第152話 魔法少女プリティコスモスvs魔法少女フェアリーテイル①
場所は変わって梢千代体育館。
夜見ライナと高等部三年の墨田智子、二人の決闘が始まっていた。
「来い戦友! お前は何が得意だ!」
「得意かどうかは分かりませんが!」
赤い長袖体操服姿の私は、マジカルステッキの底を押す。
するとステッキはピンク色の発泡ウレタン製特大剣に姿を変えた。
『DXプリティカリバー!』
「まずは近接戦でお願いします!」
「そうこなくちゃな戦友!」
白ジャージを着た墨田智子先輩もステッキの底を押した。
両手の甲がふわふわスポンジで覆われ、さらに片メカクレだった髪型が長いポニーテールに変化。
ポニーテールの先端には分銅鎖のようなポリウレタンの重りが付いた。
『EXフェアリーウィップ!』
「髪型が変化した!?」
「戦友、レッスンワンだ! 髪は女の武器である!」
「そうなんですか。わあ、顔もお綺麗で」
「風紀違反!」
パンッ!
相手が手を叩く。何を……?
「!」
ズルッ――ドドドドッ!
私が直感で横に飛ぶと、元いた場所から道路標識が針山のように生える。
同時に拳を握りしめた智子先輩が駆け寄っていて、ストレートに殴りつけてきた。
DXプリティカリバーで受けて流す。
「言ったはずだぞ戦友! 髪は女の武器だと!」
「ええ!?」
シュッ、ポコンッ!
「あいたっ!」
隙有りとばかりにポニーテールについたポリウレタン分銅による振り下ろしがきて、脳天に当たった。
「痛つつ、それずるくないですか!?」
「安易に褒めるな! 風紀違反だぞ!」
「事実じゃないですか!」
「では事実陳列罪で逮捕する!」
パンッ!
先輩は再び手を叩く。
「一体、えええ!?」
トン、と背中に何かがぶつかったので振り向くと、「止まれ」と書かれた赤い標識だった。そしてどういうワケか、足が地面にくっついたように離れない。
「う、動けない……!」
「何が起こっているのか分からないだろう、戦友」
「智子先輩!?」
「私の武器は鞭。お前の背後の標識は私の固有魔法「シンボル」だ」
「!」
そう言って智子先輩は私の前に立った。
右の拳に青いエモ力をまとい、腰だめで練り上げる。
まずい、この一撃で決めるつもりだ……!
「レッスンツー、術式の開示。私の固有魔法「シンボル」とは、神話や物語、さらには国家のモチーフとなる国旗や紋章――さらに分かりやすく言えば「魔法陣」を媒介に使用し、それが表す概念を魔法として発動させる。ちなみに私は、世界でもっとも認知度の高い魔法陣「道路標識」をモチーフとして使用している。他人が理解しやすいほど、魔法の概念強度が増すからな。だから説明は大事だ」
「そ、そうなんですか、くっ」
「驚くのはまだ早い。レッスンスリー、どうしてモチーフを定めるのか。答えは簡単、発動範囲を絞れば魔法の出力が上がって燃費が良くなるからだ!」
シュッ!
「ううっ!」
必殺の一撃を避けるために、私は運動靴を脱ぎ捨てた。
私のお腹があった場所めがけて大ぶりのアッパーカットが通過する。
智子先輩は、緩めた右の手を軽く振って嬉しそうに笑った。
「さすが我が戦友だ。土壇場で機転を効かせたか」
「確実に仕留める気配がしたので」
「当たり前だ。魔法バトルは基本初見殺し。思考に瞬発力がないと死ぬだけだぞ」
「まだ私にはないものですね」
「ならばレッスンフォー。頭で動くな。心で動け」
「心?」
「疑問や雑念を捨てろ。捨て身で来い!」
「はい!」
意味を知ろうとか、どう遊んでもらおうという甘えを捨てる。
ただ斬鬼丸さんが乗り移ったときに感じた「最高の一太刀を目指す」という心情に従って、集中力を極限まで高めた。
息を浅くして、スポーツ競技で言う極限の集中状態に入り、動く。
「集中領域持ちか! やるな我が戦友!」
「フッ!」
シュパァンッ!
DXプリティカリバーが相手の首筋めがけて横薙ぎに振るわれる。
だが相手の甲に付いたふわふわのスポンジで防がれた。
ニッコニコの智子先輩が目に映る。
威力不足? いや違う、太刀筋に鋭さが足りない!
「甘い! まだ頭で動いている!」
「うぐっ!」
先輩のジャブが私の腹部を襲う。
ダメージは軽い。これくらいなら何度だって受けられる。
そしてこの距離、この射程がベスト! 捨て身で行く!
「ハァァッ!」
シュパパンッ!
「ぐうっ……!」
脇腹と額にクリティカルヒットし、智子先輩から声が漏れた。
返しのジャブを腹で受け、さらに二度、三度とウレタン製の特大剣で思いっきり叩く。
ならばと放たれたボディブローも腹で受けた。
ドゴッ!
「えへへっ、効きませんよ」
「むうっ素晴らしい耐久力!」
「セイッ!」
「ぐおっ!?」
意趣返しとばかりにエモ力を乗せた突きで吹き飛ばす。
相手は大理石で出来た床をバウンドし、膝をついた。
追撃せんと私は剣を投げ捨てて走る。
「まだまだァッ!」
「ハハハ、ノってきたかマイフレンズ!」
そのまま飛びかかり、相手の襟首を掴んで背負い投げた。
パン、パンッ!
「!」
二度、拍手が鳴る。
私が大理石の地面に叩きつけたと思ったものは、「二方向交通」の黄色い道路標識だった。
ガイーン、と鉄を叩きつけた音と振動が全身に伝わる。
あまりの手の痺れに標識を落とし、歯を食いしばる私。
「ひぃぃ痺れるぅぅぃ……!」
「素晴らしい戦闘センスだ、マイフレンズ」
「ええ?」
「ただ、それは違う」
智子先輩は少し離れた位置に移動していた。
近くに同じ「二方向交通」の黄色い標識が生えていることから、瞬間移動のような能力を使用したのだと分かる。
応用が効きすぎる。そりゃ強者だよ。
「お前にやって欲しいのは徒手空拳じゃない。少し頭を冷やせ」
「わ、とと」
先輩は私の剣を拾い、熱くなりすぎていた私にポイッと投げ渡してくれる。
受け取り、ごめんねと謝りながら刀身を撫で、スッと構えた。
すると先輩は私に近づき、私の頭を優しく撫でる。
「わあ」
「これで最後だ。ファイナルレッスン。核心の出し方を知れ」
「かくしん?」
「心の核と書いて核心だ。先ほどのエモ力を乗せた突きは素晴らしいものだった。精度、威力も申し分ない。現場でも問題なく戦えるだろう。三下の怪人相手なら」
「!」
「だが特S級には……特S級というワードに聞き覚えはあるか?」
「特S……」
そう言われて、思い当たる人物が脳裏に流れる。ファンデット黒澤だ。
私がイベントボーナスとやらで特攻を持っていて、パンチ一撃で倒せたから雑魚だと思っていたが、あいつの分類は……特S級!
「あ、あります! たしか、私を呪っていたファンデットがそれだった気がします。私にイベントボーナス? があったので一撃で倒せましたけど……」
「新型怪人との初遭遇補正のことだな。次に会うときはそういった精神的強者と同等互角でのバトルだ。どうやって一撃で仕留める?」
「……初手で必殺技を使う?」
「グッド! さらに言えば、通常攻撃で必殺技並みの威力を出せればいい」
「それが核心ですか!?」
「詳しい説明は戦いの中でしよう」
そう言ってファイティングポーズを取った智子先輩は、ふわふわスポンジのついた両拳に青いエモ力をまとった。
対する私も真似して、発泡ウレタンソードにピンクのエモ力をまとわせつつ、雑念を削ぎ落とし、「最高の一太刀」を繰り出すことに集中する。
「ここからは一撃喰らえば即病院送りのガチマッチだ。やめるなら今だぞ?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
「いい返事だ我が親友!」
最初こそしてやられたが、もう情報は出揃った。
先手を取り、そのまま沈めるべく切り札――『ギフテッドアクセル』を切る。
「ブースト!」
「シンボル!」
固有魔法の詠唱はほぼ同時。
読まれていたようだが、性能差で勝てる。
私は加速し、静止世界への入門を――
「――いいかマイフレンド、真の切り札は何枚抱えていてもいいんだ」
ヒュッ――ガァン!
「!」
それに待ったをかけるように『最高速度50km/h』の赤い標識が近くの地面に突き刺さる。加速が止まった。自動車程度の速さしか出ない。
「だ、だとしても!」
近距離なら対応できずに避けきれまい。
そう思った手前で、「止まれ 一時停止」と書かれた赤い看板が目の前に現れ、私の全行動を強制的にフリーズさせる。
目と口だけ動かせたので相手を見ると、先輩は不思議な手遊びをしていた。
左手で輪を作り、右の立てた人差し指を輪に当て、標識のような形を取っている。
「そ、それはなんですか?」
「シークレットレッスン、聖域展開。大和太平山」
「ずるくないですか……?」
「あまり褒めるなよマイフレンド。こっちも久々に手応えのある相手でどの手札から切ろうかウズウズしているんだ」
智子先輩の背後から空間が侵食され、廃墟の体育館に道路標識が針のむしろのように生え始める。先輩は自分のポニーテールを握ったかと思うと、引きちぎった。
さらに髪を根本からギュッと撫でつけ、青いエモ力で剣のように固める。
「智子フェアリーウィップソード!」
「せ、先輩! 大事な髪が!」
「問題ない! この聖域が閉じれば元に戻る!」
「つまり私を剣戟で倒してみろってことですね!?」
「そうだ! 共に高みに行こう我が最高の親友!」
会話終了と同時に動けるようになったので、時速五十キロ――秒速十三メートルでショートボブになった智子先輩に肉薄し、残像が残るような速さで怒涛の攻撃を仕掛ける。
先輩も今までの戦闘で培ったであろう凄まじい剣さばきでそれをしのいだ。




