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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
365/370

父親の役目



ピンポーン。ピンポーン!


小さな豚を連れたミケ王子が、精霊樹の家に設置されたインターフォンのボタンを押した。


『だれじゃ!?』


インターフォンから、メルの不愉快そうな声がした。


「あー。メル、ボクだよ。ミケ」


ミケ王子はインターフォンのボタンを押して答えた。


『入れ』


精霊樹の家には幾つかの扉があった。

ミケ王子が開けたのは、動物専用(アニマルオンリー)の出入口である。

扉に猫の足型が刻印されていたし、横壁には動物専用(アニマルオンリー)の注意書きも見て取れた。


メルが精霊樹の家で引き籠るようになってから、施錠(ロック)されていない扉と言えば、そこだけだった。

辛うじてケット・シーたちが使える小さな扉だから、人だと頭が(つか)えてしまい通れない。

ミケ王子も、猫のように四本足で歩かないと通れなかった。


「おじゃましまーす」

「なんやミーケ。お土産かい?仔豚の丸焼きでもするんか……?生きたままでは、幾らなんでも調理でけへんぞ!」


メルはミケ王子が連れている小さな豚を見て、小首を傾げた。


「ピギー。プギーッ!」

「酷いよメル。なんてことを言うのさ。これはトンキーだよ。忘れちゃったの……?」

「はぁ?トンキーは大きくなってしまったので、エルフの里におるデショ!」

「トンキーは、戦場でメルの役に立ちたいから大きくなったんだ。ユグドラシル王国はトンキーの活躍を讃えて、小さくなれる魔法を授与したんだよ。トンキーが褒美として、それを望んだから……」

「プププッ、プギー!」

「まじ……?」


ミケ王子に(なじ)られたメルは、もう一度じっくりとトンキーの顔を見た。

そのつぶらな瞳は、確かに記憶にあるトンキーと同じだった。


「わぁ、トンキーやん」

「ぷぷー、ぷー!」


メルとトンキーはガッツリと抱き合い、互いの頬を(こす)り合わせた。


「トンキーはメルの力になりたくて頑張ったのに、丸焼きですか……?」

「はーっ。わらしが悪かった。ゴメンなトンキー」

「プッ、プッ、プギー」


トンキーがメルの顔をペロペロと舐めた。


「幼児ーズの皆だって、メルが居ない間に色々と頑張ってたんだ。ただ待っているだけじゃ申し訳ないって、妖精女王陛下を支えるなら、仕事ができなくちゃダメだって」

「やめてー。耳が痛いわ」

「そうやって話を聞こうとしないのは、卑怯だと思うよ」

「わらしも、失敗したと思ってマス」

「だったら、ちゃんとしようよ」

「その、ちゃんとが分からんモン!!」


メルは成長した仲間たちと、どう向き合うべきか分からなかった。


「草むらに隠れて、泥団子をぶつけるのは有りかのー?」

「ダメに決まってるジャン!!メルはバカなの……?」

「だって、話題が思いつかんモン」

「そんなもん。おはようで、いいでしょ?」

「あとが続かんわ」


ミケ王子が呆れ顔になった。


「話題、話題、話題ですか。そうだ。稲作の話をするのは、どうでしょう?お米ですよ」


白狐が横合いから口を挟んだ。


「なんか唐突すぎて、話を切り出せない気がするわ」

「うーん。引き籠るとか宣言してしまったのが、精神的な足枷になっているとか……?」

「それな……。すごく気まずいんや。ほら。わらし、緊張すると黙ってしまうやんか。上手いこと言葉が出ぇーへん」

「うわぁー。イケイケで強気なときとの落差が、半端ないですね」


白狐は腕を組んで考え込んだ。


「内気な陛下も、かわゆらしいですね」

「アヒルは、メルの太鼓持ち。話がややこしくなるから、もう黙って……。この会議は、メルを甘やかすためのものじゃありません。メルに、ちゃんとしてもらうための会議です」


ミケ王子に睨まれた水先案内役のアヒルは、クチバシの先っぽを閉じた。


「はぁー。ミーケは『ちゃんと、ちゃんと!』と、うっさいわー。わらし、メキョメキョに(へこ)んどりマス。これ以上、ボコらんといて」

「何を言ってるんだか……。森川家のご両親も心配してたよ。『イツキはいじけると手が付けられない!』って……」

「その台詞は、お父はんやな。相も変わらず、ザクザクと心を(えぐ)る言い草や。もうちっと、言葉のチョイスに思いやりが欲しいわー」

「ぶつくさと文句を言っていないで、森川家に行けば。メルの元気な姿を見たら、ご両親も安心すると思う」

「そうやねー。ちょっくら挨拶しに行くか」

「えっ。行くの?」

「ミーケが行けと言うたデショ?」


病弱だった樹生と違って、メルに引き籠りは難しかった。

元気すぎて、外に出ないと有り余るパワーを発散できないからだ。


「じゃけん、森川家の場所がよぉー分からん」

「ボクが案内するよ」

「ぷー、ぷー!」


メルとアニマルズは森川家を目指して、炎天下の農道を歩きだした。


夏のこの時間、メジエール村では昼休憩(シェスタ)を取る。

引き籠りを宣言したメルが、外出しても誰かに見つからない時間なのだ。


ライトニングベアを使いたいところだけれど、身体が小さすぎて運転できない。

だから、幾ら暑かろうと歩いて行くしかなかった。


ミンミンミンミーン。

ミーンミンミンミンミーン。


「アカン。脳が煮えるわ……」


セミ時雨が、やばいほど喧しかった。




「メルちゃん。いや、ここは敢えて樹生と話したい。そう心得て、耳を貸して欲しい」

「はい……」


森川家に到着し、板の間に座って父親の徹と向き合ったメルは、行儀よく(かしこ)まった。

和風な家だけれど、森川家の新居には畳がなかった。

板の間に座布団である。


「ここは良い村だ。皆、親切にしてくれる。感謝に堪えんよ」

「あっちへは帰らん?」

「おまえではないが、気まずいからな」

「ブライアンを始末したから、お父はんの冤罪は証明できマス」

「私が罪を犯していないと証明されたなら、今度は職場の連中が気まずい。どうしたって、元の関係には戻れないよ。もう壊れてしまったのだ」

「そう言われたら、そうやね」


メルは母親の由紀恵が淹れてくれた茶をズズッと啜った。


ひんやりとした冷茶だ。

火照った身体に心地よい。


「幸いなことに、おまえのケースは私と違う。善悪の問題ではないし、社会性もない。ちょっとした行き違いにすぎん。気まずいだろうが、お友だちとの関係修復は容易(たやす)かろう」

「うむっ……。それが、何故か難しいのデス」

「地に足がついていないから、おまえの姿勢も定まらんのだ。それで難しく感じるのさ」

「地に足って、なんやそれ?」

「おまえは料理店を経営していると、メールに書いていたよな。どうして店を開けない?」

「それはー。引き籠っとるから」

「おまえの仕事とは、都合が悪いと放り出してしまうようなものなのか……?遊び半分でも構わないのか……?」

「…………ッ!?」


さすがは真面目な男。

父親の徹は、嫌な角度からメルを突いた。


「お友だちから聞いたが、おまえは『戦争を終わらせないと料理に集中できん!』と言ったそうだな。皆が満腹でなければ、罪悪感なしに美味しいものを楽しめんと」

「はい。言ったような覚えがありマス」

「幼児とは思えん、立派な心構えだ。で、戦争は終わったんだよな?」

「はい」

「よぉーく考えてみなさい。村人の中には、おまえの料理を楽しみに待っている人たちも居るんじゃないか……?お友だちが知らない内に成長していたことを恨み、拗ねて店を開けないのは、果たして正当な行為だろうか……?二、三日ならまだ分からんでもないが、もう戻ってから十日になるぞ。昔からの常連客は、おまえを心配しているんじゃないかね」

「………………」


メルは徹の追及に返答できず、とても気まずかった。

自分の発言を巧妙に利用されてしまい、一言も言い返せない。


「筋の通らん真似をしていたら、思考も乱れる。そんな状態では、お友だちを納得させられるような会話などできやしない。それ以前に、おまえ自身を納得させられんだろう。おまえが、お友だちに伝えるべきなのは、先ず何より感謝の気持ちじゃないかね?あの子たちは、何年も待っていてくれたのだろう?」


幼児ーズの仲間たちに置いて行かれたような気がしたのは、メルの被害妄想である。

現実が想像と違っていても、努力すれば受け入れる方法は見つかるだろう。

それを探しもせずに拒絶したのは、間違いだった。


「ウヘーッ。お説ごもっとも」


威張りん坊のメルが、自然と頭を下げた。

前世の父は偉大だった。




◇◇◇◇




メルは精霊樹の家に戻ってコック服に着替えると、エルフさんの魔法料理店を開けた。

手慣れた開店作業に取り掛かれば、メルにも細々としたことが見えてきた。


看板や受付カウンターが、ピカピカなのだ。

厨房(キッチン)も綺麗に保たれていた。


「まぁまか、マルーが、ずっと掃除をしてくれたんかのー」


二人にも、アリガトウを言わねばなるまい。

いや、『ありがとう』と伝えたかった。


「ようメル。久しぶりだな」

「うおっ。おとん!?」


開業の準備をするメルに、帝都に居るはずのフレッドが話しかけてきた。


「諸悪の根源は、きっちりと退治したんか?」

「うん」

「よく頑張ったな。村に帰ってきたら、こんなになっていて(さぞ)かし驚いたことだろう。ディートヘルムも、驚くほど背が伸びたからな。全く、メルにしてみれば踏んだり蹴ったりだ」


フレッドは推定年齢4才児に戻ってしまったメルの頭をグリグリと撫でた。

コック帽が潰れて、クチャクチャになった。

懐かしいガサツさである。


懐かしすぎて、鼻の奥がツンとなった。


「おとんは、帝都で仕事があるんとちゃうか?」

「ギルドマスターの仕事は、ヨルグとクルトに押し付けた。まあ、あの師弟コンビが何とかするさ。ようやっと愛する娘が帰って来たんだ、帝都なんかに居られるかヨ!」


『転送ゲートは便利すぎていかん!』と、フレッドが(うそぶ)いた。

娘が気になって、ちょっと様子を見に来ただけだと、言いたいのだろう。

決してズル休みではないと……。


どう取り繕おうと、それは職場放棄で間違いなかった。


メルも又、妖精女王の役目を放り投げ、フェアリー城から抜け出した口である。


「そっかー。お帰り、おとん」

「おまえもな。お帰り」


メルとフレッドが、ニカリと笑った。


「で、開業するんか?」

「そう。今日から、店、やりマス」

「最初の客になっても良いか?」

「おとんが口開けかい」

「娘の手料理が食いたいんだ。なにか拵えてくれよ」

「勿論じゃ。したっけ、わらし善きこと思いついたわ」


メルが閃いた顔になった。


「ほぉー。新しい料理でも作るのか?」

「いやいや。オードブルじゃ。料理とは言えんほど、シンプルな皿をお出ししマス」

「おいおい……。父親が客だからって、手を抜くなよ」

「実はなー。悪党の隠れ家から、宝を強奪してきたんや」

「タカラ?」

「高級珍味や。食うたら驚くでー」

「おう。そいつは楽しみだ」


メルは枝肉から良さげな部位を切り取り、丁寧にトリミングをした。

トリミングが済んだ可食部を薄くスライスすると、スーパーで見慣れた生ハムの登場だ。


だけど、こいつはスーパーで売られている生ハムじゃない。

ブライアンの食材保管庫から頂いてきた、超がつく高級品である。


「カビの生えた汚らしい肉塊から、うめー生ハムが取れる。これは感動やね」


香草とクリームチーズを熟成生ハムで巻き、オリーブオイルを垂らす。

カリッと焼いたバゲットを添え、一皿目が完成した。


オープンテラスのテーブルに、二十年は熟成された高級ウイスキーをボトルごと置いた。


「メルちゃん。あたしも良いかしら?」

「ほんなん。駄目とか言わんデショ」

「フフフッ……。礼儀よ。単なる礼儀」


アビーがフレッドの隣に座った。

二人で乾杯だ。


「なんだ、この酒!」

「香りが凄い」

「おい。この塩豚。絶品だぞ」

「ほんと……。こんな塩豚があるのね。ビックリだわ」


オードブルを摘まみながら、ショットグラスでウイスキーを楽しむ二人は、とても幸せそうだった。


ディートヘルムとマルグリットは、まだ手習い所から戻っていなかった。

途中の雑木林で、遊んでいるのかも知れない。


メルは二人にも美味しいものを用意しようと、オヤツのレシピを思い浮かべた。

頭で別の事を考えつつも、身体は手際よくペペロンチーネを拵えていく。

出来上がったペペロンチーネに、おろし器で粉末にしたカラスミを振りかける。

更に薄くスライスしたカラスミで見栄えよく飾り付ければ、カラスミパスタの完成だ。


「ああ、うまいな」

「本当に美味しいわね」

「なあメル。ちょっと()めるから、そこに座れや」

「んっ?」


フレッドに呼ばれたメルはフライパンの手入れを止めて、フレッドの正面に座った。


「オレの人生は、半分がところ敗北者の人生だった。腐った世の中や、無能な自分に対する失望の連続だ。メジエール村に辿り着いたのも、逃亡の果てさ。料理は、そんなオレにとって慰めだった。美味いもんを食えば、惨めな気分が少しばかり癒される。明日への活力も生まれるってもんだ」

「そうよね。あなたの料理には、あたしも随分と励まされたわ」

「だけど、コイツは別格だぜ。メル。まさしく勝利の味だ」


フレッドが真剣な表情でメルに告げた。


「まあ、悪党からせしめた戦利品やけー。勝利の味で間違っとらんモン」


真正面から褒められたメルは、照れ臭くなって(うつむ)いた。


「帝都ウルリッヒに棲みついたダニを一掃し、ミッティア魔法王国を退(しりぞ)けても、心のうちに巣食うモヤモヤは消えなかったが、今やっと負け犬ではなくなった気がする。オレたちは、とうとう勝ったんだな」

「そうよフレッド。あたしたちのメルちゃんに感謝なさい」

「ありがとな、メル!」

「…………」


メルはフレッドの言葉に呆然とし、不意に零れ落ちた涙をコック服の袖で(ぬぐ)った。






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【エルフさんの魔法料理店】

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>290 腹に据えかねて >ちゃっかり酔いどれ亭の子供部屋に棲みついたボッチ人魚は、可愛らしい弟が居る幸せを嚙みし >めた。小さな弟と同じベッドで眠れる、至福の日々。 >もう海底には戻りたくない。 >…
キチンと道を示し、褒めてくれる存在はありがたいですね 最近涙腺弱いなあ…
Wお父さん立派やね…
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