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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第一部
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おもてなしに燃える幼児



「あさ。あさ、あさぁーっ!」


誰も聞いていないのに、朝からしつこい。



雪が降り止んだ快晴の日…。

寒空の下へ飛びだした幼女が一人、近隣住民たちの朝寝坊を(たしな)めるべく、喉も嗄れよと声を張り上げる。


「あっさー。アサきたぞぃ!おきれぇー。ネボスケども…」


言葉を覚えるに従い、純粋無垢な幼女からかけ離れた口調を身につけていくメルだった。

手に持った頑丈な厚底鍋をガンガンと棒で叩くしつこさが、尚更に憎たらしい。


メルはメジエール村の中央広場で問題視される、騒音発生児童であった。

もっとも文句を言っているのは、酒好きのオヤジたちだけだ。


主婦たちの評価は、(おおむ)ねメルちゃんサイコーである。


「うっせーぞ、ゴラァー!こちとら、午前様でぃ。もうちっと寝かせろやぃ!」


貸し馬屋の主人が、木の雨戸を引き開けて二階から怒鳴る。


「おきんか、オヤジ…!おてんとさまに、もうしわけございませんヨ。おーい。おきないと、店先でガンガンならすどぉー」

「うるせぇー。起きるから、ガンガンするのは止めろ!」


処置なしである。


ここに宿屋のダヴィ坊やが加わると、もう無敵だ。


頼んでもいないモーニングコールの波状攻撃は、いつやむとも知れず繰り返される。

騒ぎ立てる児童は二人に増え、音を立てる楽器も鍋とラッパに強化される。

ブーブーッ、ガンガン、寝られたモノではない。


幼児ーズは暇なので、お菓子を食べながら中央広場をぐるぐると回って歩く。

ブーブーッ、ガンガン…。


村長のお墨付きである。

ネボスケは起こしてやりなさいと…。


(ちくしょー。頭にガンガン響く…。うるさくて、寝ていられねぇ―。ぶっ殺してやりてェー!)


怨むなら、ファブリス村長だった。

実際に二日酔いの酔っぱらいオヤジたちは、殺してやりたいほどファブリス村長を憎んだ。

そして、スッキリと目が覚めた後には、怒っていたことさえ忘れてしまうのだ。


まったく酔っぱらいは、どうしようもなかった。



ところで…。

メルのモーニングコールで削られた睡眠量に反比例して、オヤジたちの酒量は減っていった。

早朝に叩き起こされるので、夜になると眠たくて酒を飲んでいられないのだ。


その分、酔っぱらいのクズたちは更生の道を歩み始め、ちゃんと自分の家庭を顧みるようになった。

最近では、己の健康にまで気を遣っている。


近所の主婦たちは感謝の気持ちとして、メルとダヴィ坊やに長靴を贈った。

雪でも大丈夫な防水のきいた、滑り止め付きの長靴デアル。


まあ…。

『容赦なくやってくれ!』との、意思表示であろう。


『酔いどれ亭』のフレッドとアビーは酒場を経営しているが、酒類の販売に積極性を示さない。

だからメルとダヴィ坊やの早朝活動に、欠片も苦言を呈さなかった。

むしろ保温性の高い外套や、頑丈な厚底鍋とバチを用意して中央広場に送りだす始末だ。


メジエール村の酒場夫婦は店で客に酒を控えさせるより、メルに早朝活動をさせた方が、『面倒が少ない!』と計算したのだ。

狡い大人の知恵である。



メルとダヴィ坊やは、中央広場を三回ほど回ったところでティータイムにした。

雪を退けた長椅子にカップと魔法瓶を置き、軽く焼き菓子で活動エネルギーを補充する。


「メルねぇー。これ、ホットミルク…?甘くて美味しい」

「ちゃい…」

「ちゃい…?」

「ちゃい…」


「チャイかぁー」


言わばインドのミルクティーである。

甘みとハーブの香りが強い、味わい深い飲み物だ。


訊ねるだけ無駄であるが、メルとダヴィ坊やにとっては普通の会話だった。

無駄とは言っても、メルでなければ作れないというだけで、名前さえ覚えていれば欲しいときに作って貰える。

そう考えるなら、充分に意義のある会話だった。


「さてと…」

「うん!」


お茶で身体が温まったなら、早朝活動の再開である。

大声を出して嗄れた喉も、復活した。


「あさ。あさ、あさぁーっ!」

「朝だぞぉー!」


ブーブーッ、ガンガン…。


「テメェら、うるせぇんだよ~!」


なんと…。

まだ、寝ているやつがいた。




今日のメルは、いつもと同じに見えるけれど、朝から気合いが入っていた。


『森の魔女さまが来るよぉー♪』


昨晩アビーに、森の魔女さまが遊びに来ると、教えてもらったからだ。

魔法鍋の感謝は何度もしていたけれど、まだまだ足りなかった。

あのお鍋は、既にメルの宝物となっていた。


「カレーうどん。つくりゅ…!」


寒い中を恵みの森からやって来る魔女さまに、おもてなしの心。

婆さまでも柔らかくて食べやすい、温かなうどん。


と言うか、メルが自分で食べたかった。


そんな訳で、メルはカレーうどんを作ることに決めていた。


付け合わせはアビーの酸っぱすぎるピクルスに温野菜とツナを混ぜ、マヨネーズで和えたモノだ。

軽くブラックペッパーを振ると、これが案外イケるのだ。


なんにせよ、幼児はカレーが大好きだった。


(雪が積もった道を来るのだから、到着したら先ずは温かなお茶だよね…♪)


『酔いどれ亭』に着いたら、ほうじ茶で一服して貰いたい。

お茶うけは、白玉のお汁粉だ。


ジュルル~。


メルの口からツツーッと、ヨダレが垂れた。

王子さまには見せられない、ハシタナイ顔だった。


まったく、だらしのない口である。

バカっぽく見えるので、ヨダレを垂らす癖は治しましょう。

タブレットPCのバッドステータス欄に追加された『オネショ』も、心配だよ。


メルには、心配事が山盛りだった。


だが…。

如何なる悩み事も、幼児パワーを全開にすればスコーンと忘れることができる。

何となれば、オネショで人は死んだりしない…!

CTスキャンやMRIは、必要なかった。


健康バンザーイ。


詰まるところは、其処だ。

美味しい物への執着だって、健康があってこそのものなのだ。


「わらし、ガンバゆ…!」


メルは大鍋に湯を沸かして、鰹節のダシを取り始めた。

先ずはカレーうどんのベースとなる麺ツユを作る。


しっかりとダシが取れたら、三温糖で甘みを調整する。

プロのお蕎麦屋さんではないから、みりんを使ったり寝かせたりしない。

カレーうどんの和風っぽさを演出するのが、麺ツユの役割だ。


メルのカレーうどんには、片栗粉を使わない。

バシバシとツユが撥ねるカレーうどんだ。

食べるときには、前掛け(エプロン)が必須である。


「ショーユ、うすめ…」


カレールーを入れるので塩味が過剰にならないよう、醤油は控えめに…。

料理スキルが仕事をしてくれるので、ここら辺は軽く味見をするだけで問題なかった。

追加すべき調味料の量が、感覚で分かる。


つぎに…。

食事中のトンキーを確認してから、素早く豚バラ肉を鍋に投入する。

トンキーは豚肉を見ると情緒不安定になるので、豚肉好きのメルとしては難しいところだった。


豚肉を食べるたびに罪悪感を覚えるのは、面白くなかった。

トンキーが自分をブタだと思わなければ良いのに…。


(それって、僕の我儘だよなぁー。自分のことなのに、許せない気持ちになるよ…!)


分かってはいても、ついつい都合の良い事を願ってしまう。

トンキーを自分に置き換えて想像してみれば、滅茶クチャだった。


だが、そんな時には幼児パワー全開だ。

鬱々とした悩み事は、スコーンとキレイに忘れられる。

そのうち大切なコトまで忘れてしまいそうで、少し怖かった。


(取り敢えずは、トンキーを刺激しないように気をつけるしかないね…)


豚肉を食べないという選択肢はない。

ブタは可愛いけれど、困ったことに美味しいのだ。


(ごめんよ、トンキー。僕はキミの仲間を食べ続ける。だって、オイシイんだもん!)


豚バラのアクを掬い取ったら、カレールーを丁寧に溶かす。

とろみと味を確認しながら、ツユを調整していく。


美味しそうなカレーの匂いが、周囲に漂いだした。

フレッドとアビーの邪魔をしないように野外での調理だから、完成したら重たい鍋を妖精パワーで運ばないといけない。


野外に放置したら、鍋の中身が凍りついてしまう危険があった。

かと言って加熱し続ければ、ツユが変質してしまう。


(玉ねぎのくし切りは、最後に加えればいい。刻み白ネギは、お好みで…)


メルは鍋を抱えて厨房へと向かった。


フレッドやアビーに鍋を運んでもらうという手段もあったが、できる限り自分でしたかった。


「シラタマは、チューボーでつくゆ…」


白玉粉を水とコネコネする作業は、裏庭でやりたくなかった。

井戸水が冷たいし、屋外は寒すぎるのだ。


「ババさま、よぉーこぶかのぉ?」


こうしてメルの『おもてなし』は、着々と準備が進められていった。






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【エルフさんの魔法料理店】

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