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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
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心霊スポット巡り



森川家の所在はブライアン・J・ロングに知られているのだから、いつ蟲人間の襲撃があってもおかしくなかった。

地域住民の安全を考慮するなら、可及的速やかに移動すべきであった。


「わんわんわん……」

「なぜ、こいつが一緒(いっちょ)に来よった?(異世界言語)」


ラヴィニア姫とハンテンは、切っても切り離せない関係だ。

メルが睨んでも、ハンテンは一向に気にする素振りを見せなかった。


「お手も、お(ちゅわ)りもできへん。待ても学ばんかったけー、しょこらじゅう駆けまわって、(しゅ)き勝手に吠えよる。あかんたれじゃ!」

「しっ。ハンテン、少し静かにしなさい。メルちゃんに叱られるよ」

「バウワウ、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーん!」


ラヴィニア姫が注意をしても、ハンテンは吠えまくる。


これでは電車に乗れない。

せっかく父親の徹が少なくない軍資金を持たせてくれたのに、タクシーでさえ乗車を断られそうだ。


「ちゃーないわ。ちゃちゃ。命知らじゅの親衛隊(ちんえいたい)に、自動車(クルマー)だちてもらいまひょか!」


メルは折り畳み式のオカルトな携帯(スマホ)を取り出して、パカッと開いた。


「あー、モチモチ。ぼくでしゅ。そそ、メルちゃんだよー。移動の(アチ)が、今すぐに欲ちいのでしゅ。身の安全を保障(ほちょー)できないので、異世界(いしぇかい)転移ちても構わない人に(たしゅ)けてもらいたいでしゅ(日本語)」


普通なら、このように頼まれて協力するような間抜けは居ない。

だがネット民たちは、オフ会で忽然と消えた村田のことを覚えていた。


異世界は現実に存在し、メルはハイエルフの妖精女王陛下だった。

ここで力を貸せば、異世界へ転移した後の待遇も格段に違ってくるだろう。

SNSにチャットルームが設けられ、待つこともなく、数名のネット民が名乗りを上げた。

だがネット民たちは、日本全国に散らばっている。

急ぎとなれば、近場のメンバーが選ばれるのは当然だ。




「やあ、お待たせ」


そう言って現れたのは、やはり明日の爺さんこと江藤だった。


セダン(しぇだん)だ。バンではない?」

「オフ会で使った黒いバンは、仕事用です。休日なのに駆り出されて、仕方なく現場から乗り付けたから……。こっちはオレの私物。まだ、ローンが残ってる」

「ローンは兎も角とちて、こちらの世界(しぇかい)に未練は……?」

「お世話になった人が、少し前に亡くなってしまい。オレには家族も居ない。職場待遇も悪化している。消えた村田さんじゃないが、ウチも充分にブラックだ。未練なんてないね」

「ありがとー。(たしゅ)かります」

「そちらは……?」


江藤はメルの後ろに控えるラヴィニア姫に、視線を向けた。


「こちら、ラヴィニア姫でしゅ」

「おぉーっ。本物のお姫さまですか……。初めまして、江藤です」

「初めましてラヴィニアと申します。道中、お世話になります」


ラヴィニア姫と江藤は、互いに挨拶を交わした。


「その髪は……?」

「ラビーしゃんは、ドライアドとのハーフでしゅ。ミントグリーンの髪は、地毛でしゅ」

「染めたんじゃないのか……」

「こちらの犬は、ハンテン。ラビーさんの犬でしゅ」

「わんわんわんわんわん……」


閑静な夜の住宅地に、ハンテンの吠える声が響く。


「ところで、ミケ王子はどこに……」

「森川家と一緒(いっちょ)に、ユグドラチル王国へ送りまちた。ミケ王子に代わり、キツネしゃんが同行しましゅ」

「これはこれは……。キツネさんも、異世界の方ですか?」

「いいえ。三神しゃんちの、お稲荷しゃんでしゅ」


驚いて、江藤の顔が凍りついた。

八百万の神々が御座(おは)す日のもとで暮らしながらも、神さまを見るのは初めてだった。


「よろしくお願いいたします」

「おっ、おう。こちらこそ……」


暗がりで青白い光を纏う白狐が、江藤にお辞儀をした。


皆が車内に乗り込み、シートベルトを締めると、ハイブリッドエンジンが静かなモーター音を立てた。

セダンはスムーズに走りだし、森川家が建つ区画を後にした。


「目的地は……?」

心霊(ちんれい)シュポットでしゅ」

「ちんれい……?」

「心霊スポットです。呪われた場所、悪霊が棲むと噂される名所を回って下さい」


すかさず白狐が、舌足らずなメルをフォローする。


「よんどころない事情がありまして、先ずは霊素を集めたいのです」

「はあ……」


水先案内役のアヒルが横から口を挟み、冗談や遊びではないことを強調した。


その間、ラヴィニア姫は車窓を流れゆく景色に圧倒されていた。


「フワァー。メルちゃん、見て見て。道に車がたくさん。それに、すっごく明るい」


メジエール村で暮らすラヴィニア姫には、街の灯りが眩しすぎるのだろう。


「すぴー。ピスピスピス……。すぴー」


ハンテンはセダンに乗るなり、気持ちよさそうな寝息を立てていた。

まったく腹の立つ犬である。


「ふん!」


メルは暗い車内で、小鬼の顔になった。

だが、ハンテンに苛立ちをぶつけたりはしない。


こんな状況に耐え忍ばなければならないのも、全てブライアンのせいだった。

幼児の姿になってしまったけれど、メルの理性に衰えはなかった。

メジエール村の暮らしで、精神は鍛えられている。


(物事を正確に把握できんヤツは、なんも収穫を得られんで終わる。力は有限。その場の感情に任せて、垂れ流してもエエもんと、ちゃうわ!)


怒りの矛先を向ける相手は、間違えない。


「くっ……。ブライアンよ。せいぜい調子に乗っておくがエエわ。おまーには、どえらいモン、ぶちかましてやるけーの。(小声で。異世界語)」


小型化した妖精母艦メルが調整を完了して、マナ粒子砲の発射ダメージから回復した今……。

メルの気力は(みなぎ)っていた。




◇◇◇◇




街道沿いにある屋台で話題のラーメンを食べた後、道端に停めた車中にて仮眠を取り、夜が明けてからホームセンターを探した。

そこで必要となりそうな品々を爆買いし、幾つかの心霊スポットを回るが、残念ながら空振りに終わった。


廃虚と化した温泉旅館は、足場が悪く、黴臭くって、メルとラヴィニア姫を辟易とさせた。


「うしゃぁー、ばっちぃー。これはたまらん」

「うわぁー。メルちゃん、足下が腐っていて危ないよ。早く帰ろう」

「おう。そうだぞ。オバケが出るぞ」


幽霊との遭遇を恐れてビクついているのは、江藤ただ一人だった。


「ここでは、霊素を稼げませんね」


白狐が早々に断言した。


噂話(うわちゃばなち)って、こんなもんでしゅね」

「えっ。幽霊は出ないの……?ここ、出るって、スゲェー有名な廃旅館だぞ!」

「凄惨な廃虚の雰囲気が、そうした埒もない噂を流行らせるのでしょう」


そのとき白狐の台詞をあざ笑うかのように、扉の開く音がして、メルたちの横をキャスター付きの椅子が横切った。


「なななっ……。コワ、怖……!?」

「落ち着きまちょう、エトーしゃん。あれは無害な椅子(いしゅ)でしゅ」

「嘘つけ。今のは明らかに霊現象だろ!!ここには霊が居るんだよ」

「私たちが求めているのは膨大な霊素です。経営破綻を苦に一家心中した人たちの地縛霊など、物の数に入りません。求めるものは悪霊の巣です。道理を歪めるような、濃度の高い霊素です」


水先案内役のアヒルが、走り去る椅子を見送りながら答えた。


「あれは腹の足ちにもならん雑魚でしゅ!」


白昼堂々の怪現象にラヴィニア姫は肩を竦め、手にした精霊樹の枝を一振り。


「エイ!」


壮絶な悲鳴が廃旅館を揺るがし、暫くすると清々しい風が朽ち果てた廊下を吹き抜けた。


「あっ、丸ごと払ってしまいましたね」


白狐が、ボソリと呟いた。


「アヒル。霊素(れいしょ)……。回収ちた?」

「はい。ほんの少しですけれど……。ざっくりと計算して、森川家での二週間分ほどでしょうか」

「ふむふむ。除霊による効果は、明白でしゅね」

「この要領だと、悪霊の巣を浄化したなら、ガンガン稼げるでしょう」


アヒルは得意げに請け負った。


「えっ、君たち。ここよりヤバいところへ行くのか……」


江藤が嫌そうに言った。


「ここに恐れるような存在は、ありませんでした」


白狐は無表情で江藤の発言を訂正した。


「そうそう……。ちぇんちぇん、ヤバくないわ」

「だねー」


メルとラヴィニア姫も、白狐と同意見である。


「少しでも効率よく霊素を集めたければ、多少の危険は無視すべきでしょう」

「わんわんわんわん。ワン!」


水先案内役のアヒルとハンテンも、更なるディープな心霊スポットを望んでいた。


江藤に賛同する常識人は、ここに居なかった。


「君たち、おかしいよ」


それが世間一般の正しい感性だろう。

自分から心霊スポットに行きたがるヤツは、多分きっと頭のねじが(ゆる)んでいるのだ。


そう江藤は思った。




◇◇◇◇




「諸君、仕事の時間だ!」


ターゲットが人気のない山中へ入ったことを知ると、スリム・セント・アーネス指揮官は部下たちに命令を下した。


「諸君らの目的は、銀髪金瞳の幼女を保護すること……。そして、その過程で立ち塞がる障害を(ことごと)く排除することだ。任務は秘密裏に遂行する必要がある。目撃者ゼロ。痕跡なしが望ましい。邪魔者は(すみ)やかに取り除いて進め。後片付けは、汚らわしい蟲人間(スカベンジャー)どもに任せればよい」

「「「「「イエス・サー!!!!!」」」」」


某国の空軍基地に待機していた傭兵たちは、一斉に立ち上がると装備品を肩に背負い、手際よく輸送機に乗り込んだ。


傭兵団の名は、聖なる鷲(セイントイーグル)

もちろん、言わずと知れたブライアン・J・ロングの私兵である。






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【エルフさんの魔法料理店】

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― 新着の感想 ―
お前異世界転生するのに幽霊なんかが怖いんか、と言われそうですが理屈じゃないんですよね、オカルトは
う~ん、字面だけみるとただの全力ロリコン部隊…
都市伝説程度はおやつ感覚じゃないですか。 そして、ハンテンはやらかしそう。 現世で幻魔大戦起きそう。 更新楽しみにしています。
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