予期せぬ敵
「ヒャッハァァァァァァァァァァァァーッ!!」
常軌を逸した速度で、城壁内を疾走する真紅のゴーレム。
「ぐあっ!何だ、コイツ!?」
「反応が遅すぎます。それでは、わたくしに勝てませんね」
真紅のゴーレムが擦り抜けざまに、ミッティア魔法王国の魔導甲冑を一撃で屠る。
マルグリットが操作する特別仕様のゴーレムだ。
マルグリットのゴーレムは小型で、手にした武器も小振りだった。
動力ディスクを正確に貫く雷光槍には、然したる攻撃力があるように見えなかった。
それもあって内郭への入口を守備する魔装化部隊は、単機で突入して来るマルグリットの赤いゴーレムを軽視してしまった。
だが隊列に飛び込んで来た赤いゴーレムは、手にした雷光槍を巧みに操り、動力ディスクに致命的なダメージを残して走り去った。
結果として魔導甲冑の隊列は崩れ、防衛ラインがズタズタにされた。
「畜生め!」
「何だ、あれは!?」
「狼狽えるな!戦闘不能にされた魔導甲冑を隊列から放り出せ。陣形を組み直すんだ。前方から接近してくる部隊に、集中しろ!!」
魔装化部隊の指揮官が、部下たちに
「マルがチャンスを作ったよ。さあ皆、気合を入れて行こうか!」
「「「オォォォォォォォオーッ!!!」」」
タリサが魔法学校の生徒たちに檄を飛ばした。
「ぶちかます」
「錐行陣を組んで!あたしたちの後に続けぇー!!」
「「「おぅ!!!」」」
タリサとチルが、ゴーレム隊の先頭に立って突撃する。
狙うは、魔装化部隊の隊列に開いた穴だ。
「来るぞぉ―。迎え撃て!」
「剣を構えろ」
「返り討ちにしてくれる」
接近してくるゴーレム部隊を迎え撃つべく、身構える精鋭たち。
そこに城壁から火の玉が撃ち込まれた。
ドーン!
ドドーン!
ミッティア魔法王国の魔装化部隊は、爆炎に包まれた。
マルグリットに穿たれた防衛ラインの穴が、援護射撃の追い打ちによって広がった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁーっ!?」
「くそぉー。火炎弾だぁー!」
「落ち着けェー!落ち着くんだ。怯むな!!」
ウスベルク帝国騎士団のゴーレムが無数の爆裂弾を撃ち込み、魔装化部隊の立て直しを許さない。
「どっせーい!」
「くらえぇぇぇーっ!!」
タリサとチルを先頭に、盾を構えたゴーレムの部隊が浮足立った魔装化部隊とぶつかった。
そして先ほど防衛ラインを突き破ったマルグリットが、後方支援の魔法使いたちを容赦なく蹂躙してから、魔装化部隊に襲い掛かった。
「くっ、弱い。弱すぎます。戦場では、背中にも気を配りなさい」
ガラ空きの背後から、魔導甲冑を好き放題に突きまくりだ。
「こらえろ。押し返すんだ!奴らを永劫宮殿に入れるな」
「グギィィィーッ!」
「ちょっ、無理です。パワー負けしています」
「敵の数が、数が多すぎだ」
「うわーっ!背中からやられた」
「気を付けろ。さっきの赤いヤツが、後ろにいるぞぉー!」
「後方支援の魔法攻撃隊が、全滅させられちまった」
これまで一方的な戦力差に支えられ、負け知らずだった魔装化部隊は、自分たちより強い敵から予期せぬ奇襲を受け、ずるずると後退した。
この戦いにユグドラシル王国は、ミッティア魔法王国の五倍に近い戦力を投入していた。
「敵は弱腰になっています。ここが勝負どころですよ」
ティナが魔法学校の生徒たちを鼓舞する。
「「「押せ、押せェー!!!」」」
「魔法で弱らせます。一気に押し切りましょう」
ティナの放った弱体化魔法が、ただでさえ物量で負けている魔導甲冑の動きを鈍らせた。
「ナイス、デバフ。ティナ」
「みんなぁー。妖精さんたちを助けるよー!」
タリサとティナは、ここぞとばかりに魔導甲冑を殴り倒した。
「「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォーッ!!!」」」
魔法学校の生徒たちが雄たけびを上げた。
「いっ、いかん!?」
「陣形を崩された」
堤の堰が切れたように、ゴーレム部隊は防衛ラインの向こうへと雪崩れ込む。
城壁に設置されていた危険な兵呪を残らず破壊した騎士たちが、武器を構えて魔装化部隊の頭上に舞い降りる。
「ヒィ!」
「上だ。上からも攻撃が来る」
「もう駄目だぁー!」
圧倒して潰す。
それが妖精女王メルの方針だった。
この大規模奇襲作戦こそが、後に語られる【日帰り戦争】である。
◇◇◇◇
「何故だぁー!?どうして、わしの攻撃が消される?」
「そえは、おまーが弱いからデス!」
メルは軽快に腰を振りながら、サラデウスの魔法攻撃を去なす。
サラデウスが放った攻撃魔法は、高密度の魔素に包まれたメルまで届かない。
強烈な雷撃も灼熱の炎弾も、まったくの無意味だった。
逆にメルの祝福を受けた邪妖精たちは、可哀想な仲間を救出すべく、サラデウスが身に着けた魔法具から封印の術式を確実に削り取っていく。
ぱーん!
派手な炸裂音を残し、サラデウスの首飾りが砕け散った。
「なっ、わしの護身具が弾けた!?」
「ほーん。魔法使いを気取っている癖に、魔素も妖精さんも見えとらんのね。なんかもう、鼻持ちならんエセ魔法使いやね。おまー、ほんまに婆さまの弟子か?」
「うるさい……!うるさい、煩い、ウルサァーイ!!」
サラデウスはメルの言葉に激高した。
沢山の妖精たちを装身具や衣類に封じようとすれば、特殊な呪器を必要とする。
動力ディスクを小型化するには、高度な魔法技術が必要になる。
それを指輪や首飾りのサイズに収めているのだ。
並大抵の工夫ではない。
どれもこれも一言では語り切れない苦労の末にやっと完成させた、奇跡の魔道具だった。
その素材は希少で加工も難しく、リング一個、杖一本に、どれだけの私財を投じたことか。
世界樹、虹色輝石、アダマンタイト、アンオブタニウム、黒水晶、魔法銀、呪子結晶、赤怨砂……。
「このアミュレットを完成させるために、どれだけの手間暇をかけたと思う?どれだけの歳月を費やしたと思う?」
「そんなん知らんわー」
「知らんだと……。この山猿がぁぁぁぁ」
サラデウスはキレ散らかし、狂ったように頭を振った。
「おぅ。ヨボヨボの爺さまが、すこだま怒っとぉーヨ」
年老いたエルフが怒り狂うさまは、ちょっとだけ面白かった。
胸くそが悪いほど、傲慢な敵を挑発して怒らせるのは、いつだって楽しいものだ。
飽くまでも、自分の方が強ければだけど……。
「物の価値も分からぬ、無学なガキめ……。わしの大切な宝を砕きよって……。ぬおぉぉぉぉっ、許さんぞ!」
サラデウスが魔法の杖を振り回し、大仰な仕草でメルを指さした。
「メル姉。あいつ生意気だぞ」
「埋めちゃえ」
ダヴィ坊やとラヴィニア姫が、メルに刑の執行を促した。
「「「うーめーろ。うーめーろ!!!」」」
CATの面々も、『埋めろ』コールの大合唱だ。
「待て……。あいつに天罰を下すんは、全ての魔法具を剥ぎ取ってからジャ。妖精さんたちの解放が先デス!」
「デカイ口を叩きおって……。貴様ら一人残らず、ズタボロにしてくれるわ!!」
サラデウスはマントを翻し、全方位に氷の矢を放った。
「ひっ!」
「ヤベェー。こっちに飛んで来る!?」
「ウヒャァー!」
ラヴィニア姫とダヴィ坊やだけでなく、決闘を見物していたケット・シーたちも恐怖に凍りついた。
平然としているのは、メルとクリスタの二人だけ。
「相変わらずのバカだね」
サラデウスの周囲に生み出された無数の矢は、一瞬にして白い飛沫となり、消え失せた。
「なっ、なんと……!?」
「妖精さんが見えておらんおまーは、魔法使いとしてわらしの足元にも及ばん。情けない兄弟子だのー」
女王の間は天井が高く、無駄に床面積が広かった。
その空間を埋め尽くすようにして、数千万体の邪妖精たちが飛び交う。
サラデウスが放った氷の矢は、妖精空母メルの艦載機である邪妖精たちに因って、ことごとく撃墜されたのだ。
「グヌヌヌヌッ……!?」
「無駄だよ。アンタ程度の才能で、妖精女王をどうこうできるはずがなかろう。きっぱりと諦めな!」
気が遠くなるほど長きに亘り、鬱憤を貯めてきたクリスタは、かつての弟子に冷たく言い放った。
「黙れ、妖怪ババア!」
「ムムッ。わらしの兄弟子かと思い、最低限の礼を尽くしておったが……。婆さまを妖怪呼ばわりは、聞き捨てなりません。お仕置きです」
メルはパチンと指を鳴らした。
「うわっ!?」
サラデウスの杖が真っ二つに折れ、魔道具としての機能を失った。
「このっ、この……。ふざけるな!」
「指輪にマント、そのブーツも魔道具やね」
パチンパチンパチンとメルが指を鳴らした。
サラデウスの指輪が錆び、マントは切り裂かれ、ブーツが弾けた。
「くっ……。よかろう。こうなればもう、命も惜しまん」
サラデウスが、狂気に犯された目をギョロつかせた。
血走った目玉が、にょきりと眼窩から突き出して触覚になった。
「うおっ!?」
メルが驚きの声を漏らした。
その間にも、深々とした皴が刻まれたサラデウスの顔は、人ならざる怪物へと変貌を遂げた。
「ギギギギギィーツ。黒太母よ、貴女に贄を捧げよう。わしの魂を対価に、憎むべき妖精女王を滅ぼしたまえ!」
「うわわわわっ……」
メルの見ている前で、朽ちた世界樹が縦に割れた。
その亀裂から溢れだした闇が、サラデウスの四肢を無造作に引き千切る。
「うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
断末魔の叫びである。
「…………ウヒッ。血じゃ。血が、ダバダバ。ぴゅーぴゅー」
生スプラッターに、メルの意識が遠くなる。
〈女王さまの危機〉
〈攻撃部隊に告ぐ、黒い触手を破壊せよ〉
〈特攻します!〉
新たな脅威を排除すべく、数千万を超える邪妖精が虚無の怪物に突入した。
だが漆黒の闇は邪妖精たちの攻撃をものともせずに、メルを捕らえた。
「ウヒャァー!?」
「メルー!」
CATの隊列から飛び出したミケ王子が、メルにしがみついた。
「ミーケ?」
「メル……。FUBをぶっ放せ!」
「いや。力が入らんで、どーもならん」
「エェーッ!?」
メルとミケ王子は、闇に飲まれた。
「…………はっ!?める。メルー!!」
我に返ったクリスタが、朽ちた世界樹があった場所に駆け寄り、絶叫した。
でも、そこには、バラバラになったサラデウスの死体しかなかった。
世界樹の幹も女王の座も闇に飲まれ、消えてしまった。
メルの気配はどこにもない。
〈くりすた……。わが母よ。オマエの大切な宝は、貰い受けた。母に捨てられたわが恨みを思い知らせてやろうほどに……。フヒヒ……。苦しめ。せいぜい悔やむがよい〉
どこからともなく頭に響く声は、クリスタを嘲笑していた。
粘りつくような悪意に満ちた声だった。
「くっ、母だと……。何者だ!?」
何もないはずの空間から、二つに割れた飾り櫛が床に落ちた。
「この櫛は……。ベアトリーチェなの……?」
見間違うはずもなかった。
それは遠い遠い昔、小さな娘に与えた飾り櫛だった。
過去からの恨みに満ちた一撃を喰らい、虚を突かれたクリスタは、床に頽れ放心した。
宿主を失い、帰る場所をなくした邪妖精たちが、概念界へと転移して行く。
妖精女王が居なければ、邪妖精たちは現象界に留まれない。
渋々ながらの撤退だった。
一方、ラヴィニア姫とダヴィ坊やは、余りのことに言葉を無くし、呆然と立ち尽くしていた。








