第132話 『釈迦に説法』
ふたたび場所はC-D部隊駐屯地。
一体のボンノーン――越前後矢が寝転がっていた。
隣にはフィールドに一体しかいないレア個体である赤い鶏冠のついたロボ鳥がいて、彼の近くで餌の鉄くずを探している。すると越前後矢がぼやいた。
「……よく考えたけどよお」
『コケ』
「ダークライが壊滅した今、俺はスパイとして自殺しなくても良いわけでさ。別に守秘義務とかないって気づいたんだよな」
『コッコ』
「……」
話が続くことはない。
彼は愚かとはいえ、知恵は回る。
もし犯行理由を話せば、いずれこの鳥ロボの記録領域から情報が抜き取られ、間違った方向に捜査網が進んでしまうからだ。
それに、情状酌量の余地は不要と断じている彼は何も語らない。
あるとすれば――
「言っておくが、夜見治は俺が殺した。理由は俺が怪人だから。他にはねえよ」
『コケコッコー』
すると鶏冠のついた鳥ロボの口から青い炎が吹き出る。
みるみるうちに炎が人の形を取り、表面に鉄分が浮き出て動く西洋甲冑になったかと思うと、その場であぐらを組んだ。
「……貴公、このまま口を割らないつもりでありますな?」
「誰だよお前」
「このフィールドなる地の「レアエネミー」、斬鬼丸であります」
「んー?」
越前は寝返りをうちながら返答する。
「ああ、俺たちの組織を半壊させたあの精霊か。俺を捕まえに来たんだな」
「驚かないのでありますな?」
「もう何も手がないからな。使えるもんは全部使ったあとだ。今の俺にできるのは精々、アウトローのプライドで強がるだけ」
「つまりは、身の程を知ったということでありますか?」
「何が言いたい?」
「否何、拙者の好みの話をしてもよいか」
「好きにしろよ」
逃がすつもりもねえだろ、と越前が周囲を見ると、モヤがかかり始めている。バトルデコイ使用時に現れる白い霧だ。朔上警備隊の到着も近い。
なのでせめて、この何を考えているのか分からない斬鬼丸とやらの話を聞くことにした。
「どうせ詰んでるし、冥土の土産に聞いてやる」
「ハハハ。やはり貴公は面白い」
「ああ?」
「これから話そうとしたのもその冥土――死者の世界の逸話。聖者と生者、人の身では決してたどり着けぬ境地の話であります」
「ああ、それで?」
「話は戻るのでありますが、拙者は死に急ぐ人間がどうしても好み。しかしかつての園、現世の園では相まみえることはなかった。ゆえに、冥界巡りを行った」
「話なげーよ。短くまとめろ」
「ふむ、では簡潔に言おう。無名のボンノーン殿。貴公は因果を抜け出せる」
「因果? 何の因果だ?」
「エモ力が巻き起こす不毛な争いの因果であります。人でも魔法少女でもなく、煩悩の異名を持つ怪人だけが「とある言葉」を口にすることで進化する」
「待て待て話なげえって……」
「まだ長いでありますか?」
「ああそうだよ。いいか? 人に正しく言葉を伝える方法を教えてやる」
越前後矢ことボンノーンは斬鬼丸と向かい合った。
よく聞け会話初心者、と話し出す。
「まずは何をすればいいか言う。結論だ。次に事情を簡単に話す。以上だ」
「な、なんと。それだけなのでありますか?」
「当たり前だろ。だがな、それより上手い方法がある。相手の情に訴えかける方法だ。人間ってのは情さえ感じれば勝手に動く。そもそも会話すら必要ねえんだよ」
「なるほど。勉強になったであります」
理解してくれて何より、と越前はため息をついた。
「――俺が怪人になったのもそれが理由だ。会話の出来ねえバカな凡人とは違うと思いたかった。力が欲しかったんだよ」
「おお……!」
斬鬼丸も関心し、腕を組んでうなずく。
「実践してもらえるとは感謝の極み。貴公の会話術とやら、そのように使うのでありますな。ありがたく受け継がせていただく」
「だろ? お前もやってみろよ」
「では失敬して……実は拙者が話しかけたのは、貴公を見込んでのこと。拙者は生まれも育ちも正義に属しているゆえ、悪行が分からぬ。しかし悪行を成してでもやりたいことがあるのであります。貴公にはその手伝いとなってもらいたい」
「ほー、上手いじゃねーか。俺に何をさせたい?」
「貴公にはエモ力――善悪の概念が完全に通用しない肉体を手に入れてもらいたい。そしてその方法を拙者は知っている。手を組んで欲しいであります」
「おもしれえ! 乗った!」
斬鬼丸と越前後矢はがっしりと手を組んだ。
少しづつ霧が濃くなり、朔上警備隊による包囲網が形成されていくなか、越前は座禅を組まされる。斬鬼丸が大事だと言うのだ。
「――それで、こっからどうすんだ?」
「ただ一言。解脱と申されよ。さすれば煩悩が消え去り、天衣無縫となる」
「はは、意味わかんねー。でも賭けるしかねえな」
結果としてどうなってしまうのか、など。
怪人になった時点で存在しない。
「俺の脳内辞書に後悔の文字は存在しねえ。――解脱」
ドクン、と彼の中の何かが波打つ。
すぐに全身が硬直し、身体の内側がドロドロに溶けていくような感覚。
何もかもが溶け落ちて、自分の名前さえも思い出せなくなったとき、悶えるような息苦しさを感じて身体が飛び起きた。
バリバリッ――
「ぷはっ!?」
黒く硬化したボンノーンの即身仏から、全身ねとねとの少女が羽化する。
赤いバツ印模様がついた黒い瞳に、灰色っぽい髪色のボーイッシュな美少女だ。
ずるずると抜け殻から這い出てくる。
「げほげほっ、えほ」
最初は何も分からなかったが、顔の粘液を拭い、目の前で鏡のように光る西洋甲冑を見て、自分が何者か理解した。女の子だと。
元の記憶も鮮明になる。
「成功したようでありますな」
「!」
「拙者は貴公の祖。名は斬鬼丸と申す」
「ざん、きまる……げほっ、そうか、おれは」
『動くな越前後矢! 手を挙げろ!』
そこで女体化越前は、自身を取り囲む朔上警備隊を見た。
お供のロボット兵は相変わらずの無反応だが、男性警備員たちは冷静を装いつつも局部がわずかに膨らんでいて、つい初々しく思い、粘液まみれ投げキッスをする。
耐えきれなくなったのか、警備員たちは苛立つ股間を押さえた。
「いきなりエモ力の反応が増減したと思ったらこれだよ……!」
「ざ、斬鬼丸さん! 何者なんですかこの痴女は!? 俺ら警備チームの理性はアームズの色気に耐えるだけで手一杯なんですよ!」
「この者は五年前に失踪した、越前後矢の妻。名を罰天と申す」
「「「人妻ァ!?」」」
「然り。十年前に怪人となった息子を失い、「お前が妻にさえならなければ」と逆恨みをつのらせた越前洞爺が、この美女を捕らえ、息子そっくりのボンノーンに改造したのであります。拙者はただ元の姿に戻しただけ」
「な、なんてことだ!」
警備員の一人が涙ながらに膝をつく。
「エッチすぎてお◯んちんが爆発してしまう!」
「何言ってんだお前!?」
「分からない! でも、分かるだろ!?」
「分かるけどさァ!」
「ふむ、やはり男子はみな平等にスケベなのでありますなぁ。それより警備員どの。彼女に産湯を用意して頂けないか?」
「ええ!? ええっと、ですね――」
彼ら警備員の任務は「ボンノーン」越前後矢の捕獲。
しかし目の前にいるのは聞いたことのない「罰天」という美少女で、越前後矢はもぬけの殻(そのままの意味)ときた。まずは上に状況を報告するしかない。
「と、とりあえず我々にご同行願います。お風呂は提供しますので、二人とも取り調べさせてください」
「承知。罰天どの、行くでありますよ」
「うわっ」
斬鬼丸はまだ足腰のおぼつかない越前後矢の妻だった者――「罰天」を優しく抱きかかえ、お姫様だっこしながらその場を後にする。




