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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
第三章

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第98話 おじさん、基地内に突入する②

 その余波だけで、敵は燃え尽き、白い灰になった。

 敵の残骸――灰の上に降り立ったのは、犬耳の生えた黒色の鎧武者だけ。

 それは動いたかと思うと、足元を見て、困ったように頭を掻いた。


「――やれやれ、仕合うほどでもないとは。悪魔の質も落ちたものだ」

「ええと、その声、聞き覚えがあるんですがもしかして」

「む。お前が噂に聞く夜見という少女か。だがあいにくと人違い。俺の名はハウルと言う」

「あ、人違い」

「獣だからな」


 こちらを向いた彼の顔は黒く毛むくじゃらで、ノズルが長く……こう、二足歩行の黒柴犬というか、いわゆる獣人だった。

 斬鬼丸さんと声がそっくりなので間違えてしまった。

 彼は静かに腰の刀を抜き、周囲を警戒し始めた。


「しかし油断大敵。警戒を解くべからず」

「ど、どうしたんですか?」

「俺が呼び出されたということは、既に敵の術中にいる」

「術中!?」


 周囲を見た。

 廃墟だ。普通に怖い。私は赤城先輩の側に寄った。

 するとどこからか女性の声がする。


『フフ、術中か。言い得て妙な言い回しだねえ――』

「そこだな」

『うおおお――!?』


 ゲイルさんが掴んだ虚空の先では、くせ毛の白衣先輩が、襟首を掴まれてじたばたと暴れていた。


「ちょ、ま! 離したまえ! 私は敵じゃない! 匿ってもらうためにずっとここで身を隠していたんだ!」

「はて? お前は誰であったか」

「それなりに印象深い人間だったと思うけどねえ!」

「ふむ……?」


 ハウルさんは彼女を小脇に抱えて考え込んでしまう。

 私は相手に見覚え……というか、印象深いことをされていたので、覚えていた。


「もしかして、入学初日に私を拉致した白衣先輩ですか?」

「流石はプリティコスモス。ご明察だ」

「赤城先輩、あの人敵です」

「そうなの? 分かった」


 赤城先輩のハンドサインで白衣先輩は開放される。

 どうしてですか、と私は疑問を告げるも「私が見た無冠の剣聖じゃないから」と返されて、首を傾げるばかりだ。

 彼女は私に駆け寄るなり、ぐう、と腹の音を鳴らした。


「プリティコスモス~助けておくれよ~」

「はあ~」


 この人には困らされてばかりだけど、なんというかこう、甘え上手だ。

 ダメ人間すぎて、つい助けてあげたくなる。


「お腹空いてるんですか?」

「三日前にいきなり封鎖されたから、食料を備蓄する時間がなくてね。それから飲まず食わずさ。何か食べ物はないかい?」

「可哀想に……」


 身体に貼っていた使い捨てカイロのひとつを剥がし、コーヒーブレイク+あったカイロの力でほかほかのオニギリと緑茶に変換してあげた。

 白衣先輩は涙を浮かべながらおにぎりを食べ、緑茶を飲む。


「もぐもぐ――具は梅干しか、ハズレだねえ。今回は食べるけど、次からは明太子マヨを出したまえよ。一年生くん」

「ワガママだなこの人……」

「夜見ちゃん」

「はい?」

「私の認識が正しいなら、その子は紺陣営のニューリーダーだよね」

「そうですね」

「どうしてこんなところに居るの?」

「それは私が聞きたいというか」

「説明が必要かい?」

「「!」」


 元気になった白衣先輩は、部屋の端にある椅子に座った。


「君たちはひとつだけ、重大な勘違いを犯している」

「先に言いますが勿体ぶるような言動をしたら置いていきます」

「話をさせておくれよぉぉ~」


 塩対応をすると、彼女は私の膝に抱きついた。

 大変だったのだろうけど、分かりやすくまとめて下さい、と言うと、渋々と言った顔で頷いた。彼女はこう語る。


「――まあ、分かりやすく言うとだね。一年生くん」

「はい」

「君は再び、支援者からの試練に挑まなければならない」

「まだ生きているんですね、敵が」

「それが勘違いだと言うんだ。支援者は敵だが、敵じゃない」

「……どういう?」

「君の境遇は知らないが、君は与えられた名の重みを知らなさすぎる」


 キョトンとしてしまう私とダント氏。

 白衣先輩はマジタブを取り出し、インターネット黎明期に生まれたようなWebサイトを画面に表示させた。

 それは一桁代の魔法少女について書かれたサイトの魚拓で、こう書いてあった。


「ええと、魔法少女ラブリィアーミラル。旧魔法少女ランキング一位。生まれながら完全無欠、最強の存在であり、魔法少女の原型となった地球外生命体である。故に、ファンからはこのような異名を与えられた。銀河美少女(プリティコスモス)と」

「そうだ。名前が名前だけに、他の生徒とは期待の桁と重みが違うんだ」

「わあすごい……」


 成果の相乗りに使われたのか、と思っている場合じゃなかったんだ。

 ダント氏を見ると、思い出したように頷いていた。


「そう言えばそんなこと言われていた気がするモル」

「いやいや。そう言えばじゃないよ聖獣くん。どうして本人に説明していないんだい? 重要な話だろう?」

「夜見さんの専属サポート業務に追われて頭からすっぽ抜けていたモル」

「あ、分かります。忙しいと忘れちゃいますよね」

「そうモル。口頭だけじゃなくメールか書面で残して欲しいモル」

「やれやれまったく……お気楽そうで何よりだけどね、これを伝えるために二ヶ月も潜伏生活しなきゃならなかった私の身にもなって欲しいものだよ、ホント」


 再び通じ合う私たち。肩をすくめる白衣先輩。

 静かに話を聞いていた赤木先輩も呆れてため息をついた。


「それで、どうして紺のニューリーダーがここに居るの? 無冠の剣聖はどこ?」

「ああ、高等部の赤城さんだったか。君の姿を勝手に借りたのは謝るよ。生憎と、支援者の依頼をこなさないと両親の会社が立ち行かなくてね。風紀部に捕まるわけにはいかないんだ」

「ん。そ。なら許す」

「君もたいがい甘いねえ」

「魔法少女はそういうモノでしょ。まあ、それはそれとして」

「なんだい?」

「貴方には二つの選択肢がある。紫陣営に鞍替えするか、秘密結社に身売りするか」

「ふぅむ、プリティコスモスが所属している方が良いねえ」

「どっちにも所属してるから聞いてるの」

「なら学校に通いながら、支援者の依頼をこなせる方がいいねえ。ずっと不登校のままじゃあ、私を慕ってくれる後輩や、私の両親が悲しむ」

「紫陣営だね。分かった」


 赤城先輩はどこからともなく転入申請書とペンを取り出した。

 相手に「守ってあげるから書きなよ」と記述をうながす。

 白衣先輩は目を疑った。


「良いのかい? はっきり言うけど、私は裏切り者だよ?」

「原因は貴方の聖獣だった子、ブルーノだと判明しているからいいの」

「ああ、そう言えばそんな聖獣がずっと側に居たねえ」

「忘れたの?」

「言い忘れていたけどね、私の固有魔法は五感を通じて洗脳や幻覚を解く「ミラーリング」だ。彼の記憶はあるけど、魔法で消したことを忘れていた。久しぶりに思い出したさ」

「姿を変えたり消したりして人を騙しているようだけど?」

「固有魔法のちょっとした応用だよ。解けるなら、逆も同じという論理だ」

「わお。やるじゃん。それで無冠の剣聖は?」

「そこに居るじゃないか」

「「!?」」


 指差された先を振り向くも、誰もいない。

 いや、また見えないだけか――


「わはは! 引っかかったねえ!」

「チッ」

 パァン!

「いたぁい! 何するんだい!」


 久しぶりにキレたのでビンタしておいた。

 次は、ごめんごめん、はいコレ、と裏ポケットから一枚のメモを差し出す。

 書かれていたのは「君がこれから戦うのは謎の女学生Xだ」「外の円形広場で待つ」という一文。


「謎の女学生Xとは」

「謎の女学生Xということだねえ」

「何の説明にもならないじゃないですか」

 ビリビリッ――

「ああっ! 私のメモ!」


 久しぶりにイラついたのでその場で破り捨てた。

 赤城先輩も流石に不機嫌になったようで、白衣先輩を壁際まで追い詰める。


「仏の顔も三度までだよ。次は正直に言いなさい」

「ふふ……正直ねえ」

「無冠の剣聖はどこ?」

「それより、ようやく近づいてくれたねえ。赤城くん」

「何――」

「私はずっと君になりたかったんだ」


 気づいた時には遅かった。

 相手が頬に触れた瞬間、赤城先輩は一瞬で昏倒し、その場に倒れてしまう。

 続いて、彼女の制服のリボンから銀色の光が出たかと思うと、赤城先輩を吸い込んで消してしまった。


「赤城先輩!?」

「む。そうだ思い出した、屋形の――」

 シュオオオオ――――……


 同時に、ハウルさんも黒いチェスの駒に戻ってしまった。

 コトン、と木の乾いた音が鳴る。


「ゲイルさん!」

「悪いね、一年生くん。待たせた」

「何をやってるんですか貴方は!」

「私こそが「無冠の剣聖」。高等部三年(トップスリー)の一人である屋形美恵子(やかたみえこ)の妹、屋形光子(やかたひかりこ)という。ああ、いや――」


 屋形光子と名乗った彼女がリボンをタッチすると、その容姿が変化し、みるみるうちに――


「今は高等部二年の赤城恵と名乗るべきだねえ」

「――ッ、お前を倒す! 変身!」


 見慣れた黒マスクの女子高生、赤城先輩その人へと変わってしまった。

 私はマジカルステッキを取り出し、プリティコスモスに変身する。

 それを見越してか、屋形光子は近場の窓を突き破って外に飛び出した。

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