「ああただの健全なアプリ」


 嫌悪するような顔をやめる。

 アプリを起動すると、図鑑とガチャ画面が表示されるだけで特に何もない。

 ガチャ画面は雲海の上に浮かんだセフィロトの樹のような模様の魔法陣。

 3000円で回せるらしい。しかも初回は100連まで無料か。

 ためしに一回だけ回そう。


 トン――ゴゴゴゴゴ……キン!

 セフィロトの樹のような魔法陣が光り、隠されたダアトが虹色に輝いた。

 なんだか当たりっぽい感じの気配。


「ちなみに魔法少女がガチャを回すと本当に蘇生してしまうから注意してくれ」

「ええええ!?」

「もう回しちゃったモル!」

「想定通りさ。あと一ヶ月も経たないうちに騎士爵になるライナちゃんにはどうしても超えて貰わないといけないラインがあったんだ。その最後のラインが死者蘇生。ライナちゃん、重要な人材はそのガチャで手に入れるようにしなさい」

「うわあ軽率に禁忌を踏み越えちゃった……」


 ドキドキワクワクしながら画面をタップすると、ガチャ結果が表示される。

 山田、山田、佐藤佐藤山田山田山田、田中田中、山田山田、田中――山田。


「山田と田中と佐藤だけ……」

「しかも山田完凸したモル」


 自動育成・限界突破という表示が現れ、タップすると手に入れたガチャ産キャラが自動強化された。

 山田なる人物が七凸されて最大エモ値の5500になっている。

 私と同じピンク髪でギザ歯三白眼、さらにトゲトゲ首輪ヘアゴムでツインテールに仕上げた少女だ。

 画面越しの私が見えるのか、元気よく動いてピースサインをしてくる。


「願叶さん、本当にこんなことしていいんでしょうか?」

「現代の倫理観からすればよくないことだ。でもテロリストはそういう罪悪感に付け込んで殺しにくるから、トラップに入る前にラインを超える必要があった」

「戦う覚悟が足りてなかったのは事実ですね。ダントさん腹をくくりましょう」

「分かったモル」


 ダント氏は一緒に「冥土召喚」をタップして共犯者となってくれた。

 画面で指示された平らな床にマジタブを向けると、自動で点灯したライトが白い五芒星の魔法陣とセフィロトの樹を映し出し、黒ジャージを着たピンク髪ツインテ美少女を虚空から生み出す。

 パチ、と目を開けたギザ歯三白眼の少女は私を見るなり爆笑した。


「初回ガチャで私完凸してやんの! やっぱ運命じゃん!」

「え?」

「山田でーす。魔法少女ラブリーアーミラル」

「初代魔法少女!?」

「会いに来てくれないから会いに来ちゃったとも言います」

「わわ」

「しかし何回見ても私とそっくりだねー」


 三白眼はコンタクト、ギザ歯は入れ歯と、本来の顔の良さを隠すための変装だったようで、手早く取り外した彼女の姿は私とそっくり瓜二つの美少女だった。

 急にしっとりとした態度で距離を詰められ、手をぎゅっと握られる。

 相手から伝わる体温と吐息で、トクントクンと私の心臓が高鳴り、圧倒的な美貌とはこう使うのだと言わんばかりに赤面した顔を可愛らしく覗き込まれた。


「顔、真っ赤だね。緊張してる?」

「ああ、いや、その」

「聖ソレイユ女学院にある正面校舎の三階に来てくれればいつでも力を継承できたのに、なんで来てくれないの? 山田ちゃんはさみしいです」

「あの、それはその」

「正直に言って?」

「ううう……」


 額をこっつんこしたままジッと見つめられ、ついに我慢できなくなって答えた。


「だ、だって……力を借りるのは最後の手段にした方がカッコいいから……」

「それがあなたの美学なんだね。じゃあ私の美学も教えてあげる」

「なななんですか」

「そういうオタクくんの脳を焼いてあげること。カッコいい魔法少女に共通するものって何か分かる?」

「……芯の強さ?」

「ううん、そのさらに先。狂気。エモ力はね、狂気と混ぜ合わせることで恋の魔力――魅力に変わるの」

「狂気が魅力に」

「そう。エモ力と狂気は混ざり合うことで魅力に変わる。誰が見てもカッコいい魔法少女になれる。あなたは自分の狂っている部分を自覚できてる?」

「私の狂気……」


 急に自問自答を持ちかけられ、スッと冷静になった。

 私の狂っている部分ってなんだろう、今この状況を受け入れられている部分もある意味では狂気だよな、と悩みが深まるばかり。

 魔法少女ラブリーアーミラルを名乗った「山田」という少女は、ニコニコ優しく微笑みながら私のマジタブをタップした。無料分のガチャが引かれていく。


「この魔法少女勝手にガチャ引いてるモル」

「聖獣くん、いいこと教えてあげる」

「何モル?」

「私はこの子が心に抱えている影、心の闇の部分。召喚魔法で別人のように現れただけで、実際は内包された彼女の半身だよ。君のそっけない態度に傷ついているから、もっと大切に接してあげてね」

「も、モル?」

「聖獣は魔法少女のメンター、心のケアをする存在だよ。友達感覚じゃダメ。恋人感覚で接すること。分かった?」

「わ、分かりましたモル」

「アドバイスはこれでおしまい。面倒な子でごめんね」


 最後の十連を引き終わると同時に彼女は泡沫のように消え、アプリも削除された。

 ダント氏がマジタブを覗けばジャスト一時間ほど経過している。

 彼は不思議そうな顔で願叶さんを見た。


「願叶さん、今のアプリって結局何モル?」

「状況によって変わる。ライナちゃんの場合は抱え込んでいる本音を言う役、道化アドバイザーだったね。君とライナちゃんに必要な気付きを与えてくれた」

「そうモルか。またインストールできるモル?」

「香川県ではゲームは一日一時間までだよ。それよりダントくん、ライナちゃんとの接し方を考え直しなさい。ライナちゃんが寂しがっているようだ」

「も、モルル……」


 自身の狂気について深く考え込み、あれこれ悩む夜見ライナを見て、聖獣ダントは彼女の好意としっかり向き合わなければならないと心に刻んだ。

 本社ビル街の殺人トラップ騒動に動きが出るのはそれから半日後のことである。

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