【わくわくエルフチャンネル】オカルト編
『廃旅館。はじゅれでちた』
メルがベルゼブブに向かって、残念そうに話した。
カメラマンの妖精が放つ孫機であるベルゼブブの一部は、妖精女王陛下専用の記録係だ。
メルに密着して日常を撮影し続けるブブたちは、必然的に浄化と祝福を何度も受けて、瘴気をものともしないスーパーブブになっていた。
だからこそ異界での心霊スポット巡りにも、平気で妖精女王陛下のお供ができる。
ネットサイトへの動画配信も、心得たものである。
オレチン: 廃旅館が外れ……?いや。そんなことはない。
猫耳太郎: そうそう……。日中の撮影なのに、スゲェー怖かった。
黄金のスケルトン: それなー。マジ、幽霊の存在を信じた。
『前回の取れ高がよくなかったので、今回は自○の名所を回ろうかと思いましゅ!』
メルはネット民たちのログを読もうとせず、勝手に話を進めた。
撮れ高が取れ高になっているのは、メルの目的が霊素だからである。
前回は霊素の収穫率が少なかった……と。
茶色いアレ: 最初は、メルちゃんの運転手に選ばれた『明日の爺さん』を嫉んだが、オレには無理。
ホクホク: ホント、それ。幽霊とか、普通に怖いわ。
ヒマ蔵: 現地班は糞ヤバイ。
『はい、皆しゃん。ここは地元で有名な、すごく呪われた踏切でしゅ!』
深夜の住宅地。
怖ろし山(蔑称)へと向かい日本列島を北上するメル一行は、ネット民たちから得た情報に従って、移動中に立ち寄れる自○の名所を訪れていた。
終電が終わって通過する電車もない静かな踏切を記録係のブブが撮影する。
怨霊であろうと容赦なく映像化する特殊カメラが、薄気味悪い踏切周辺を凝視した。
かつで脱線事故で大量の死者を出した、私鉄の路線だ。
今なお、何食わぬ顔で大量の乗客を運んでいる。
転生希望者A: 地元だ。おいらが紹介した場所。
リンリン: どんな場所?
転生希望者A: 確かな実績があります。
リンリン: どんな実績だよ。
転生希望者A: 通学路なんだけど、悪ガキも近寄りません。
はろたん: それだけかぁー?
転生希望者A: 詳しい事情は知らないし、知りたくもないけど、常に献花が絶えません。本当は、おいらも見物に行きたい。でも怖くて動けん。
茶色いアレ: なるほどなー。メルちゃんの運転手は、貧乏くじだったか……。
リンリン: …………おい。いま、何か画面に映ったヨ。
踏切に赤橙が点った。
と同時に、眼鏡をかけた中年のサラリーマンが、線路の上にボンヤリとした姿を現す。
カンカンカンと周囲に警報音が鳴り響き、遮断機が下りた。
異常事態だというのに、周辺住民は関りを嫌って見に来ない。
どれだけ音がしようと耳を塞ぎ、知らぬ振りだ。
はろたん: やべー。
オレが魔法少女: やめてぇー!?
くたびれた中年サラリーマンの血走った目が、どアップで映し出された。
ネット民に気を利かせたブブのサービスである。
ラリパッパ: ハゥ!?
猫耳太郎: そんなものをアップにすな!心臓が止まるわ。
リンリン: 目が合った。アイツと目が……。祟られるぅー!
プアァァァァァァァァァァァァァァァァァーン!!!と、列車の警笛が鳴った。
近づいてくる猛烈な光が、闇に佇む中年サラリーマンを照らした。
『わんわんわんわんわん。ワォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーン!!』
警笛に負けじと、ハンテンが吠えまくる。
ドン!という鈍い衝撃音に続いて。
線路に沿って宙を運ばれた中年サラリーマンは、地面に落ちると転がりながらダンスを踊るように激しく手足を動かし、バラバラに千切れて消えた。
その一部始終をブブがライブ配信する。
モザイクなしだ。
黄金のスケルトン: あわわわわわわわっ……!?おっさん死んだ?
耳長族: 死んだとか言うなや。あんなのお化けじゃん。元から死んでるじゃん。死体も残さずに消えたし。
黄金のスケルトン: いや。お化けが見えるとか、洒落にならんだろ。有名な心霊動画だって、あんなの映ってないぞ!
耳長族: 怖いんだから、仕方ないだろ!茶化さないと、平常心が消し飛びそうなんだよ。
ネット民も余りにショッキングな映像を見せられて、支離滅裂だ。
『女王陛下、良い感じの数値が出ています』
水先案内役のアヒルが、倒せば手に入る霊素の獲得量を保証した。
『あれは、かなり強い怨霊の融合体です。古くはないけれど強力ですね。自分が食べた犠牲者の恨みも、取り込んでいます。鉄路から出られないようですが、尋常でなく死の気配が濃い』
白狐がアヒルの発言に頷いた。
『おっしゃー。浄化しゅるでぇー!』
『メルちゃんガンバ♪』
『早くしてくれ。怖すぎて、もう我慢の限界だ』
明日の爺さんこと江藤の訴えが、痛々しかった。
当然のことだが、この怪異現象はメルたちに対する悪霊なりのデモンストレーションだった。
踏切に巣食った悪霊は、縄張り内に土足で踏み込んだメルたちを全力で威嚇していた。
暴走列車を模倣した見えざる悪霊の正体は、こちらの世界で言うところの死神だ。
死神は本気の殺意をメルたちに向けて放った。
その殺意に曝された江藤は、カクカクと膝が笑うのを止められない。
死にたくないのに、死にたくなるという、矛盾した精神状態が江藤を苦しめた。
『浄化ーッ!』
一陣の清涼な風が吹き抜け、江藤に取り付いた穢れを拭い去る。
『えっ。あれ……。身体が軽くなった』
江藤の視界を狭めるような鬱は消え去り、死に惹かれる意識が正常化した。
それでも悪霊の気配は、依然として踏切にあった。
『まだ、足りんようでしゅね。オラオラオラァーッ!』
メルが浄化を連打する。
強化された浄化スキルは情け容赦なく怨霊に突き刺さり、その霊体を激しく震わせた。
『ボゲェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェーッ!!!!!』
浄化を受けた悪霊は、青白い燐光を放ち、その歪な輪郭を見せる。
頭頂部から鼻先まで白骨化した巨大な人頭を持つ芋虫が、線路にのっそりと載っていた。
半透明な芋虫のボディーから体内に詰め込まれた犠牲者たちが苦悶の表情を覗かせ、悲鳴を上げた。
右のボタンを押せ: くっ……。満員電車かぁー!
ホクホク: 毎日のことで自覚していなかったが、あれは正に現世の地獄だな。
オレチン: おい、ちょっと待てよ。通勤通学の苦痛が、永遠に続くの!?
茶色いアレ: それは嫌だー。カワイソウ。早く助けてあげて……。
ネット民に懇願されるまでもない。
霊素が欲しいメルは、止めの一撃を放った。
『浄化ぁー!!』
『ウギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!!!!!』
怨霊は弾け飛び、無惨に壊れた錆びだらけの電車が踏切に残された。
『……っ。どこに知らせれば良いのか分からん。でも、このまま放置はできないから、警察に通報しよう!』
江藤はスマホを取り出し、警察に連絡した。
ネット民たちは呆然として言葉もない。
チャットログは沈黙した。
『陛下、霊素量が20パーセントになりました』
『ウムッ、この調子でガンガン行きまひょ!』
アヒルの報告にメルが頷いた。
『エトウさん。Go、Go。次の場所へ急ぎましょう。次はぁー。トンネルね♪』
ラヴィニア姫もノリノリだ。
怨霊に怯えた様子など、微塵も見せない。
『トンネルの次は、岬でしゅ。しょこから樹海ね』
『おっ、おうっ!?』
江藤に拒否権はなかった。
いい大人が、女子供に見栄を張らないでどうする。
◇◇◇◇
転生希望者A: トンネルが崩落した。
ホクホク: 岬が半壊した。
ラリパッパ: 心霊スポット巡りで、地形を変えるって……。
オレが魔法少女: 心霊スポットではない。自〇の名所。しかし移動を開始して、一日も経っていないのに……。
ホクホク: ホント、それ。悪霊よりヤバイ。
ヒマ蔵: メルちゃんて……。
ぬるま湯: 破壊神……。
猫耳太郎: 妖精女王陛下は、破壊神ちゃん?
はろたん: 異世界でバチバチやり合っていたときには現実味が薄かったけど、こっちでやられるとな。
耳長族: 生々しくて、おっかない。
黄金のスケルトン: あれはもう、小さな怪獣だな。可愛いモンスター。
リンリン: いや……。特撮ムービーみたいで、よいと思う。頑張る魔法幼女。
Toby Tiger: WTF!WTF!OH、my GOT!!!Is she a Destroyer!?
只今、夜明け間近の樹海で大暴れをしているメルは、ネット民たちがチャットで交わす忌み名に気づいていなかった。
『呪われち我が左目が疼くわ。喰らえ、浄化の聖なる光!』
これで何度目かのマナ粒子砲が火を噴き、穢れに染まった樹海の主を焼き払った。
見上げるように巨大な主の頭から、枯れたツタの絡み合った髪の毛らしき物体が大量に千切れ、火の粉と化す。
『グモォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォオォォォォォオォォォォォーッ!!!!!』
辺りに飛び火して、大惨事だ。
『ウワハハハハハハッ!愉快、痛快……。どんだけ暴れても、叱られんわ。アビーままも、由紀恵ままも、ここには居らんからのぉー!!(異世界言語)』
メルの内に秘めたる厨二病が、悪霊相手に大暴走である。
そしてアヒルは、異界ゲート解放に必要な霊素の60パーセントを獲得した。
各地の被害は兎も角として、メルたちの計画は順調に進んでいた。
怖ろし山は、もうすぐ。
でも、その前に情緒あふれる温泉街を観光したいメルだった。








