第176話 おじさん、神輿として担がれる
「じゃあ僕たちはマガジンの補充に行ってくるよ」
「またあとでだぜ!」
「ああ、行ってらっしゃい」
糸目くんと万羽ちゃんとはひとまずお別れ。手を振って見送る。
どうやら部屋の左奥に特進コース生徒用の入り口があるみたいだ。
月詠学園の生徒手帳がオートロック解除用の認証キーらしい。
入り口が開くと白い教室などが見え、二人が入ると元通りに閉じる。
私を撫でてくれた願叶さんは、私を抱き寄せつつダント氏との会話に戻った。
「――つまり、面倒見のいい子を探すモル?」
「さらに人間じゃない人材がいい」
「面倒見のいいAIとかロボットということモル?」
「そういうことだ。ダントくんの手足となって動ける子を探して欲しい」
「僕に必要なバトルデコイ人材モルね。分かったモル」
ダント氏はマジタブを操作し、エレベーター前に突き立っている銀の竹にタッチ。
すると「マインドフルネス」というアプリがダウンロードされた。
「それは?」
「量産型バトルデコイを雇うためのアプリモル」
「浮気ですか?」
「急に嫉妬してくるのやめるモル……そうじゃなくて、補給拠点の設営なんかをやってくれるモル。僕は夜見さんに守られていないと別行動ができないから、代わりにやってくれるお手伝いさんが必要なんだモル」
「しょうがないから許します」
「許されたモル」
アプリを起動されると、さまざまなロボットフェイスが並ぶ。
顔の横には「活動時間」「運動性能」「拡張性」の三つのパラメーターがあるけど、ダント氏はどれを選ぶんだろう。
「だれを雇うんですか?」
「とりあえず活動時間と運動性能が高い護衛モデルを一体雇うモル」
「浮気ー」
「まだ扱い慣れてないのに拡張性の高いモデルを買っても仕方ないモル」
「むう」
それはそうだ。
仕方ないので人材探しはダント氏に任せ、肩に乗せる。
願叶さんを見ると優しい笑顔を浮かべた。
「梢千代市で紡いだ縁は消えないよ。安心しなさい」
「よく分かりません」
「はは、ライナちゃんが不機嫌になってしまった。じゃあ本題に入ろう」
「なんですか?」
「先ほど反指揮長派の子を雇った」
「どんな子でしょう?」
「女子高校生だ。君のファンらしい。デミグラシアに向かわせたよ」
「わあ早い」
「それで念のために聞くけど、三津裏くんの方がいいかい?」
「彼と万羽さんの恋の行方を応援したいですね」
「決まりだね。デミグラシアに帰ろう」
「はーい」
またエレベーターで降りるのかと残念に思う。
そこで願叶さんは全て分かり切っていたかのように笑った。
「せっかくここまで来たのに残念かい?」
「まあはい。仲間集めしたかったです」
「実はライナちゃんにしか頼めないことがあるんだ」
「はい?」
「今から最上階に行って、最初に会った人にこれを渡してきて欲しい」
「わあ」
願叶さんが取り出したのは、ハート型のプレゼントボックス。
ピンクの包装紙とリボンで丁寧にラッピングされたものだ。
中にはチョコレートが入っているらしい。
私は顔を赤くしながらそれを受け取った。
「い、色仕掛けですか?」
「本当に恋をしてもいい。それだけ優秀だからね」
「じゃ、じゃあ、恋する乙女になってみます」
「頑張って」
願叶さんはそう言うと、ダント氏を残して部屋の右奥――階段の方へ向かった。
理由は分からないけど何か意味があるんだろう。
エレベーターの上ボタンを押した私は、ドキドキと緊張しながら待つ。
ポーン、と到着したガラス張りのエレベーターは無人で、75階まで引っかかりもなく登っていった。
再び到着の音が鳴り、ドアが開くと、見覚えのある大学生が目の前で待っていて、ガンッと長い脚で出口を塞いで私の侵入を防ぐ。
「おはよう新入生ちゃん。昨日ぶりだね」
「か、鍵ピアスさん……」
「覚えててくれて嬉しいよ。それでなにしに来たの? 仲間の救助?」
「わあ、ええと」
昨日は怖かったからよく見ていなかったが、まじまじと見るとまつげが長くて、切れ目がカッコよくてとても整った色気のある顔だ。そして黒髪のイケメン。
私との身長差を考えるに、背も190センチ以上はあるんだろう。
と、とにかく勇気だ。
抱えているハート型のプレゼントボックスをわずかに持ち上げた。
「さ、最初に会った人に渡して欲しいって言われて……」
「――」
わずかに絶句した彼は、脚をスッと下ろして私を75階に入れてくれる。
びっくりするくらい金色の部屋だった。
ここはエレベーターの待機所らしく、金で出来た松の盆栽がある。
奥は会議室だったようで、金箔貼りの自動ドアがあった。なんだここ。
「新入生ちゃん」
「は、はい」
「改めて聞くよ。誰に渡してほしいって頼まれたのかな?」
「か、願叶お父さんからです……最初に会った人に渡してって……」
「マジかー……」
鍵ピさんは大きなため息をつきながらその場にしゃがみ込んで、両手を合わせてピタピタと指を動かしだした。少しして、ニッコリ笑顔を向けてくれる。
「ありがとー。貰うねー」
「は、はい。えへへ」
「それと君のお父さんにこう伝えてくれる? 二分後って」
「え? わ、分かりました」
またよく分からない暗号だ。
お父さんのいる70階に降りるため、再びエレベーターに乗ると鍵ピさんもついてくる。一体なにを考えているのか分からない。
私が戸惑っていると、鍵ピさんが口を開いた。
「何階のボタンを押せばいいかな?」
「70階ですけど……」
「あいよ」
彼は私に代わってボタンを押してくれた。
会話もなく、無言で待つこと十数秒で70階に到着する。
ドアが開くなり鍵ピさんは私を抱えた。
「うわあなんですか!?」
「お兄さんにしっかり捕まってて! 願叶さーん! オファー出してくれてありがとうございますー! 実は俺も指揮長の横暴な振る舞いに困ってたんですよー!」
「はは、君ならそう言ってくれると思ったよ。ようこそ遠井上家へ」
急に仲良くなった鍵ピさんと願叶さんは、二人で私を担いで階段を降り始めた。
地上まで70階もありますよと心の中で突っ込みつつも、逃げられそうにないので、神輿として担がれたまま耐える。




