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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
342/370

ちっちゃい天使、オフ会に降臨す!



『もしもし、わらしメルさん。今、あーたのパーソナルサーバーに居るの……。セキュリティは解除しちゃった。テヘペロ。ツゥー、ツゥー、ツゥー、ガチャ…………。もしもし、わらしメルさん。今、あーたのパーソナルサーバーに居るの……。セキュリティは解除しちゃった。テヘペロ。ツゥー、ツゥー、ツゥー、ガチャ…………。もしもし、わらしメルさん。今、あーたのパーソナルサーバーに居るの……。侵入しちゃった。テヘペロ。ツゥー、ツゥー、ツゥー、ガチャ…………。もしもし、わらしメルさん。今、あーたのパーソナルサーバーに居るの……。セキュリティは解除しちゃった。テヘペロ。ツゥー、ツゥー、ツゥー、ガチャ…………』


ブライアン・J・ロングはメルが用意したURLを順当に踏み、不快な音声のみのメッセージを受け取った。

ご丁寧にも、異世界言語でのメッセージだ。

明らかにロックオンされている。


「くそがっ!?」


怒りに任せてブラウザを閉じたら、強制的に別ウィンドウが開いた。


「なんだと……?」


真っ暗な空間に立つ、ビスクドールのような衣装を纏った幼女が、意味ありげにニコリと笑う。

カメラがゆっくりと寄って、幼女の口元をアップにした。


何しろブライアンのモニターは大きい。

壁一面を占めるモニターに、限界まで拡大された幼女の唇は圧巻だ。


その唇がゆっくりと動き、囁いた。


『え・り・く……。あーたニ、モウスグ会イニ行クワ』


屈辱である。

鉄壁のセキュリティーを構築したつもりであった。

子供だましのトラップなど気にもせず、メールに添付された怪しげなURLをクリックしたのは、守りに絶対の自信があったからだ。


それなのに……。


「グヌヌヌヌッ……。どうやって……。どうやって、私のセキュリティーを突破した?」


メッセージが終わった画面には、血のような赤い文字で『To Be Continued!』と表示され、けたたましい警告音が鳴り響いた。

キーボードによる入力は、すべてキャンセルされた。


「チクショウめ!?」


もうメインシステムを破棄して、サブシステムに切り替えるしかなかった。


「糞ムカつくチビめが……。くそ、くそ、くそ、くそぉーっ!私に楯突いて、ただで済むと思うなよ!!」


ブライアンは数十万ドルで落札した骨董品の壺を抱え上げ、怒りに任せて床に叩きつけた。

数百年前に焼かれた美術史的価値を持つ壺が、ブライアンの八つ当たりによって無残に破壊された。


このさい、骨董品の購入価格は関係ないだろう。

これから世界を牛耳ろうとする男にとって、数十万ドルは端金(はしたがね)だった。


事態を察知して近づいてくるお掃除ロボットが、黙々と破壊された壺を片付ける。

主人の粗相を咎めるでもなく、何事もなかったかのように後始末をするお掃除ロボットの姿は、ブライアンの望む未来社会を想像させた。

生れつき劣等であると烙印を押された人々が、死ぬまで家畜のように扱き使われ、消費される社会だ。

あらゆる公共機関やメディアは、人々を特権者に隷属させるための洗脳装置となるだろう。


その計画は、とっくの昔に始まっていた。




◇◇◇◇




和樹がメルに帽子を買ってきた。

白いキャスケット帽子で、エルフ耳をすっぽりと隠すことができる。

鏡の前に立ち、ポーズをとってみたが不自然さはない。


「兄ぃ。ありがとう」

「へへっ。気に入ったか?」

「うん」


和樹はメルにエロエロなコレクションを追及されるのではないかと身構えていたのだが、何もなかった。

キャスケット帽子を被ってはしゃぐメルを眺めていると、気持ちが軽くなる。


「あんな、兄ぃ。ゴメンな。ぼく、兄ぃの模型を壊ちた」

「ああ、知ってる」

「怒らんの?」

「怒ってないよ」


メルが怪訝そうに和樹を見た。


「あんな、兄ぃ。薄い本のことは、だれにも言わんでおくから、心配(ちんぱい)いらんヨ」

「…………ッ!?」


気を抜いたところに爆弾発言である。


だが和樹は硬直してしまい、満足な受け答えもできなかった。

なんなら、メルが可愛らしくすり寄ってくるのだ。


キショイと避けられる覚悟をしていたのに……。

遊んで欲しい仔猫のようではないか。


(無邪気を装うんが、何より大事じゃ!)


これぞ異世界で、磨きに磨きをかけた女児力である。

相手は両親のみならず、近所の大人たちや傭兵隊の面々、果てはウスベルク帝国皇帝にまで、甘えまくってあらゆる我儘を通して来た。

メルが考える女児力とはつまり、究極の甘えん坊スキルだった。


(フッ。わらしが、どんだけ女児をしてきたと思うとるんか……?こちとら女児のプロですら。もう、大人なんぞ転がしまくりじゃ。兄ぃなんて、ちょろいわ!)


かつて異世界に転生したときは、樹生として日本語であれこれと考えたものだけれど、今はメルとして異世界言語を使ってしまう。

もう男らしさなんて、どんなものなのか忘れてしまった。


(女児が男らしさをひけらかしたところで、メジエール村では飴玉も貰えんからのー)


幼児にとって、飴玉は評価だ。

評価は大事だった。


近所の小母ちゃんに飴玉も貰えないようなヤツは、ヨイ子失格である。

悪い子として曝されると、メジエール村では一気に暮らしづらくなるのだ。


(はぁー。農業がメインの村やけぇーのお。空気が読めんと、ハブられて速攻詰むわ!どこで暮らそうと、幼児はヨイ子の評判を積まなアカン。立場が弱いから、やらかしを放置しすぎると女児力も通用せんようなるけぇー)


そんな訳でメルは、大きな戦艦の模型を壊してしまってから、和樹に謝罪するタイミングを計っていた。

許しを得る交換条件として、『薄い本の情報を秘匿します』と持ち掛けることも忘れていなかった。

まあメルが秘匿しても、もう由紀恵にバレている時点で無意味なのだが……。


「でなー、兄ぃ。ぼく、オフ会に行きたい」


メルが和樹にぺったりと貼り付き、上目遣いでお願いした。


「くっ……。ネットのか……?でもオレは、ネットから追放されてしまったんだ。今じゃ、携帯の契約もさせてもらえない。だから、メルの動画を応援してくれた人たちとも、連絡が取れないんだ。なんでBANを喰らったのか……。マジで、意味が分からん」

「うん。そこは大丈夫。兄ぃは、ぼくを引率ちてくれたらいいのでしゅ。お母たまを何とか説得ちて……」


そう言ってメルは、ユグドラシル製のスマホを和樹に渡した。


「こ、これは……」

「ユグドラチルで製作しゃれたオカルト携帯。基地局の有無にかかわらず圏外なち。充電いらずで、普通に使えましゅ!」

「それっ、ぜんぜん普通じゃないだろ……!?」

「メアドはドメイン名をユグドラチルドットコムにして、ユーザー名を自分で決めてね」

「無料……?」

「家族特権で、永年無料契約でしゅ!」

「メルー。やっぱり持つべきものは、良き妹だな……」

「だけどエミリアはアカンよ」

「エミリアかー。どうしてだ?」

「また、携帯を(ぬちゅ)まれる」

「くぅー。あの女かぁー!?パソコンの盗難も、BANも、あいつが原因かっ!!」


和樹は苦悶の表情を浮かべ、頭を掻き毟った。


どうやら前々から、おかしいとは思っていたようだ。

兄に非モテ男子の自覚があり、何よりである。


そんなことを考えて、メルは胸を撫で下ろした。


「エミリアは単なるエージェントよ。本当の悪モンはブライアンでしゅ」

「エッ?ブライアンて、まさかあの……!?」


メルが仰々しく頷いた。


「ちょー有名な、IT業界の大物でしゅ!」

「ちょっと、なんで……。そんな大物に、どうしてオレが敵視されるわけ?」

「だって、ぼくの敵だもん」


メルは身体をモジモジさせながら、和樹に打ち明けた。


「おいおい、敵だもんって、軽く言うんじゃないよ」

「大丈夫。近々やっちゅけるから、心配(ちんぱい)ちないで」

「無理だろ。それってメルの妄想だよな。全部、妄想……。違うの……?マジなのか!」

「大丈夫。ブライアンなんて、魔法でいちころヨ!」

「嘘だろー」

「うんうん。そう言うわけで、オフ会の件、よろちくー!」


そう言うわけで、オフ会にあたって生じそうな障害の排除を兄の和樹に丸投げするメルだった。

先ずは母親の由紀恵を説得、もしくは上手いこと騙す必要があった。

メルは母親の由紀恵が、とても苦手なのだ。


(お母さんには、全く勝てる気がせんモン)


そう言うこと……。


「いきなり突拍子もないことを聞かされて、頭が混乱しているけど……。オフ会の件ならオレに任せておけ。母さんには『昔のわだかまりを解きたいから、メルと二人だけで過ごす時間が欲しい』って伝えるよ」

「んっ……?」

「ほらっ。樹生が通院していた頃、オレは意地が悪かっただろ。すぐに腹を立て、怒鳴り散らした。中学に入ってからは、まともに会話もしなかった。だからさー。母さんは、オレと樹生が不仲だと思っているんだ」

「シュゲェー。しゃしゅが兄ぃ。ぼく、思いつかなかったヨ」

「もう、良い歳だから。わだかまりなんて、ありはしないんだけど。メルに昔のことを謝りたいと言えば、母さんは大喜びで外出許可を出すはずだ」

「うんうん。バッチリと思う」


異世界転生してから、樹生だった頃の恨みつらみなどすっかり忘れていたので、和樹の提案は目から鱗のアイデアだった。


某有名アミューズメントパークには、家族そろって出かける予定になっていたので、最寄りの駅近くにあるショッピングモールやゲームセンターで遊ぶ話をでっち上げることにした。

クレーンゲームなどは子供が喜ぶマスコット人形などをゲットできるから、母親の由紀恵に疑われる心配もなさそうだ。

由紀恵はメルを完全に幼女と見做している気配があるので、おそらく計画通りに行くだろう。


こうしてメルが頭を悩ませていた最大の障害は、あっけなく取り除かれたのだ。




◇◇◇◇




「本日は、よろしくお願いします」

「こちらこそ、和樹さん」


和樹が駅前のロータリーに停車していた白いバンの運転手と挨拶を交わした。


和樹の後ろに控えたメルは、白いキャスケット帽子を両手で押さえ、人通りの多さに些か辟易としていた。

ミケ王子とアヒルは和樹のデイパックに納まり、言いつけ通り気配を消している。

秘密が多いと大変なのだ。


「君がメルちゃんだね。初めまして、江藤です」

「エトーしゃん?」

「明日の爺さんです」

「エーッ。ちっとも爺しゃんじゃない」


メルは白いバンで待っていた男を見上げて、目を丸くした。


「工務店に勤めています。内装業者だよ」

「ほーん」

「て言っても、メルちゃんには分からないか?」

「いや。ぼく(かちこ)いヨ」

「アハハハハッ!これは失礼しました」


メルと和樹は江藤が運転するバンに乗って移動し、オフ会の会場に到着した。

走行時間は、およそ三十分足らずだった。


「何のお店……?」

「仲間が経営するステーキハウスです」

「初めて」


樹生は殆ど外食をしたことがなかった。

とくに、こってりとした料理を饗する店には、縁がなかった。


「ステーキは好きかい?」

「食ったことないよな」

「兄ぃ。失礼(しちゅれい)な。こっちでは食べてないけど、向こうでは自分で焼いて食べまちた」


メルは和樹と江藤に、胸を張って見せた。


「ああっ。そうか……。メルは料理人だもんな」

「そうでしゅ。なんならホゲホゲ鳥の肉、焼こうか?魔獣肉やけど」

「魔獣って、人が食っても大丈夫なのか?」

「うーん。向こうでは、かなり評判が悪かった」


メルが腕を組み、考え込むようにして答えた。


「そうなんだ。ジビエ料理みたいなもんかい?」


江藤は魔獣の肉と聞かされて、好奇心を刺激されたようだ。


「兄ぃ、ジビエって何ヨ?」

「野生の動物を調理するんだ。野生だから、肉が筋張っていたり、臭かったりするらしい。独特の癖があって、好みが分かれるところだろう」

「あーっ。しょれなら、魔獣はジビエでしゅね」


三人で話しながらビルの地下に降りると、目的のステーキハウスがあった。


「カンバン出てとらんのに……」


階段の上に、店の看板は飾られていなかった。


「今日は貸し切りだからだよ。他人にメルちゃんの姿を見られたくないからね」

「オフ会の幹事は?」

「斎藤さん」

「さいとーさん?」

「リンリンさんだよ。本当にステーキハウスのオーナーだったんだ」

「チェーン店だという話さ。この店は経営者に頼んで、一日だけ借りたらしい。オフ会のシェフは、当人が務めるって言ってた」

「何だか、申し訳ないな。貧乏人で肩身が狭い」

「うーむ。(じぇに)か。異世界の(じぇに)なら、唸るほど持っているけど、円となると無一文でしゅ」


森川家の兄妹が、力なく項垂れた。


「オーッ。キター!!!」

「ご到着ーっ!」

「メルちゃーん!」

「会いたかったよー!」

「天使……」

「実物が、カワイイ」

「動画に偽り無しですな」

「OH!!Nice to meet you.My Sweet Honey!」


三人が店のドアを開けた途端、パン、パパンとクラッカーが鳴り響き、店内は歓迎の声で埋まった。


歓迎されたとなれば、貧乏でしょげかえっていたメルのテンションも否応なく上がる。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ。皆ぁー。待たしぇたね!!」


メルはノリノリで飛び跳ね、キャスケット帽子を脱ぎ捨てた。

ネット民待望の、生エルフ耳である。






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【エルフさんの魔法料理店】

3巻発売されます。


よろしくお願いします。


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まさに悪魔チビ、煽りが半端ないぜ。 そして、もはや小物臭しかしない諸悪の根源。
ブライアンなんかよりお母さんの方が強敵なのは草
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