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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
355/372

怯えるブライアン



悪天狗は侵入者を撃退し、己の社へと舞い戻った。

そこには、怪異を前にしても動じることのない幼女と娘が立っていた。

その二人と寄り添うように、巨大で禍々しい黒犬が一頭。


『この犬は面倒だ』


一見する限り、巨大な黒犬は、混沌、祟り、呪いなどの、禍々しい怨念と闇から生まれた邪悪な妖怪に思えた。

そうなると悪天狗とは非常に近しいもの同士の争いとなり、互いに決定打を持たない。

もし闘わば、互いに少しずつ身を削る長期戦になりそうだった。


それと比べるなら、幼子の方は随分と御しやすそうだ。

おそらく黒犬は、幼子の配下であろう。


『主人が倒されたなら、配下も諦めざるを得まい』


悪天狗は、先にメルを叩こうと考えた。

それでも幼子を(しいた)げるのは心が痛むので、『帰れ!』と命じて従うようなら、見逃すつもりはあった。


問題は言葉が通じるかどうかだ。

幼子の一行は、悪天狗が理解できない言語で会話をしていた。

説得が失敗に終わる可能性は、否定できない。

だが、それを気にしても仕方がなかった。

このさい説得を試みたという事実が、大事なのだ。


「やい、小さき娘よ。悪いことは言わん。このまま引き上げるがよい」

「いやでちゅ!(日本語)」

「やはり言葉が通じぬか……。ん?」

「天狗どんは、ちゅっかり闇に(ちょ)まってちまいまちたね。もはや人に仇なちゅ祟り神の類。討伐対象(たいちょー)でちゅ!」

「…………幼児語。なんと言葉が通じるか。よしよし、幼子よ。それなら、わしの話をよぉーく聞くのだ。(ふもと)の地蔵に捧げた供物を回収し、速やかに立ち去れ。さすれば、オマエを罪には問わん。帰れ帰れ!」



メルは、巨体を揺らし、地団太を踏む悪天狗に顔を顰めた。

悪天狗の放つ体臭に、鼻を押さえて涙目になる。


「むぅ……。おまー、(くそ)うて敵わんわ!(異世界言語)」


チュイン!


生理的嫌悪感に駆られたメルが、パワー全開でマナ粒子砲を発射した。


「ウォッ!」


悪天狗は聖属性を帯びた霊素の集束光(ビーム)にかすめられ、羽団扇と右の翼を吹き飛ばされた。

当たりどころが悪ければ、致命傷を負わされたであろう攻撃だった。


「オロロロ……??」


一方メルは、出力過多で発射されたマナ粒子砲の影響により、危険な状態に陥っていた。


〈大変です。冷却水の温度上昇が、レッドラインを越えました〉

〈バルブを開いて、高温になった冷却水を廃棄せよ!それと同時に、新たな冷却水を注入するのだ。急げ!〉

了解(ラジャー)!!〉


妖精母艦メルの艦橋では、融解するほど加熱したエンジンを冷やすため、妖精たちが冷却水の入れ替えを始めた。

メルの目から鼻から、大量の湯気と共に熱い冷却水が溢れだす。


「あ、あ、ああーっ。アカン。わらし、漏らしてしもた」


大惨事である。


「よっ、よくも、メルちゃんを!」

「おい待て……。ワシは、何もしとらんぞ。よく見ろ。むしろ、被害者だろ!」

「問答無用!」


ラヴィニア姫も又、悪天狗の眩暈がするような体臭に辟易としていた。

浮浪者など比較にならぬほど臭いのだから、それはもう仕方のないことだった。

そこにきてメルが倒れたので、普段の温厚な性格からは想像もつかぬほど簡単にブチ切れた。


若い娘(三百才だけど)は、不潔なオッサンに容赦などしないのだ。


「ワレ、神々に願い(たてまつ)る。ワレは異界より来たりし樹人なり。この穢れに満ちた忌み地を浄化せんと欲するものなり。力に覚えある神はワレを傀儡となし、闇落ちした土地神を調伏したまえ!」


ラヴィニア姫のブレスレットが眩い光を放ち、一柱の神が降臨した。


「な、なんと……。魔女っ子の変身かよ!?」

「あれは神降ろしですね。ラヴィニアさんが、武神を呼んだようです」

「変身とか、アニメや特撮だけだと思ってたぜ」

「ビックリです」


岩陰に隠れて様子を窺っていた江藤と白狐が、目を丸くしてラヴィニア姫を見つめた。


「ユグドラシル王国の魔装具職人(妖精)が拵えた、最新の装備です」


水先案内役のアヒルが、得意そうに説明した。


「さあ、覚悟しなさい」


ラヴィニア姫はグンと背丈が伸び、眼光鋭く凛々しい女武者となった。


「ラビーはん。カッケー(異世界言語)」


メルは手足をピクピクさせながら、ラヴィニア姫を誉めそやした。


憑依魔法の触媒とか、やっぱりユグドラシル王国魔法装備開発局が手掛けるアイテムは、安全性に疑問が残るものばかり。

だけどラヴィニア姫は、凛として格好よい。

それがメルの感想だった。


洋装とも和装とも取れる着衣は黒く、赤いムカデが染め抜いてあった。

腰にはベルトの代わりに太い注連縄(しめなわ)を巻きつけ、胴の中央でしっかりと結んでいる。

胸甲には、『天』の金文字が鮮やかに光る。


「むっ、百足……」


悪天狗が、漆黒の顔を醜く歪めた。


「あああっ……。百足を使いとする神と言えば……」


衣装からはみでた両脚にも、ムカデの模様が絡みついている。

足元は地下足袋とも半長靴とも判別の付かない具足で、ガッチリと固められていた。


「小娘、毘沙門天を降ろしたか……!?」

「ヌン!」


ラヴィニア姫は腰の刀を抜き放ち、悪天狗を逆袈裟に斬り上げた。


「ウギャァァァァァァーッ!!」


一太刀である。

青白い浄化の焔が、悪天狗を焼いた。

界渡りをして弱体化したメルより、遥かに強い浄化の力だった。


「調伏完了!」


ラヴィニア姫が刀を鞘に納めると、その姿も一瞬にして元に戻った。

神を身に宿した後遺症は、なさそうである。


メルは安心して胸を撫で下ろした。

そして震える手でポーチからゼリー飲料のパウチを取り出し、口に咥えてチューチューと吸った。

精霊樹の実が入ったゼリー飲料は、ユグドラシルなら三分チャージだが、こちらの世界だとそうも行かない。

マナの薄い世界では、回復に時間が掛かるのだ。


「放せ、畜生め。ワシをなぶりものにするつもりか!?」


悪天狗が消えた後には、白くてモフモフした小動物が残された。

逃げようとする白い小動物は、子犬となったハンテンに取り押さえられていた。


「お久しぶりです祖神(おやがみ)さま」

「オマエは誰だ。オマエなど知らん」

「エェーッ。ひどい。私を忘れてしまうなんて……」


白狐は悲しそうに声を震わせた。


「これなに?」

「悪天狗だろ……」

「そうでなくて、なに?」


メルは不思議そうに白い小動物を指差し、江藤の答えを退けた。


祖神(おやがみ)さまは浄化されて、もとの姿を取り戻したのです」

「だから、なに?これは何かと聞いているのでちゅ!」

「あぁーっ。すみません。これはですね。蜘蛛猿と申します」


白狐がメルの疑問に答えた。


「クモジャル言うのは、アマジョンに(ちゅ)んでる手足がながーいお(チャル)でち」

「そのクモザルではなくて、蜘蛛猿です。猿の頭部と蜘蛛の身体を持つ、神聖な存在です。ほら、手足が八本あるでしょ」

「八本あるね。お(チャル)の頭もある。僕、こういうの妖怪図鑑(ようかいじゅかん)で見たよ。コレ、本当に神ちゃまなの?」

「まあ、祖神(おやがみ)さまはローカルですから。世間には、知られていないかも……。でも妖怪じゃありませんよ。ほらほら、どことなく神聖でしょ?」


蜘蛛猿は矮小なれど、霊妙な雰囲気を纏っていた。


「おい、天狗のもと。いや、もと天狗……?ヘイ!僕と異世界(いちぇかい)で、稲作(いなちゃく)ちまちぇんか?」

「幼子の言う異世界とは、黄泉の国ではないのか……。ウムッ、イザナミが田植えをするとは思えんからな。心が揺れるような、よき話である。ありがたい誘いだが、辞退させてもらおう。ワシは、この地を見守るために生まれた土地神だ。ここを離れるなど、あり得ん話だ。断られて腹が立つなら滅するがよい。勝ったのはオマエらだ」

「うーん。これは駄目っぽい」


メルは蜘蛛猿を説得できないと覚った。


「はんてん、放ちてやりなちゃい。どうやら祖神(おやがみ)ちゃまは、この地で日本文化を守りたいようでち」


日本民族の文化と言えば、間違える余地もなく稲作文化である。

何しろ大祓詞に示されている天つ罪には、『稲作の邪魔をするな』としか書かれていない。

それぐらい米が大事なのだ。


「アヒルはん、霊素はどうなっとる?」

「バッチリです。いつでも転移門を開くことができます」

「オッシャー。したっけ、ブライアンにもメッセージ入れとくか」


メルは三個目のゼリー飲料をチューチューしながら、タブレットPCに指示を打ち込んだ。

ユグドラシル王国国防総省(ペッタンコ)から、すぐに了承の返事が来る。


「メルちゃんは嫌がらせになると、途端に生き生きするよね」

「だってラビーはん。森の婆さまと糞エリクの再会ですよ。ドキドキしません?」

「…………する」


ラヴィニア姫も、メルのタブレットPCで見る昼ドラが大好きだった。

そもそも胸糞スカは、女の子たちに人気なのだ。




◇◇◇◇




ブライアン・J・ロングことエリクは、ソファーの上で膝を抱え、震えていた。

魔法を使えるブライアンは、傭兵部隊の霊能者よりハッキリと怪異を見ることができた。


「テング……。ジャパンの妖怪か?」


ブラボー隊が襲われるシーンもスリム・セント・アーネス指揮官が輸送機から掴みだされるシーンも、克明に見てしまった。

それだけでなく、あのチビガキが眼からビームを放ち、天狗の羽を焼き切ったシーンも目にした。

何より恐ろしかったのは、チビガキの横にいた娘が変身して、天狗を斬り殺したことだ。


その映像はエコー隊の生き残り、エミリアから送信されたものだ。


「化物どもめ……」


だが、まだ焦る時間ではない。

ブライアンはガジガジと爪を噛みながら、心を落ち着けようとした。


そのとき壁に並んでいるモニターが、一斉にメルの姿を映した。


『ねえねえ。見た?見たんでしょ?』

「煩い。だからどうした?どうせオマエたちには、この場所さえ分かるまい。ガハハハハッ……。どう足掻いたって、私には手が届かないんだよ」

『ねえねえ、エリク。安全な場所に隠れて、自分は大丈夫とか思ってる?本当に大丈夫かしら……。うーん。よぉーく考えた方が、いいかも』

「………………」

『わらし、メルちゃん。もうすぐ、アナタのお家にお邪魔するわ』

「この嘘つきが……。できるはずもないことをペラペラと」


ガシャーン!


大理石の調理台に置かれていたグラスが、風もないのに床に落ちて割れた。


「ヒィッ!」


それは妖精たちの、ちょっとした悪戯だった。


ブライアンの隠れ家は、ユグドラシル王国国防総省(ペッタンコ)に知られていた。

何年も前から妖精たちが、ブライアンに気づかれぬようコッソリと見張っているのだ。






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― 新着の感想 ―
高位の神格を降ろせるのは熱いですね。 しかし、エリクは詰んでるし、それを煽るメルが素敵すぎます。 更新楽しみにしています。
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