二本目が生えた!
メルと森の魔女が、メジエール村に帰ってきた。
近隣の村人たちが集まって相談し、中央広場でお祝いをしようと言うことになった。
皆が自慢料理を持ち寄っての、野外パーティーである。
遠くに住んでいる村人は来れないので、要はご近所さんの宴会だ。
それでも結構な人数が集まって、ワイワイと楽しんだ。
森の魔女は村人たちに宴会のお礼をして、帝都ウルリッヒまで出向いた理由を説明した。
魔鉱石が、うんたらかんたらと…。
嘘八百デアル。
横で聞いていたファブリス村長が、小心者らしく目を白黒させていた。
大人の事情とは関係なく…。
メルは村の女児たちと並んで、かぼちゃ姫のダンスを披露した。
かぼちゃ姫のダンスは、かぼちゃパンツを見せまくるので、幼児にしか踊れない『ウッフーン♪』なダンスである。
スカートの裾をたくし上げ、手拍子と伴奏に合わせて小さなお尻を振る。
『ららら、裸ダァーンス♪』
『かぼちゃ姫の、ダァーンス♪』
中央広場に張られたロープが風で揺れると、吊り下げられた無数の魔法ランプも光を躍らせる。
『お尻を振って、ジャーンプ♪』
『クルッと回って、ジャーンプ♪』
ほろ酔い気分の大人たちは、カワイイ踊り子さんを指さして大笑いだ。
特に母親が、自分の娘を指さして笑っている。
メジエール村の女性たちは、例外なく幼い頃にかぼちゃ姫のダンスを覚える。
かぼちゃの豊作を祈願する踊りだと、大人たちに騙されて…。
かぼちゃ姫のダンスは曾祖母より昔の時代から共有されてきた、お母さんたちの黒歴史なのだ。
子どもの時間が終わると、幼児や少年少女は連れ立って家に引き上げる。
引率できる年長者が居ない場合は、大人が連れて行く。
これから大人たちは無礼講だ。
とは言っても、飲んで騒ぐだけだ。
「ほら…。おメェーたちは、とっとと寝ろ!」
ダヴィ坊やの親父さんが、大声で喚いた。
「言われなくても、分かってるわよ」
「ぐぬぬっ…。酔っぱらいめ!」
「放っておきなさい」
「オッチャン、うっさいわぁー!」
メルとダヴィ坊やは直ぐそばに実家があるので、ひとりで戻れば良かった。
メルには、ミケ王子とトンキーもついている。
「それじゃ、また明日ねェー!」
「メルちゃん。お土産、楽しみにしてる」
「おやすみー。メル姉!」
「はぁーい。おまぁーら、気ィーつけて帰りましょう!」
幼児ーズと別れて自室のベッドに潜り込んだメルは、わが家の有難さを噛みしめた。
(やっぱり…。おうちが、一番だよねェー!)
ミケ王子とトンキーも、メルと一緒のベッドで眠った。
翌朝、目覚めたメルはデイパックを提げて、精霊樹の周囲を歩いた。
ぐるりと一周するまでもなく、タブレットPCに表示されていたスロットが見つかった。
「ここかぁー?」
アップデートの指示に従ってタブレットPCの向きを合わせ、スロットに差し込む。
タブレットPCは抵抗なくスロットに滑り込み、カチリと音を立て嵌った。
スロットの脇に数字が表示された。
(五…、びょう?五分…?五時間…?単位が分からないでしょ!)
ステータスの数値表示も含め、タブレットPCに関係する数字は不明瞭なものが多い。
花丸ポイントやレベルとかはまだしも、体力や魔力の数値に意味があるのか非常に疑わしかった。
「ムキィーッ!」
怒ってみても仕方がない。
メルには、どうしようもないのだ。
又もや、ご褒美が先延ばしになってしまった。
◇◇◇◇
その日。
エーベルヴァイン城に異変が起きた。
未だ夜も明けきらぬ時刻に鳴り響いた落雷のような轟音と共に、帝都ウルリッヒの象徴とされてきた封印の塔が崩壊したのだ。
夜番の衛兵たちが駆けつけると、問題の起きた場所に見上げるような大木が聳え立っていた。
メルが屍呪之王に挿し木した精霊樹だった。
「これは、精霊樹ではないのか…?」
「なにぶんにも初めての事なので、私どもにも分かり兼ねます」
ウィルヘルム皇帝陛下の問いに、白い長衣を纏った老人が首を振った。
「調べることは出来るか?」
「ただいま古い文献を掘り起こさせておりますが、おそらくは何も見つかりますまい」
「ヴァイクス魔法庁長官…。これ自体を調べるのは、どうだろう…?」
「ぐぬぬっ…。私とて魔法研究者の端くれでありますから、枝の一本なりと持ち帰って調べたいのですが…。もし仮にですぞ。仮に、この大樹が精霊樹であったとすれば、枝を折ったりして許されるのでしょうか…?精霊さまの怒りに、触れませぬか…?」
ヴァイクス魔法庁長官は震える手で、頻りと白髭を扱いていた。
惧れと好奇心の板挟みに陥り、ヴァイクス魔法博士の脳は機能停止してしまったようだ。
「うーむ。屍呪之王を封印していた場所に起きた、異変である。このまま、放置しておくわけにもいかん。そうではないかね?」
「そのように申されましても、私には責任を負えませぬ。こんな…。こんな恐ろしいモノに、知識や下準備もなく触れるのはバカ者だけですぞ!」
「お前たち魔法博士が、そのバカ者ではないのか?」
「皇帝陛下ともあろうお方が、皮肉ですか…?私どもをニキアスやドミトリと同列に並べるのは、おやめください。あの愚劣で忌まわしい魔法災害より、私ども魔法研究に携わる者は、誓約の魔法術式で己を縛っています。精霊を弄ぶような者は、その場で命を落とすことになりましょう!」
「それは済まなかった…」
ウィルヘルム皇帝陛下は、役に立たないヴァイクス魔法庁長官から視線を外し、目頭を揉んだ。
召喚令状を持たせてモルゲンシュテルン侯爵領へ送りだした使者は未だ戻らず、屍呪之王が片付いたと胸を撫でおろした途端に、この騒ぎだ。
(ワシは疲れた…。どうして今なんだ。どうせ生えて来るなら、『調停者』が居るときにすればよいだろうに…。せめて、アーロンが居るときにしてもらいたかった)
幾ら寝不足の目をこすっても、巨大な樹が消えるはずもなく…。
メルがエーベルヴァイン城に残していった精霊樹は、ウスベルク帝国を睥睨しているかのように見えた。
◇◇◇◇
精霊樹の根元深く、もと封印の石室があった場所で、三人の姫君が祈りを捧げていた。
世間では鬼籍に入ったと信じられている、歴代の巫女姫たちだ。
彼女たちは精霊樹の守り役だった。
古風な祭祀服を纏った姫君たちは、石室の天井からさがるピンク色の塊を見つめていた。
「殿…。いつまで、寝ているおつもりですか?」
「殿が、そうして寝ておるから…。四の姫は、メジエール村に向かってしまいましたぞ」
「まったく、寝穢い!」
「これっ、三の姫。殿を腐すでない」
「ですが姉さま。ひっぱたいて起こした方が、良いと思います」
三の姫がピンク色の塊を指先で突きながら、一の姫に抗議した。
「そんなだからお前は、七十年しかお仕え出来なかったのですよ」
「七十年も仕えれば、充分だと思います」
「四の姫だって、あれほど殿を慕っていたというのに…。まったく、貴方ときたら…」
「あの子も、姉さまたちも…。三百年も、頑張りすぎだと思うわ…!」
三の姫は残る姫たちの目を盗んで、ピンク色の塊を抓った。
石室の天井からさがるピンクの物体が、ピクリと跳ねた。
目覚めは、そう遠くなさそうだった。








