第180話 おじさん、新しい強化アイテムを買う
シュポッ。
月詠学園から出ると猪飼さんのスマホが鳴った。
彼はスマホの画面を見て、くぐもった声で残念そうに笑う。
「ごめんライナちゃん。野暮用ができたよ」
「あらら」
「代わりにこいつを預けていく」
「わ」
猪飼さんは肩に浮いた脅威測定用アイテム「ネンドーグ」を私の右肩に移動させ、さらにノーネームの仮面を被った私の額を人差し指でトンと小突いたうえに、「ガラパゴス」というお店のトラガス引き換え用チケットをくれた。
「ひとまず君の仮面に軽い認識阻害の魔法を付与した。肩のネンドーグは気にしなくていい。データを自動保存してくれる」
「わあ、魔法付与できるんですか?」
「魔法研究科なんだ。時間があれば君に新しい強化魔法を教えるつもりだった」
「そ、そうだったんですか」
てっきり一緒にデートをするだけの要員だと思っていた。
「このチケットは?」
「ガラパゴスはピアス型のマジックアイテムを販売するピアス専門店だ。トラガスは念話のほかに日進月歩にアクセスするのにも使うアイテム。お店の場所は目の前の交差点を渡ってすぐ。そこでアプリの初期設定を行うといい」
「あ、ありがとうございます」
「こっちの仮面にも認識阻害をかけておいた。ダントくんが使うといい」
「分かりましたモル」
「またね」
猪飼さんは自身の仮面をダント氏に託して学校内に帰っていく。
やっぱり生徒会のトップ層だけあって忙しいようだ。
寂しそうな背中。暖かく見送ってあげよう。
「また遊んでください猪飼お兄さん!」
「あはは、ありがとう! その呼び名の方がしっくりきた!」
「これからそう呼びます!」
「サンキュー!」
彼の機嫌がとても良くなった。
どうやらお兄さん呼びの方が嬉しかったらしい。
次は仮面ヒーローごっこで遊んでもらおう。
一人と一匹の不審者ペアになったところで私は歩き出す。
「よし、ガラパゴスに行きますか」
「車に気をつけるモル」
「はーい」
ピアス専門店「ガラパゴス」は学園の目と鼻の先にある。
大通りに出て横断歩道を渡った先にある、七階建ての商業ビルの一階。
学生向けのアクセサリーショップ、いや雑貨店のような外観だ。
個別に包装された色とりどりのノンホールピアスがショーケースに並んでいる。
店内では少しお高めのピアスも取り揃えていて、トラガスもそこにあった。
そこで店員さんと目が合う。
相手はスッと目を背けた。
「い、いらっしゃいませー……」
「待って違います! トラガスが欲しくて!」
無料引き換え券を見せると月詠学園の生徒だと理解してくれたらしく、ベージュ色のトラガスを出してくれた。
さらに魔法でピアス穴を開けてくれる。
なんでも、こういったアクセサリー界隈と魔法は非常に相性がよく、さらに呪具的な利用性も高いため、高度な術の使い手が一般的に多く滞在しているようだ。
ダント氏と一緒にトラガスを付けると、テレパシーで繋がった気がした。
「なんだか頭がスッキリしました」
「それがトラガスの効果なんですよー。思考のノイズを除去してくれるんですー」
「へえー」
「良ければイヤーカフもお付けしましょうか?」
スッと出されたのはピンク真珠のついたイヤーカフ。
耳たぶにはめて装着するアクセサリーだ。
「どんなマジックアイテムですか?」
「感覚を共有できます。トラガスと合わせて使えば脳波セックスも」
「なんてスケベなアイテムを勧めてくるんですか」
「あれ? SFチックな仮面を被っているから興味があるものだと……」
「まあないわけじゃないですけど」
「うふふ、じゃあお試しでお付けしますねー」
「うわあ押しが強い」
私の右耳とダント氏の左耳に装着される。
こちらは何も変化がなかったが、ダント氏は目をパチクリさせた。
「夜見さんの見ている世界がぼやけすぎているモル」
「ええ? 私って視力が悪いんですか?」
「あー、もしかして他にリンクさせるアイテムを装備されてますか?」
もしかしてとお互いが付けているツインエフェクターを見せた。
すると店員さんは「こちらは必要ないですねー」とイヤーカフを外してくれる。
「えっと、何か悪影響があるんですか?」
「そのバングルと同じ系統のアイテムですから、効果が重複しちゃうんですよ」
「ああ、イヤーカフには魔法を共有する効果もあるんですね」
「そうなんです。でも私としてはイヤーカフの装着をおすすめしたくて……」
「どうしてですか?」
「お客さんには絶対に似合うからです……イヤーカフつけて欲しい……」
「あはは」
純粋に店員さんの好みの問題らしい。
付けるかどうかは後にして、他のおすすめも聞いてみる。
するとパアと明るい笑顔になり沢山の商品を見せてくれた。
中でも「アマテラス」という金色のイヤーカフ三点セットに私は興味が湧く。
効果は単純で「三つまで魔法を格納できる」というもの。
いわば外付けの固有魔法枠増設アイテムだ。
「このアマテラスっていうイヤーカフ、いいですね」
「ええ? 特に目立った効果をもったマジックアイテムじゃないですよ? 魔法の共有はできませんし、さっき見せた「ツクヨミシリーズ」のようにネット接続できませんし、何より古いアイテムですので修理に対応できませんし……」
「かまいません。おいくらですか?」
「ええと十万円です」
「クレジットカードで」
遠井上家のブラックカードを使って購入した。
その場で付けると店員さんはぴょんぴょん飛び上がるほど喜び、イヤーカフ愛好会と書かれた名刺をくれた。趣味のサークルだそうだ。
「……そうだ。日進月歩というアプリの初期設定とかは」
「そちらは100エモになります」
「わあ」
初期設定はがっつりお金を取られた。
毎度ありがとうございます、と見送られて店を出る。
右耳につけた金色のイヤーカフ三つを触ってえへへと喜んだ。
「いい買い物をしました」
「使い方は分かるモル?」
「見当はついていますよ。おそらく魔法を貯めるタイプのアイテムです」
「ちょっとよく分からないモルけど、夜見さんが嬉しそうで何よりモル」
「どもです。日進月歩を起動してもらえますか?」
「分かったモル」
マジタブでフィールドワーク総合支援アプリ「日進月歩」を起動すると、月に向かうロケットのシンボルが表示されたあと、中央自治区のマップが表示される。
事件発生を知らせる赤いシンボルが立つたびに依頼が発生する仕様らしく、パーティーを組んで位置情報を共有し、迅速な対応を行う様子はシミュレーションゲームのようだ。
中央自治区が風紀部の縄張りだから連携が取れているということもあるけど。
「万羽さんと三津裏くんペアを見つけたモル」
「どこですか?」
「中央自治区南方で補助兵装を購入しているみたいモル。追いかけるモル?」
「追いかけましょう」
ともかく万羽ちゃんを観察するのが私の任務だ。
彼女の補助兵装が何かも気になるし、と中央自治区の南方に向かった。




