第136話 おじさん、魔法少女試験を制覇する②
第一体育館前を訪れると、例の首輪を付けられた大勢の女学生が倒れていた。
片っ端から叩き起こし、首輪を千切らせて消臭スプレー噴霧。
触手型ファンデットは悶え苦しみながら爆発していく。
『ぎゃあああ――ッ!』
「キリがないですね、試験どころじゃありません」
「本体を倒すしかないモル?」
「なら、どこにいるか探さないと」
「「「プリティコスモスー!」」」
「あなたたちは……!」
声をかけてきたのは、ピンクの腕章をつけたファンの子たち。
白髪でロール髪な子、赤いショートカットの子、マジカルステッキの代わりに本を大事そうに抱えている黒髪の三つ編み眼鏡っ子。
三名とも名前は分からないが、消臭スプレー「デリート」を手に持っていた。
「私たちも協力させて!」
「ぜひお願いします。今は一人でも多くの戦力が欲しい」
「どうすればいいかな!?」
「ピンクの首輪を付けている子を見かけたら、これを使って説明して欲しいモル」
ダント氏がメモを見せると、彼女たちの聖獣が素早く動いてメモを取る。
やはり実戦経験があるのだろうか。状況理解が早い。
「スプレーを噴霧するのは千切り終わってからモル。試験の課題モルから」
「わ、分かった!」
「あ、あのねプリティコスモス! 第二試験の岩割りをクリアしたら、こんなの出てきたの!」
「なんですか?」
赤いショートカットヘアーの子が見せてくれたのは、「第二」と書かれた木片。残る二人も同じ文字の木片を取り出した。
「私の聖獣さんが言うには、第七試験をクリアするのに七つ必要なんだって!」
「あくまでもこれは試験というわけですね。仕方ない」
気は進まないが乗ってやろう。
ダント氏を見ると、ポーチから二つの木片を取り出した。
第一、第六と書かれている。
「いつの間に」
「魔法で拾ったモル。僕も多少は魔法の腕を磨いているモル。ゲンさんの空間移動魔法をほんの少しだけ使えるようになったモルよ」
「流石はダントさんです。残り五つですか」
「被害者の対応は私たちに任せて!」
「プリティコスモスは試験の攻略を!」
「ありがとうございます。さて、やりますか」
ファンの子に説明や対処を任せ、私は魔法少女試験に集中させてもらう。
しかし第二試験「岩割り」や第三試験「実戦芸子」の姿がない。
……ああ、そうだ。今は表のチャンネルにいるんだった。
指で輪を作ると、ノータイムで裏の実技試験会場に入り込める。
「口寄せしなくてもよくなったのかな」
「夜見さんの脳が適応したモル。魔法が上手くなったということモルよ」
「なるほど」
やっぱり私が成長したのか。
体育館前には身長の二倍ほどある大きな岩と、四本の腕を生やした人型ロボットが仁王立ちしながら立っている。おそらく第二試験と第三試験だろう。
「順番に行きますか?」
「次の試験監督の到着を待つモル」
「まずは待機か……」
暇なので体育座りすると、ロボットが気づく。
合成音声っぽい男性の声で話し始めた。
『……なんだお前、強大な俺を前にして戦いを放棄したのか?』
「いえ、試験監督が来るまで待機しなきゃいけないので」
『丁度いい。俺も暇を持て余していた。話をさせろ』
「なんだかフレンドリーですね」
『無言で攻撃してくる凡骨木偶どもに魔法少女試験の課題が務まると思うか? 俺は思わない』
「それはたしかにそうかも」
ロボさんの方を向くと、彼もあぐらを組んだ。
「ちなみにお名前は」
『土蜘蛛。お前はなんだ?』
「夜見ライナです。ヒーローネームは魔法少女プリティコスモス」
『本名はないのか?』
「ええと、どういう意味ですか?」
『聖ソレイユ女学院は徹底した秘密主義だ。今語った本名もコードネームにすぎないと聞く。俺に勝負を挑んだ魔法少女は多くいるが、俺に勝つ者は全員そうだった』
「……ちょっと待ってください」
少しだけ深呼吸して、情報を整理する。
ミスリードを誘われただけだと判断し、こう答えた。
「最初は愛称とかあだ名で自己紹介された感じですよね? で、終わってから本名を聞いた、という感じで」
『ああそうだが、やはり名を隠しているのか?』
「私は最初から本名を名乗っていくようにしています。私は夜見ライナです」
『お前は正直者だな。これをやろう』
彼は腹部を開いたかと思うと、木彫りの阿修羅像をくれた。
四腕二足の彼が人間になったかのような見た目だ。
『もっとも、それも本名じゃないと知った上でくれてやるのだが』
「えっ!?」
『そもそも疑問に思わなかったのか? どうしてか弱い少女を戦地に送らねばならん。大事に守って子を産み、育ててくれた方が国のためになるというのに』
「はあ……」
『なぜため息をつく』
またそういうタイプの悪役か。
人間のことを何も分かっちゃいない。
「逆に聞きますけど、女の子が戦っちゃいけない理由ってあるんですか?」
『それは……』
「私たちを守るどころか、敵として立ちはだかるあなたに、私たち魔法少女の幸福を語る権利はありません。もし国の将来を憂うなら、あなたも女の子になって子供を産み育てるべきです。ご自慢のロボットボディを女性型にしてから文句言って下さい」
『なんという正論。俺の負けだ』
ロボット「土蜘蛛」は機能停止し、開いた腹部から第三と書かれた木片を落とす。
同時にポン、とダント氏から少し大きめのシャインジュエルも生まれた。
ダント氏は両方とも空間移動魔法でつかみ取り、ポーチに収納する。
「夜見さんの感情論破は心がスッキリするモル」
「スカッと系は見すぎると中毒になっちゃいますよ?」
「夜見さんだからスッキリするんだモル。他の人じゃこうならないモル」
「へえー」
こだわりがあるんだ。
「それでどのくらい待てば――」
「よ、夜見ライナぁっ!」
「やっと来ましたね」
声のした方に視線を向けると紺色の腕章を付けた見知らぬ先輩だった。
顔立ちがとても整っているため、クラスで目立たないようにしている偽装陰キャタイプの女子で、肩からラジコンのコントローラーをぶら下げている。
身長から察するに、おそらく中等部二年生か。すると先輩は叫ぶ。
「……お、お前は!」
「はい?」
「お前は私たち魔法少女が正しいと思うんですか!?」
「正しいですよ。だって子供が大人に勝つための術なんですから。悪い大人から自分の身を守るために、子供が魔法を使って何が悪いんですか?」
「――ッ、すみません、本当にごめんなさい、全部私のせいなんです」
「ええとお名前は」
「遠井上。遠井上、円香。本家の人間です。私がお前を求めました」
「ん……?」
本家を名乗る女子生徒は土下座をして、もう一度「ごめんなさい」と言った。
私は頬を掻く。彼女から強力な私怨霊の気配をしたからだ。
おそらく操られている。……乗るしかない。
「ええと、あなたが夜見治おじさんを殺したということですか?」
「はい、選びました。おじさんが魔法少女になるなんて、気持ち悪いと思ったから」
「そっか。まだまだ若いですね。次からは気をつけて下さい」
「怒らないん、ですか……?」
「答える前に聞きますが、どこでそんな平和主義な思想を見聞きしました?」
「配信を盛り上げてくれたファンの方が教えてくれて……」
「情報提供ありがとうございます。私はあなたを許しますよ。まどかさん」
「ま、待って。やめて下さい」
私を必死に止める彼女の顔は、完全に青ざめていて今にも泣き出しそうだった。
「許さないで。せめて何か罰を。罰を与えてください」
「じゃあ、これからは心に剣を持って生きて下さいね。この世界は見せかけの善意で人を騙す悪意の方が多いから」
「心に剣、とは?」
「こういうことです」
シュッ、シュッ、と彼女に向かってスプレーを吹きかける。
すると彼女の背後からおぞましいほどの悪感情が湧き出し、藻掻き苦しみながらパァン、と爆散した。
『この消臭スプレー反則すぎるゥゥ――!』
『だが我らマド友永遠不滅――――ぐぺっ!』
「ひいい!」
今の敵、なんかネームドっぽい言動だったな。
恐怖で震える……ええと、本家のまどかさん?の背中を優しく撫でた。
「魔法少女の使命は人の心に住み着く怪人を倒すこと。許していいのは人間の心を持っているものだけ。匿名の世界は相手の真意が見えませんからね。気をつけて」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい……助かりました……」
「いいえ。あなたが無事で良かった」
なんだかよく分からない急展開だったが分かったことはある。
この子に取り憑いていたファンデットはファンの風上にも置けない自己中で、最低最悪のクズ野郎。絶対に許しちゃいけないヤツらしい。
あるいは生贄を差し出せば許してもらえるとでも思ったのか。
「おのれネームドファンデット。お前だけは必ず祓ってやる」
「それと、あの」
「はい?」
「私はここの試験監督ですので、だ、第二試験を始めて下さい」
「あはは、集中できないかも」
とは言いつつも、私の心は冷静。
「――防御、強化」
固く握りしめた拳に魔法障壁をまとわせたあと、目の前の大岩めがけて思いっきり振り抜き、バゴンッ、とまるで発泡スチロールのように殴り割った。
無事「第二」と書かれた木片を入手する。
「まどかさん。次の試験はどこか分かりますか?」
「第四試験は――」
次の試験会場が中等部校舎の三階にあることを聞き、かと言ってこのまま置いていくわけにもいかないので、彼女の手を引きながら先を急いだ。




