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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
第六章エピローグ

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第159話 おじさん、普通の女の子をする

 教室までの廊下では、他クラスの中等部一年生たちが私の側によるなり、ふんすふんすと可愛らしく威張るので、笑顔を返しながら頭を撫でておいた。

 ダント氏も褒めてくれる。


「中等部副会長らしい行動モル。流石は夜見さんモル」

「あはは、どもです。なんだかみんな元気になりましたね」

「仕事が決まって嬉しいからモル」

「なるほど」


 市内パトロールというほぼ実戦に近い活動は、初等部の六年間という長い研修を終えた彼女たちにとっての就職なのか。たしかに嬉しい。

 最後の子を手を振って見送り、教室に入る。すると正面から抱きつかれた。


「夜見おはよっ」

「わ、いちごちゃん。おはようございます」


 黒髪の美少女、いちごちゃんだ。

 そのまま仲良しメンバーこと中等部一年組の定位置まで連れて行かれる。

 サンデーちゃんとミロちゃんはまだ来ていないようだ。

 席に付くと、前の席のおさげちゃんが私の机に肘をついた。


「おはようさん」

「おはようございます。おさげちゃん」

「うちらのニュース見たん?」

「見ました見ました。ありがとうございます」

「貸し二つやで」

「うふふ」


 お互いにニコニコと笑う。

 いちごちゃんと喧嘩をしなくなった代わりに、私への圧が増した気がする。

 そろそろ解決の糸口を探すか。


「何かお手伝いできることはありますか?」

「困ったら呼ぶから待っててな」

「分かりました」


 とりあえず、何かに駆り出されることは決まった。

 手を差し出してきたので、握手をする。

 おさげちゃんは私の手を大事そうに包み込んだ。


「夜見はん。中等部一年生はフリーランスや」

「は、はい」

「コネを作るためにも一時移籍は検討した方がええで?」

「検討します」

「パトロールも始まるし、そろそろ縄張りも決まるから急いだほうがええよ?」

「ひゃい急ぎ検討します」

「できる限りのアドバイスはしたで? ほないつもご苦労さんどす」


 彼女は手をするりと離し、私に手を振って「さいなら」と教室から出ていった。

 どこに行くのだろう。

 ダント氏……は、いちごちゃんの聖獣……ええと、子猫さんとおしゃべり中だ。

 話の邪魔をするのは悪いと思ったので、いちごちゃんを見た。

 目が合ったとたんに相手は首筋に抱きつき、背後に移動してくる。


「わ、わ」

「んもー、なぁに夜見? 私が好きになっちゃった?」

「ええと、そういうのじゃなくて」

「おさげの勧誘が気になる?」

「それもありますし、どこに行くのかなぁって」

「パトロールしに行ったに決まってるじゃない」

「もう行ったんですか!? 授業は!?」

「え? 魔法少女ランキング上位を狙うために学校を抜け出すのは常識じゃない?」

「この学校ではそれが常識なんですか……!?」


 私の一般常識では「授業は必ず受けるもの」だ。

 勝手に抜け出して課外活動を行うという発想自体がない。

 いちごちゃんはくすくすと笑った。


「もー、夜見ったらすぐ引っかかるんだから。ほら、特別授業制度」

「ああそっち! あー、なるほど! びっくりしたぁー」

「しかも今日から方針が変わったみたいでね? 1000エモ以上から100エモ以上の生徒に対象を広げるんだって。誰かさんがこの制度で急成長したからみたい」

「おお。一体だれが」

「あんたのことよ夜見。副会長が記者会見で嬉し泣きしたんだからね?」

「そんなに」


 副会長がそこまで気にかけてくれているとは思わなかったが、頑張ったかいがあったというものだ。というか、いつの間に記者会見があったんだ。


「ちなみに記者会見の動画はどこから見れますか?」

「ふふ。見そびれたわね夜見。今朝、生徒会執行部のニュースごと消されたわ」

「あー情報が繋がっていきます。だから見れなかったんだ」

「こういう話も聞けるから陣営移籍はしっかり考えなさいよ? 分かった?」

「とてもよく分かりました。真剣に考えます」

「じゃ、私も特別授業に行くからこれで。赤陣営をよろしくっ」


 と、いちごちゃんも教室から出ていった。

 そうか、職場に慣れるまでの下働き期間が終わって、一人前の魔法少女になるために知見を深める時期が来たのか。

 ダント氏を見ると、彼は赤城先輩から何通も来ている応援要請を見せた。

 最初の一件以外は未読なので先輩の情緒が怪しくなっている。


「ああ……ええと、まだ返信してませんでしたね」

「はやく赤城先輩に返事してあげてモル」

「……先にみんなにお礼を」

「夜見さんが話しているうちに聖獣同士でやったモル」

「サンデーちゃんとミロちゃんが」

「教室にいなかったからテレパシーで探して、ポータルで渡したモル」

「どうしてもうやっちゃうんですかぁ!」

「夜見さんが赤城先輩を避けてるからモル。赤城先輩から逃げちゃだめモル」

「やだぁ! なにか裏があって怖いですもん!」

「気持ちは分かるモルけど――」


 昨日の一件――最初のラスボス枠ことリズールさんを倒したと思ったら、実は赤城先輩の手駒に過ぎなかったという展開で、数ヶ月もかけて築き上げた信頼が粉々に砕け散ったのだ。

 ダント氏もそれは十分よく分かってくれているのだろう。

 だからこそ、改めて切実な事情を語った。


「夜見さん、少しビジネスモードになって真面目に聞いてほしいモル」

「あ、はい」

「本当に活動資金が足りないモル」

「赤城先輩に相談しますかぁ」


 マジタブを手に取り「今行きます」と返信する。

 仕事とプライベート、公私の使い分けは社会人の基本スキルだ。

 それから少し間が空いてから嬉しそうな返信が帰ってきた。「やったー! 今日から私としばらく特別授業ね。梢千代駅前で待ってる」とのこと。


「はあ、がんばろ。さて」

 席を立つ前に、しばらく居なくなる一年Z組に目を向けた。

 パトロールに向けての意気込みや、自身の得意魔法のことなどをマジタブで録画している真面目グループや、のんびりと穏やかなグループに分かれているらしい。

 高等部の先輩との交流も始まるので、恋愛の話題もわずかに聞き取れる。


「どんな先輩がタイプー?」

「えーみんな好きぃー」

「わかるー」

「ふふ」


 それがあまりにも青春の光景で、つい笑みがこぼれてしまう。

 某二名への気苦労が多くて気づけなかったけど、ここが世界で一番安心できる場所かもしれないなあ、と机に肘をつきながらそう思った。


「私もみんなの仲間でいいんだ……」

「職場なんだから当たり前モル」

「あっ」


 そう言えばそうだった。

 つい数日前に自分でそう交渉したんだった。

 恥ずかしくて顔が熱を持っていくのが自分でも分かる。

 ちょっと恥ずかしすぎるから話を変えよう。


「だ、ダントさん」

「何モル?」

「これから特別授業のことをデートって言い替えませんか?」

「いいアイデアモル」

「でしょ? じゃあ行きましょうか」

「長谷川先生への報告は任せるモル」

「ありがとうございます。ひー、はずかしー」


 上司の長谷川先生への連絡はダント氏に任せ、職場にしたことをうっかり忘れていた自分がとても恥ずかしくて、顔をおさえながら足早に正門前に向かった。

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