第110話 おじさん、いきなり魔法少女ランキング1位になる
ダント氏に「ホントにやってくれるモル? 二言はないモル?」と聞かれたので、そういうことならと要望を伝えた。
「――視聴層に年齢制限をつけて欲しい? どういうことモル?」
「まあ、その、容姿……目当ての成人男性ファンが付いたら困りますし」
「オフパコ対策は大事だよね。分かる」
「それに、子供向けじゃないと私のモチベーションが持たないと思うんです」
「分かったモル。対象外になる年齢は何歳からモル?」
少し考えたあと、こう答えた。
「十九歳くらいかな」
「よーし私はセーフ」
「ふーむ、私のようなおばばは見ちゃだめってかい?」
「ああいえ、そういうことじゃなくて」
「なんだか面倒くさい雰囲気になってきたモル。やっぱりやめるモル?」
「で、でも子供のファンは大事にしたくて、でも、年齢制限をしないと子供のファンが埋もれちゃいますし、男の人は怖いですし……」
私はままならない現実に打ちのめされて悲しくなる。
私は全年齢を対象にしたいのではなく、私を応援してくれる幼女先輩の模範となりたいのだ。
正直に言うと引かれる気がして黙っていたが、ナターシャさんが気づいた。
「ははーん、あんたさてはロリコンだな?」
「そんなことないですけど!?」
「ごめんごめん。冗談だよ。……いやね、そういう顔をした魔法少女が昔に居たんだ。そいつは重度の承認欲求モンスターでね。理想を掲げて何が悪いと言わんばかりに、皆が追い求めた最高の魔法少女像を演じ続けたんだ」
「だ、誰の話ですか?」
「とっくの昔に引退したやつの話さ。私の最初の親友だった」
「ああ……」
ナターシャさんが電光掲示板――昔の魔法少女ランキングを見たことで、全員が察する空気になる。
そこにダント氏が切り込んだ。
「失礼。空気が重いのは承知で言うモルけど、子供向け配信者になれるよう設定し終えたモル。これが夜見さんの配信用チャンネルだモル」
「わ、わあー、さすがダントさん」
彼が掲げたマジタブにはアプリ「魔法少女ランキング」の配信機能が映っており、「十代以下、若年層の女性ファンを優先表示する」「共有NGに入っているアカウントを表示しない」と「厄介ファンのオートBAN機能」がONにされていた。
「アプリ側で設定できる時代なんですね」
「IT技術やプログラミングの進化は早いモル。僕たちが考えつく程度のことはどんどん実装されていくモル。学びの連続モル」
「ね。生涯現役じゃないと大変です」
「夜見ちゃん夜見ちゃん」
「なんですか?」
赤城先輩はナターシャさんの腕を引き、電光掲示板から少し離れたかと思うと、私も手招きしてくる。なのでお呼ばれしてみた。ダント氏を肩に乗せ、近づく。
「どうしました?」
「電光掲示板背景に写真取るよー、はいマジタブ見てー……」
「わわ」
「はいピース」
パシャ、と写真が撮られる。
電光掲示板を背景に、やれやれと困り顔のナターシャさんを中央に置き、その左右を戸惑った顔の私と、にっこり笑顔の黒マスク姿の黒髪美女――赤城先輩が挟む感じの構図だ。いわゆる映え構図。
ダント氏が驚いた顔をしていたのが可愛い。
「なんで僕も写真撮られたモル?」
「あはは、写真を撮ることに理由はないんですよ。場の雰囲気を変えるためで」
ピロンピロン、シュイン、ピピピロン、ピピ――
「うわ、すっご。マジスタに上げたら秒でめっちゃバズった」
「わあ……」
秒でいいね数一万を超え、さらにバズり続ける赤城先輩の投稿を見て、私は宇宙の真理について考える羽目になった。魔法少女ってそんなに大人気コンテンツなのか。
ナターシャさんは私と赤城先輩の肩を抱き、ぼそりと漏らす。
「あんたらがバズったんじゃないよ。私の影響力でバズったのさ」
「「――!?」」
「まだ配信もしてないのに面白いことしないで欲しいモル」
冷静なダント氏のツッコミのおかげで、場の空気は和らいだ。
細かな配信設定を終え、視聴者とのコミュニケーション手段をどうするか――という話題になったとき、赤城先輩が銀色の指輪を取り出した。
「夜見ちゃん。これ使いなよ」
「それはなんですか?」
「パッショントーカーっていう指輪型のマジックアイテム。会いたいと願った相手にテレパシーを送って、それに相手が答えれば、こっちの状況に合わせたホログラムとして映し出してくれるの」
「おお、いいアイテムですね」
「ホントは年齢層とか男性ファンとか関係なくて、義妹の遙華ちゃんともっと仲良くお喋りしたいんでしょ? 私は分かってたよ」
「う」
図星を突かれてしまい、なんだか恥ずかしくなってしまった。
人差し指を突き合わせながら、えへへ、とはにかむ。
「お恥ずかしい限りで」
「シスコンだったのか」
「そちらの方は全面的に認めます……」
「はぁーなるほど、このナターシャさんが見誤るとは想定外だね」
「見誤らせちゃいました、てへ」
「ああ、夜見ちゃん。指輪は右手の中指につけてね。じゃないと起動できないから」
「え? はい」
よく分からないけれど、指示された通りに右手の中指につけた。
すると、そこから肘辺りまでが銀色のレース生地で覆われる。
フィンガーレスグローブというやつらしい。とてもおしゃれだ。
「それでどうして中指に?」
「アンチを呼び出すときに初手中指を突き立てるため」
「元は対生霊――ファンデット用の最終決戦レスバ兵器なんだよ、それ」
「ええ……」
とんでもない特級呪物を渡されてしまった。
「他に方法がないんだよね」「分かる、アンチは論破するしかない」と理解しあうナターシャさんと赤城先輩を見るに、ファンデットによる被害はかなり酷いらしい。
嫌だなぁ、近づきたくない世界だなぁと思い、指輪を抜こうとする。
しかし、二度、三度とやっても指輪は動かなかった。
「外せない!?」
「うん、一度はめたら二度と外せない仕様なんだ。すまない」
「どうしてですか!?」
「魔法少女試験に特例合格した証だからね」
「特例合か――なんです!?」
「簡単に言うとだ。この私に気に入られた時点で合格なんだよ、夜見ライナ」
「な、ナターシャさん……?」
「ああ失礼」
私たちから少し距離を取ったナターシャさんは、老齢の貴婦人とは思えないほど機敏に、丁寧な所作で私にお辞儀をした。
「改めて自己紹介しよう。光の国ソレイユ、前王妃のユリスタシア・ナターシャだ。君に巡り会えた奇跡に感謝」
「ソレイユの前女王様」モル――!? ……きゅー、ぶくぶくぶく」
「ダントさん!?」
ダント氏は驚きすぎて気絶し、口から白い泡を吹いてしまった。
すかさず介抱に移ったが、気持ちは痛いほどよく分かるなあと思う。
目の前で人指し指と中指でハートマークを作るほどフランクな相手が、まさか自分の国の女王様だったなんて考えただけで卒倒ものだ。そんな彼女は優しく笑う。
「軽いジョークで言ったつもりだったんだけどね。ダントくんにはちょいとパンチがありすぎたかな?」
「十分すぎますよ……ええと、ナターシャ、王太后様?」
「ナターシャさんでいいよ。君には私をさん付けで呼べる資格がある。というか、生まれつきそういう堅苦しいのが苦手だからさ。さん付けで呼んで欲しい」
「はは」
ナターシャさんは「今はただの訓練教官だからね」と自身の立場を語る。
そう言われましても、という複雑な感情と、さん付けで呼ばなければならないという努力義務が対消滅してしまい、私は乾いた笑いしか出なくなった。
「それはそれとしてだ、夜見ライナ」
「はいナターシャさん!?」
「君にはその指輪をつけて魔法少女試験に出てもらう。争奪戦にも参加してもらう。聖ソレイユ女学院や、在野の魔法少女たちをもっと焚き付けたいんだ」
「えええ!? な、何をするつもりなんですか?」
「簡単さ。その指輪を手に入れた者は条件不問で魔法少女ランキング一位扱いとなり、光の国ソレイユの次期女王に選ばれるという情報を流す。いわば撒き餌だよ」
「撒き餌ですか」
「ああ。噂が真実となるように、ランキング一位になる祝福はかけておいた。ありがたく受け取ってくれ」
「あ、はい。どうもありがとうございます」
なるほど、釣り野伏せというやつかな。
おそらくは後者の情報を掴ませて、全貌が掴めないダークライの本丸をおびき寄せ――……ん、ちょっと待って?
もしかして私、条件不問でランキング一位になってる?
「えっあの、ちょっと待ってください。現行の魔法少女ランキング一位の方って」
「夜見ちゃんだね」
「夜見ライナだな」
「すでに私が一位!? 前任者は!?」
「二位になっちゃったね」
「なっちゃったな」
「なっちゃった、じゃあないんですよ! 私は今後どの面を下げてそのお方に会えばいんですか!?」
「ああ、顔がすでに一位ヅラしてるから大丈夫大丈夫」
「一位ヅラって何ですかナターシャさん!?」
顔がいいのは否定しないけど!
「あの! ナターシャさ」
「次は起動方法だ。起動方法は両手を握り合わせて願う。はい説明は以上。これで義妹の遙華ちゃんと毎日どこでも会話できるぞ。さあ現行ランキング一位の夜見ライナ様、体育館に戻って元一位様の顔でも拝みに行こうかぁ! ぎゃははは!」
「いやだあああああ! 一位さんに殺されるううううう!」
最悪の大爆笑をした前王妃ナターシャさんは、拒絶する私をお姫様のように抱きかかえながら体育館へとズンズン歩いていく。赤城先輩もニッコニコの笑顔を浮かべて付いてくる。たすけてしにたくない。




