尽くし系のミケ王子
ミケ王子は荷馬車がメジエール村に到着したとき、メルの勢いにすっかり出鼻を挫かれてしまった。
そのまんまメルはトンキーを連れて、あれよあれよと言う間に中央広場から駆け去って行った。
普通に妖精パワーを使用していた。
巨木化した精霊樹に注意を奪われていたミケ王子は、メルに声をかける暇さえ与えて貰えなかった。
どんだけ、皆と会いたいのか…?
(メルって、落ち着きが無いよね。と言うかさぁー。時々、すごい馬鹿じゃないかと思うんだ…?)
興奮したメルが急いでいたのは、親しい村人たちに帰ってきたことを早く知らせたいからだろう。
『たらいもー!』と叫ぶメルの声が、遠ざかっていく。
両手に酒瓶を抱えていたので、最初の訪問先はゲラルト親方の工房に違いなかった。
かなり中央広場から離れている。
(ついで勢いに乗り、幼児ーズの面々を訪れる計画と見た…。でもさぁー)
よく晴れた昼下がりに、幼児ーズが家でおとなしくしている筈もなかった。
それにタリサは、『あんたが帰るまで、何度でも見に来るからね!』と、別れるときに半泣き顏で宣言していた。
何度でも見に来るとは、『酔いどれ亭』を調べに来るとの意味だ。
(ここで待っていれば、タリサたちの方で顔を見せる筈なのに…)
そもそもダヴィ坊やが飛びだしてこない時点で、そこに気づけと言う話だ。
ただいま幼児ーズは、三人そろって楽しそうに遊んでいる筈。
ネコにだって、その程度の事は分かる。
それなのに、メルには分からないようだった。
まことに以って、残念な幼児である。
あの銀髪を被せた頭には、オガクズでも詰まっているに違いなかった。
(きっと…。メルの頭を開けたら、『ハズレ!』と書いた紙が出てくるよ!)
そんなふうに思いながらも、メルのために頑張ってしまうのがミケ王子だった。
さてさて、それでは幼児ーズが何処で遊んでいるか…?について、考えなければいけない。
(たぶん…。溜池だな…。メルの真似をして、ピュリファイしてたからね!)
中央広場の近くには用水路が造られていて、然して遠くない場所に小さな溜池があった。
そこには沢山の妖精たちがいる。
水の妖精たちだ。
メル式なんちゃって魔法の初心者でも、溜池へ行けば水の妖精たちに遊んで貰えるだろう。
(タリサたちは、メルにピュリファイを教わってたもんね。裏庭の用具棚に木の的が無ければ、もう間違いなく溜池だよ!)
ここでミケ王子がピュリファイと表現しているのは、メルの使っている間違った洗浄魔法である。
呪文を『ピュ!』に短縮した、アレのことだ。
ミケ王子はスタスタと『酔いどれ亭』の食堂を通り抜けて、裏庭に設置された用具棚を調べた。
(やっぱり無いよ!)
遊び道具の少ないメジエール村で射的を楽しめるのだから、やらないで我慢するような子供はいない。
特にタリサなどは、大工の兄さんに頼み込んで新しい的を作って貰っていた。
それらも全部、この棚に置いてあったのだ。
男の子たちは石投げが好きだけれど、ちょっと出来るようになればピュリファイの方が遥かに面白かった。
腕力のない女子や幼児であれば、絶対に石投げよりピュリファイを選ぶ。
幼児ーズが水の妖精たちと水鉄砲で遊んでいるのは、ほぼ確定した。
(はぁー。それじゃ、溜池に出かけるとしましょうか…)
ミケ王子は裏庭から田舎道に進みでて、樹が生い茂る林を目指した。
そこに幼児ーズの屯する、溜池があるのだ。
溜池の傍で、最初にミケ王子を見つけたのは、集中力が途切れて休んでいたダヴィ坊やだった。
「あれ、ミケじゃないか?」
「えーっ。メルちゃんが、帰って来たのかしら?」
「待ちなさい、アナタたち。また違ってたら、がっかりするでしょ!」
タリサはティナとダヴィ坊やを窘めた。
これまでにも何度か、野良猫をミケ王子と誤認して苦い思いを噛みしめていたからだ。
期待に胸を膨らませて突っ走る幼児は、思った通りでないと心に大ダメージを負うのだ。
気持ちの切り替えが利かずに、丸一日は塞ぎ込んでしまう。
「いや、でも…。今度は、絶対にミケだよ。あんな模様は、ミケしか居ない」
ダヴィ坊やが期待に瞳を輝かせながら、力強く断言した。
鼻息も、フンス!と荒い。
「まずは、間違いないか確かめてみましょう。期待するのは、それからでも良いんじゃない?」
「たしかに…。メルちゃんが帰ってきたと思ったのに、アビーさんに未だ帰ってないよって言われるショックは、二度と味わいたくないです」
「まあ、それはサンセーする」
そんな相談があって、三人はミケ王子に近づいた。
「ここで逃げだすようなら、外れだからあきらめようね!」
ミケ王子は、幼児に脅されたくらいで逃げだしたりしない。
タリサたちが誤認した野良猫は、ちゃんと確認できる距離に近づくよりはやく、逃げ去っていた。
「分かっています。ミケ王子は、逃げたりしませんもの…」
「だったらさぁー。こうやって、こっそりと近づくのは、おかしくないか?」
「なるほどぉー。言われてみると、そうだよねぇー。ミケなら、駆け寄っても逃げないもんね」
そっとミケ王子に近づこうとする幼児ーズは、自分たちの振る舞いが奇妙であるコトに気づいた。
「はぁー。ダヴィの言う通りです。メルちゃんに帰ってきて欲しいからと言って、ネコに近づくとき逃げられないようにするのは、おかしいと思います」
ティナが悲しそうに言った。
幼児ーズは、四、五歳児のくせに、高い知能を有しているようだった。
普段から大人たちに囲まれて過ごしている、店屋の子に特有の早熟さだった。
理屈っぽい割に心の成熟さが伴わないところも、三人の共通点である。
斯くして緊張しながらミケ王子に接近した幼児ーズの三人は、手を伸ばして首っ玉を握った。
持ち上げたネコの模様を指でなぞりながら、ほぼミケ王子であろうと結論を下した。
「でも…。まだ安心するのは、早いと思うの…!」
「そうなのかぁー?」
「タリサってば、ちょっとしつこいです」
「ナニ言ってんのよ。ミケ王子なら、猫ダンスが出来るはずよ!」
猫ダンスとは、タリサが無理やりミケ王子に振りつけた創作ダンスだ。
(やりたくない!)
ミケ王子は痛切に思った。
だが踊って見せなければ、タリサは納得しないだろう。
仕方なくミケ王子は二本脚で立ち上がり、猫ダンスを披露した。
「ミケだ!」
「もう、間違いありませんね」
「だから、最初からミケだって言ってるじゃん!」
ミケ王子を抱き上げたタリサが村の中央広場を目指して走りだすと、残るふたりも後に続いた。
「あらっ、アナタたち。メルなら、皆のところに挨拶するって出かけたわよ!」
『酔いどれ亭』に突入してきたタリサたちを残念そうに眺めながら、アビーはメルの不在を告げた。
「えーっ?!」
「まじ?マジなのかぁー?」
「なんで、じっとしていられないのよ!」
タリサがヒステリーを起しかけていた。
「こうなったら、ウチに帰る!」
「タリサのところで、メルちゃんに会えるの…?」
「分かんない。分かんないけど、早く会いたいでしょ!」
「オマエ、おかしいぞぉー!」
ダヴィ坊やの言う通りだった。
タリサはメル並みにバカだった。
ミケ王子は考えた。
乗り掛かった舟である。
ここで投げだしたら、わざわざ幼児ーズを広場に誘導した意味がない。
(キャッチネコさせるか…)
こうしてミケ王子はメルが戻って来るまで、幼児ーズのボールになって遊んで上げたのだった。








