IT界の巨人、ブライアンの攻撃
「ちゅまらん……」
兄の和樹に手を引かれながら、メルは不機嫌そうに文句を垂れた。
「そうだよなぁー。うっかり失念していたよ。メルは小さかったんだ。こうなると乗り物の類は、全滅だな」
「ウム。ミーケに留守番をしゃしぇた罰が当たりまちた」
ミケ王子とアヒルはアミューズメントパークに入れないので、森川家で留守番をさせられていた。
異界からの同伴者を無情にも置き去りにし、憧れのコースターに乗れると意気込んでいたメルは、初っ端で挫折を味わった。
一時間も並んだのに、係員からゴメンナサイをされたのだ。
主たる原因は、人気のアトラクションに定められた年齢制限であり身長制限だった。
父親の徹が居てお大尽な筈なのに、お目当ての遊戯施設は並ぶまでもなく、利用基準を満たさなかった。
「フッ……。夢の国に、夢はなかった」
可愛らしい屋台で買ってもらったチュロスをガジガジと齧りながら、メルが大きな声でぼやく。
「こんなことになるとは、思ってもみなかった。私の調査不足だ。スマナイ……」
そう言って、ションボリと肩を落とす徹を見れば、メルとて癇癪を起す気にはなれない。
「父しゃん、悪くないでしゅ」
得意の地団太は、お預けだった。
「…………ん!?」
TPOも弁えず、頭の中で鳴り響く無粋なアラート音。
視界に重なるレイヤーのポップアップに焦点を合わせれば、お洒落なレストランの脇に怪しげな人影が。
表示には【蟲人間】とあった。
「ちっ……。ブライアンの手下」
アミューズメントパークが期待はずれでガッカリしているところに、追い打ちをかけるような不快感の上塗りだ。
よく見れば、金髪美女が蟲人間に寄り添っていた。
(ほーん、あれがエミリアやね。あんなボインに言い寄られたら、兄ぃなどイチコロですわ。どんだけ胡散臭かろうと、非モテ男子に抗う術なし!)
直線距離にて、凡そ百メートル強。
蟲人間の存在を知りながら、放置してはおけない。
(ムシ野郎は、強化人間を凌駕する怪物じゃけぇー、暴れだしたらどんだけ被害が出るやら見当もつかん。しかも此処は、子ろもらに夢を売るアミューズメントパーク。おまーは駆除、一択デス!)
メルと蟲人間を結ぶ射線から通行人が途切れた瞬間。
FUBことマナ粒子砲が火を噴く。
チュイン!
聖属性を帯びた霊素の集束光が、人影の頭部を四散させた。
ターゲット撃破である。
「ヒィッ!」
遠くでエミリアが、短く悲鳴を漏らした。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ。目が、目がイタイ!!」
弱体化したメルの身体も、FUBの発射でダメージを負った。
メルがしゃがみ込んで左目を押さえる。
「ぼくの呪われち、左目がぁー」
「どうしたのメルちゃん。大丈夫……!?」
母親の由紀恵が慌ててメルを抱え起こした。
メルの手をそっと退けると、左目周辺が真っ赤に腫れていた。
「ひゃあ。メルちゃんの顔が、お化けみたいになってる」
「いきなり、こんな。メル、何があったんだ!?」
和樹に問われても、顔の左側が痛くて上手く喋れない。
「病院……。病院に連れて行こう!」
「おやじ、エルフ耳のことを忘れたのかよ。病院は駄目だ。メル。どうすればいい?」
「冷やちて……。しょえで治りましゅ。たぶん……」
森川家の一行は、お昼ご飯も食べずにアミューズメントパークから撤収した。
夕刻のニュースで、アミューズメントパークの事件は報道されなかった。
「TVゲームのモンシュターじゃあるまいち……。死んでも遺体は消えましぇん。隠しゅんは、むじゅかちー」
何が起きたのかは分からなくても、夢の国に頭部のない死体が転がっているのだ。
「だよね。そうなると……。ボクらの想像より、エリクの能力値が高いのでは……?だってさー。メルたちがユウエンチとかに出かけたら、そいつらが待ち伏せをしていたんでしょ。明らかに行動を読まれてる」
「ウーム……。ミーケの仰る通りでしゅ。油断はできまちぇん」
騒ぎになっても不思議ではない事件だから、きっと揉み消されのだろう。
権力を握る汚い連中が、こっそりと動いたのだ。
さもなくば、跡かたもなく遺体を消す方法があるのかもしれない。
「あのー陛下。こちらの世界では、あちらの世界と違う力が使えるのではありませんか?」
「あひる。良いこと言った。たちかに、しょれはありゅ!」
異界よりやって来た幼女とネコとアヒルが、額をくっつけてボソボソと話している後ろで、スマホの通話を終えた徹が爆弾を投下した。
「たった今、会社を首になった」
「エッ!?あなた、何の冗談ですか……?」
「社外秘の機密書類をライバル会社に売り渡した、背任罪に問われている」
「…………本当の話ですか?」
「本当の話だ」
「おやじ、そんなことをしてたのかよ!?」
読んでいた雑誌をソファーに叩きつけ、和樹が叫んだ。
「違う。本当なのは、身に覚えのない罪を着せられて解雇されたことだ。そもそも私は、社外秘の書類など触ったこともないぞ!」
「あわわ……!」
冷却シートで腫れた左目を冷やしていたメルは、あんぐりと口を開けた。
(蟲人間を駆除された報復やろか……。ちいと早すぎるわ!!?)
楽しいはずの日曜日が、忽ち地獄と化した。
ブライアン・J・ロングの放った一撃が、森川家にクリティカルヒットである。
翌日になり、由紀恵は銀行口座が消されていることに気づいた。
単なる凍結ではなく、口座があった痕跡まで綺麗に消されていたのだ。
銀行の支店長から、由紀恵が持参した預金通帳とカードは無効だと言われた。
けんもほろろで、調査さえしてもらえない。
ブライアンの攻撃は徹底していた。
「どうしたらいいの……。お父さんも、会社に訴えられてしまうのでしょ。メルちゃんは、どう思う?」
「………………」
メルは由紀恵のメンタルがやば気になってきたことに怯えて、視線を逸らした。
「これまで真面目に頑張って来たのに、何でかしら?わたしたちの努力は、ぜぇーんぶ無意味なの!?生きてるってナニ??」
「生きる。しょれは、オイチイなのでしゅ。生きているの根っこは、美味ちいでしゅ!」
「エッ?」
「お母たま。美味ちいものを食べて、楽ちい。全てに感謝ちて、わっはっはと笑うのでしゅ!」
「………………。樹生は、メルちゃんは、生まれ変わって幸せ?」
「あい。何でも食べれましゅ!」
「そっかー。何もかも無意味とか言って、お母さんが間違ってた。ごめんね」
由紀恵は優しくメルの頭を撫でた。
倫理なき権力者がネットワークを私物化すれば、結局のところ、こうした事態を引き起こすのだろう。
ブライアンを排除しても、後釜に座りたい強欲な連中は吐いて捨てるほど居そうだ。
一々これに対処していたら、世界を敵に回しかねない。
(そーなったら、美味しいをゆっくりと楽しむこともできん。こっちの世界は、あーじゃらこーじゃらと難しすぎるわ!)
絶対に線引きが必要だった。
エリクは適切に処するが、ブライアン・J・ロングとしての背景に手出しはすまい。
筋を通したいけれど、やればキリが無くなる。
泥沼だ。
メルは妖精女王として、そう決意を固めた。
その日、メルと由紀恵は仲良くお昼ご飯を作った。
さっぱりとしたソース焼きそばだ。
愛情たっぷりの半熟卵が、焼きそばの上に飾られる。
ミケ王子の特製焼きそばには、子持ちシシャモが添えてあった。
「ふぉーっ。鰹節の香りが、たまりません。いただきまーす」
「いただきましゅ♪」
「はい、頂きます」
何とも胸がホッコリとする場面だが、そう長くは続くまい。
日々の生活費が尽きるのは、何日後だろうか……?
心配性の由紀恵が鬱モードに入るのも、そう遠い話ではなさそうだ。
(コレはぁー。もうユグドラシル王国に、緊急避難的なゲートを用意させるしかあるまい。お父やんが牢屋に入れられたら、間違いなくオカンは発狂しますエ。森川家はお終いじゃ!)
平静を装い、美味しそうに焼きそばを食べるメルだけれど、内心ではブルって絶叫していた。
『助けて婆さま!』
妖精女王になっても、メルのお師匠さまは森の魔女だった。
◇◇◇◇
恵みの森で魔石の採掘を進めていた坑道が、太古の遺跡に通じた。
地下深くに埋もれていた遺跡は、濃厚な魔素の溜まり場になっていた。
「これを利用せん手はなかろう」
「霊素ではなく、ここにある無尽蔵の魔素でゲートを開くのですね」
調停者クリスタと斎王ドルレアックは、互いに知恵を絞り、新しい魔法陣を考案した。
そこに必要となる魔法技術は、ドワーフの長であるドゥーゲルが用立てた。
ユグドラシル王国からは、『霊素が充分に溜まれば、妖精女王陛下の帰還もなる』と教えられていたが、座して待つことなどできやしない。
アビーやラヴィニア姫が、笑わなくなって久しかった。
メジエール村からも活気が失せてしまった。
またぞろ、あの黒い瘴気があちらこちらで悪さを始めている。
この世界にはメルが必要なのだ。
「オマエたち、面白いことをしておるな」
唐突に地下の遺跡を訪れた魔法王は、調停者クリスタと斎王ドルレアックが作成した魔法術式を眺め、ちょいちょいと修正を入れた。
「素晴らしい仕上がりだ。アイデアも悪くない。クリスタは、随分と勉強をしたようだ。基礎がしっかりしている。これなら手助けする妖精たちも、間違った解釈をしないだろう」
「やかましいわ。魔法王に腐されて以来、アタシは魔法読本の初級を持ち歩いてるんだよ。腹が立つったら、ありゃしない!」
「あの本は役に立っただろ」
「否定はしないよ。でも、アタシは魔法王を好きになれないね」
「ははは……」
魔法王が愉快そうに笑った。
「で、何をしに来たんだい?まさか、魔法術式の添削ではなかろう」
「うむ。ユグドラシル王国国防総省からの依頼を伝えに参った」
「はぁ?」
「急ぎの案件だ。陛下がアチラのご両親を転移させたいらしい。どうやら、かなり拙い状況にあるようだ」
魔法王は白髭をしごき、僅かに表情を曇らせた。
「アチラのご両親って言うと、前世のご両親でしょうか?」
「そのようだな」
斎王ドルレアックの質問に、魔法王が答えた。
「メルを帰還させるんじゃないのかい?」
「陛下には、まだ因果を閉じる大役が残っておるのでな。悪因縁を浄化するまで、こちらに帰ることは叶わんのだ」
「この魔法陣は、メルを呼び戻すための異界ゲートだよ」
「だが陛下は、ご両親の転移を望んでおいでだ」
「………………」
メルが望んでいると言われてしまえば、クリスタも我を通すことなどできない。
「分かったよ。この異界ゲートは、アンタたち精霊に譲渡しよう」
「うむ、ありがたい。陛下を案ずる其方らの思い、しかと受け止めた。大切に使わせて貰おう」
魔法王は調停者クリスタと斎王ドルレアックに感謝の意を表し、深く頭を下げた。
遠い昔、現象界に誕生して以来、魔法王が誰かに頭を下げたのはたったの二回だけ。
精霊議会議長のハトホル辺りが目撃していたなら、まず間違いなく腰を抜かすような珍事だけれど、それを指摘できるものは此処に居なかった。
実際の遊園地では、年齢に満たなかったり背丈が足りない場合、年長の付き添いがあればOKなようです。
可能な限り、ちびっ子をがっかりさせないよう頑張っている姿勢に好感が持てます。
だけど高齢者には厳しいぞ。
スリル満点のアトラクションで、ぽっくり逝かれたら、取り返しがつかないもんね。w
まあ、そこはそれ……。
エルフさんは架空のお話ですから、メルがアトラクションを楽しめなかった下りは、緩めにスルーしてください。
あと父親の徹が務める職場について、41話との矛盾を指摘して頂きました。
よくもまあ、見つけてくれるもんだと感心しています。
正直、滅茶クチャ助かっています。
41話を修正しましたが、書籍版に収録されている部分なので、後ほど今回の分を修正するかもしれません。
本編の展開には関係ないので、『ああ、書き直すのね』と思っておいて下さい。
誤字脱字のチェックには、毎回感謝しております。
また作品中の矛盾点を見つけだして下さった方々、スゲェーと思っています。
感謝感謝です。
今後も、よろしくお願いいたします。








