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エルフさんの魔法料理店  作者: 夜塊織夢
第二部
337/370

それは前世の縁



「イヤじゃー。イヤじゃ、イヤじゃー!」


タンタンタタタン、タンタターン!

メルはリズミカルに地団太を踏んだ。


異世界に転生して、はや六年。

毎日のように踏み続けた地団太は、すでに達人の域。

それはもう一流芸術品のようにスキのない、完璧な我儘少女。

いっそ華麗ですらある。


メルは虚空(こくう)に飲まれたとき、配下の精鋭たちを失った。

妖精母艦メルに配属されていた妖精たちの七割が、妖精女王陛下を救うために特攻したのだ。

タリサから譲り受けた友情の(あかし)、大切に着ていたレジェンドな衣装(かつての幼児服)も、メルを守るために破れて散った。

体内備蓄霊素の殆どを失った身体は、スタート時点(四歳児)に逆戻りだ。


「魔法が撃てん。それどころか妖精パワーが使えん。ぜぇーんぶ吸われてしもた」

「いやいや。そんなことより、赤ちゃんに戻ってるよ」

「………………!?」

「ほら、ボクと同じくらいの背丈……。出会った頃が懐かしいよね」


ミケ王子が幼児に戻ってしまったメルの頭に手を置いて、撫でた。


「ういやぁー、タァー!」


大人になれる魔法の指輪も、効果なし。


「何にも起きないね」


ミケ王子は両手を肩の高さに上げ、首を横に振った。


「イヤじゃー。イヤじゃ、イヤじゃー!」


タンタンタタタン、タンタターン!

再びメルが地団太を踏んだ。


「妖精女王陛下、駄々をこねている場合ではありません!」


黄色くて丸い物体が、メルを見上げて話しかけた。

いつの間にやら、メルとミケ王子の足元に出現したアヒルの玩具だった。


「ん!?だれぞ、おまぁー?」

「わたくしはユグドラシル王国国防総省(ペッタンコ)との連絡係を仰せつかった案内役(パイロット)でございます」

「ぱいろっと……?」

「はい。黒太母に一矢報いんと散って行った仲間たちの無念から誕生した、導きの精霊です」

「うわーん。わらしの妖精さーん」


メルは鼻をグジグジと鳴らした。


「嘆いている暇などありません。仲間たちが黒太母と同化するさいに、虚空からの脱出路を用意しました。ここに留まれば、妖精女王陛下とて無事では済みません」

「仲間を犠牲にしておいて、わらしだけ、おめおめと逃げるんですか?」

「では自らの存在を賭して陛下に未来を預けた、配下たちの遺志を無駄にするのですか?それに、ただ逃げよとは申しません。陛下の行く手には、倒すべき諸悪の根源が居るのです。黒太母にしても、見逃すつもりなどありません」

「アヒルちゃんチャポチャポに、ほんなこつ真面目(まずめ)に言われてもなぁー。はははっ」

「……ッ!!陛下の泣き虫!!!」

「な、泣いとらんモン。こえは、心のヨダレじゃ!」


メルは涙を拭って叫んだ。


「メルー。心のヨダレって、なんか汚いよ。せめて、心の汗にして……」


ミケ王子がメルの言語センスに、物言いをつけた。


「いちいち、うっしゃい。さー、いくど。案内せい」

「…………」

「どうしたんじゃ。おまーが先に行かんと、案内にならんデショ」

「えーとですね。わたくし、緊急で作られた精霊なので、色々と不都合がありまして……」


アヒルのお風呂オモチャにそっくりな案内役(パイロット)は、足がないので歩けなかった。


「水の上なら、自信があるんですけどね」

「もうエエわー。抱っこしたる。わらしも幼児。とーてい一人前とは言えんで、お互い様じゃ」

「もたもたしていないで、さっさと行こうよ。こんな不快な場所には居たくないよ」


黄色いアヒルを抱いた幼児とミケ猫は、トコトコと黒曜石の廊下を進む。


「おいアヒル。なーんかココ、見覚えあるんですけど」

「まあ、それは……。陛下の記憶を頼りに作られた、安全領域ですから」

「なんで?」

「わたくしのクリエイトに失敗した場合でも、陛下が道を間違えないようにです」

「あっ、そぉー」


随分と気の利いたことである。

その横スクロールアクションRPGのような景色は、樹生がクリアできずに終わったゲームのラストダンジョンだった。


「何度も何度も、通った道やけぇー。3Dになっても、何となく分かるわ」


あの時は、病床で布団を被りながらエルフ少年のアバターを操っていたが、今は自分がエルフ幼女だ。

メルは通路に置いてあった壺を抱え上げると、床に叩きつけた。


ガシャーン!

乾いた音を立て、(つぼ)が割れた。

アイテムゲットだ。


「勇者のぱぁーんつ」


全裸である。

当然、穿くに決まっていた。


「あつらえたようにピッタリ」


メジエール村で穿かされていたカボチャパンツではなく、百貨店で売っていそうな女児用パンツだった。

しかも臀部を飾る大きなプリントは、幼児アニメに登場する間抜けな悪役、バイ菌の顔だ。


「ワゴンに突っ込まれて大量に売れ残ってそうな、不人気商品。これを穿かされたら、女児涙目」


幸いにも穿いてしまえば、自分の目に入らない。

なのでメルは、見なかったことにした。

丸出しと比較すれば、百倍マシ。


「ウーム」

「どうしたのさメル?」

「この壺には、強力なアミュレットが入っとるはず、何やけど」

「?????」


ゲームの話をされても、ミケ王子にはチンプンカンプンだった。

そもそも不自然に置かれている壺をメルが割った時点で、意味不明なのだ。

苛々が高じて破壊衝動に走ったに違いないと、決めつけたくらいだ。

そこからパンツが出てきたときには、驚きで腰を抜かした。


ここはアウエー。

何が起きてもおかしくはないのだけど、こういうことではない。

ミケ王子は、そう思った。


「あそこがラスボスの部屋。で、ここに隠し部屋。宝箱があるねん。ボスを倒す最強の剣が手に入ります」

「そう……」


エネミーが配置されていないラストダンジョンは、サクサクと攻略されて最終局面。

隠し部屋で宝箱を開けると……。


「なんで太鼓??」


メルは【呪われし太古の太鼓】を手に入れた。

メルには知る由もないが、思い出したくもない過去を呼び起こす、危険な太鼓だった。


「うにゅにゅにゅ……!?」


最強の聖剣が、怪しげな太鼓に変わってしまったのだ。

メルの顔が渋くなるのも仕方ないことであった。


「まあ、太鼓やし」


テレツク、テレツク、テレツクポン。


太鼓なので、手に入れたら叩くしかない。

派手に打ち鳴らしながら、ラスボスの部屋へ。


〈音がした〉

〈合図の太鼓〉

〈扉の向こうからだ〉


メルの頭に、ボソボソとやり取りする念話が聞こえてきた。

聞くに堪えないほど、不快な波動を持つ念話だった。


そして大きな両開きの扉が、腹に響くような音を立てながら、ゆっくりと開いた。

太鼓の響きに導かれ、忌むべきものたちがメルの前世から呼び戻されたのだ。


〈よお、樹生。しばらくぶり〉

〈ずっと探してたんだぜ〉

〈おまえ、冷たいよ。オレたちを置いて、逝っちまうなんて〉

〈イツキはオレたちと、ズットモだろー!?〉

〈なんなんだよ。無病息災って〉

〈不愉快なスキルだな。俺たちとは縁きりってかぁー?そりゃ、つれないぜ〉

〈おいおい、そうやって樹生を責めるんじゃねえよ。スキルは自分で選べるもんでもなかろ。それより、ここは好いところじゃないか〉

〈ああ、そうだな。実にオレたち向きだ。どす黒い怨嗟に満ちていやがる。遊んでくれそうな相手もいる〉

〈イッソ、一緒ニ……。一緒ニ、死ノウカ?〉


不浄な念がメルに纏いつき、締め上げた。


「ウヒィー!?」


念話を飛ばして来る異形のものたちは、樹生に取り付いていた病魔だった。


「この方たちが、ユグドラシル王国に協力して下さり、この度の脱出路を確保するに至りました」

「なんね、こいつら?」

「さて、我らの世界では邪精霊。あちらでは疫病神の皆さんです。正しい呼び名など分かりません。ただ異界への通路を開くほど(レベル)が高く、力ある方々です」

「マジかー」


メルは悪鬼にデフォルメされた母親の顔を持つ疫病神に、心底震え上がった。


〈死ヌ?死ニタイ?一緒ニ逝コウカ……〉


鬱の邪霊だった。

『コッチ見るな!』である。


上背がある鬱の邪霊を背後にユラユラと揺れる病魔の邪霊たちは、長細い手足を揺らしながら、ときおり赤い瘴気を放った。

見ているだけで具合が悪くなりそうな、暗くて陰気で物さびし気な姿だった。

メルはプルプルと震えて、異形の存在たちから視線を逸らした。


〈約定通り、我らはここを貰い受ける〉

〈通路は勝手に使うと良い〉

〈いつき、達者で暮らせ〉

〈困ったときは、オレたちを呼ぶとよい〉

〈忘れるなよ。友情パワーだぜ!〉

〈一緒ニ死ニタイ?〉


邪霊たちは勝手なことを口にしながら、黒曜石の壁に溶けていった。


「壁……!?」

「うわー。どうなってるのさ?」

「黒太母の宮殿は、恨みつらみを結晶化して作られた負の牢獄です。あの方々には、障壁の意味をなさないのでしょう」


メルとミケ王子は、真面目な口調で説明する案内役パイロットをジト目で見つめた。

悲しいかなアヒルの姿は、真面目な話に不釣り合いだった。


「妖精さんたちは、なんてものを引き入れとるんジャ!?」

「そうだよ。怖いよ。危ないよ」


負には負を……。

ユグドラシル王国もまた、とんでもない博打に出たものである。


「方々の協力を得られたのは、ひとえに妖精女王陛下の(えにし)があってのことです。まったく、陛下は強き運勢をお持ちですね」

「くっ……」


ちっとも嬉しくなかった。




◇◇◇◇




「どうしたことか……。あのチビを(なぶ)ってやろうと待ち構えておったのに、姿が見えぬ」


黒太母は産卵の間で、己が体内を精査していた。

女王蟻に酷似した身体も存在するけれど、死者の都(ネクロポリス)を含めた虚空自体が黒太母だった。


「まあよい。あのチビから、力は剥ぎ取った。われの体内に捕らえたのは確かだ。逃げ隠れしようと、その内に力尽きよう」


それにしても、クリスタの慌てようときたら可笑しかった。

久しぶりに腹の底から笑った。


「妖精女王か……。けったくそ悪い世界の再生など、わらわが許さん。そもそも世界に、何らかの意味など必要なかろ。只々、普遍で美しければよい」


何処までも黒く、ひんやりと冷たい世界。

艶々と滑らかに磨かれた迷宮に、蟲たちが溢れかえる。


「この世の統治者は、わらわだけでよい。他は要らぬ」


永遠の孤独と静寂こそが、黒太母の目指す未来だった。


自ら望んだわけではなかった。

気がつけば、そうなっていただけだ。

なんなら、そのような未来が到来した後、自分はどう思うのかさえ考えていない。


黒太母の心には、どす黒い恨みと復讐への渇望しかなかった。


〈おった〉

〈見つけた〉


産卵の間に、招かざる客が姿を現した。


「むっ。お前たち、どこから侵入した?何者か!?」


黒太母は驚き、怪訝そうに首を傾げた。


〈蟲の身体に女の上半身が、くっついているぞ〉

〈大きいのー〉

〈丈夫そうで、これは遊び甲斐がありそうだ〉


黒太母を眺めながら、勝手な感想を述べ立てる闖入者たち。


「この狼藉者共が、わらわが食い散らかしてくれん!」


黒太母は貧相な黒い侵入者を捕まえ、片端から喰らった。


「思い知ったかい!?口ほどにもない、愚か者め……。フンッ、遊びたらんわ」


黒太母が得意げに吼えた。


〈ナラ。一緒ニ死ノウカ……〉


耳元で……。

否、頭の中で、おどろおどろしい声が囁いた。


「…………ぐぁ!?」


これまで味わったことのない頭痛と吐き気と悪寒が、同時に黒太母を襲った。






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【エルフさんの魔法料理店】

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― 新着の感想 ―
徳の高い病魔とはたまげたなぁ。 この場合は病魔としてすごい頑張ったってことやろか? …世界樹の転生者を病ませたと考えれば、なるほどか…
え……前世、こいつが苦しむレベルの病気に蝕まれてたの……?(´;ω;`)
苦しめてきた敵が味方となって戦ってくれるという胸熱展開!なのかな?
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