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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
第五部 魔法少女試験編・破章

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第120話 おじさん、最高の魔法少女像を語る

 ナターシャさんは職員室の扉をコンコンと叩きながら教えてくれる。


「この中で依頼人が待ってる。改めて聞くけど覚悟はいいな?」

「もちろんです」

「分かった。私はここで待ってるから、会ってこい」

「はい」


 コロロロ――トン。

「失礼します」

 職員室(ここ)のドアは普通に開くと大きな音が立つので、ゆっくりと開けた。

 何人かの先生が私を見て、そっちだよと教えてくれる。

 視線を向けた先には色欲の悪魔アスモデウスが座っていた。

 近くに行くと、彼女はにっこり笑う。


「もう、朴念仁♡」

「え?」

「完璧なシチュエーションを整えたのに、まさかおでこにキスするだけなんて思いもしませんでした」

「えっと、何の話ですか?」

「やむにやまれぬ事情で、憧れの先輩と二人っきり。海辺の家、誰にも気づかれない校外の場所。ようやく教えてくれた先輩の過去。慰め百合エッチが起きないはずのない完璧な計画だったはずなのですが……」


 少しだけ思考が停止したあと、もしかしてと気づいた。


「まさか私と赤城先輩を……エッチさせようと仕向けました?」

「いまさら何を言っているのです? 私は最高位の色魔(サキュバス)ですよ?」

「それは、そうですけど」

「ふふ。とはいえ、手を出さないのはまちがいなく正解。理性的です」

「なら――」

「ですが」


 アスモデウスはぴしゃりと言い放つ。


「一度でも女好きを公言したなら。好き放題に食い散らかしてあげるのが役目だと思いませんか? 相手は勉学と厳粛な家庭環境に疲れた女の子たち。あまあま慰め百合エッチで癒やしてあげるべきだと思います。もっと感情的にならないと」

「ええと」


 これはもしかして怒られている?


「なら、持論を展開しますが」

「なんでしょう?」

「おでこにキスをするのはエッチじゃないんですか?」

「――――……ッ!」


 アスモデウスは自身の無知を悟って涙を流した。


「え、エッチです……おでこキスは実質百合エッチ……私の負けです」


 何なんだろう。はあ。

 私が呆れると、ダント氏からC等級のシャインジュエルが生まれた。

 彼は大事そうにキャッチしてバッグに収納する。


「わあ、ダントさんからシャインジュエルが」

「久しぶりに夜見さんの感情論破が見れて感動したモル……」

「感情論破」

「ふふ、そうです。やはり私の目に狂いはなかった」

「えええ?」


 この状況から話をつなげるのか。

 驚いたものの、聞かないことには分からないので黙って聞くことにする。


「夜見ライナさん。あなたの言葉には人の誤った考えを正す力があります」

「ああその、感情論破ってやつですね」

「ええ。正しく言葉として表すなら、あなた様は失われたはずの統一言語を話すことができる唯一の人なのです」

「失われた統一言語?」

「その名はBABEL(バベル)。どこかで聞いたことはありませんか?」

「ええっと」


 社畜時代の記憶を探ってみる。

 あれはたしか、二十歳後半の平凡プログラマーだった頃。

 ナイトアイズ・クリエイトからの改修依頼で受け取ったアプリケーションが、そんな名前の特殊なプログラム言語を使っていたような。

 たしか、当時はまったく経験のないCOBOLをベースに作られていた。

 とにかく記述量が膨大で、処理手順を簡略化するアセンブリーを制作するまでは他の仕事が手につかず、苦労した記憶がある。


「どこで覚えたかは言えませんが、あります」

「せめて何年前かだけ。耳元で」


 言っていいのかな?

 左右を見ると、先生も聞き耳を立てていた。


「ダントさんどうしましょう?」

「今は関係ないんだから言っちゃえモル」

「いいのかな……たしか十年ほど前ですかね」


 次は先生たちがざわついた。


『やはりそうだったのですね』

『あなたが可能性の光……プリティコスモスの名にふさわしい』


 ざわざわ――

「な、なんです?」

 純粋に怖い。話したこともないのに私を理解されても。

 するとアスモデウスの隣に出来たポータルから、カメ聖獣のゲンさんがひょっこりと顔を出した。


「どうもどうも、こんばんはカメ。相棒が色々とお世話になっておりますカメ」

「ああ、こんばんは。朝ぶりですね」

「いきなりカメけど、依頼内容を説明するカメ」

「は、はい」


 依頼者はゲンさんなんだ。姿勢を正す。

 でもまあ、アスモデウス先生のお説教よりは理解できるかも?


「でもその前に質問があるカメ」

「質問ですか」

「夜見ライナさん。あなたには魔法少女の理想像があるカメ?」

「理想像?」

「聖ソレイユ女学院に通う子には、それぞれが追い求める最高の魔法少女像があるだカメけど、自分はどんな側面が好きなのか理解できているカメ?」

「そういう意味でしたか。もちろんです」

「教えて欲しいカメ」

「ふう、しょうがないですねー」


 ダント氏も熱い視線を向けている。

 ならそろそろ語るか。

 私の理想の魔法少女とは。


「ええと、みんなが思う魔法少女は、可愛くてキラキラしてて、皆に愛される存在ですよね。かっこよくて優しい人気者の女の子になりたい、って感じの憧れ」

「そうカメね」

「でも私はそういうものに憧れはなくて。じゃあ何が好きなのかって言うと、その裏に隠された、平和のために戦うことの辛さや孤独感、とにかく悪くて救えない怪人への憤りと隠しきれない同情を飲み込んで、邪悪に立ち向かう。道半ばでくじけそうになったとしても、仲間や家族、友人への思いを胸に何度でも立ち上がる――彼女たちのそういう努力家な側面というか、生き様に惚れました」

「なるほどカメ。やはり君は、女学院の有名人でとどまるような器じゃない」

「エモ力5000超えは伊達じゃないモル」

「ね。えっへん」


 私とダント氏は一緒に威張った。

 実力を正しく評価されるのは嬉しいからだ。

 するとゲンさんが咳払いする。


「じゃあ依頼内容を伝えるカメ」

「はい」

「今日からその理想像を体現するように動いて欲しいカメ」

「……毎日体現してるつもりなのですけど」

「自分がどうして大人気なのか調べたカメ?」

「ダントさん曰く、可愛くて大人っぽいから好き、入学したばかりなのにいっぱい活躍してて凄いから、と」

「その裏側にある苦労とか、ヒロイズムについて言及されたカメ?」

「言われてみればないです」

「そう。君は自分自身の魅力を伝えきれていないカメ。まだまだ成長の余地がある」

「な、なるほど」


 どうやら私は、私自身の心に眠る魔法少女の理想像を伝えきれていないらしい。


「どうすれば全てを伝えられますか」

「ダントくんのスケジュール通りに動くカメ。ちゃんとサポートするカメ」

「了解です。ダントさん次の予定は」

「やれやれ、ようやく僕にもスポットライトが当たったモルね……」


 ダント氏もキザっぽく前髪(体毛だけど)を払いながら、教えてくれる。


「とりあえず今日は予定なしモル。寮に戻るモル」

「分かりました! 帰って寝ます!」

「ああ、ライナ様。これを」


 アスモ先生が渡してきたのはピンク色の液体が入ったガラス瓶。

 チャプチャプと揺らすと、いい香りが漂う。なんだろう。


「今度はなんです?」

「百合エッチしたら赤ちゃんができる妙薬です」

「百合エッチしたら赤ちゃんができる妙薬!?」

「同性から肉体関係を迫られたときのお守りとしてお使い下さい。私とセックスするなら孕んで産む、もしくは産ませる覚悟で挑めと。私なりの気遣いです」

「ええと、ありがとうございます?」

「あなた様の貞操は簡単に散っていいものではありませんから」

「は、はあ」


 これがサキュバスなりの気遣いなのだろうか。

 エッチさせようとしたり、今度は逆に守ろうとしたりで不思議だ。


「では、また」

「おやすみなさいカメ」


 アスモデウスは手を振る。ゲンさんもだ。

 私たちも別れを告げ、職員室の先生に頭を下げて、部屋を出る。


「よ、夜見ちゃん」

「赤城先輩」


 するとなんと。

 ナターシャさんの隣に赤城先輩が居て、彼女はこう言った。


「急に出ていっちゃうから驚いたけど、その、私たちまだ学生だし、赤ちゃんを作るのは先輩早いと思うぅぅ……」

「あー……」


 真っ赤になった顔を抑えてうずくまる赤城先輩。

 返答に困ったが、こう返しておくことにした。


「一緒に産んで双子にしましょうね」

「殺し文句ぅぅ……夜見ちゃん大好きぃ! 結婚して双子産むぅ!」


 先輩は完全に恋する乙女になってしまった。

 私に抱きついて胸に頭を埋め、すーはーと過呼吸している。

 しかしダント氏の反応は「うわきっしょいモル」と冷ややかだ。そこが許せない。


「ならダントさんの口説き文句を教えてくださいよ」

「……ごめんモル。夜見さん以上の語彙は思いつかないモル」

「分かってくれたならいいんです」


 他に無いんだ。かけるべき言葉が他に。


「よし、話は終わりだ。今日は門限だから帰るぞ」

「あ、はい」

 

 次はナターシャさんがその場を制し、そのまま更衣室棟に連行された。

 そこで私たちを歓迎したのは、まさかの州柿先輩。


「おかえりー♡ 州柿寮長が迷子の生徒を熱烈歓迎ー♡」

「州柿先輩!?」

「ふーん……? ついに赤城先輩とデキちゃったんだ♡ やるじゃん~♡」

「あ、あはは」

「じゃ、部屋まで案内するね♡」

「どもです」


 道中「このこのー♡」と私を肘でつついてくる州柿先輩は、私からまったく離れる気配のない赤城先輩を引き剥がして464号室に格納したあと、私をその隣の463号室に入れ「次は私の番だね♠」と意味深な発言をして去っていった。

 ワンルームほどの更衣室に設置された敷布団を広げ、私は一息つく。


「はぁ、いろんなことがあった一日です」

「疲れたモルね。お風呂入って寝るモル」

「そうですね」


 それから寝る準備が整うまで「赤城先輩がいきなりテレポートしてくるんじゃないか」とか「州柿先輩が夜這いかけてくるのかな」などと緊張でドキドキしたが、アスモデウスの妙薬から漏れる香りが心地よく、自然と眠りに付けた。

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