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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
一章 おじさん、美少女になる

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第10話 おじさん、聖ソレイユ女学院に初登校する

 聖ソレイユ女学院に通うと言った次の日から、私は入学に向けての準備に追われた。教材・制服の購入、学院内で必要な知識の学び直しなど。

 女学院の入学時期は夏の終わる九月頃であり、今は七月で時間がないから、と一ヶ月という短い期間での詰め込み教育を行うことになったけども、私は乾いたスポンジが水を吸収するような速さで一般教養と基礎教養を身に着けた。


 忘れていたことを思い出すような感覚で正解を導き出すのだから、家庭教師さんも稀代の天才かと驚いていた。

 本当に思い出してただけなんですけどね。

 入学式前日には大学生レベルの最終テストに合格し、無事に免許皆伝を得た。


「本当はやらなくても良かったのに、どこまで登れるか試してみたら私の限界をあっという間に越えてしまった」


 とは家庭教師さんの談だ。


「うーん」

「どうしたモル?」

「あそこまで驚くほどなんですかね?」

「夜見さん、自分が十三歳だってこと忘れてないモル?」

「あ、忘れてました……てへ」

「む、あざといモル。自己評価も上がってきたようで僕も嬉しいモルよ」

「それだけがんばりましたからね。さ、行きましょうかダントさん」

「オッケーモル」


 そして今日、私は聖ソレイユ女学院に登校する。

 白いオーダーメイドの制服に身を包んで、胸元で赤いリボンタイをキュッと結び、家族に笑顔で見送られながら。


「行ってらっしゃいライナおねえちゃーん!」

「行ってきまーす!」


 私は、夢への第一歩を踏み出したのだ。



 梢千代市と聖ソレイユ女学院は一本の連絡橋で繋がっている。

 市内中央からは三十分、住宅街からは歩いて一時間も掛かるほど遠いので、送迎車で送ってもらうか、市内を回る送迎バスに乗って登校する学生が多い。


 特に入学式初日である今日は、ほぼ全ての生徒が徒歩か送迎バスでの通学を選ぶ。

 朝の梢千代市内が、聖ソレイユ女学院の制服で埋め尽くされる光景は壮観だ。


「ごきげんよう」

「あら、ごきげんよう」

「どこから来られましたの?」

「私は米小路地区ですわ」

「まぁ奇遇ですわね。私も同じ地区ですの」

「あらあらまぁ」


 なぜ徒歩やバスを選ぶかと言うと、少しでも多くの知り合いや友人を得たいからだ。家柄上、とても厳しい環境で育てられた彼女たちは交友に飢えている。

 しかも、この市の全男子は朔上ファウンデーション直営の私立学校宿舎に寝泊まりしているため、必然的に女性同士での恋愛に発展するらしい。

 私はというと――


「夜見さん、バスには乗らないモル?」

「私の後ろを見て下さい。乗ったら最後百合天国ですよ」


 すでに数名の聖ソレイユ女学院の生徒に付け狙われていた。

 しかし私に恋愛感情を向けているわけではない。


『あいつ、あのナリで中等部か』

『みたいだね。今年は楽しそうだ』

『データ収集、データ収集……』


 相手は優等生であることを示す紺の腕章を付けていて、上級生だと分かる。

 つまり新しいライバルとして認識されているのだ。

 新人狩りはやめて欲しい。


「でもバスに乗らないと学院まで歩くことになるモルよ? 間に合わないし疲れちゃうモル」

「そうなんですけど、やっぱり年上の人って怖いですし……」


 しかし、そうこう言っている間に大鳥居通りまで来てしまった。

 赤い大鳥居が立っていることからそう名付けられている。

 私は逃げることを諦め、バス停で足を止めた。


「よう新入り。何年生?」

「い、一年生です……」

「うっそぉ、凄い! うちらは中等部二年だよ。仲良くしよーよ、ね?」


 当然のように両サイドから肩を組まれ、片方からはチークキスをされ、熱烈な歓迎を受けてしまう。大事なものが散らされる。たすけて。


「君たち、何をしている?」

「え? 新入生と仲、よく……」


 その状態の私に声をかけてくれたのは、紫の腕章を付けた女学生だった。

 私を取り巻いていた先輩たちはザッと下がり、そのまま逃げていく。

 残されたのは私とその人だけで、顔を上げた私はその人の顔を見た。


「久しぶり、公園のヒーローちゃん」

「あなたはあの時の……」


 目の前に立っていたのは湿布をくれたマスク女子高生だった。

 でも、今の彼女は女学院の制服を着ていて、あの時の雰囲気とは全然違う。


「会いにきてくれないから会いにきちゃった」

「会いにきた……あ、そうだ! あの時はお世話になりました! 湿布のおかげで怪我がすぐ治って嬉しかったです!」

「硬い硬い。マジメちゃんじゃん」

「すみません、どうしてもお礼が言いたくて」

「良いよ、律儀だって分かってるから」

「あの、その……えっと」

「慌てない慌てない。積もる話は入学式が終わってからやろうよ。これからいつでも会えるんだから」

「! そ、そうですね! また後でお話しましょう!」

「あはは、また後でねー」


 謎の女子高生は、丁度のタイミングでやって来た送迎バスに乗って去っていった。

 砕けた性格で感じのいい人だったなぁ……


「――さん、夜見さん! バス! バスに乗り忘れてるモル!」

「え? あっ!?」

「あれを逃すと遅刻するモル! 走って追いかけるモルよ!」

「ええええええ!? 待ってぇ~~! 私も乗せてくださぁぁ――――い!」


 私は慌てて去ってゆく彼女――ではなく、ブロロロロ、と走り去っていく送迎バスを追いかけた。

 しかし相手は車でこちらは人間。どんどんと離されていく。


「入学式なのに遅刻しちゃうぅぅ――――!」


 ビーッ。バタンッ。

 するとバスが急に停車し、私は奇跡的に追いつく。

 少し肌をしっとりとさせながら乗り込もうとすると、後ろから一人の中等部らしき女学生も一緒についてきた。バスは二人を乗せて発進する。


「お疲れさんどす」

「あ、はぁ、ひゃい」

「汗をかいたら大変やなぁ。このハンカチで拭くとええよ」

「ありがとうございます……」


 肌触りの良いハンカチを貸してもらって、女学生満載の車内で一息つく。

 幸いにも車内のクーラーが強めだったので、汗でぐっしょりせずに済んだ。

 私の前には、こちらを気にかけてくれた茅色(かやいろ)の長い髪をおさげにした女学生がいて、視線が合うとにっこりと微笑んでくれた。


「あんたはんも大変やなぁ、バスに乗り遅れるなんて」

「あはは、初日から遅刻するところでした」

「目立つもんなぁ。うち羨ましいわ」

「いえ、大変ですよ? もう上級生に狙われてますから」

「うわ、それやったら羨ましくないわぁ。大変そうやね」

「あはは、はい。背が高いのってこんなに大変なんだ、って思いました」

「おもろい人やね、あんたはんは」

「あはは……あ、ハンカチは洗ってから返しますね」

「おおきに」


 非常に高度な心理戦だった。

 京都の人なのだろうか、言い回しは柔らかいけども『選択肢を間違えたら軽蔑する』という意図が見え見えだった。

 私が警戒しているのを知ってか知らずか、相手は思いついたようにこう答えた。


「いや、ハンカチはあんたはんにあげます。好きに使こうてええよ」

「いえそういうわけには……」

「ええて。うちとの会話に合わせられたのはあんたはんが初めてやし」

「いえ返します」

「えらい強情な人やなぁ。でもそういうところ好きや。ほな返してもらうの待ちます」

「はい」


 彼女との会話は連絡橋を通過し始めた辺りで止まり、海と橋の高欄――歩道に設けられた柵だ――という光景を静かに眺めることになる。

 バスの中ではひそひそとした会話だけが続く。

 聞き耳を立てなくても分かるくらいに私とおさげの子の話だ。


 ビーッ。バタンッ。

 少しして、連絡橋を渡り終えたバスは止まり、学生は入口や出口からぞろぞろと降り始めた。私は聖ソレイユ女学院正門前に降り立ち、おさげの子が何故か寄り添うのを気にしながらも感激に打ち震えた。


「ここが聖ソレイユ女学院……みんな、みんな魔法少女の……学校」


 私の目の前には金の正門と白亜の校舎がそびえていて、私と同じように小動物の聖獣を従えた女学生たちが、楽しげに話しながら登校する光景に幸せを感じた。

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