表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
98/370

精霊樹の守り役



タルブ川の流れに逆らい、帆に風をはらませた追風(おいて)の水鳥号が悠々と進んでいく。

その美しい姿は、微風(そよかぜ)の乙女号に勝るとも劣らなかった。


追風(おいて)の水鳥号を操る船乗りたちは、浅瀬が隠れている難所であろうと危なげなく通り抜ける。

予期せぬアクシデントに見舞われても、慌てる者は一人として居ない。



「ユリアーネ…。これは、わたくしが思っていたのと違います」

「そうでしょうか…?」

「わたくしは船旅と言うのが、もっとこう…」

「危険が沢山で、波乱万丈ですか…?」


「そう。それよ…。わくわく、ドキドキの、冒険旅行を期待していました」


ラヴィニア姫は、ユリアーネ女史の言葉に我が意を得たりと頷いた。


「姫さまには封印の塔で…。様々な冒険物語をお聞かせしましたが、あれはアレです」


ユリアーネ女史は、幼かったラヴィニア姫に様々な物語を聞かせていた。


ラヴィニア姫のお気に入りは、お城でのラブロマンスより商人の旅行記や勇者の冒険譚だった。

殆どは荒唐無稽なつくり話なのだけれど、そのようなことがラヴィニア姫に分かるはずもなかった。

何しろ、ずっと封印の塔から出たことが無いのだから…。


「モォー、ユリアーネったら…。あれはアレって、それじゃ説明になっていないでしょ。わたくし…。船乗りと言うモノは銛を手にして、魔物と闘うのだと信じていました」

「ここは川ですから…。姫さまにお読みした物語は、大海原を冒険する海賊船のお話です」

「巨大な波を乗り越えたり…」

「海の話です」

「こぉーんな、大きい魚と闘ったり…」

「それも海の話です」


「つまらないわ…」


ラヴィニア姫が唇を尖らせて項垂れた。


「川って、退屈ね…」



順調な旅だった。

必要なモノは、何もかもアーロンが手配してくれた。

気の利くエルフであったが、乗船当初はラヴィニア姫を構いすぎて苛立たせた。


それを察したユリアーネ女史に注意を受けたのか、暫くするとアーロンは節度を守るようになった。


『バシッと言っておきました!』

『はぁー。何を言ったのかしら…?』


『それは秘密です』


ラヴィニア姫はユリアーネ女史が何を言ったのか知りたかったけれど、訊ねても教えて貰えなかった。



タルブ川の沿岸には、二、三日おきに停泊地があり、そこで新鮮な食材が船に積み込まれる。

美味しいとは言えなくとも、一日に三回、キチンと上等な食事が配られる。


停泊地では船から降りて、開拓村を見物することが許された。


ラヴィニア姫はユリアーネ女史に手を引かれて珍しい工芸品を眺めたり、食べたことのない料理を口にした。

希望すれば、湯浴みの支度だってしてもらえた。

文句を言えば罰が当たる。


それでもラヴィニア姫は、不満そうな顔をしていた。


(ハンテンが一緒なら、もっと楽しめたのに…)


悪夢の中で、只々憧れた外の世界。

あっさりと通り過ぎてしまうのが、勿体ないような美しい景色。


泉の水みたいに溢れだす、明日への期待。

あれもこれも知らなかった事ばかりで、情報の整理が追い付かない。


生きる実感。

自由…。


それが手に入ったいま、ラヴィニア姫の横にハンテンは居なかった。


初めて口にする食べ物。

逞しい船員たちが呼び交わす、大きな声。

ミドリの髪を揺らして吹き抜ける、爽やかな初夏の風。


開拓村では、子供たちが叫びながら走り回っている。

普通に顔のある、きっと名前だってあるに違いない子供たち。

友だちになれたなら、ラヴィニア姫やハンテンと挨拶を交わしてくれるだろう子供たち。


ラヴィニア姫が視線を逸らしても、消えたりしない確かな世界。


(ハンテン…。みんなに、名前があるんだよ。木や草や、村にまで…。ほらっ、色や匂いだって…。屋台で売っているお肉は、甘辛い味がするの…。たぶん、ハンテンも気に入ると思うなぁー。一緒に来れたら、良かったのにね)



風の妖精たちが、ラヴィニア姫を励まそうと集まってきた。


「あらあら、心配しないで…。わたくしは、たぶん大丈夫です。アナタたちも、傍に居てくれるのですから…」


ラヴィニア姫は、微風に乗ってふわりと舞った。

その姿は幻想的な絵画に描かれた、美しい妖精(ニンフ)のようだった。


〈うふふ…〉

〈アハハ…〉


〈ヒメ、ヒメ。もっと笑って…♪〉


ワンピースのスカートが、ラヴィニア姫の動きを追って広がった。

水色をした、大きな花のように…。


ミドリの瞳と髪を持つ幼い巫女姫は、妖精たちの大切な同胞(なかま)だった。




◇◇◇◇




暗闇の中を小さな光が移動していく。

希少な精霊石を用いた、簡易ランプの灯りである。


地下迷宮を進む男の顔が、魔法ランプの灯りに照らされて苦しそうに歪む。

男の正体は、貴公子レアンドロだった。


貴公子レアンドロは、脇腹に手傷を負わされていた。

流れだした血が、ズボンをベットリと濡らしていた。


「何てことでしょう…。ズボンの生地が足に張り付いて、歩きづらいったらありませんね!」


乱戦のさなかに喰らったのは、背後からの魔法攻撃だった。


風刃(カマイタチ)だ。

終わったかと思った。


それでも敵の追跡は、死に物狂いで躱した。


地下迷宮の一画に潜り込めたのが、功を奏していた。

追手の気配が途絶え、走る必要はなくなった。


だが、何処をどう移動したのか、まったく記憶になかった。

それだけでなく、腹部の左側を切り裂いた傷が、想像以上に深かった。


「どうやら…。応急処置には、意味が無さそうですね…」


布で縛っていなければ、腸が零れだしてしまうだろう。

レアンドロの経験からすれば、致命傷である。


フレッドのいる事務所に戻れたとしても、肝心の治癒師が居ない。

回復や治癒を得意とするアビーは、メジエール村だ。

霊薬の備蓄もない。


「販売しているのが、敵ですからね…。デュクレール商会は、ホント頼りになりませんね…」


帝都ウルリッヒで霊薬を扱っているのは、主にマチアス聖智教会だった。

マチアス聖智教会は、ミッティア魔法王国の出先機関である。

そんな場所で買い物など出来なかった。


新興ヤクザが高価な霊薬など買い揃えたら、何者かと怪しまれる。


だからフレッドは、身の安全を第一に行動するよう注意を促していた。

『常に、無傷で帰れ!』と…。


ツーマンセルの鉄則を守らなかったのは、レアンドロの驕りだ。



月明かりも届かない地下迷宮は、真の暗闇である。

レアンドロが頼りとするのは、手にした小さな魔法ランプだけだ。

微かな灯りで足元と前方を照らしながら、ゆっくり地下迷宮を進む。


命尽きるにしても、敵に情報を残したくない。

可能な限り、地下迷宮の深い位置で死にたかった。

死に際して身元を隠す余力など、レアンドロには残されていなかった。


何処かに立坑でもあれば、今すぐ身を投じてしまいたい。


「くっ…。この痛み。一歩進むごとに、頭まで激痛が突き刺さるようです…。それにしても背中から襲うなんて、とんでもない卑怯者デスネ!」


レアンドロが、可笑しそうに言った。


レアンドロの暗殺手段は、背後からの刺殺だった。



この夜、ヨルグとツーマンセルで行動していたレアンドロは、地元のヤクザ者が闇商人に接触する現場を目撃した。

ヨルグに事務所への報告を任せ、自分は尾行を続けるつもりでいた。


そこでイレギュラーが発生した。

かつての雇用主が、レアンドロの見張っていた悪党たちと合流したのだ。


レアンドロに、アレヤコレヤの悪事を強要した当人である。


(今回の件に関わったときには、平常心を保てると思っていたのですけど…。本番となれば、こんなものなんですね…)


クールな外見に反して、レアンドロは切れやすい性格の持ち主だった。

頭に血が上って、気がつけばやらかした後だった。


憎むべき男には、何処か遠くへ旅立ってもらった。

もちろん、背後からの一撃だ。

会心の一撃である。


「サイコーの手ごたえでした。まったく、気分が良い…」


膝から力が抜けた。

もう、まえに進む力が無かった。


レアンドロは地下迷宮に跪き、石の壁に背中を預けた。


「少しだけです…。休むのは少しだけ…。ここでは死ねない。仲間に迷惑を掛けてはいけません」


閉じようとしたレアンドロの目に、仄かな明かりが見えた。

柔らかいミドリの明かりだ。


その明かりが人の姿となり、間近でレアンドロを見下ろした。


若い女だ。

古風な祭祀服を身につけた、三人の女たちである。


だが、長いミドリの髪を垂らした女たちには、顔がなかった。


驚きと恐怖で、レアンドロの背筋に震えが走った。


「ヒトではない…?」


目鼻だけでなく、口もない。

だから動けなくなったレアンドロを跡形もなく食い散らすことは、期待できそうになかった。


「オマエさま…。微かに、精霊樹の匂いがしますね…」


光を纏った女が、静かに言葉を放った。


女の顔に、鼻と口が生じていた。

形の良い鼻をヒクつかせ、美しい紅い唇で言葉を紡ぐ。


「姉さま…。こやつは、見目の良い若人です。死なすには惜しい」

「これっ、はしたない…。三の姫は、横から余計な口を挟むでない…!」


見開かれた女たちの瞳は、翡翠色をしていた。


「オマエさまは、メジエール村にゆかりの者かえ?」

「精霊樹の香りを漂わせる男よ…。一の姫に、真実を伝えるがよい」


「……はい。わたしは、メジエール村に住んでおりました」


レアンドロは、残り少ない力を振り絞って答えた。


人外の女たちには、メジエール村と共通する霊妙な雰囲気があった。

お人好しで善良さの結晶みたいな、妖精たちが放つ霊気だ。


「暫くのちに、我らの殿がお目覚めになろう…。そのときは、オマエさまの助けを借りたい」

「オマエさまが、殿をお連れするのです。メジエール村に…」


「若人よ。いまは、死すべき時でなかろう…。加護と霊力を授けるゆえに、大切な命をつなぎ留めよ…。この死地を生き永らえて、オマエさまの務めを果たしなさい」


一の姫がレアンドロの傍に跪くと、優しく口づけをした。


「……ウッ!」


今まさに死のうとしていたレアンドロに、大量の霊力(オド)が注がれた。

巫女姫の加護と霊力がレアンドロの傷口を塞ぎ、弱っていた心臓の鼓動を確かなモノへと回復させた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


こちらは3巻のカバーイラストです。

カバーイラスト


こちらは2巻のカバーイラストです。

カバーイラスト


こちらは1巻のカバーイラストです。

カバーイラスト
カバーイラストをクリックすると
特設ページへ移動します。

ミケ王子

ミケ王子をクリックすると
なろうの書報へ跳びます!
― 新着の感想 ―
[一言] ハンテンと思われる殿とメル村が本格的に繋がった。 ラヴィニア姫とハンテンが幸せまみれになるのも時間の問題だなー。 楽しみー。
[良い点] ワクワクしながら読んでます(*゜▽゜)ノ [一言] 役者が揃いつつありますね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ