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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
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兎だぴょん♪



リンリンこと斎藤が運営フォーマットを作った飲食店は、リーズナブルなステーキハウスだった。

通常であれば、数名のスタッフが料理を用意して客に提供する。


だけど本日は秘密の会合と言うこともあり、斎藤が一人で焼きを担当した。

なので参加者は時間厳守で、斎藤はオフ会が始まるより早く、ステーキ肉に火を通し始めていた。


「サラダ、これでいいかい?」

「おう、藤井さん。テーブルに運んでくれ」

「わかった」


飲食業に関わる者は他にも居たので、率先して斎藤を手伝う。

人手が足りないのだから、ベストでないのは目を(つむ)ってくれと言う話だ。


「肉がな……。斎藤さんの店で出す肉と違う」

「5まではないとしても、4等級くらいか……?」

「会費が高かったのは、これかー」

「それでも原価だろ。あの会費だと、どう考えても赤字だよ」


料理を前にしたオフ会のメンバーたちは、美しく焼けた肉を口に運び、納得の表情だ。


「メチャうまだ」

「くぅー。これって玉ねぎだよな。輪切りにした玉ねぎって、こんなに美味しく焼けるもんなのか?」

「まあ、火加減とタレだろ。玉ねぎ自体、素材も良い」


鏡面の如く磨かれた鉄板の上で、大きなコテが素早くライスを炒める。

割り落とされた卵と切り混ぜられ、ライスが黄色に染まって行く。

美麗な所作と香ばしい匂いが、暴力的に食欲を掻き立てた。


高級和牛は脂の甘みを楽しむところがあるので、重くて量を食べられない。

付け合わせの焼き野菜やサラダと一緒に、ゆっくりと楽しむ。

ガーリックライスも、定番の付け合わせである。


メルの皿は子供向けで、ちんまりと小盛だ。

色々な料理を食べられるようにとの、気遣いであろう。


「冷たいシュープ、うまぁー!?」


メルが驚きの声を漏らした。


「ヴィシソワーズだな。とても(なめ)らかで美味しい。サッパリとしていて、味覚がリセットされるな」


横に座った和樹が、メルに頷く。


「アハハ……。メルちゃんに喜んでもらえて良かった。採算度外視して頑張った甲斐があるよ」

「うん。おいちい。リンリン天才(てんしゃい)!」


メルは手にしたスプーンを斎藤に突き出し、満面の笑みで誉めそやした。


だが幼児の身体は残酷だ。

どれだけ頑張ろうと、少女であった頃のようには食べられない。


「くっ……。もっと食べたいのに……」


切り口がピンク色に仕上がった高級肉を心ゆくまで味わい、絶品ガーリックライスを平らげたなら、お腹はパンパンだ。

他にも美味しそうな料理が並んでいるのに、もう食べられなかった。


「オマエはちっこいんだから、がっつくと動けなくなるぞ」

「うん。しょうなんでしゅよねぇー。なんで縮んじゃったかなぁー。悔ちい!!」


メル、魂の叫びである。


「メルー。そろそろお知らせをしなきゃ」

「そうですぞ、陛下。大事なことを忘れてはいけません」

「ウム。これもユグドラチルから指示があった、ミッチョンだもんね」


メルはミケ王子とアヒルに促され、椅子から滑り降りた。




「エーッ。本日(ほんじちゅ)みなしゃんにお集まり頂いたのには、訳がありましゅ」


メルが用意されていたステージに立ち、話を切り出した。


(しょで)振り合うも他生の縁と申ちましゅが、みなしゃんとは【わくわくエルフチャンネル】を切っ掛けに()り合いまちた」


オフ会参加者たちは、姿勢を正してメルの言葉に耳を傾けた。


既に『偽エルフでは……?』の疑いは消え失せていた。

確認を希望する者たちはメルの耳に触らせてもらったし、二足歩行をして喋るネコも間近に見た。

どうやら異世界は実在し、条件さえそろえば並行世界間の移動だって可能らしい。

俄然、気合も入るというものだ。


「みなしゃんとぼくは、ここで顔を合わせ、言葉まで交わちています。これはもう、(しょで)振り合うレベルの(えにち)では済ましゃれまちぇん。では、如何なる縁かと申しぇば……」

「エヘン。皆さんは、あちらの世界からの転生者なのです」


メルの横に立ったミケ王子が、偉そうに胸を張った。

メルが大仰に頷く。


静まり返った店内のアチラコチラから、ガタンと椅子を鳴らす音が響いた。

何人かが、驚いて仰け反ったのだ。


「不幸な戦争(しぇんしょう)が長く続き、あちらでの輪廻転生(りんねてんしぇい)シチュテムが破綻ちまちた。で、みなしゃんは、コッチの世界(しぇかい)転生(てんしぇい)ちてちまったのでしゅ!」

「ボクらの世界はリソース漏れで、過疎化の一途をたどってきました。今では文明の維持が危ぶまれる状態にあります」

「カムバック、ソウル!!みんなー。こっちのミーズは、アーマイぞぉー♪」


メルはオフ会参加者をユグドラシルに勧誘せんと、おどけて見せた。


「もしかして産業革命以降の人口爆増は……?」


学者然とした装いの中年男性が、おずおずと口を開いた。

某有名大学の物理学研究室に在籍する佐伯の正体は、転生希望者Aだった。


「ボクも詳しいことは分かりません。だけどユグドラシルの異界研究によると、並行世界間に物理的な関連性は存在しないのです。双方に生じた因果が影響するだけです。時間も含めて、双方は異なる並行世界だと……」


ミケ王子はペラペラのレポートを眺め、知りもしない単語を訳知り顔で並べた。


そもそも物理学など、妖精猫族(ケット・シー)には無縁の代物である。

なのでリンゴが地面に落ちるのは、枝から千切れたからでお終いだ。

そこには謎などなかった。


「ウム、難ちい!」


この点に関しては、メルもミケ王子と大差ない。


重力は知っていても、量子の重ね合わせ状態とか聞いたことさえない。

だいたいフレミングの法則からして怪しいのだから、もうアボガドロ定数が何かも分からない。

高次元理論ともなれば、只々アホ面を曝して凍りつくだけだ。


この幼女とネコに何を期待しようと、佐伯が求める知識は得られなかった。


「みなしゃんは、あちらの世界(しぇかい)に引かれて【わくわくエルフチャンネル】を視聴ち、オフ会にまで参加(しゃんか)ちまちた」

「それこそが並行世界間を結び付けている因果です。予期せぬアクシデントから生じた(かたよ)りが吸引力となり、二つの世界を重ね合わせているのです。謂わば、イオン結合のようなものと申せましょう」


レポートの内容なんて少しも理解していないのに、ミケ王子は堂々とした態度で告げた。


「でな……。みなしゃんには、あちらの世界(しぇかい)へ転生、または転移しゅる優先権(ゆうしぇんけん)が与えられまちゅ!」

「タイミングは、各自の都合で構いません。こちらに未練を残す方は、それを片付けてからがよろしいでしょう。寿命を全うしての転生もありです」

「転移とか転生って、チートがあるの?その……。すごく強くなれるとか……」


身を乗り出して質問したのは、アニメ制作会社に勤める村田こと、オレが魔法少女だった。


「ありましゅ。前世(ぜんしぇ)記憶と異世界(いしぇかい)言語は基本セットとちて、能力にちゅいては概念界にてユグドラチル王国の担当官と相談(しょうだん)の上、お好みのカシュタマイズを受付けましゅ!」

「ウォーッ。やったー!」

「来た来た来たぞー。オレたちのターンだ」

「勇者になれる?」

「あちらは危険な魔獣が溢りぇる、剣と魔法の世界(しぇかい)でしゅ。むしろ、率先(そっしぇん)ちて勇者(ゆうちゃ)になって欲ちいでしゅ。しょんでもって、人族の生存(しぇいぞん)圏を広げちゃてくだちゃい!」


メルは一応の説明を終えると、ユグドラシル銘菓『兎だぴょん♪』をデイパックのアルティマストレージから取り出した。


「この菓子(かち)を食べると、ユグドラチルとの親和性が増ちます。しょえで、強く念じれば異世界(いしぇかい)転移が可能なはずでしゅ」

「お土産かぁー」

「フフッ。黄泉戸喫(よもつへぐい)に似ているな。作り話だとしたら、凝っている」


黄泉戸喫(よもつへぐい)とは冥界の食べ物を食べると、現世に戻れなくなるという神話だ。

この場合、ユグドラシルが冥界に見立てられている。

『兎だぴょん♪』は冥界の食べ物であり、ペルセポネにとってのザクロだった。

だけどメルとミケ王子にしてみれば、行列をなす客に繁盛店が配る整理券と変わらなかった。


「おい、村田さん。もう包みを開けちゃうのかよ。お土産って、家に帰ってから開けるもんだろ」

「…………の最新話。どんだけ急いでも、次の納期に間に合わないんですわ。だから作業をぶん投げて、オフ会に参加しました。ウチのスタジオは、ブラックもブラック、真っ黒だよ。勝手に無茶なスケジュールを組んでおいて、間に合わなければ責任を取れとか……。もぉーやってられん!!俺は、異世界へ行くもんね!」


そう言い残して、村田は忽然と姿を消した。


「おおっ。飛んだわ!?」


お一人さま、ご案内である。


「村田しゃんは、勇者になってくれるかのー?勇者しゃまなら、何人でも大歓迎でしゅ」

「そうなんだ……」

「うん」


メルはミケ王子に視線を向けて頷いた。


メルがなりたいのは、自儘な料理人である。

その気持ちは、いまだに変わらない。


ユグドラシル王国に強い勇者が何人も居てくれたなら、妖精女王の仕事も楽になるはず。

そうなれば空いた時間を使って、メジエール村で料理店ができるではないか。


「「「「えええぇぇぇぇぇぇぇぇーっ!!!!まじかよ!?」」」」


一方ステーキハウスは、蜂の巣を突いたような大騒ぎである。

目と鼻の先で人が消えれば、そうなる。


「メル。どうしてボクらは帰れないのかな?」

「しょんなん、しょれこそ因果ですやろ。やり残ちた仕事がありまちゅ。まあ、ブライアン・J・ロングをぶっくらしゅまでは、なにをちてもユグドラチルには帰れん思うよ」

「妖精女王陛下の仰る通りです。ミケ王子も覚悟をお決めください」

「はぁー。ヤレヤレだよ」


水先案内役のアヒルにまで断言され、ミケ王子は力なく頭を横に振った。







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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


こちらは3巻のカバーイラストです。

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こちらは2巻のカバーイラストです。

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こちらは1巻のカバーイラストです。

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ミケ王子

ミケ王子をクリックすると
なろうの書報へ跳びます!
― 新着の感想 ―
あちらに行ったら、ブレッドとタイマンくらい? チートあっても、幼児ーズ、マルグリットにはボコられそうな予感。
異世界にエスケープ決めちゃうくらい辛い職場だったのか…アニメ業界なんて好きじゃなきゃはいらないだろうに、そんな追い詰められるなんて、ね
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