舞い降りた特攻部隊
「あーっ。あぁーっ。たらいもマイクのテスト中……」
晴れ渡った青空の下、魔法メガフォンを持ったメルが、ウスベルク帝国騎士団と魔法学校の生徒たちを前にして、出兵の挨拶だ。
「よいですか皆さん。これよりわらしたちは、ミッティアの中枢部を急襲します。全ては事前に繰り返した訓練通りです。囚われの妖精はんたちを助けるために、皆で頑張りましょう」
「「「「「オォォォォォォォオーッ!!」」」」」
ゴーレムを装備した特攻兵士たちは、意気軒高だ。
「よいか、古くよりの盟約を守るエルフたちよ。我らはゴーレム特攻部隊に守られた、後方支援部隊である。だが、ミッティアの血迷ったエルフどもに道理を教えるのは、我々の役目と心得なさい。誰よりも早く大量破壊兵呪を発見し、これを無力化するのです。きゃつらを守る魔法の天蓋を打ちこわし、ゴーレム特攻部隊の進入路を確保なさい。ユグドラシルの、妖精女王陛下の期待に応えましょう」
「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ。斎王さま、バンザイ!!!」」」」」
斎王ドルレアックの檄に、エルフたちの魔法部隊が呼応した。
「フムッ。今更、ゴチャゴチャと伝えることはない。諸君の協力に、心から感謝する。さあ、立ち上がって勝利をもぎ取ろう。今日こそ、忌まわしい過去にけりを付けるのだ」
「「「「「クリスタァァァァーッ!調停者さまー!!!」」」」」
悪魔王子を筆頭とする邪精霊たちが、調停者クリスタの名を連呼した。
魔法学校の隣にある練兵場にズラリと整列した混成部隊は、熱気を発するほど入れ込んでいた。
その足元には、巨大な転移門の魔法陣。
「はい。皆さぁーん」
ラヴィニア姫が声を上げた。
「皆さんは強者の余裕を見せて、不殺必勝を心がけてください。たとえ敵であろうと怒りに駆られて大勢を殺せば、この世界の再建が難しくなります。敵を見つけたら即座に制圧、そして妖精さんを解放しましょう。本作戦の目的は、妖精さんの解放です」
「「「「「イェェェェース、マム!!」」」」」
メルが鍛えた戦闘部隊の間で、ラヴィニア姫の人気は異常なほど高い。
「目的地に向かい、戦い、この場に戻るまでが戦争です。決して気を抜くことなく、全員無傷で再会しましょう」
「「「「「イェェェェェェェェェェェェエース、マム!!!」」」」」
戦士たちの怒号が、練兵場を震わせた。
「本作戦名は『暁の神軍』である。雷のごとく敵の中枢を破壊し、撤収する。こちらの正体を覚られることなく、速やかに作戦を終了させるよう、各自徹底して欲しい。周辺諸国には【天誅】と喧伝する予定だ。なので集合時間や帰還用ゲートのポイントを忘れてしまうなど、無様を曝さぬよう注意したまえ」
小竜公ドラクルが、最後に注意点を伝えた。
ジョークのような計画だが、至って本気である。
「ミケ、ミケ……」
タリサがミケ王子に時計を見せ、小声で囁いた。
「押してるよ。メルに伝えて」
「うん、分かった」
ユグドラシル王国国防総省は妖精女王陛下メルのお披露目が済むと、不慮の事態に備えてケット・シーによる特殊部隊を編成した。
対襲撃部隊、通称CATは、影に日向に妖精女王陛下メルを警護するエリート部隊だ。
チームリーダーは、勿論ミケ王子である。
「メル。時間だよ」
ミケ王子はメルの腕をポンポンと叩き、作戦の開始を促した。
「ウムッ、ゲートを起動せよ!」
メルが叫んだ。
◇◇◇◇
「何事かぁー!?」
豪勢な寝台で寝ていた七人委員会の長老サラデウスは、突然の轟音に驚いて跳び起きた。
ミッティア魔法王国の永劫宮殿が、激しい振動に見舞われていた。
グウェンドリーヌ女王陛下代理として女王の間を占領したサラデウスに、魔法軍司令官より急報が届く。
「サラデウスさま、一大事であります」
「何が起きた」
「敵の攻撃です」
「何の前触れもなく、どう言うことか!?」
「それが、朝焼け空に亀裂が走り、いきなり光の矢で魔法障壁が破壊されました」
「…………ッ!」
寝耳に水とは、正にこのことだった。
「上空より降下する敵の数は多すぎて、把握できません。撃墜しようとしたのですが、それより前に城壁の投射兵呪を狙い撃ちされました。第一防衛ラインは壊滅です」
「魔装部隊を出撃させよ」
「すでに全部隊を迎撃に向かわせました」
「何としても撃退するのだ」
グウェンドリーヌ元女王を抱き込んだクリストファー・リーデル子爵の叛乱だけでも頭が痛いのに、正体不明の敵に本丸を攻撃された。
いや、正体など知れている。
「ウスベルク帝国のクソどもめが……」
問題は、どうやって奇襲を成功させたかだ。
いやいや、それすらも今となってはどうでもよかった。
「大事なのは、この危機をどう乗り切るかだ」
「我が魔法軍の多くは、叛乱軍の鎮圧に向かわせてしまい、永劫宮殿の守りは手薄です」
「ロスコフ魔法軍司令官。兵呪開発技師に命じて、新型大量破壊兵呪を起動させよ。致死性の瘴気を発生させて、永劫宮殿を覆うのだ」
「腐呪之穢泥でありますか……!?味方にも損害が出ますぞ」
「構わぬ。全員に防護服着用を命じよ」
「ははっ!」
ロスコフ司令官は部下たちに指示をだし、永劫宮殿で働く者たちに防護服を配らせた。
その一方で自分自身は、兵呪開発局へと走る。
が、ミッティア魔法王国の人々は知らなかった。
デビルメルの存在を。
その恐ろしさと素早さを。
魔法学校の生徒たちが精霊バトルに嵌った結果、今やデビルメルは百体を数える。
しかも初期レベルではなく、能力値をカンストした怪物だ。
『いちゲト』
『にゲト。ズサー』
『さんゲットロボ!』
『その他』
『コワセ、コワセ』
『毟れ、毟れ』
『ガチガチガチ……。ガチガチガチガチガチガチ、ガチガチガチガチガチガチ……。ペッ!』
『グハハハハハハハハハハッ……。草萌える。コノ地ニ、ワレラヲ阻ムモノナシ!』
『天上天下唯我独尊』
怒涛の如く押し寄せたデビルメルズが、腐呪之穢泥に取り付いて食い散らかす。
大量破壊兵呪の誤作動を防ごうと実装した安全装置が裏目に出て、腐呪之穢泥は起動することなくデビルメルズの獲物となった。
「こいつらは何だ!?」
「ヒィ!」
「わらわら、わらわらと……」
「ウゲッ、壁のすき間から這い出て来やがる!」
「あっちへ行け。消えろ、この糞が……」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!噛まれた」
「熱い、熱い!誰か火を消してくれぇぇぇぇーっ!!」
厳重に警備された兵呪開発局の施設では、職員や魔法技師がパニックを起こしていた。
「これは、どう言うことだ?シュルツ……!貴様らは、何をしていた?」
「はっ」
ロスコフ司令官に詰られたシュルツ警備隊長は、暴徒鎮圧用の魔法具を手にして兵呪庫の惨状に立ち向かった。
どこから、どうやって侵入されたのかも分からぬグレムリンどもが、巨大な腐呪之穢泥をズタボロに破壊してしまった。
兵呪庫には火の手が上がり、あちらこちらで魔素制御を失った危険な魔法具が不吉な紫電を放っている。
「ああっ。腐呪之穢泥が……。ミッティア魔法王国が誇る、最強の疑似精霊がぁぁぁぁ」
兵呪庫の中央に視線を向けたロスコフ司令官の口から、絶望の声が漏れた。
「全員退避だ。司令官も退避してください。ここは危ない」
シュルツ警備隊長の判断は早かった。
装備していた攻撃用の魔法具がグレムリンどもに通用しないと分るなり、部下たちに負傷者の避難誘導を指示した。
爆発、爆発、爆発、そして又もや爆発だ。
もはや手の施しようがなかった。
女王の間で、落ち着きを失ったサラデウスは、フラフラと歩き回っていた。
「くそ。どうしてこうなった?」
あれほど座り心地の良かった女王の座も、今では色褪せて見える。
ミッティア魔法王国の象徴であった朽ちた精霊樹が、嘲笑っているように見え、腹立たしい。
「グウェンドリーヌめ。あの裏切者が……。わしに負債だけを押し付けて逃げよったのか……!?許さんぞぉぉぉぉぉぉぉォぉーッ!!!」
つい先日まで、その負債を喜んで愛でていた男が、怒りに悶えながら呪詛を叫ぶ。
そのとき女王の間の扉が、魔法障壁ごとドンと吹き飛ばされた。
魔導甲冑を用いても破壊できない扉が、いとも簡単に突破されたのだ。
「くっ、狼藉者め!『叡智の塔』の最上階にまで、侵入してくるとは」
「おや。その声は……。我が不詳の弟子、サラデウスかい?」
「……く、くりすた?」
何重もの結界で守られた『叡智の塔』を登り切り、女王の間に踏み込んで来たのは、調停者クリスタだった。
しかも、かつて師事した師匠は、あの日のまま寸分違わぬ、美しく妖艶なエルフ美女だった。
その背後からプラチナブロンドの髪を三つ編みにした少女が、ヒョッコリと顔を出す。
クリスタとメルは、ゴーレムを装備していなかった。
妖精パワーがあれば、必要ないからだ。
実は妖精女王陛下用のゴーレムも開発されていたのだけれど、『巨大ロボでないからイヤ!』とメルに突っ撥ねられた。
かくしてヘッドの脇にハートマークがあしらわれたショッキングピンクのスペシャルモデルは、倉庫へと戻されることになった。
「サラデウスや。こりゃまた、随分と老けたね」
「貴女さまは、昔のままだ」
「グウェンドリーヌは?」
「国を棄て、逃げよったわ。あの腰抜けが……。叛乱軍に担がれておる」
「ははん。アンタは老いぼれたから、捨てられたのかい。まあ若い頃の美しさは見る影もないから、仕方がないね」
「やかましい!黙れ、黙れ、黙れぇぇぇぇーっ!!!」
七人委員会の長老サラデウスが、子供のように癇癪を起した。
「婆さま。この爺が、昔に話してくれたアカン弟子か?」
メルはクリスタの横に進み出て、小首を傾げた。
敵の首魁が、どうしようもない小者に見えたからだ。
「そうさ……。後悔しかないアタシの人生でも、サラデウスを弟子に取ったのは、五本の指に数えてよい判断ミスだ」
「どうして間違ったん?」
「オマエさまは嫌なことを訊くね。こいつも若い頃は、気のよいイケメンだったのさ。エルフは美しいものが好きだから……」
「…………」
知りたくもない理由だった。
うら若き美貌のエルフ男子に、色仕掛けで騙されたと言う話か。
半分くらいはクリスタが悪いのではないかと考えて、ジト目になるメルだった。
でも、メルが数年かけて追い詰めた老エルフは、大量の魔法具に妖精たちを封じた紛れもない大罪人だ。
ユグドラシル王国で法律を作るなら、終身刑は間違いなしの糞エルフである。
ここは妖精女王陛下として、厳しく断罪せねばならぬ。
「おい、爺。まずはオマーの背後に置かれとる、朽ちた精霊樹を返せや」
「何を言うかと思えば……。小娘よ。これはミッティア魔法王国の国宝なのだ。おいそれと渡せるものか」
「わらしは、妖精女王メルである。そして、その枯れ木は前世のわらし。つまりぃー。わらしのご遺体じゃ。所有権はわらしにあろうもん、勝手に弄ぶこと罷りならん!」
この朽ちた精霊樹を悪用して、妖精たちを捕らえるトラップが作られる。
炭化させた枝から特別なインクを調合し、動力ディスクに封印の呪紋を描き込んでいるのだ。
強化改造人間も、また然り。
「つまらぬ戯言を……。そもそも捨て置かれた枯れ木に、所有権などない。それは拾った者の財物であろう。この期に及んで、返す気などないわ」
「その樹は、祀られておったと思うのだがなぁー」
「フン。精霊樹を祀っていた斎王グウェンドリーヌが、ここに運び込んだのだ。何も問題は無かろう」
「なら奪い返すのみ」
かつては世界樹と崇められた、精霊樹の中でも特別に聖なる樹。
朽ちてなお、妖精たちを魅了する力は絶大だった。
「ふっ。やれるものなら。やってみるがよい。力尽くなら古の作法に則り、決闘だ」
サラデウスがメルの頭に手袋を叩きつけ、ゆっくりと魔法の杖を構えた。
「相変わらず無礼で、卑劣な男だね」
クリスタが苦々しげな顔で、サラデウスを睨んだ。
「ぬかせ。前触れもなく、土足でわしの領域に踏み込みおって……。小娘にも、それなりの覚悟はあるものと見做す。殺されても文句はあるまい?」
「メルや……。サラデウスは、オマエさまと決闘をしたいそうだ」
決闘を申し込めば、一時なりとクリスタの介入を除外できる。
師匠クリスタの呪術は怖いけれど、チビガキが相手なら気おされる心配もない。
やられっぱなしでは悔しいから、妖精女王を名乗るチビガキだけでも嬲り殺してやろう、と考えたのだ。
サラデウスは総出力量が十万ピクスにも及ぶ数々の魔法具で、全身を固めていた。
それ故に魔法勝負であれば、妖精女王が相手でも圧勝できると踏んでいた。
肩書がどうあろうと、相手は単なるエルフ少女に過ぎない。
そう侮ったのだ。
ユグドラシル王国の女王を倒したとなれば、あの世でも胸を張って誇れる。
仮にあの世などなかったとしても、主を守れなかった精霊共の、情けない面を想像しながら死ねるのであれば、本望だった。
だから、死なばもろともである。
「そうか……。わらしに逆らうつもりなら、ヨボヨボの爺と言えども、やむを得まい。取り敢えず、生き埋めの刑じゃ!」
メルは頭から滑り落ちた手袋をゲシゲシと靴の踵で踏みにじり、サラデウスと向き合った。
トパーズの瞳が、金色に輝く。
「メル、頑張れ!」
「女王陛下は負けたら駄目ニャ!」
「メンタマをひっかくニャ!」
「キンタマを齧るニャ!」
「ケツの穴を蹴り上げるニャ!」
ミケ王子を筆頭に、CATの面々から無責任な声援が飛んだ。
ケット・シーのエリート部隊は、大興奮である。
「CATは、野蛮で下品だな。護衛の任務は、どうしたんだぁー?」
「まあ、仕える対象がメルちゃんだから……」
「ブブが中継しているから、今ごろ儀典長のクラウディアさんはカンカンだぞ」
「わたしたちは気を付けましょう」
「そうだな」
女王の間に遅れて到着したダヴィ坊やとラヴィニア姫が、ミケ王子たちを眺めながら頷き合った。
二人はメルの危機に備えて、いつでも遠慮なく助太刀に入るつもりでいた。
なので自分たちが操るゴーレムを最適なポジションへと移動させた。
幼児ーズには、エルフが大事にする作法なんて関係ない。
大事なのは仲間だけ。








