マイケル・タナカの最期
「イツツツ……。くっそー、足首をやっちまった!」
「カメラを捨てればよかったのに……」
「そんなこと、出来るか!」
「それでオマエが怪我をしたら、どうしようもないだろ」
上村が、カメラマンの柳原を小声で詰った。
その身を案じての発言である。
「シオリは大丈夫か!?」
「大丈夫です。全身ドロドロだけど、怪我は有りません。擦り剥いただけです」
心霊動画を撮りに来た柏木隆司たちは、謎の銃声に気づいて逃げ出したが、山頂へと向かう途中で谷底に滑落した。
まるで引き寄せられるように山道を外れ、うっそうと茂る低木を縫うようにして進み、四人とも揃って斜面から転げ落ちたのだ。
この山に棲む、木霊たちの仕業だった。
「骨折はしていないようだけど、こりゃ動かせないな」
カメラマンの柳原を手当てしていた柏木が、困ったように呟いた。
「いや、むしろ好都合じゃないか?」
「ここで音を立てずに隠れていれば、見つからないで済むかも知れない。そうしろって、誰かが教えてくれてるんだ」
「水もあります。じっとして朝を待ちましょう。あのまま山頂を目指しても、いずれは追いつかれたと思います」
「……確かに」
取り敢えず銃声は止んだようだが、少しも安心できない。
かえって怖ろしくなり、麓に向かって走りだしそうな衝動をグッと抑える。
走るどころか歩くことさえできそうにない柳原の存在が、柏木たちにパニックを起こさせなかった。
四人は誰からともなく、LEDライトの灯りを消した。
「バレずに済めばよいけど……」
「山の神さまに祈りましょう」
「ああっ」
木霊たちは彼らを隠すように、神聖な結界を張った。
悪天狗は気まぐれから、柏木たちを数少ない信者と認めていた。
であるなら、闇堕ちしていようと山の主に従うのが、木霊たちの役目だった。
タタタタン……。
また銃声がした。
だけどそれは、谷底から遠く離れていた。
◇◇◇◇
マイケル・タナカはエコー隊と接触し、チャーリー隊が放棄して行った大量の魔法装備を入手した。
その一部を山頂付近に降下したアルファー隊へ届けるべく、エミリアから数体の蟲人間を借り、山道を登って行った。
怨霊に襲われた仲間たちは、装備を捨てて山頂へと向かった。
蟲人間たちも同様だ。
「ゾンビか……?」
このままだと、あの怪物どもはアルファー隊の後背を突くことになる。
パンパン。
タタタタタン……。
いや、手遅れだった。
山頂の方から、激しい銃撃音が聞こえてきた。
『こちらチャーリー。アルファー隊、応答せよ!』
無線で呼びかけても、返事はなかった。
「ちっ。荷が軽くなった分、ゾンビどもの移動速度が速いのか?」
そのとき、マイケルの背に何かが乗った。
「ウオッ!?」
押し倒されて体勢を変えたマイケルは、馬乗りになったキム隊長の顔を間近に見た。
焦点のあっていないキム隊長の眼は、明らかに死人のそれだった。
「ぬおーっ!!」
「グッグッグッ……」
キム隊長は、気心の知れた上官である。
休暇になれば、よく連れ立って遊び歩いた相手だ。
互いに命を救ったり、救われたりと、心から信頼できる仲間だった。
ズドン!!
それでもマイケルは装備していたサブウェポンのS&W327を抜き、キム隊長の頭部を吹き飛ばした。
「スマナイ……。キム」
そこで息を抜いたのは、最大の間違いだった。
「あがぁぁぁぁーっ」
「はっ?」
キム隊長はマイケルの首筋にゾブリと歯を立て、一息に噛み千切った。
「ウギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!!」
頸動脈が裂け、噴水のように血が溢れだす。
S&W327の357マグナム弾は、通常弾だ。
残念ながら、本社から支給された魔法弾ではなかった。
更に付け加えるなら、ユグドラシル魔法開発局で調整された屍呪之王(改)は強化型の兵呪だった。
屍呪之王(改)が操る狂屍鬼は、例え頭部が消え失せても活動を止めない。
敵しか襲わない、頑丈で安心安全な屍人兵なのだ。
霞むマイケルの視界に、狂屍鬼と化したチャーリー隊の面々が映った。
戦争のスペシャリストたちが大勢で蟲人間を取り囲み、HK416を棍棒代わりにして殴っていた。
誰一人として、弾丸を撃ち込む者は居ない。
「グッ。オマエら野蛮人かよ……?」
マイケルは不満そうに呟き、絶命した。
マイケルも又、近代兵器を知らない野蛮人の仲間入りである。
◇◇◇◇
「フヘヘヘ……。いい女がいるぜ!」
「ついてるな」
「ターゲットを先に始末しないか?あれを殺しておかないと、お楽しみの邪魔になるぜ」
「どの順番で殺るのが、一番面白れぇかな?」
ブラボー隊の突撃隊に選抜された傭兵たちは、結界を張って回るラヴィニア姫を物陰から眺めながら下卑た笑みを浮かべた。
アルファー隊が狂屍鬼と交戦状態に入っていることなど、気にもしていない。
自分さえ無事であれば仲間の犠牲など、どうでもよかった。
不良傭兵たちは、腐り切った火事場泥棒だった。
先ず火を放ち、混乱に乗じて乱暴狼藉の限りを尽くす。
既に火の手は上がっているので、後は好き放題をするだけだ。
パーン!
銃声がして、ターゲットの頭部が跳ね上がった。
「おま……。まだ相談が終わってねぇのに、なに撃ってやがるんだよ!」
「あれを仕損じると、隊長の小言が煩いだろ。お楽しみの前に、さっさと殺しておくべきだ」
「もう撃っちまったんだから、仕方ない」
「グハハハハ……?」
スコープを覗いていたティエンが、笑うのを止めた。
何となれば、ヘッドショットを決めたはずのターゲットが、仰け反った頭をゆっくりと起こしたからだ。
「……ッ!?」
スコープの向こうから睨みつけてくる幼女と視線が合った。
幼女がニヤリと笑った。
悪魔の笑みだった。
「ひいっ!」
ティエンはHK416のトリガーを引き、次々と5.56ミリ口径ライフル弾を発射した。
「祝福!」
メルが大声で叫ぶと、大輪の赤い花が咲いた。
血の花だ。
「祝福、しゅくふく、シュクフク!!!!」
出血大サービスである。
興奮した妖精たちがメルの周囲に層をなし、木立の影から飛来する弾丸を受けとめた。
非効率ではあるが、確実で堅牢な防御壁だった。
「銃撃が効かねえ!」
「魔法弾を使え。そう言うことだろ!」
「あのガキ。バケモンだ」
「やべえ。あれを逃がしたら、懲罰もんだぞ」
不良傭兵たちの間に動揺が走った。
「脳天に攻撃を受けるんは、久しぶりじゃのー。だが、わらしのドタマを小突いて、無事に済んだモンは居らんぞっ!ブハハハッ!!」
メルは怒り狂っていた。
ライフルで幼女の頭を撃つような悪人は、絶対に許しておけなかった。
「メルちゃん、危ない。伏せるんだ!」
両腕を組み、仁王立ちになるメルの足元で、江藤が叫んだ。
「わらしは逃げも隠れもせん。小さくても妖精女王じゃけーのぉ!」
そう言うなり、ポーチから取り出した白い玉を握ってピッチングフォームに入った。
その玉は、特別な粘土を固めて作った泥団子だ。
メジエール村の悪ガキ連合会議にて、全会一致で使用を禁止された泥団子だった。
ピンポン玉とは訳が違う。
「これを実戦で使う日が来るとは、思わんかった」
メッチャ硬くて重たい泥団子は、簡単にフライパンを貫通した。
それはメジエール村の悪童たちが、メルを三つ編み泥団子と呼んで恐れた理由でもある。
「喰らえや悪党!」
メルの手を離れた泥団子に、風の妖精たちが群がる。
エイムアシストに速力アップ。
唸りを上げて飛来した白い玉はティエンのHK416を破壊し、スコープを顔面にめり込ませた。
「ガッ!」
唐突に崩れ落ちたティエンを見て、不良傭兵たちが硬直した。
「向こうにも、飛び道具があるのか……」
「ガッデム!何をされたんだ?」
「銃撃じゃないぞ」
戸惑う不良傭兵たちに、メルの二投目が突き刺さる。
「ぐあっ!」
魔法弾を装填しようしていた傭兵が、白い泥団子に肩を砕かれ、マガジンを取り落とした。
「あのチビ。何か投げてやがる」
「そんな馬鹿な……。七百フィート(凡そ200メートル)は離れているんだぞ」
ドゴン!
三投目が、木立に隠れた傭兵の脚にめり込んだ。
「ウギャァァァーッ!」
「おい。なんだよそれ。石ころか?」
「知るか、バカ。大腿骨をやられた。左足が動かねぇ……」
「ちっ、俺は逃げるぜ」
「なんだとぉー。オレを置いて行かないでくれ」
「悪いが、オマエらとはお別れだ。あばよ」
バキャン!
逃げようとした傭兵の頭から、ヘルメットが飛んだ。
「おっ、おい。チャン。大丈夫か?」
声を掛けても返事はなかった。
チャンは頭から血を流し、痙攣していた。
「くっ……」
「降参だ。降参する。助けてくれぇー!」
何を叫んでも、飛来する弾丸は止まない。
メルに英語で訴えても無駄だ。
それもそのはず、樹生の英語力は限りなくゼロに近かった。
どこでも英語が通じると思うのは、大きな間違いである。
「メルちゃん。降参してる。助けてくれって……」
「ほんなん。聞こえんわー」
メルは江藤の台詞をしれっと聞き流し、小鬼の顔で泥団子を投げ続けた。
『突撃隊、壊滅しました。ターゲットは、ヘッドショットを喰らっても死にません。小さなモンスターです』
『了解。気づかれないように待機せよ』
『承知しました。オーバー』
偵察兵のクムはアルファー隊に連絡を終えて、社の方に視線を向けた。
「それにしても、ブラボー隊は何と戦っているんだ?」
クムには、霊視能力がなかった。
従って、屍呪之王や山の主は見えない。
「…………。あれは何だ?」
樹木の間から姿を見せたのは、狂屍鬼と悪霊に圧されたブラボー隊だった。








