モーニングタイムは食べ放題
程よく冷えたビールに、塩分と脂質、酸味の、黄金コンボ…。
身体を動かしている健康な大人には、回避が難しいS級の攻撃である。
また、この組み合わせは、容赦なく味覚刺激の依存を形成する。
連打で喰らえば、デブ一直線だ。
だらしのない肥満体形。
でぶ…。
(ウフゥー。たんと召し上がれ…!)
これが美食であるかを問われるなら、違うと答える。
そもそもメルの美味しい教団は、美食の追求などしていない。
単純に、教祖さまが食べたいものを作っているだけだ。
なのでアビーには申し訳ないのだけれど、ソーセージとフライドポテトの皿がテーブルに追加された。
食べたいけれど、メルが我慢している二品だった。
地味にポッコリを気にしていたのだ。
「ほれっ、やまもりドーン!」
「うっは…。この赤いソース、美味しいんだよォー。確か、ケチャップだよね?」
「これは芋か…。切ったイモを油で揚げたんだな…」
「イモは、赤いケチャップ。ケチらんで、ベッチャリつけれ…。黄色い方…。マヨをつけても、美味いどォー♪」
メルは魔法料理店にフライヤーが設置されていたので、どうしても使ってみたくなったのだ。
切ったイモに小麦粉と調味料をまぶして揚げた、皮つきのフライドポテトだ。
フライドポテトとビールの組み合わせは、これまた魅惑の小悪魔セットである。
誘惑に負ければ、デブ一直線だ。
因みにアビーとカイルは大人なので、自己責任となる。
健康管理は自分でしなさい。
朝からビールをかっ喰らい、尚且つジャンクなオードブルセットをパクついているのだから、アビーが肥えたところでメルの責任ではない。
幼児に誘惑されて転ぶ大人など、知ったコトではなかった。
そんなメルだけれど、幼児ーズの食事には慎重だった。
一度、お好み焼きパーティーをしたら、皿に垂らしたソースを吸っていたので、『これはヤバい!』と気づいたのだ。
幼児口は、塩味と甘味を好む。
放置しておくと、際限なく味を濃くしていく。
パンケーキとシロップを渡せば、シロップが無くなるまでかけてしまう。
幼児ーズの食事は、キチンとした管理が必要だった。
塩味の強いフライドポテトなど、以ての外なのだ。
幼児が好む味は、五味のうち三味である。
甘味、塩味、うま味の三種類だ。
苦味や酸味は、味覚の学習をしなければ受け付けない。
五味以外の辛味については、さらに先の話となる。
これに加えて、食べやすさの問題があった。
幼児は柔らかくて、全体に味がついた料理を好む。
ステーキよりハンバーグが好きだし、刺身定食よりケチャップのチキンライスが好きだ。
口に運ぶのが簡単で、最初から均等に味が付いていないとイヤなのだ。
ゴハンにごま塩をかけて与えれば、次回からごま塩ナシに不満を覚える。
おかずが何であろうと、ゴハンにごま塩をかけまくる。
そうやって腎臓機能を損ねてしまう。
幼児のおやつにスナック菓子は、ノーグッドである。
特にポテトチップス系は避けるべきだろう。
味蕾が塩味に麻痺してしまうと、普通の食事を受けつけなくなってしまうからだ。
『味がしない!』と、思うようになるのだ。
幼児の味覚学習を考慮するなら、好物に苦味や酸味を加えて覚えさせるのが良い。
美味しい教団の教祖さまは、幼児ーズのおやつに万全を期していた。
「メルちゃーん。エール、おかわり」
「こっちも、おかわり」
「ちょっと待て…。いま取ってくゆ!」
だが…。
大人のことは知らない。
朝からビールを断らない、大人がイケナイのだ。
メルの口もとに、悪い笑みが浮かんだ。
(ウケケケ…ッ。ママ、食べまくりですなぁー。そのまま、ポッテリと肥え太ってしまえ…。僕のホッペタや下っ腹を笑えなくシテヤル…。傷ついた幼児の怒りに、翻弄されるがよいわ…!)
常日頃、プチデブ扱いされているメルは、ボンキュッボンのアビーに贅肉を付与してやろうと企んでいた。
ぽっちゃり小悪魔の、ちょっとした悪巧みであった。
◇◇◇◇
森川家の面々に、樹生からのメールが届いた。
およそ三か月ぶりである。
母親の由紀恵がはしゃぎまくって、色々と見当違いなコトをやらかしたのも仕方なかった。
樹生が家に帰ってくる訳でもないのに、好きだった料理をテーブルに並べたり、可愛らしい女児服を購入してきたりと、かなりテンションが異常だった。
だけど和樹は、そのような母親の行動に口を挟まず、浮かれる様子を温かい目で見守った。
「今回は、写真が多かったね」
「そうなのよぉー。カワイイ写真が沢山。プリントアウトして、あの子のアルバムを作っちゃったわ」
「何より、元気そうで…。楽しそうにしてたのが、良いな!」
父親の徹も、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
生前は樹生の笑顔など超レアな代物であったから、微笑む幼女の写真をありがたそうに拝むのも理解できる。
和樹だって、弟の樹生が楽しそうにしていれば嬉しくなる。
そのうえ樹生のメールには、十日毎に連絡できるようになったと記されていた。
「それにしても、幼児のくせに飯屋をやるって…。あいつは、いったい何を考えている。大丈夫なのか?」
「あたしのところにも、料理のレシピが欲しいって書いてあったわ…。あの子に料理なんて、作れるのかしら?」
「あーっ。そんな心配は、まったく要らないだろ…。向こうの両親は食堂を経営してるらしいし、よく分からんけど魔法が使えるんだとさ!」
「魔法かぁー。父さんは頭が固くって、どうにも樹生の話を理解できんのだ」
そうぼやく父親が眺めているのは、樹生の料理店だと言う巨木の家だった。
「こりゃまた、非常識な写真じゃないか…。なんだ…。アイツは、生木をくりぬいて住んでるのか…?」
「それなぁー。オレもダメだわ…。何度見ても、信じられないよ…」
「あらぁー。メルヘンで妖精のオウチみたいじゃない。可愛らしくて良いわぁー」
そう言う問題ではなかった。
ひとはリスやフクロウと違うのだ。
木の洞に住んだりはしない。
いや、それも違う。
問題なのは、生きている巨木と家が完全に融合している点だ。
こんなものは、きっと作ろうとしても作れないだろう。
和樹は画像加工を疑いたかった。
しかし樹生には、写実画のセンスが皆無だった。
ファンシーなゆるキャラは描くのだけれど、デッサンを嫌っていた。
そんな樹生が、リアルな写真を捏造できるとは思えなかった。
ハッキリ言えば、これだけの画像ファイルを送信してきただけで驚きなのだ。
写真なんて、撮るのも撮られるのも大嫌いだったから…。
「それにしても、でっかい樹だな…」
「メールの説明によると、精霊樹とか呼ばれているらしいよ」
「こんな所で、商売なんか始めよって…。罰が当たらんと良いな…」
「お父さん…。縁起でもないことを口にしないでください。悪い事なんて、起きっこありませんよ!」
樹生の件になると、いきなり言霊信仰者と化す母親の由紀恵だった。
因みにメルの写真を撮ったのは、カメラマンの精霊である。
タブレットPCを使った個人撮影には限界があるので、新しい精霊をクリエイトしたのだ。
創造されたのはカメラを搭載したドローンっぽい精霊で、グラビアカメラマンのように喋りまくった。
念話を用いずに、音声で話す精霊は初めてだった。
しかし残念なことに、カメラマンの精霊が語りかけてくる内容には、明らかに道徳上の問題があった。
『んーっ。お嬢ちゃん、キュートだねェー。思い切り、お尻を突きだしてみようか…!』
『こんなかのぉー?』
『そっそ、そんな感じ…。バッチリだよ。可愛いねェー』
元はと言えば、メルが悪い。
精霊クリエイトの際に、余計なカメラマンのイメージを混ぜてしまったのはメルだ。
だけどメルは、誇り高き妖精女王さまである。
断罪されるのは、下品な精霊だった。
『いいよ、いいよ…。セクシーだねぇー。さあ、それじゃ…。ちょっとだけ、脱いでみようかぁー♪』
『……ムッ!』
『ワンピースの肩ひもを解いてごらん…』
結果…。
カメラマンの精霊は、メルから邪霊認定されてしまった。
『おまぁー、クビ!』
『えーっ。そんなぁー』
今ごろ、何処の空を飛んでいるのやら…。
水辺で遊ぶ乙女たちに、迷惑をかけていないと良いデスネ。








