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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
353/370

誤った選択



「通常弾、通過しません。半径二百フィート(凡そ61メートル)程の見えない障壁が、ターゲットを囲んでいるようです」

「弾かれるというか、バレットが運動エネルギーを失って落下しているようですね」

斥候(スカウト)も壁に阻まれて、ターゲットに接近できないようです」


ブラボー隊のリーヤン隊長は、少し考えた後で決断した。


ミッションに費やせる時間は限られていた。

選択肢など無きに等しい。


「ウムッ。見えない壁かー。よし、分かった。魔法弾の使用を許可する」

「了解……。総員、マガジンを変えろ。魔法グレネード弾の効果を確認し、障壁を無効化できるようなら、突入を開始する」

「「「「「ラジャー!!!!!」」」」」


ブラボー隊が突入態勢を取った。




ドーン。

ドドーン!!


悪霊と狂屍鬼きょうしきの急襲を受けて劣勢に立たされたアルファー隊が、やけくそになって魔法グレネードを乱射し始めた。


「効いてるぞ。撃ちまくれ!」


携帯している弾数に限りはあれど、反撃の手段が残されているなら死ぬまで足掻く。

アルファー隊の隊員たちは、山の主と屍呪之王(しじゅのおう)にグレネードを撃ち込み、HK416に装填された魔法弾を狂屍鬼きょうしきへ向けて連射した。


「俺にも、バケモンが見えるぞ!!」

「くたばれ、モンスターめ!」


周囲に散った魔素は、アルファー隊の面々を(にわ)か霊能者に変えた。

その結果として、霊視能力を得た傭兵たちは、なんとか悪霊と戦えるようになった。


だが一時的に高濃度となった魔素は、電子機器に悪影響を及ぼした。

アルファー隊は攻撃手段と引き換えに、通信手段を失った。




『おい、どうした!?何があったんだ?こちらハーキュリー。アルファー隊、応答せよ。映像が途絶えているぞ!!』


スリム・セント・アーネス指揮官は、次第にノイズが酷くなり、暫くすると画像が送られてこなくなったモニターを叩き、苦虫を嚙み潰したような顔になった。


「ゾンビの襲撃だと……。あり得ん!」


チャーリー隊は悪霊に襲われて壊滅し、ゾンビと化した。


「あの時点でミッションの放棄を決断していれば、ここまで傷を広げることもなかった。だが、ゾンビなど想定外だろ、糞が(シット)!」


そのゾンビが、今先程までアルファー隊に奇襲攻撃を加えていた。

夏場であることも災いし、赤外線感知装置は外気温と同化した遺体の接近を察知できなかった。


後背を突かれる形となったアルファー隊は、体勢を立て直すのに手間取った。

最低最悪の肉弾戦から、少なからぬ犠牲を払って劣勢を覆し、魔法グレネードや魔法弾を使用できるようになり、(ようや)くゾンビを圧倒し始めたかと思ったところで通信が途絶えた。


「畜生めが!!」


たった一人の女児を攫うだけ。

その簡単な任務が、どうして……。


指揮官としては、とっくにミッションの失敗を認め、実働部隊に撤退を命じるべきだ。

聖なる鷲(セイントイーグル)(こうむ)った人的損失は、それほどまでに甚大だった。


だが損切りは決断が難しい。

損害が大きいほど、指揮官は失敗と敗北を認められなくなる。


「たかがガキ一人。ブラボー隊だけでも、ガキの一人くらい攫えるだろ!」


ターゲットを守っているのは成人男性が一人、年若い娘が一人。

たったの二人だ。

しかも武器さえ持たぬ、非戦闘員である。


ブラックレイスだのゾンビだのは、知らない。

知らぬものに、対策など立てられない。

現場で解決して欲しい。


「臨機応変な対応は、傭兵部隊の鉄則だ。そのための精鋭だろ」


アーネス指揮官は現状を認めようとせずに、最悪の選択をした。


『こちらハーキュリー。ブラボー隊、応答せよ』

『こちらブラボー隊、リーヤン隊長です。どうぞ……』

『アルファー隊との通信が途絶えた。連携は不可能。ただちに結界を破壊し、突入せよ。どうぞ』

『了解。ただちに結界を破壊し、突入します。オーバー』


斯くして聖なる鷲(セイントイーグル)の精鋭部隊は、全滅への道を進みだした。




◇◇◇◇




「ぬおーっ!!小癪な野盗どもめ……」


魔法弾を喰らった山の主が吼える。

薄汚れた山伏装束には数え切れぬほどの穴が穿(うが)たれ、身体のアチラコチラからどす黒い煙を漂わせていた。

社に立て籠って巻き返しを考えたいところだが、怪しい結界に阻まれて思うに任せない。

手下の悪霊も爆発に削られて、ズタボロだ。


だが、神社の敷地内に出現した黒犬の怪物は、結界に守られてピンシャンしている。


「忌々しい!」


山の主は宙を舞い、呪詛に満ちた突風を放つのだが、容易く傭兵たちに回避されてしまう。

戦争のプロフェッショナルたちは、既に呪われた風の有効範囲を見切っていた。


山の主が放つ攻撃は、初見殺しだった。

冷静に対策を取られてしまうと、途端に危険度が減衰する。


「へっ、当たるかよ」

「喰らえ!」

「おらよ!!」


妖術を用いた後の(わず)かな隙に、四方八方から魔法弾が撃ち込まれる。


「グアァァァァァーッ!!」


セレクターレバーの位置は、セミオートに固定だ。

魔法弾の有効性が証明されると、フルオートの連射はなくなった。

ゾンビどもも、ヘッドショットの一発で葬る。

魔法弾は貴重なのだ。


射程距離では、圧倒的に傭兵たちが有利だった。

狙い撃たれた山の主は、射程圏外へ逃げるしかなかった。


しかし、幾ら撃たれても倒れない、羽の生えた妖怪は難敵である。

死んだ仲間の荷物から魔法弾のマガジンを回収し、いつまで戦えるものやら。


「しぶとい」

「あの野郎。いい加減に、死なねぇかな!」

「もう、戻って来るな。消えて欲しい」


戦闘に間が開けば、すかさず弾丸の補充だ。

遮二無二なって、ゾンビを片付けたメリットは大きい。


「へい、スンユン。弾をもらうぜ。エイメン」

「イルハム。グレネード弾、あるか?」

「あっちで寝ているバンバンが、持ってたはず」

「どれがバンバンだ?」

(うつぶ)せで、両足がないヤツだ」

「ありがとよ。糞ったれ」


強気に振舞ってはいても、アルファー隊の隊員たちは心が折れる寸前にあった。

ゾンビと化した仲間を撃ちまくり、社会に戻ってもPTSDは免れまい。


「来るぞ」

「おい。イルハム、危ない!」

「はぁっ!?」


山の主は刀を構えて急降下し、イルハムを串刺しにした。

だが自らも飛行速度を制御できずに、勢い余って地面と激突する。


「この野郎!」

「くたばれ!!」


無防備になった山の主に、魔法グレネード弾が撃ち込まれた。


「ウギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!!」


山の主は痛みに絶叫しながら、再び夜空へと飛び去った。


「これでも死なないのか……」

「なんだよ、あれ」


アルファー隊の傭兵たちは、呆然と立ち尽くした。


山の主が去った後には、長大な刀で地面に縫い留められたイルハムの遺体が残された。


「イルハムの宗教は……?」

「名前がムスリムっぽいけど、違うって聞いたぜ」

「あまり話さなかったから、知らね」

「フムッ。それじゃ、オレ流に……。あばよ」


ターン!


隊員の一人が、剣の束縛から逃れようと暴れるイルハムの頭部に、魔法弾を撃ち込んだ。




◇◇◇◇




ドドドドーン!!


連続して爆音が轟く。

ブラボー隊の突撃が始まった。


「メルちゃん、結界が破られる!?」

「ちっ。なんぞ魔法具を使っとるね。エライ古臭い魔法じゃ!」


一瞬だけ光が瞬き、ラヴィニア姫の張った結界は消失した。


「あぁーっ。消えちゃった」

「術式破壊系の魔法やね。何にでも効くけれど、その分、散漫な魔法デス」

「でも、わたしの結界が……」

「ラビーはんの結界とか狂屍鬼きょうしきは、魔法術式が精緻じゃけー。術式破壊系の魔法に、とっても弱いのデス」

「そうなのー?」

「森の婆さまに教わった魔法なら、びくともせんよー。もとから粗雑で、グチャグチャな魔法術式だから、どこがどうとか妖精さんたちは一々悩まん。命令構文がおかしなっても、いつも通りに働きマス。それが妖精さんとの信頼関係ジャ!」

「…………?」


ラヴィニア姫が小首を傾げた。


「例えばやね。わらしのピュっと同じで、妖精さんが勝手に解釈してくれよるのヨ」

「あーっ。メルちゃんの水洗魔法。ピュリファイね」

「お尻の洗浄もピュ。皆で遊ぶときもピュ。毒虫を攻撃するときにもピュ。判断を妖精さんに任せても、ちゃんとなる。術式破壊系の魔法なんて、妖精さんと心を通わせとるわらしには、なんの効果もないわー。グハハハハハハハハハハッ!!」


魔法術式も呪文詠唱も、妖精女王には必要なかった。


「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイよぉー。殺されちまう」

「エトーはんは喧しかね。もぉー社の下にでも、隠れてなさい」

「済まねぇー。俺は役立たずだ。恥ずかしいけど、隠れさせてもらうわ」


江藤はアヒルを抱え、白狐を連れて社の床下に潜り込んだ。

戦闘経験のない江藤であるからして、恥ずかしいことではなかった。


要らぬ見栄を張って見せないだけ、潔くて立派だ。

胆力は異世界転移してから、鍛えればよい。




結界が消えたことに気づいた山の主が、メルとラヴィニア姫を()ぎるようにして、社の前に降り立った。


「ウォッ!」

「キャッ!?」


山の主は、ぎろりとメルを睨みつけた。


「おまーが、噂の悪天狗やね?」

「…………」


メルに異世界言語で話しかけられた山の主は、何も答えずに視線を逸らした。

それから社と同じくらい大きな身体を黒煙に変え、開け放たれた入口から吸い込まれるようにして潜り込んだ。

メルの壊した引き戸が一瞬にして修理され、古びた社の入口を閉ざした。


「フォーッ。わらしが入口を壊したから、天狗に睨まれた?」

「かもね……」

「にしても(くしゃ)い。臭くて、目が痛い。泣きそうでしゅ!」

「だねー」


社の奥には山の主が何百年も掛けて集めた、怨嗟の壺があった。

それは山の主を強化する呪力であり、封印しておかねばならない穢れだった。


山の主は、壺の封印を破った。




「見えない障壁が消えた。突入する!」

「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!!!!」」」」」

「我らの目的は、小さな女児の確保だ。立ち塞がる障害は、悉く排除せよ」

「「「「「イエス、キャプテン!!!!!」」」」」


ブラボー隊はHK416を構え、社に向かって前進した。






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【エルフさんの魔法料理店】

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妖精さんは時々常識がないけど基本おまかせしていい頭のいい生き物ですけぇ
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