第114話 おじさん、領地と領民を手に入れる
扉をくぐり抜けた私が見たのは、草木の満ち溢れた草原とゴリラの群れだった。
遠くには女王様や賢人が住んでいるのだろう、大きなお城が見える。
「ここが光の国ソレイユ……」
「未開の地だけどね」
先輩が指さした先には「果樹園予定地」という看板がぽつんと立っていた。
まだ何も出来ていないらしい。
「あの、私はどうすればいいんでしょうか」
「看板の近くまで行くといい。そうすればナビゲーターが来てくれる」
「わ、分かりました」
ナターシャさんが言ったとおりに行動する。看板の近くに立った。
するとゴリラの群れからシルバーバックと呼ばれるボスゴリラがやってきて、私に優しい声色で話しかけてくる。
「あなたがここに来ることを待ちわびていました」
「……お名前は」
「私はローランドゴリラの聖獣、ローランド。あそこにいるのは名もなき私の同胞たちで、ソレイユ果樹園の造園を女王様から任されています」
「そ、そうなんですね。よろしくお願いします」
握手しようと手を差し出すと、ローランド氏は固辞した。
「いけません魔法少女さま。私と握手などすれば手が潰れてしまいます」
「そうかもしれませんけど、それは大事なことではないです。握手をするのは親交を深めるために必要なことだと私は思います。力を抜くことは出来ませんか?」
「――」
彼の優しい瞳からは驚愕と、喜びが伝わってきた。
でも力加減がむずかしいから、とのことで、彼の親指を握らせてもらう。
少しだけ仲良くなれた気がした。彼は二歩三歩と動き、姿勢を正す。
「魔法少女さま、お名前をお聞きしてもよろしいですか」
「夜見ライナです。ヒーローネームは魔法少女プリティコスモス」
「覚えました。なんとお呼びすればよいでしょうか?」
「ええと、夜見とか、ライナとかですかね?」
「では夜見様と呼ばせて下さい。早速なのですが、あなたの聖獣様と同胞たちの顔合わせを行いたいのです。少し席を外していただけますか」
「わ、分かりました。ダントさん」
「頑張るモル」
ダント氏は私の胸元から出て、ローランド氏を含むゴリラたちとの顔合わせを始めた。私は赤城先輩たちの元に戻る。
「おかえり夜見ちゃん」
「ただいまです。なんだかよく分からないうちに重要な仕事を任されてる気がします。これってほんとにゲームですよね?」
「魔法がある世界において、真実はそれほど重要じゃあない。自分の実益に適うかどうか、自分が楽しめるかどうかを何よりの尺度として動いたほうがいいよ」
「ナターシャさんは合理的ですねぇ」
考えるだけ無駄とはまさに今の状況にぴったりな言葉だ。
でもそろそろ、私にも理解できる程度のハプニングに収めてほしい。
おじさんは新しいことをひとつ覚えるだけでも一苦労なのだ。
するとナターシャさんが苦笑する。
「ふふ、ちょいとからかうのはやめて、分かりやすい状況説明をしておこう。これから君はソレイユに自分の領地を作るんだよ。荘園といえば分かりやすいかな?」
「えっ」
「三ヶ月ほど早いんだけど、どう考えても騎士爵に見合う以上の働きをしているし、何より君の自己犠牲精神に賢人たちが感動してね。開拓民として君の元に集った」
「わあ……ありがとうございます」
どうやら、あのゴリラの群れは開拓民の集まりらしい。
光の国ソレイユは本当に動物たちの国なんだ。
……ん、待って、賢人?
「あの、多分違うと思うんですけど」
「なんだい?」
「ゴリラさんも賢人なんですか?」
「そうだよ。ローランドゴリラの聖獣たちはソレイユの賢人という異名を持っている。誰にも負けない強さと、誰よりも心優しき性格を持っているからね」
彼らは女王様を守る近衛兵だったんだよ、という言葉を聞いて私は絶句した。
そのタイミングでダント氏も帰ってくる。かなり喜んでいた。
「夜見さんビックニュースモル! どうやら僕たちの領地が貰えることになったらしいモル! 頑張ったかいがあったモルね!」
「ダントさん質問があります」
「何モル? 何でも答えるモル!」
「ソレイユの女王様ってどんなお方ですか」
「前例は隣にいるモルけど」
「あ、ああ、そうだった」
ちょっと勘違いしすぎたらしい。
ゴリラが賢人なら、ナターシャさんや聖ソレイユ女学院の先生はゴリラを擬人化した姿ということになってしまう。そういう思い込みはよくない。
「賢人はゴリラだけじゃないですよね」
「でも賢人会議を開くのはゴリラの聖獣たちだモル」
「……光の国にヒトって居ますか?」
「類人猿はいるモル」
ふたたび絶句する私。
ナターシャさんを見ると、彼女はさすがに青筋を立てた。
「オリジンと呼ばれる魔法使いは現世の迫害から逃れてきた者たちだ。悪魔だったり精霊だったりの血が混じっているせいか、遺伝子にいくつかの相違があるから、生物学上はサル目ヒト亜科ソレイユ族――類人猿の分類に位置するね」
「ああそういうことなんですね! びっくりしたぁ!」
「さて意趣返しだ。安心して欲しい夜見ライナ、君は女王の器だ。最高のメスゴリラになれる」
「はぁ!? なり――」
ふと視線を感じたのでそちらを見ると、ボスゴリラのローランド氏が悲しそうな目をしていた。
「メスゴリラ」――現実では女性への最大級の侮辱の言葉。否定するべき言葉であっても、ソレイユでゴリラ聖獣としての生を受けた彼らからすれば、自身の存在否定にほかならない。傷ついてしまう。
――そんなことはあってはならない。
守るべき聖獣を、彼らを傷つけてしまう言動を取るのは、私が目指す魔法少女ではない。
ゆえに、私は。
「――なっ、なってやりますよ! 最高のメスゴリラにも!」
「よく言ったァァ――!」
『ウホウホウホー!』
脳筋信仰をさらに深め、最高のメスゴリラへの道も歩むとを宣言した。
ゴリラたちによる歓喜のドラミングが鳴り響き、プリティコスモス卿バンザイ、魔法少女バンザイ、と大喝采だ。
我ながらバカバカしいと思ったけれど、お山の大将になるのも悪くない。




