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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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腹ペコ幼児



メルたちは給仕長に案内されて、小さめの個室へと移動した。

『問題のある客』を隔離するために、店が用意した特別な部屋だった。

横暴で癇癪もちの貴族が切れたとき、冷静さを取り戻して貰うための部屋だ。


その為か、個室の内装には派手さがなく、落ち着いた色調に統一されていた。

手に取って投げられるような危険物は、棚や壁に飾られていない。


微かに鼻を擽る香の匂いが、心を穏やかにさせた。


(バルマの樹脂を焚いているね…。やれやれ…。総支配人から、危険人物と思われちまったかね)


バルマの樹脂を配合した練香は、爽やかな匂いと心を癒す効果で貴族たちに人気があった。


(それにしても粗暴な男だよ。アーロンの店に案内したいなら、前もって予約しておけば良いのに…。無駄になってキャンセルするにしても、ごたつくよりずっとマシだろう…。何だか得意げな顔をして、『馬車でお待ちしています!』とか言って立ち去ったけど…。自分の失態に、まったく気づかないのかね。若くて未熟だから、仕方がないのかい…?)


クリスタが御者の男に向けた苛立ちも、やがて鎮静効果のある香りに宥められていった。


(何というか…。アーロンも人を育てるのが、下手くそなようだ。あたしに、似てしまったのかねぇー。自分の都合ばかりで、協調性のない部下ばかりじゃないか…。もてなすべき相手の気持ちをこれっぱかしも斟酌していないし…。御者の坊やも料理店の従業員も、客を寛がせる気がないとしか思えないよ)


クリスタは見るともなく部屋の様子を眺めて、ため息を吐いた。

ガサツで気が利かないのは、クリスタも同じだった。


ささくれた世間との関りが、人々の性格を粗暴にさせるのだ。



ここには、自由と平等など存在しない。

クリスタが生きてきたのは、暴力上等の封建社会である。

この世界では秩序を維持するために、脅迫まがいの粗暴な手段が頻繁に用いられる。


封建社会を維持しているのは、支配者の権威だ。

なので支配者は、己の特権性を示さなければいけない。

ときに、それは冷酷な暴力として、被支配者に突きつけられる。


立場の弱い者に無理難題を吹っ掛けて、自分の支配力を確認する。

暴力をちらつかせて、誰が主人かを相手に思い知らせる。


力の差を見せつけなければ、他人から協力を得られない社会だ。

クリスタも調停者として、大勢の人間たちを説得してきた。


(言葉のみで理解を得るのは、至難の業だから…。なかなか他人との関係は、思ったように行かないよ!)


いつ如何なる時であれ、説得には暴力が必要だった。

だから普段であればクリスタも、野蛮な言動を気に留めたりしなかった。


メジエール村を除けば、世間は暴力に満ちているのだ。


(相手から舐められないためには力を誇示したり、脅さなければいけない場面もある…。いや、思い返してみれば…。もっぱら、脅してばかりだった気がするね…)


クリスタが己の態度を改めたのは、『調停者』の務めを果たすべく人々を説得して回っていたら、いつの間にか妖精たちに嫌われてしまったからだ。


クリスタは恵みの森で、深く反省した。

『暴力はいけない!』と…。


精霊や妖精たちは、人やエルフと楽しく暮らし、相手の希望を叶えて喜ばれるのが大好きだ。

そんな気の良い連中に、負の感情を見せるべきではなかった。


こうしたクリスタの思想から、メジエール村が誕生した。

長い歳月を必要としたが、結果は明白だった。


沢山の妖精たちがメジエール村に集まり、世界から失われてしまった精霊樹まで生えた。


もう二度と、道を踏み外してはならない。

クリスタの決意に迷いはなかった。


ではあるモノの…。

それが思うほどに容易くはないのだ。


だからクリスタは、メルの前だけでも良き人でありたかった。


(メルが居るからねぇー。精霊の子には、人を好きになって貰いたい。だから、活気があって楽しそうな市場を見せたかったんだけど、失敗しちゃったよ。この料理屋だって、アーロンに悪気が無いのは承知している…。だけど、あんなやり取りを見せたらさぁー。メルが人嫌いになっちまうよ!)


幼児の機嫌を取るのは、非常に難しい。

子供の相手は、クリスタの大変に苦手とするところだった。


クリスタは不安になって、メルの様子を窺った。



メルとミケ王子は、おとなしくテーブルに着いていた。


メルの手には、早くもスプーンとフォークが握られていた。

その視線は部屋の入口に固定されて、ピクリとも動こうとしない。


ときおり、グビリと喉を鳴らす。


どうやらメルは、食べるコトしか考えていないようだった。


全くもってクリスタは、メルを理解できていなかった。

メルの機嫌を取りたいなら、食べ物を与えて置けばよいのだ。




「大変、お待たせしてしまい。申し訳ございません」


部屋に顔を見せた総支配人は、揉み手をしながら頭を下げた。


総支配人に促された給仕たちが、運んできたワゴンから次々と料理の皿を取りだしてテーブルに並べていく。

取り皿の前にセットされた何種類ものカトラリーが、テーブルマナーの喧しさをクリスタに意識させた。


(貴族どものマナーなんて、メルには通じやしないし…。いったい、どうしたもんかね…?)


クリスタはムッと不機嫌そうに考え込んだ。


飲料用のグラスも大きなモノや小さなモノと取り揃えられていて、ドリンクの種類により使い分けるようだ。


「さて…。これより、当店の自慢料理を召し上がって頂くわけですが、段取りと言うか、お食事の作法について…」

「要らんわ…。わらし、ハラへっとる。メシくらい、教わらんでも食べエうわ!」


総支配人の台詞をメルが遮った。

待たされ過ぎて、少しばかり目が座っていた。


「………はぁ。しかし」


「こぉーんな、たくさんサジとかフォーク…。(ナァ)べよって…。この店ぇー、好かんわ!」


メルに叱責されて、総支配人の気取った外面が剥がれ落ちた。


これまでにも色々と我儘な客を相手にしてきたが、幼児に面と向かって詰られたのは初めてである。

しかも偉そうな態度の幼児は、自前のスプーンとフォークで食事するつもりのようだ。


歴史あるテーブルマナーの全否定だった。

貴族客のクレームとは、根底から質が違っていた。


比較にならぬほど、タチが悪い。


「おいしいをジャマすうヤツは、ユゥーしません!」

「はぁ…。そう仰られましても…」


総支配人はメルの勢いに圧倒されて、口ごもった。


『許さない!』と断言した幼児の眼力が、尋常ではなかった。

アーロンの機嫌を損ねて叱責されたときより、遥かに強い圧を感じた。


まったく納得できない。

何故に自分が、叱られなければイカンのか…?

全てのカトラリーには使用方法があったし、無意味なものは置いていない。


食事作法に工夫の必要な料理は、食べ方の説明をするのが料理店の決まりだ。

それを喧しいから、さっさと出て行けという。


随分な言い草ではないか…?


総支配人にも、高級料理店を切り盛りしてきた自尊心(プライド)があった。

此処で引き下がっては、店の立ち上げから苦労してきた日々が無駄になる。

高級料理店の支配人として人生を捧げてきた自信が、粉々に打ち砕かれてしまう。


だが…。


「かっ、畏まりました…。お客さま…。わたくしは、これにて失礼いたします」


総支配人は素直に頭を下げると、逃げるようにして部屋から立ち去った。


意地を張って罵り合えば、小さな幼児に負けるような気がしたのだ。

部下たちの見ているところで幼児に敗北したら、自尊心(プライド)だけでなく信用まで失ってしまう。


「それでは、失礼いたします」

「ご存分に、料理をお楽しみくださいませ」

「御用の際は、なんなりとベルでお呼びつけください!」


総支配人の後を追うようにして、給仕たちも引き下がる。


メルは子供用の椅子に立ち上がり、全員が引き上げるまで琥珀色の瞳で睨みつけていた。

手にしたスプーンを部屋の入口に向けて…。


(かぁー。マナーもクソも、あったモノではない。心配するだけアホらしい…!)


ようやくクリスタは、メルの扱い方を悟った。


放任、一択だ。


だって…。

幼児が偉かったら、放任するしか無いじゃないか。


(精霊の子は、あたしの手に負えん…)


メルの調教は、アビーに任せるしかなかった。


人類やエルフの未来は、アビーの子育て技能(スキル)に委ねられた。



メルは取り皿に鶏の冷製を細かくして盛りつけると、ミケ王子のまえに置いた。


〈美味しそうだね…。食べて良いの…?〉

〈もちろん…。遠慮することなんかないよ。ミケ王子は妖精猫族の王子さまなのに、あいつ等ときたら失礼千万です〉

〈そう言ってもらえると嬉しいけど…。ボクは店の人たちよりメルの方が、ずいぶんと酷いような気がする〉

〈何でよぉー?〉

〈だってさぁー。メルはボクを玩具にするじゃん。壁に投げつけたり、グルグルと振り回したりして…〉

〈友情の表現なんだけど…。イヤなの?わたしと遊びたくないの…?〉


〈…………イヤとは言わないけど。ときどき酷いと思う〉


メルは困ったような顔になった。


メジエール村に帰ったらミケ王子を釣り竿の先に吊して、二階の窓からクレーンゲームごっこをしようと企んでいたのだ。

ミケ王子を巻き上げるリールが難しそうなので計画段階でしかないけれど、タリサたちを誘えば盛り上がりそうだった。



クリスタは料理を頬張るメルとミケ王子を眺めながら、高級な果実酒を味わった。

芳醇な香りとまろやかな口当たりは、そこらで売られている酒と格が違った。


(よい酒だぁ…。さすがは美食家を標榜する、アーロンの料理屋だね)


ごちゃごちゃと面倒くさいやり取りはあったモノの、何とかなったような気がした。


ところがデアル。


残念なことに、部屋の外でボソボソと喋る給仕たちの声が耳に入ってきた。

あからさまな陰口だった。


エルフイヤーは地獄耳。

こうした状況下に於いては、聞く必要のない聞きたくもない内緒話まで、敏感に拾ってしまう。


"なんなの、あの田舎者ども…!"

"どうせ、アーロンさまが拾った遊び女だろ。まったく、趣味が悪いよ"

"じゃあさぁー。あのチビってば、もしかしてアーロンさまの子どもなのかぁー?"

"目つきの悪いメスガキ…。態度も最悪…。とてもアーロンさまの子どもとは、思えないよ。耳だって、エルフの耳じゃないしね。でも黒ずくめの女が一緒に連れて来たんだから、その可能性は高いかも知れないな…"


"もしかすると、スラムの遊民じゃねぇか…?"


給仕たちの陰口は、貴族特有の差別意識に塗れていた。

自分たちは、爵位を持たない平民なのに…。


そして廊下で囁かれる悪意に満ちた陰口は、メルの耳にも(しっか)りと聞こえている筈だった。






この季節はバリバリ元気な筈なのに、居座った低気圧にやられています。

喘息で辛い。

呼吸困難なのに、コロナのせいでマスクをつけないとスーパーにも行けない。

マジでコロナが憎い。


感想の返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。

返事が来ないからって、感想を削除しないで…。

とっても悲しくなるから。


料理店のシーンを先に終わらせてしまいたいのです。


ちと待っててねぇー。(*´▽`*)

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― 新着の感想 ―
[一言] コロナ禍で私も喘息が悪化しています。 おまけに慢性アレルギー性鼻炎ときたもんだ。 マスクしたくないよー (இ௰இ`。) コロナ前より片頭痛発作も増加…。 「病ん病 まん防 感染予防」 お…
[気になる点] この世界のエルフは目から怪光線だすのか [一言] ガサツなのは淑女ロールじゃなくて森の魔女さまロールをしているからだと思う
[一言] あー、余談ですが、感想消すのは私はかなり覚えがあります。(この物語の感想ではないけど別件で) 感想返しなくて、ガッカリして消すこともありますが、なにより、あとから見返すと、感想ってなんか偉そ…
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