第175話 おじさん、仲間探しに向かう
翌日の朝に起きた。時計の表示は午前七時半。
ぐっすり寝られたおかげか、恐怖ですり減ったエモ力も回復した。
休憩室にある洗面台で軽いうがいをして、お腹が空いたので喫茶店に出ると、池小路さんができたてオムライスを用意してくれる。
万羽ちゃんは先に起きてもぐもぐ食べていた。
「おはようだぜプリティコスモス!」
「おはようございます。万羽さんは起きるのが早いんですね」
「くぐった修羅場の数が違うぜ!」
「カッコいいなあ」
「ふふ~んっ」
「よしよし」
ドヤ顔をする彼女をなでなで。
「お礼だぜ~」
「わあ、どもです。えへへ」
お返しに私も撫でてもらう。
魔法少女はお互いを褒め合うのがとても大事なのだ。
仲が良くなるし、何よりエモ力が高まってやる気と意欲が湧く。
そんなグルーミング交流会を満足するまで行い、一緒にオムライスを食べた。
また歯磨きやメイクなどの支度を整えてからカウンターで話し合う。
「それで現在の状況は」
「遠井上さんは聖獣ダントくんと一緒に新たな拠点探しに出たみたいだぜ」
「技術支援チームの方々は?」
「補習監督の紀伊さんと一緒に指揮長の元に行ったぜ。あと一時間で戻るぜ」
「大丈夫なんですか?」
「指揮長はうたぐり深い性格だぜ。隠すと邪魔ばかりするから顔見せは必要だぜ」
「たしかに。万羽さんは判断力が凄いですね」
「上司にそう言われたからぜ!」
「ああ三津裏くん。いつの間に話を?」
「これだぜ!」
万羽ちゃんが見せてきたのは、「トラガス」という耳の穴近くにある三角形の軟骨についた、ベージュ色のピアス。目立たないから気づかなかった。
「それは?」
「超小型念話マジックアイテム、トラガス! 指揮者とテレパシーで会話できるぜ! さらに世界各地の外国語をオート翻訳してくれる機能付きだぜ!」
「便利ですねー」
「プリティコスモスも指揮者を探すといいぜ! 男らしくなれるぜ!」
「あはは、考えておきます」
「不安なんだぜ?」
「まあ、ええと、ほんとは欲しいんですけど」
といいつつ、少し迷っている。
ダント氏がいるからとか、赤城先輩を裏切ることになるとか。
いや男性が怖いと言った方が正しいな。
「女性の指揮者の方っていますか?」
「もちろんいるぜ。でも男の方がいいぜ」
「どうして?」
「一緒に現場に出てくれるぜ」
「あー、言われてみればそうかもー、んー」
「もしかして男の子が苦手だぜ?」
「まあ、その、正直に言うとですね?」
「うん」
「私の男の子の部分まで好きになってくれる男子はいないかもと思ってて」
「三津裏さんはオレを受け入れてくれたぜ?」
「はぁう……」
完璧なカウンターパンチを決められて、心がズキズキする。
元おじさんだからではなく、ただ異性と触れ合うのが怖くて不安で仕方ない女の子なのだと明らかにされてしまった。
「私って潔癖症なんでしょうか」
「魔法少女だから仕方ないぜ。だからこそ関わる勇気は必要だぜ」
「どんな利益が?」
「いっぱい褒めてくれるぜ!」
「それは赤城先輩やダントさん、お父さんの願叶さんで間に合って……」
「るのぜ?」
「ないですね」
そこでまだまだ褒められ足りないことに気づいた。
完全な自己肯定感と安心感を得るには支援チームの増強が必須だ。
だから指揮者と呼ばれる人たちとの交流も重要……でも男性は怖いので女性の指揮者さんを探……いや、もしかしてこれは境界渡りのライン?
左手薬指の指輪を見て、赤城先輩との約束を思い出し、いったん踏みとどまった。
「超えるべきか、留まるべきか……」
「のぜ?」
まずは情報を整理しよう。
万羽ちゃんは糸目男子こと三津裏の指示をいつでも受けられる状態。
ここに信頼できる願叶さん、ダントさんはいない。
大人である支援チームは居ない……いや、池小路さんがいた。
「池小路さん」
「どうしました?」
「私も指揮者を雇うべきでしょうか」
「それも大事です。一般実務生や普通科生徒との共闘方法も考えるべきです」
「ああ、初心に戻るべきか」
まずはどんな月詠学園生と付き合うべきかを考える。
願叶さんの要望は日の目の見ない生徒や運のない生徒。
この状況ではおそらく、駒として消費されるだけの一つ星の生徒や、誰も目を向けない普通科の生徒に目を向けた方がいいのかな?
よし、ひとまずそれを方針にして境界渡りをしよう。
「万羽さん」
「なんだぜ?」
「一つ星……いや、普通科の生徒が集まりやすい地区ってありますか?」
「高松ゲームセンターっていう中央自治区からそう遠くはない場所だぜ。その周辺で低レベルの魔法事件を追っていることが多いぜ」
「ありがとうございます。その中でまとめ役になってる――」
カランカラン――
「待て待て待て! そうじゃないだろ!?」
ドアを開けて入ってきたのは、糸目高校生の三津裏くん。
私は姿勢を正して出迎えた。
「わ、おはようございます。また会いましたね」
「はあー……二人で出歩くなら先に装備を整えるようにしろよ。万羽は補助兵装が必須だ。ハイスペックなお前とは運用が違う」
「いいですね。一緒に買い物でも行きませんか?」
「僕に二股疑惑を流すつもりかこの野郎!」
「荷物運び役になって欲しいという意味なんですけど」
「お前っ……これだから都会育ちは……! 僕が用意してないとでも思うか!?」
彼はそう言ってカウンターに座ると、自身の腰につけた工具入れのようなものから湿布やヒールゼリー、バトルデコイや謎の手榴弾、その他駄菓子のようなアイテムを取り出した。作戦行動中の補給拠点を書いた地図まで。
何から何まで至れり尽くせりだ。
「プロですね」
「それが万羽の指揮者である僕の仕事だ。お前も聖獣に頼んでみたらどうだ?」
「だから願叶さんに付いていったんだと思いますよ?」
「聖獣に都合のいい言葉がポンと出てくる……以心伝心なのか?」
「そうですけど?」
はあと呆れる糸目高校生、三津裏霧斗くん。
君と万羽ちゃんも同じだぞーと心の中で伝えておいた。
しばらく万羽ちゃんの服に各種装備や回復アイテムを仕込むのを手伝い、終わった頃には万羽ちゃんが満足げな顔をした。
「いつでも行けるぜ!」
「三津裏さん、思ったことがあるんです」
「急になんだよ」
「万羽さんの服装がなんだか」
「なんだか?」
「かわ、かっこいい感じだと思いませんか?」
「カッコいい感じって……」
彼は彼女を(糸目で)ジッと見て、こう答えた。
「万羽がカッコいいのは当たり前じゃないか」
「そうだぜ!」
「ちゃんと見てます? 目を閉じてません?」
「万羽は万羽だ。僕は僕の仕事をする」
「私の写真は使いました?」
「お前この野郎……! ともかく、指揮者の利便性は見せた。失礼する」
カランカラン――
そう言い残して彼は喫茶店を出ていった。
少しだけ思考を巡らせ、なんとなく池小路さんを見る。
「指揮者を探せという指示は預かってますか?」
「願叶さんにそう言われています」
「他の指示なんかは」
「一般事務生や普通科生徒との共闘方法をお探しください」
「もっと仲良くしましょうよー」
「フフ、そんなことをすれば願叶さんに怒られてしまいます。学生らしく、まずは同じ学校の仲間を探してください。私はただの喫茶店のマスターですから」
「むう」
やはり月詠プラントのお望みは私と月詠学園の生徒との交流らしい。
あくまでも展開の補助に徹したいようだ。……いや、本当にそれだけ?
うーん、もう少し考えよう。何か気づいていないことがある。
池小路氏も気づいたのか、ようやく重い口を開いた。
「あまり悠長に待っていると、技術支援チームが話し合いを終えて指揮長の元から帰ってきてしまいます。指揮長が、動き出しますよ?」
「んん? 動き出すとまずいことがあるんですか?」
「反指揮長派の生徒に会うなら今だぜ!」
「あっ、そういうこと! 急ぎます!」
バンッ! カランカラン――
私は万羽ちゃんと一緒に喫茶店を飛び出し、エレベーターエリアに向かう。
そこでは三津裏くんがエレベーターを開いて待ってくれていた。
「乗ってけよ。ほら」
「……は、はい」
なんて気が効く男なんだろうと思いながら乗る。
ちくしょう、ドキっとした。
ドアが閉まって上昇し始めると、糸目高校生はやれやれとため息をついた。
「プリティコスモス。誰か反指揮長派が分かってるのか?」
「昨日の今日で分かるわけないじゃないですか……」
「ならしばらく僕たちと一緒に行動しろ。怪しまれずに済む」
「しょうがないですね三津裏バンザイ」
「さすがオレの上司だぜ!」
私やダント氏にはない策謀能力の高さを感じる。
糸目キャラだけに味方にいると心強い。
70階にはすぐに到着し、扉が開く。
私たちを出迎えたのは黒い大理石で全面を被ったオフィスと、銀色の竹。
そして――
「やっぱり指揮者は女の子の方がいいモル?」
「性別じゃなく性格の問題かな。面倒見のいい子が必要だ」
「わ、ダントさんと願叶さん!?」
「ん? ああ。おはようライナちゃん。君も指揮者を探しに来たのかい?」
「おはようございます! わーい!」
そして拠点探しに行っていたはずの願叶さんたちだった。
ようやく安心できて抱きつく。




