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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
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悪臭に満ちた社



「たのもぉー!」


山頂付近の古びた神社に到着するなり、メルは江藤の背から飛び降りて古色蒼然(こしょくそうぜん)とした(やしろ)の入口をぶっ壊した。

いや、ぶっ壊すつもりはなかったのだが、建付けの悪い引き戸をガタガタと鳴らしていたらバラバラになったのだ。


「メルちゃん。神社を壊したら罰が当たるよ」

「なあ、エトーはん。見とったでしょ。わらしが壊したのではなく、壊れたんでしゅ」

「そもそも、そこに入ろうとするのが間違っているよ」


江藤はメルの行動に難色を示した。

そうでなくとも、山の夜は怖ろし気である。

そこに人の手が入らない朽ちた神社ときたら、祟りを想像して腰が引けるのも仕方なし。


「ボエェェェェェェーッ!」


江藤を無視して社に足を踏み入れたメルが、よろよろと引き返して来た。


「ほら。罰が当たった」

「ちゃうわい。(くそ)うて敵わん!こん中はまるで、掃除をしとらん不衛生な養鶏場みたいじゃ!!」


メルは涙目になり、ギャーギャーと悪態を吐いた。


「うっわー、本当だ。すっごく臭い。雨に濡れた野良犬の臭いがする」


好奇心に駆られたラヴィニア姫が社の入口に顔を突っ込み、顔を顰めた。

目に突き刺さるような刺激臭である。


祖神(おやがみ)さまは、悪天狗に堕ちたらしいです。もとは身ぎれいな神さまだったのですが、それで臭いのでしょう」

「あぁー。床に散らばっとる黒い羽は、天狗どんの抜け毛かい。もしかして、烏天狗……?」

「性根の曲がった大天狗です。カラスではございません。昔は白猿のお姿でした」

「白はないわー。落ちとる羽が黒いモン。烏やろ」

「違います!」


白狐が、『カラス天狗ではない!』と言い張った。


メルにしてみれば、大天狗だろうが烏天狗だろうが、どうでもよかった。

要するに、退治すべき相手は空を飛ぶものなのだ。


「厄介なり」

「モモンガァーZに着替える?」

「いやー。あれって飛べるけど、こっちの世界だとパワー不足で遅い気がスル」

「妖精さんが少ないもんね」

「ここは妖精さんの増援が欲しいトコロ。しゃーないわ。ここらで概念界と繋ぎましょか」

「了解。精霊樹の苗を植えるね」

「おねしゃーす」


ラヴィニア姫は魔法の収納ポーチから、精霊樹の苗を取り出した。


「うお。ちっさなポーチから、でかい苗が出てきた」

「魔法ですから……」

「…………っ!」


魔法道具に慣れていない江藤が、ラヴィニア姫の手元を凝視した。


「異世界マンガで定番の、無限収納バッグ……?」


この数時間で、江藤は普通に暮らしていたなら、決して出会うことなどない禍津神(まがつかみ)や怨霊を見た。

それらを余裕で退治したメルの姿も、瞼の裏に焼き付いている。

なのに未だ、江藤を驚かせるものが次々と登場する。

異世界の魔法文明に、興味は尽きない。


「概念界との通路(パス)は繋がるかのー?」

「わたしが丹精込めて育てた、特別な苗だよ。これだけ穢れた忌み地なら、一気に育つよ」


精霊樹は樹木のように見えて、樹木ではなかった。

穢れや瘴気を構成素として発生した、妖精専用の異界トンネルである。


「ホントにー?こっちでも育ちよるんですかネ?」

「心配、御無用だよ」

「わんわん!」


シャカシャカとハンテンが掘った穴に、精霊樹の苗が(うやうや)しい手つきで植えられる。


ラヴィニア姫は精霊樹の苗から細い縄を外し、束ねられていた枝葉を解放した。

状態保護の護符を剥がすと、精霊樹の苗は勢いよく育ち始めた。


「スゲェー。これも魔法か!?」

「これは魔法とちゃうでー。精霊樹が持つ性質じゃ!」

「そうなんだ」

「ワォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーン!!」

「おうっ!?」


メルの説明に頷いていた江藤が、ハンテンの遠吠えにビクリと肩を震わせた。

ハンテンを見れば如何なる理屈か、どんどん巨大化して社の屋根を越える体高の黒犬になった。

その両目には、熾火のような赤い光が燈っていた。


「な、なななっ、何だコレは!?」

「シジュと申します」


ラヴィニア姫が得意げに話した。


「ハンテンは屍呪之王(しじゅのおう)と言う、異世界の魔法博士が作った疑似精霊じゃ。大量破壊兵呪として異世界の種族間戦争に投入されましたが、今ではラビーはんのペットでしゅ」


メルはハンテンの来歴について、簡単に語った。


「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!!歴戦のツワモノ。単なる駄犬ではなかったのですね」


これには白狐も吃驚だ。


「どうやらアホウな連中が、山の悪霊どもを怒らせたようじゃの」

「ですね」


ハンテンが屍呪之王(しじゅのおう)に姿を変えたのは、新鮮な狂屍鬼(きょうしき)を手に入れるためだ。

一連の現象は、メルたち一行に追手が迫っていることを意味していた。

日本の公的機関ではなく、ブライアン・J・ロングの追手だ。


「わらしを襲おうとしたエリクの手下が、山の主に喰われたか?」

「人が死んだ?メルちゃんを襲う?エリク……?エリクって誰だよ!?」


江藤は物騒な会話に(おび)え、知らぬ名を耳にして、首を傾げた。


「おう。エトーはんには、エリクと言っても分からんよね。スンマセン。エリクとは、ブライアン・J・ロングの異世界名じゃ。わらしの敵デス」

「マジ!?あのIT界で有名な、ブライアン・J・ロング?」

「そっ。そのブライアン。アイツの正体は、救いようのない悪党じゃ」


メルは江藤を見上げ、真面目ぶった顔で頷いた。


「ブライアンって、異世界人だったのか……?」

「あのクソ野郎。使(つこ)うたらアカン魔法をこっちの世界で乱用し、今の地位を築きマシタ」

「ぐあーっ!メルちゃんの敵、とんでもない大物じゃん。聞かなきゃよかった!!」


江藤が苦悶の表情で、頭髪を掻き毟った。


「どうかしましたか、エトーはん?」

(こえ)ーよ、メルちゃん。なんつぅーもんを敵に回してるのさ」


江藤にとってブライアン・J・ロングに関する情報は、突然巨大化したハンテンより余程リアルで衝撃的だった。


「ブライアンは、確かに恐るべき権力の持ち主デス。じゃけん、悪党は悪党……!わらしは妖精女王として、何があろうとエリクを罰せねばならんのヨ!」


メルは胸を張り、偉そうに言い放った。


「よっ!!妖精女王陛下。正義の味方。オトコマエ!」


水先案内役のアヒルが、メルを囃し立てた。


「こらアヒルさん。メルちゃんはカワイイ女の子だよ。男前は可笑しいでしょ」


ラヴィニア姫は、アヒルの頭にコツンとデコピンを入れた。




◇◇◇◇




山の主は、殺したはずの男たちがノロノロと起き上がる様子に、目を丸くした。


「どういうことか!?」


男たちは悪霊に一切の関心を示そうとせず、手にした武器を構えた。

そして所持品やバックパックを外し、地べたに放り棄てる。


「やれ。勝手を許すな!」


山の主に命じられた悪霊は、死んだ傭兵たちに襲い掛かった。

だが、何一つとして戦果を挙げられなかった。


「グヌヌヌヌッ……!」


悪霊の攻撃は、狂屍鬼(きょうしき)に通用しない。

詰まるところ悪霊は、群れから(はぐ)れた生者にしか害を及ぼせないのだ。


20名にも及ぶ狂屍鬼きょうしきの一隊は、妖精女王陛下を守るべく山頂へと移動を開始した。


「ええい。忌々しい。きゃつらを追え。追うんだ!」


山の主は癇癪を起し、一本歯の高下駄で地団太を踏んだ。

煤けて薄汚れた山伏装束から、耐えがたい悪臭が辺りに舞った。


「行け、行けぇー。逃すな」


分裂した悪霊は狂屍鬼きょうしきの一隊に纏わりつき、虚しく突撃を繰り返した。

その背後を森の闇と同化した蟲人間が、静かに追う。




「こちらエコー。マイケル・タナカ副隊長と合流。只今、チャーリー隊を確認。マイケル・タナカ副隊長から、壊滅したと報告のあったチャーリー隊が、山頂に向かって移動を開始。但し、チャーリー隊の隊員は、無線による呼びかけに反応せず。明らかに異常事態と思われる。この山には、奇妙な第三勢力が存在する模様。詳細は不明……。引き続き、慎重に調査を続行する」

『こちらアルファー隊、了解した』

『時間がない。アルファー、ブラボー、デルタは、スケジュール通りに作戦を進めろ。エコー隊は何か分かり次第、連絡をしてくれ』


C-130J スーパーハーキュリーズから指揮を執るスリム・セント・アーネス指揮官は、未知の脅威を棚上げし、任務の遂行に重点を置いた。


了解(ラジャー)。オーバー!」


エミリアは無線での連絡を終えて、マイケルに視線を据えた。


「どう思う、マイケル副隊長?」

「どうもこうも、攻撃者の姿が見えない」

「マイケル副隊長は見たのだろう?」

「ああっ……。ブラックレイスだ。チャーリー隊を襲撃したのは、実体なき死霊だよ!」


それについては、詳しく話したくないマイケルだった。

昨日までは絶対だと信じてきた銃弾が、スカスカと手ごたえなく敵を通過して行く場面は、今思い起こしても怖ろしい。


「あんなもんを相手に、どうすればいいと言うんだ!?」


無力感が、マイケルを臆病にさせていた。


「なるほど……。物理攻撃が効かぬ相手となれば、魔法戦を想定するしかなかろう。蟲ども、見えざる敵は霊体(レイス)だ。霊的な攻撃に備えろ!」


蟲人間たちは互いにギチギチと鳴き交わし、エミリアの指示を仲間たちと共有した。


「おっ!?」


マイケルが足元を見て、驚きの声を漏らした。


「あいつら、魔法弾を捨てていった」

「おや。バックパックには、魔法グレネードもあるね」

「本社から配給された魔法装備は、どれも希少だ。ここには、通常弾の効かない敵がいる。拾えるだけ拾いたい」

「分かった。あらゆる証拠の隠滅がエコー隊の仕事だし、蟲どもに探させよう」


チャーリー隊を追跡する蟲人間たちの半数強が、装備品の回収に当たった。

無駄になるはずの魔法装備が、エコー隊の所持品になった。




◇◇◇◇




巨大モニターを眺めながらソファーにふんぞり返っていたブライアン・J・ロングは、不機嫌そうな顔で空になったグラスをローテーブルに置いた。


「この地球に、邪精霊の類が存在したとは……」


聖なる鷲(セイントイーグル)の標準装備であるカメラが、20機ほど機能を停止していた。

その直前にチャーリー隊から送られてきた映像は、目を疑うようのものだった。


「不吉な予感しかせん……!」


ブライアンは膝を抱え、眉間に深く縦ジワを寄せながら、爪を噛んだ。

それは異世界で人族に隷属させられていたエリクの、悪い癖だ。

やっと消えたと思っていたのに、再発である。






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