第169話 おじさん、目標を再定義する
元旦。私は光の国ソレイユへ向かった。
「自家用ジェット機に乗り、上空二万メートルの高度から地上に落下する。
義理の両親である願叶さんや凪沙さん、義妹の遙華ちゃん、執事の佐飛さんとともに地面に堕ち、のちに死亡が確認された。正確に言えば、書類上は……?」
何だろうこの嘘記事。
今朝の朝刊にそう乗せられているのを見て、私は驚く。
「わあ、私が殺されちゃいました……」
「ごめんねライナちゃん。そういう決まりなんだ」
「どうしてですか?」
「テロリストの溜飲を下げるには他に方法がなくてね。毎年春は梢千代市の市民全員を死んだことにしつつ、世界平和に向けた世論を加速させ、熱が冷めた頃に旅行先から奇跡の生還と称して戻ってくる。こうでもしないと外を出歩けなくてさ」
「ソレイユに関わっていると悪い人に命を狙われやすいのよ」
「大変なんですね……」
実際の私たちは梢千代駅で降ろされ、朔上警備隊の運営する私鉄に乗っている。
七両編成の車両は全て貸し切りになっていて、乗客は私と遠井上一家と執事の佐飛さん、そして佐飛さんが選びぬいた信頼できるお手伝いさんのみだ。
ちなみに、光の国ソレイユの真の所在地は関西の三重県であり、伊勢神宮に祀られている天照大神の太陽信仰を元に名付けられたらしい。
他にも海外のスペインとかエジプトとか、いろんな場所に拠点があるようだ。
分かりやすく言うと「光の国ソレイユ」とは純日本産のエモーショナルエネルギー産業を担う企業全体をあらわす業界用語。
人の感情が発生させるエモミウム粒子関連の技術を独占しているので、国内国外問わず産業スパイやテロリストに狙われるのだそう。
電車の窓から外の景色を見ながらため息をついた。
「もう少し早くに説明して欲しかったなあ」
「しょうがないさ。聖ソレイユ女学院はソレイユ系列の学校でも特に忙しいから」
「落ち着いてお話をする時間が取れて良かったわ」
「まあでも頑張りましたからね。全教科最高評価ですし、褒めてくれてもいいです」
ちょっとワガママな態度を取ると、義理の両親になってくれた二人は楽しそうに笑い、私を左右から挟んでサンドイッチのように優しく抱きしめてくれた。
ほかにも頭を撫でて褒めたり、天文学的な数字の記された預金残高を見せて驚かせてくれたり。
100万エモ分のシャインジュエルが入った特大プレゼントボックスを「お年玉」として五個もポンと渡してくれたりして。
家族との交流ってこんなに温かいものなんだとようやく知り、気分が安らぐ。
「親愛の証だけじゃなく、金額的な安心感まで与えてくれたのはびっくりですけど、実家が太くて安心しました」
「そうかい? 僕はライナちゃんがワガママになってくれて本当に嬉しいよ」
「一生甘えてもいいですか?」
「もちろん。僕は君のお父さんだからね」
「わーい。おとうさーん」
「ふふ。じゃあ私のことはママって呼んでくれる?」
「ママ~!」
お礼の印にパパとママと呼ぶ。
お金じゃ解決できない問題もあるが、この世は金が全て。
持たざるものに過ぎない私は全力でしがみつくしかないのだ。
今になって校長先生の正しさが身にしみる。
「今どこで何してるんだろ」
「なんの話だい?」
「ああ、聖ソレイユ女学院の校長先生です。どこにいるのかなって」
「以前に中東アジア、たしかイスラエル辺りにいると聞いたよ」
「わあ。知ってたんですか?」
「というより、今日まで伝えられなかったと言ったほうがいいかな」
「それはまたどうして?」
「あはは、夜見ちゃんは気づかなかっただろうけど、聖ソレイユ女学院は共産圏の国家と戦争状態になってたんだ。昨日ようやくケリがついた」
「せ、戦争してたんですか?」
「んー、ちょっと長くてむずかしい話になるよ」
「どうぞ」
願叶さんの方を向く。
すると恥ずかしいな、と言いつつも話してくれた。
「まず魔法少女は、怪人・怪奇事件への迅速な対処を目的とした公安警察の特殊機動部隊だ。仕事は若年層の魔法犯罪調査。さらに存在自体が徹底的に秘匿されている。それがどういうわけか社会的に認知され、海外では平和を脅かす日本の脅威や軍事力として扱われていた。どこかで情報漏えいが起きていたということだね」
「わあ。それでそれで」
「原因を調べたら猿渡木という人間と、共産国の抱えるスパイ組織が浮かび上がったから、校長先生がちょっとお仕置きしに行ったのさ」
「おおーなるほど! どうしてそんなにくわしいんですか!?」
「魔物を倒して街の平和を守っていた数十年前とは違って、今は企業同士の戦争だからね。世界情勢を変えるような戦いは大人の領分さ。当然僕もその一人だよ」
「わ、わ! すごい! 願叶さんが秘密裏に世界を守ってたんですか!?」
「そうとも。お父さん大好きありがとうって言ってくれていい」
「お父さん大好きー! ありがとー!」
願叶さんはスーパーヒーローだったんだ。
嬉しくなって抱きつくと、嬉しそうに笑い、抱きしめ返してくれる。
「あはは、こちらこそありがとうだよ。いっぱい甘えて欲しい」
「分かりました。これからも二人に精一杯甘えます」
「良かったわ。私たちになんでも相談してね」
「はい! じゃあ早速ですけど、遙華ちゃんたちと遊んできていいですか?」
「いつでも行っておいて」
「んー、嘘です! やっぱりここにいます!」
「いいとも。お守りは佐飛さんたちに任せておきなさい」
「えへへ、試しても許してくれるー」
これが親愛なんだと、何度も何度も実感する。
本当に欲しかったモノがようやく分かった。
「わ、死亡確定に内容が変わりました。自動更新されるんですね」
「その方が生存率が高いからね。迷惑な話だろう?」
「はい。せっかくの元旦なのに気分がモヤモヤです」
「さ、邪気のたっぷり籠もった恐怖の朝刊は早く焼き捨てなさい。毎日届くけど、お父さんたちもそうしているよ」
「魔法版のスパムメールみたいな感じですね。捨てるかー」
どうしても梢千代市に住む人間を殺したいサイコパスな方々がいるらしい。
近くのお手伝いさんに渡し、その場で廃棄処分して貰った。
具体的に言うと呪詛返しだ。地面において素早く星型に指を動かし、バンと叩くと新聞が白い灰のようになって燃え尽きる。
お手伝いさんはこれが毎朝の日課だったようで、いつもお疲れ様ですと伝えた。
最後にペットケースに入れられたダント氏の元に行き、話しかける。
「ダントさん、我が家って実は人材チートなんですかね?」
「僕も気づかなかったモル……」
「ね。企業所属も視野に入れないといけませんね。オーディションとか」
「それより願叶さんに相談した方が早いモル」
「たしかに」
願叶さんを見ると、とても嬉しそうな顔をしていた。
「企業に移籍したいんだね?」
「わ、職場の掛け持ちはダメな感じで」
「ああいやそういうわけじゃなくて……頼りにされて嬉しいからさ」
恥ずかしそうに頭を掻くお義父さんを見てつい笑みが溢れた。
それはそれとして「移籍」が気になったので詳しく聞いてみたところ、別のソレイユ系列の学校に転校させる意味の業界用語なのだと知り、同じ提案を赤城先輩にも勧められたこともあり、三重県に到着するまで真剣に考えた。
『これは正しい選択ってわけじゃないから、夜見ちゃんが一番幸せだと思える選択をすればいいよ。梢千代市なら友達と仲がいいままでいられるから』
赤城先輩はそう言っていた。
私の幸せとは。それを再定義してみたとき、自ずと答えが出た。
さらに勇気を持って一歩踏み出して、外の世界を味わってみようと。
三重県には存在していないと言われる新幹線駅舎「三重駅」に到着した際に願叶さんに言った。
「願叶さん、答えが出ました」
「移籍するかい?」
「はい。光の国ソレイユという世界で自分がどこまで通用するのか、知りたいです」
「分かった。どこに移籍するか休み明けまでじっくり吟味しよう」
「ありがとうございます!」
でも今は仕事を忘れて休もうと言われ、その通りにする。
伊勢市近郊にある三重駅から迎えのリムジンに乗り、市内の様子を窓越しに眺めながら、ようやく到着した遠井上家別邸で旅の疲れを癒やした。




