第125話 おじさん、担任の先生との繋がりを作る
担任の長谷川先生の説明はこうだ。
まずクラス替えを行う理由は、魔法少女試験に関係しているから。
魔法少女試験には期末テストを兼ねた筆記試験と実技試験の二つがあり、カンニング行為を防ぐ目的で当日にクラス替えを行うらしい。
なぜなら実技試験で満点を取った場合、魔法少女唯一の国家資格「超常現象取扱者」を授与されるため、厳しい審査と公平性が求められるようだ。
そこで私は手を上げる。
「あの、先生」
「はい夜見さん。なんですか?」
「私は特例合格してるらしいんですけど、受けないとダメなんでしょうか?」
教室が少しだけざわざわする。
先生は咳払いして騒ぎを鎮めた。
「そうでしたね、夜見さんは特例合格者でした。三年前のレギュレーション変更前に合格していますから、今後の資格更新日の試験受講も免除されています。資格者IDカードは所属陣営の購買所支店で受け取ってくださいね」
「分かりました。ありがとうございます」
私はどうやら試験を受けなくてもいいらしい。
今後の資格更新も免除されているようだ。
三年前、という言葉が少し引っかかるけど。
「……で、これは個人的な意見になりますが、夜見さん」
「はい?」
「先生は受けておいたほうがいいと思いますよ。活動歴に三年もブランクがあると大変だと思いますから」
「ええとその、三年のブランクとはどういう意味で?」
「少しむずかしい話になりますが、いいですか?」
「お願いします」
「夜見さんが裏のチャンネルに移動した瞬間に、先生たちは大魔法を使用しました。時を凍らせる魔法です。世界の時間を三年ほど止めながら、人類には「平和な世界」の夢を、魔法少女には「睡眠学習」を施して体感時間を合わせました。エモーショナルエネルギーの減少を止めるために」
「わあ」
……ちょっと思ってたより凄い情報が出てきた。
真面目に聞いておこう。
「世界はどうなりました?」
「予想通りエモーショナルエネルギーの減少は止まりました。代わりにダークエモーショナルエネルギーを使用した犯罪が活発化すると予測されています」
「……つまり戦い方や対策方法が変わる、ということ?」
「それもありますが……言っちゃうかな。今日の試験にあなたが出てくれないと、因果が断ち切れないんです。私たちソレイユの者や、魔法少女たちが巻き込まれ続けている犠牲の因果が」
「犠牲の因果? それは――」
「ああもう欲しがりさん! 出たら五億円あげますから私たちを助けて下さい!」
「でます!」
「よし!」
これで取引は成立した。
長谷川先生はホームルームを一旦止め、私との新規雇用契約書を交わす。
いくつかの締約定型文のほか、今後の緊急出動要請も加味し、要請があるたびに金銭交渉を行う、という文言も付けた。先生は少しむくれる。
「これ今じゃないとダメでしたか?」
「先生。私の巻き込まれ体質を思い出して下さい。話をする余裕がありますか?」
「……ないなぁ。冗談みたいな話ですけどここしかないんだ」
「分かって頂けて何よりです」
教室のみんなにドヤ顔で契約書をみせると拍手が起きた。
私は最初から世界を救うつもりだが、同時に才能の安売りはしたくない。
あと借金を返すための新たな収入源――職場が欲しい。
しかし争奪戦のシャインジュエルはダント氏が売買させてくれないので、こうして先生の譲歩を引き出し、新しい雇用契約を結ばせてもらった。
社畜時代に鍛え続けた営業力がようやく実を結んだといっても過言ではない。
「……はい、口座に五億円振り込みました。試験に出てくださいね?」
「任せてください」
「調子狂っちゃうなあ、もう」
先生はホームルームに戻り、クラス替え専用の抽選くじを取り出した。
縁日の屋台などで見る三角形の赤いやつだ。
それを丸い穴の空いた箱に入れ、先着順でくじを引かせていく。
みんながくじを引いて一喜一憂する中、私だけは先生の隣が定位置だ。
なぜなら最後に残ったくじを引く係だから。
これだけで時給五億。最高すぎる。
するとくじ引きを終えたいちごちゃんが服のすそを引っ張ってきた。
「ねえねえ夜見?」
「なんですかいちごちゃん」
「もしかして夜見って雇用契約を結ばないと何もしたくない系なの?」
「まあはい。タイムイズマネーを意識してます」
「ふぅん……?」
何やら考えているお顔。
思いついたのか私を見た。
「もしさ、もしもなんだけど」
「はい」
「エモーショナル茶道部の宣伝部長としての起用を持ちかけたら受ける?」
「そこに給料が発生するなら」
「こ、恋人契約とかは!?」
「売春行為などの社会的正義に反する契約はお断りしています」
「じゃあ宣伝用のグラビアモデルになるのはアリ!?」
「大丈夫ですよ。報酬と職務内容が釣り合うと判断した場合は受けます」
「よーし、ちょっと待ってなさい。依頼したい仕事がいっぱいあるの」
いちごちゃんはクラス替えのことなど忘れ、聖獣の子猫さんと話し合いを始めた。
私は先生に呼ばれて最後のくじを引く。
書かれていた組名は――やはりZ組。担任も長谷川先生。
この教室が私の勤務先になるらしい。
転勤などで変わらないことを祈ろう。
「今後ともよろしくお願いしますね。長谷川先生?」
「よく分かんないなぁ。こんな普通の先生のどこが良かったの?」
「その普通が必要だったんですよ。ね。ダントさん」
「夜見さんは気が利くモル」
そしてここが一番大事な理由。普通であること。
ダント氏にこれ以上の心労を与えないよう、普通に信頼できる普通の上司との関係を構築する必要があったのだ。私たちは少し凄い立場の人と出会いすぎた。
ダント氏も腕を組んで頷く。
「目指せホワイトな職場モル」
「ね」
「二人ともクレバーなんだか無欲なんだか……先生分かんないや」
クラス替えで去っていく少女たちと、新たに入ってくる少女たち。
彼女たちに運ばれていく椅子や机がガタガタと音を鳴らす。
私は長谷川先生の指示に従い、いつもと同じ席に座った。




