精霊祭がやって来る
メジエール村に、樹々の色づく季節が訪れようとしていた。
初夏に麦が刈り取られた耕作地は、豆類の葉で覆い尽くされて緑一色だ。
豆の収穫は、もう少し秋が深まってからになる。
村人たちは精霊祭を間近に控えて、いつにない盛り上がりを見せていた。
俄かに人通りの増えた中央広場では、『酔いどれ亭』を訪れる客が後を絶たなかった。
メルの知らない小母さんたちが次々と現れ、フレッドとアビーに挨拶をしてから去っていく。
「ああっ。メルの知らん小母ちゃんたちか…。精霊祭実行委員会の方たちだよ!」
「フムッ…」
「店のまえに、精霊の樹が生えたからな…。村の中央広場は、精霊祭で重要な聖地になったのさ。それに加えて、今年から精霊祭の妖精女王は、メルが務める事になっている…。その打合せだ」
「ナンですとォー!」
メルは食堂のテーブルをバンバン叩いて、拒絶の意を表明した。
眉間には、ビシッと深い縦ジワを寄せていた。
「ケホッ!」
憤ってノドが嗄れた。
カップのミルクをグイッと飲み干す。
「やめなよ、メルちゃん。みっともないぞっ。どんなに嫌がっても、連れて行かれちゃうんだからさぁー。ニコニコしていた方が、ずっと可愛いよ」
「……ッ!」
アビーの言う通りだった。
どう足掻いたところで、あの意志が強そうな小母さんたちから逃れる術はあるまい。
と言うか、メジエール村を上げての精霊祭なのだ。
ここでメルが嫌がれば、『ナニあの子?』と思われかねない。
村人たちから後ろ指をさされるような事態は、居候の身として避けるべきところである。
安穏な暮らしの対価と考えるなら、神輿の飾りとなるくらいは我慢せねばなるまい。
メジエール村には、助けてもらった恩があるし。
耳が変でも、虐められてないし。
年に一度の催しだし。
「わぁーた。わらし、グッとコラえゆ!」
メルは覚悟を決めた。
注目されるのは恥ずかしいけれど、頑張るよ。
「おぉーっ。えらい、えらい…!」
フレッドが笑いながらメルの頭に手を置いて、グリグリと揺すった。
ちょっとムカついた。
なんなら、フレッドの手に噛みついてやりたい気分だった。
オネショ暴露事件から、メルのフレッドに対する沸点は低い。
精霊祭でメルが務める役目は簡単だった。
精霊の樹から枝を授かって村の各地を練り歩き、恵みの森に聳える精霊の塔に枝を捧げる。
それから一年の感謝を精霊に伝え、新しい年の繁栄をお願いすれば終了。
村の各地を練り歩くのは、お祭りの参加希望者と巫女さまたちである。
メルは用意された牛車に乗っているだけだ。
牛車と言うか、二頭の牛が牽く立派な山車である。
おとなしく我慢して座っていれば、妖精女王の務めが果たされる。
ただ座っているだけだ。
覚えなければいけない祈りの文句などもない。
当初、説明を受けたメルは、これなら楽勝かも知れないと考えた。
だが…。
精霊さまの礼拝堂で、精霊祭実行委員会の小母さんたちによる着付けが始まると、忽ちメルの表情は曇っていった。
問題は、妖精女王の装いにあった。
想像を超える重装備なのだ。
ふんどしのような下帯から始まり、色鮮やかなチュニックを身に纏い、何度も美しい刺繍の施された衣装を重ね着して、シャラシャラと金属が鳴る飾り紐で留めていく。
衣装が、ずっしりと重たい。
ブレスレットやアンクレットも重たい。
髪飾りも重たい。
(こっ、これは、装飾品が重いんだ。金属と玉が飾りに使われているのだから、鎧を着せられたのと変わらないヨ…!)
メルは着付けが終わると、動けなくなっていた。
まっすぐ歩くのと座るのが精一杯で、屈んだり振り向いたりは難しい。
背筋は自由に曲げられず、髪飾りが気になって頭を振ることも出来ない。
「ムキィーッ。わらし、ウゴかれへん!」
新手の児童虐待デアル。
「ホンニ、美しいかぁー。愛らしい、妖精女王さまじゃ。嬉しやのォー」
「こんなら精霊さまも、さぞかしお喜びになろぉ…」
「ほれ、妖精たちもはしゃぎよる」
巫女役の老婆たちが、着飾ったメルを褒めそやした。
確かに妖精女王の装いは美しい。
夏の空を思わせる深い青に黒い縁取り、金の刺繍がキラキラと輝いて夜空の星のようだ。
(女の人が着飾るのって、辛いんだね…。僕が舐めてたよ!)
何本もの布帯で身体をきつく締められ、メルは逆らう気力を失っていた。
この格好で三日間、牛車に揺られなければいけないらしい。
既にメルの目は、死んだ魚のようになっていた。








