こんなところに悪人が!?
「よんどころない事情がございまちて、死んでちまった身でありながら、こうちて戻って参りまちた。再び帰還が可能となるまで、ご迷惑でちょうがちばらくお世話になりましゅ。ちゅいては挨拶代わりの手土産をば……」
メルは畳に正座して、ユグドラシル銘菓『兎だぴょん♪』をすっと徹の前に滑らせた。
「これはこれは、ご丁寧に……。って樹生。実家で余所余所しい挨拶をするんじゃない。家族として、いくら何でも寂しいだろ」
「だってさっき……。お父たまは『樹生が化けて出た!?』と、しゃけんでまちた。ぼくって歓迎しゅべからざる、客でちゅよね」
「なわけあるかー!ちっと、驚いただけだ。ふ、普通、驚くと思うぞ。驚いたらいかんのかぁー!?」
父親の徹が感情的に弁解する横で、兄の和樹もウンウンと頷いていた。
「そんなら、ここに泊ってもよろちい?」
「勿論だとも。好きなだけ居るがよい。ここは、樹生の家だ」
「父さん。メルだよ。樹生はメルに生まれ変わったんだ」
「ウムッ……。そうだったな。申し訳ない。メルさん」
「エェーッ。メルさんって、何だか他人行儀だよ。オレの妹なら、メルちゃんで良くないか?」
和樹が徹の肩を叩き、訂正を促した。
「そうか、そうだな……。うちの娘なら、メルちゃんか……」
「おい、メル。座布団に座れよ。実家に帰って来たんだから、そうやって畏まるなよ」
「では失礼ちて……。おざぶをば、ちゅかわちて頂きましゅ」
やはり徹より和樹の方が、順応性は高かった。
恐るおそるメルを抱き上げて、実体があると分った後は、実に馴れ馴れしい。
樹生が生きていた頃と同じように、図々しく兄貴風を吹かせ始めた。
推定年齢四才女児に偉ぶる、でぶニートの図である。
バイトはしているようだが『兄ぃは、ニートで充分!』と、メルは決めつけた。
「君たちも寛ぐとよい。但し外出時には、よくよく気を付けて欲しい。私たちの世界では、ネコや玩具のアヒルは喋らんのだ。二本足で歩くネコも居ない」
徹が家長らしく、滞在客に注意すべき事項を説明した。
「そうだぞ。メルの耳だって問題だ。誰かに見られたら大変なことになる。ミケが家の外で喋ったり二本足で立って歩いたりしたら、どこかの研究所に連れ去られてモルモットにされちゃうよ」
「ぼ、ぼくも……?」
「メルが一番心配だね。絶対に、魔法とか使うなよ」
「…………ッ!」
相手は異世界からの訪問者だ。
放置すれば、騒動を起こすに決まっていた。
「お兄さま。ご忠告、痛み入ります。我らも妖精女王陛下共々、森川家の御厄介になります故……。よろしゅう、お頼み申し上げます」
「カズキお兄さん、よろしくニャ」
「…………っ!?」
だが和樹は、未だアヒルとケット・シーが苦手らしく、話しかけられる度に視線を逸らす。
ファンタジー好きなのに、現実に喋る玩具やネコを受け入れるのは難しかった。
その晩、森川家では、帰ってきた息子(?)の歓迎パーティーが催された。
由紀恵が腕によりをかけたちらし寿司で、おもてなしだ。
美味しいお吸い物と茶碗蒸しも、食卓に並んだ。
病弱だった樹生の誕生日メニューである。
飯台に敷き詰められたちらし寿司は、錦糸卵やイクラ、細く刻まれた絹サヤにボイルされたエビが飾られていて、実に美しい。
茶碗蒸しと吸いものから漂う優しい出汁の香りが、否応なく食欲をそそる。
「お母たま。ぼく、もう何でも食べれるんだよ」
「そうなのね。それじゃ、お料理が楽しくなるわ」
「でも、ちらちずち、美味ちい。とても懐かちい。ぼく、うれちぃー♪」
「よかったわ。喜んでもらえて……」
和気藹々である。
お腹いっぱいに食べたら、魔女っ娘パジャマに着替えてオネムだ。
樹生であったときに暮らしていた自室のドアを開ける。
すべて昔のまんまで保存されていた。
「ウムッ、ぼくの部屋か……。何もかもが懐かしい」
だがメルは、自分のベッドで寝ることを許されなかった。
「何をしているのかしら、メルちゃん?あなたはお母さんと一緒よ」
「エエッ!?エエェェェェェェェェェェーッ!」
由紀恵にガッチリ掴まれて、一緒に母親のベッドで眠ることに……。
父親の徹が怪訝そうな顔をしていたが、由紀恵は欠片も意に介さなかった。
翌日になり、朝食が済んで父親の徹と兄の和樹は、仕事へ出かけた。
掃除と洗濯を始めた由紀恵が忙しそうに働いているので、メルは居間でテレビを見ていた。
と言っても、アニメがないのでニュースとかばかりだ。
「おもちろくない」
「面白くないんだ……」
「こっちの世界で事故があっても、ちりましぇん。政治とか、ちっとも分かんないよね。チャンネル変える。アニメどこ?」
メルはリモコンで次々とチャンネルを変えた。
「ムッ!?」
「ああっ……」
「ユグドラシル王国が指名手配をしている凶悪犯ですね」
TVモニターには、インタビューを受けるブライアン・J・ロングの姿が映し出されていた。
ブライアンは新しいネットシステムの用意があり、より便利で包括的なサービスを提供するつもりだ、と語っていた。
翻訳によれば、そのような内容である。
「極悪人のエリクめー。エルフ耳が消えとるんは、どうちたことヨ?」
「彼はドッペルゲンガーですから、あちらでエルフだったけれど、こっちでは違う種族なのでしょう。名前もブライアンと呼ばれているようです。随分と信用されているように見えるのが、不愉快ですね」
「あいつの本性をだーれも知らないみたいだね。心配だよメル」
「うん。向こうでは、暗黒時代を引き起こちた悪人でしゅ。嫌な予感ちかちましぇん」
エリクの悪行をユグドラシル宮殿で学んだメルにすれば、それが碌でもないものであることなど明白だった。
「エリクは千年の長きに亘り逃亡中の極悪テロリストです。クリスタさまを騙し、裏切った正真正銘のクズです。あぁーっ、何とかしてクリスタさまに知らせたい」
「ユグドラチル経由で、婆しゃまに連絡ちゅる?」
「ねえねえ……。ボクは思うんだけど、ユグドラシルはアイツのことを知ってるんじゃない?タブレットPCで調べて見なよ。きっと、次のミッションはエリクの討伐だ」
この件に関して、ミケ王子はアヒルの案内役より有能だった。
これまでメルと一緒に、ユグドラシル王国に振り回されて来た経験者がものを言う。
CATのチーフになったのだって、ユグドラシル王国国防総省からの一方的な通達を断れなかったからだ。
だてに妖精女王陛下の相棒はしていない。
ここに居ることが即ち、ミケ王子の凄さである。
「ホントだ。霊素のチャージが完了したら、エリクを捕捉しぇよ!って、指示がある」
メルは起動させたタブレットPCを睨み、グヌヌヌヌッと唸った。
「なんかなぁー。ぜぇーんぶ、ユグドラチルの予定通りかい!!」
「フッ……。メルー。妖精女王陛下と言えども、詰まるところ国家の部品に過ぎないのさ」
格好よくポーズを決めたミケ王子に、メルとアヒルが冷たい視線を注いだ。
「捕捉ちゅるって、どうやって……?アイツは、外人でしゅぞ。ボク、外国に行ったことないヨ!」
「あっ。それでしたら、私にゲート機能と幾つかの座標が入力されております」
「なるほど、そうでちたか……。そう言う意味で、案内役なのね」
アヒルの案内役は、異界ゲートの精霊だった。
やるべきことは分かったけれど、霊素が溜まるまでは待機だ。
「おし。やることがないので、兄ぃの部屋をちらべましゅ」
「確か……。【わくわくエルフチャンネル】をアップしてるんだよね」
「ミーケ、かちこい。ただのネコではありましぇんね」
「ケット・シーだよ。そもそもネコじゃないよ」
メルたちは和樹の部屋に突入した。
鍵が掛かっていたけれど、そんなものは気にしない。
魔法の人差し指で扉の縁をなぞれば、鍵なんて勝手に外れて落ちる。
メルが和樹の部屋に踏み込むと、待っていたとばかりに妖精が近づいてきた。
【わくわくエルフチャンネル】を開始したときに派遣され、オカルト回線を保持していた妖精たちである。
「ほーん。金髪糞ビッチが、あれもこれも破壊ちくしゃったようでしゅ!」
「はぁ。お兄さんが、美人の彼女だと自慢していた女性ですか?アイタタタタタ……。ボク、持病の胃炎が……」
「陛下……。お兄さまは、知っていらっしゃるのでしょうか?」
「そんなこと、ちらん。ぼぉーくも、何にもちりましぇん。キミらも、ちらない。よいね」
「「おぉーっ!」」
余計なことを口にして、和樹に八つ当たりされるのは御免だった。
説明すればユグドラシル関連でとばっちりを受けた和樹が、怒り狂うに決まっている。
ここは、知らんぷりが一番。
部屋を見渡すメルの視線は、薄い本やヤバイHゲームの隠し場所を素通りし、棚に飾られた立派な戦艦の模型に吸い寄せられた。
「ヤマトだ!?」
1/250モデルの武蔵だった。
似ているけれど惜しい。
もっともメルなら、へなちょこな艦橋を持つ扶桑でも戦艦大和だと叫んだであろう。
なんなら、大和しか戦艦の名前を知らない。
「手が届きましぇん」
推定年齢四才女児のボディーでは、棚の上に飾られた模型を弄れない。
だけど、男子の闘魂がメルを突き動かした。
「よし!」
メルは本棚から本を抜いて、階段状に積み上げた。
本棚の奥に隠されていた薄い本やエロゲーは、床に放置された。
それらは階段の素材として、強度に不安があったのだ。
暫く頑張ると、それっぽい足場が完成した。
「フゥー。ボク、天才よ」
あとちょっとと言うところで、ドンガラガッシャン!と足場が崩れた。
「あぅ!」
メルは背中から床に転げ落ちた。
模型と一緒に……。
天才ではなく天災だった。
戦艦は、真っ二つ。
大破、轟沈。
「あわわわわ……。えらいことになったわ」
「バラバラだよ。これ、どうするの?」
「陛下、直せますか?」
「キミたち。何も見ていないね。ボクも、何も見なかった。この部屋にも、入っていない」
「「………………!!」」
ミケ王子とアヒルの顔から、表情が抜け落ちた。
実家に戻っても、悪魔チビは悪魔チビだった。
「撤収ちましゅ!」
和樹の部屋を調査し隊は、秘密裏に編成され、秘密裏に解散と相成った。
鍵も確りと掛け直せば、追及されるような証拠などない。
すべてはポルターガイストのせいである。
「よし。兄ぃは当てになりまちぇんから、自分で動画を配信ちましゅ!」
こうして久しぶりに、各動画サイトへ【わくわくエルフチャンネル】がアップされたのだ。
これにはブライアン・J・ロングも、吃驚である。








